16,040
回編集
細編集の要約なし |
細編集の要約なし |
||
7行目: | 7行目: | ||
== 位相コーディングとは == | == 位相コーディングとは == | ||
[[ファイル:Sato Phase Coding Fig1.png|サムネイル|'''図1. 位相コーディング''']] | |||
[[ファイル:Sato Phase Coding Fig2.png|サムネイル|'''図2. 位相コーディングのさまざまな時間発展'''<br>'''(a)'''位相が進む、'''(b)''' 位相は一定、'''(c)''' 特定の位相構造がない。]] | |||
神経細胞の活動によって何らかの事象(例えば、感覚器への刺激の強さ)を表す方法を神経コーディング(神経符号化)と呼ぶ。神経コーディングは、発火の頻度で情報を表す発火頻度符号化(rate coding)、発火タイミングの時間構造で情報を表す時間符号化(temporal coding)などに分類され、位相コーディングは時間符号化の一種である。 | |||
局所集団電位として計測される神経細胞の集団活動は、しばしば明瞭なリズム活動を示す。位相コーディングでは神経細胞の発火が集団電位のどの位相で起こったかによって情報を表す('''図1''')。位相コーディングとみられる現象は、海馬、大脳皮質、嗅球などで観測されている。これらの観測では、位相コーディングが関わる集団電位は、主にδ波やθ波などの低周波数帯域であることが多い。一方、それぞれの現象は、位相コーディングの時間発展の構造が異なることから('''図2''')、別個の生成機序をもつ可能性がある。 | |||
== 具体例 == | == 具体例 == | ||
16行目: | 18行目: | ||
=== 大脳皮質 === | === 大脳皮質 === | ||
サルが順に提示される2つの画像とその順序を覚えるワーキングメモリ課題を行うとき、前頭前野には記憶保持の期間に画像と関連して持続的に活動する神経細胞が見つかる。このとき、集団電位(32Hz中心)に対する発火の位相タイミングは、第1画像に関する神経細胞は位相進みで、第2画像に関する神経細胞は位相遅れとなることが報告されている ('''図2b''') <ref name=Siegel2009><pubmed>19926847</pubmed></ref> 。これは、記憶対象の時間順序の記憶が、集団電位の各リズムにおける神経細胞の順序的な発火により保持されることを示唆しており、位相コーディングの一種といえる。このような位相コーティングはLismanらが提案しているワーキングメモリのモデル <ref name=Lisman1995><pubmed>7878473</pubmed></ref> <ref name=Jensen2005><pubmed>15667928</pubmed></ref>と合致する。ただし、モデルはθ波を仮定しているが、同現象では32Hz帯域であり、集団電位の帯域が異なる。 | |||
自然動画に対する麻酔サルの第一次視覚野 <ref name=Montemurro2008><pubmed>18328702</pubmed></ref> 、および自然音に対する覚醒サルの聴覚野 <ref name=Kayser2009><pubmed>19249279</pubmed></ref> では、集団電位(特にδ帯など低周波帯域)に対する発火位相が入力刺激に関する情報を持つことが示されている。この位相コーディングでは、海馬の位相コーディングとは異なり、必ずしも時間連続的な位相発火をするわけではない('''図2c''')。生成メカニズムとしては、神経細胞群が入力や集団電位のゆらぎに対して定型の発火パターンを生む性質 <ref name=Tiesinga2008><pubmed>18200026</pubmed></ref> が関わると考えられる。 | |||
=== 嗅球 === | === 嗅球 === | ||
マウスが匂いを嗅ぐとき、その吸気は3Hzなどで周期的に起こり(スニッフィング)、糸球体の神経細胞も同周波数帯で周期的に活動する。これらの神経細胞は匂いに応じてそれぞれ異なる位相で発火し、異なる匂いについて特有の位相発火パターンが現れる。これらの位相発火パターンは匂い種類を表すのに役立つことが示されている <ref name=Iwata2017><pubmed>29216451</pubmed></ref> 。 | |||
==機能== | ==機能== | ||
神経細胞集団で位相コーディングが用いられた場合、特定の神経集団群についてのみ神経同期活動(neural synchronization)が起こる。このため、神経同期活動に期待される機能 <ref name=Buzsaki2004><pubmed>15218136</pubmed></ref> 、例えば、シナプス可塑性、神経活動のバインディング <ref name=Engel2001><pubmed>11164732</pubmed></ref> 、セルアセンブリの形成 <ref name=Harris2005><pubmed>15861182</pubmed></ref> 、神経活動の選択的伝搬 <ref name=Fries2005><pubmed>16150631</pubmed></ref> などとも関わりがあると考えられる。一方、位相コーディングに特有の機能としては、神経活動の時系列パターン学習への寄与が考えられる。位相コーディングでは、複数の神経細胞の発火が、一定の時間順序を保ったまま、周期毎に繰り返し起こる。この時間幅はスパイクタイミング依存可塑性 (spike timing-dependent plasticity; STDP)の時間幅とのの類似があり、一方向的なシナプス可塑性を促すのに都合がよい。これは時間順序の記憶メカニズムの重要な手明かりである。 | |||
==位相―振幅カップリング== | ==位相―振幅カップリング== | ||
37行目: | 39行目: | ||
* [[セルアセンブリ]] | * [[セルアセンブリ]] | ||
* [[細胞外記録]] | * [[細胞外記録]] | ||
==参考文献== | ==参考文献== | ||
<references /> | <references /> |