「錯覚」の版間の差分

1,218 バイト除去 、 2023年7月22日 (土)
編集の要約なし
編集の要約なし
編集の要約なし
20行目: 20行目:


==錯視==
==錯視==
 視知覚の錯覚は錯視(visual illusion)と呼ばれ<ref>日常用語としては optical illusion と呼ばれる。</ref>、19世紀中葉より盛んに研究が行われるようになり、現在に至っている<ref>Robinson, J. O. (1972/1998). The psychology of visual illusion. Mineola, NY: Dover.</ref>。視覚のモダリティに対応して、幾何学的錯視、明るさの錯視、色の錯視、運動視の錯視、立体視の錯視、顔の錯視などに分類される。
 視知覚の錯覚は錯視(visual illusion)と呼ばれ<ref>日常用語としては optical illusion と呼ばれる。</ref>、19世紀中葉より盛んに研究が行われるようになり、現在に至っている。視覚のモダリティに対応して、幾何学的錯視、明るさの錯視、色の錯視、運動視の錯視、立体視の錯視、顔の錯視などに分類される。


 幾何学的錯視(geometric illusion)とは形の次元の錯視のことで、大きさの錯視(size illusion)、位置の錯視(misalignment illusion)、傾きの錯視(tilt illusion あるいは orientation illusion)に分けられる。図1に、古典的な幾何学的錯視を示した。ミュラー=リヤー錯視、エビングハウス錯視、ポンゾ錯視は大きさの錯視である。ポッゲンドルフ錯視は位置の錯視である。ツェルナー錯視、へリング錯視、ミュンスターベルク錯視(カフェウォール錯視)、フレーザー錯視、フレーザーの渦巻き錯視は傾きの錯視である。出たばかりの月は大きく見える月の錯視(moon illusion)<ref>天体錯視ともいう。</ref><ref>ヘレン・ロス、コーネリス・プラグ(著)、東山篤規(訳) (2014). 月の錯視 なぜ大きく見えるのか 勁草書房</ref>は古くから知られる幾何学的錯視である。
 幾何学的錯視(geometric illusion)とは形の次元の錯視のことで、大きさの錯視(size illusion)、位置の錯視(misalignment illusion)、傾きの錯視(tilt illusion あるいは orientation illusion)に分けられる。図1に、古典的な幾何学的錯視を示した。ミュラー=リヤー錯視、エビングハウス錯視、ポンゾ錯視は大きさの錯視である。ポッゲンドルフ錯視は位置の錯視である。ツェルナー錯視、へリング錯視、ミュンスターベルク錯視(カフェウォール錯視)、フレーザー錯視、フレーザーの渦巻き錯視は傾きの錯視である。出たばかりの月は大きく見える月の錯視(moon illusion)<ref>天体錯視ともいう。</ref><ref>ヘレン・ロス、コーネリス・プラグ(著)、東山篤規(訳) (2014). 月の錯視 なぜ大きく見えるのか 勁草書房</ref>は古くから知られる幾何学的錯視である。
54行目: 54行目:


==錯覚の参考文献==
==錯覚の参考文献==
 2017年に刊行された"The Oxford compendium of visual illusions"という分厚い錯視の専門書<ref>Shapiro, A. G. & Todorović, D. (Eds.) (2017). The Oxford compendium of visual illusions. Oxford University Press.</ref>があり、世界中の錯視あるいは視覚の研究者が著した書籍であるから、この本を薦めておけばよいのだが、初学者が簡単に錯視を概観するという目的に照らせば、量的に多すぎると言わざるをえない。数十年前であれば、Robinsonの錯視のレビュー本を紹介すれば、手頃な分量であったこともあり、錯視のことを知るにはそれ一冊で十分であったが、今となっては同書は現役の錯視の入門書というよりは、錯視研究史の重要文献である。そこで、ここでは「錯視の科学ハンドブック」<ref>後藤倬男・田中平八(編) (2005). 錯視の科学ハンドブック 東京大学出版会</ref>、「錯視入門」<ref>北岡明佳 (2010). 錯視入門 朝倉書店</ref>、"Eye and brain"<sup>[4]</sup>を、錯視の入門書として挙げておく。認知的錯覚の入門書としては、「錯覚の科学」<sup>[5]</sup>がある。同じタイトル名に翻訳された"The invisible gorilla"<ref>Chabris, C. F. & Simons, D. J. (2010). The invisible gorilla: And other ways our intuitions deceive us. HarperCollins. (日本語訳: クリストファー・チャブリス、ダニエル・シモンズ(著)、木村博江(訳) (2011). 錯覚の科学 文藝春秋)</ref>も参考になる。しかし、それらだけでは認知的錯覚を広くカバーできていないので、認知心理学や行動経済学の書籍にも当たって頂きたい。なお、物理的錯覚のまとまった入門書となると、執筆者は寡聞にして推薦できるものを持ち合わせていない。
 "The Oxford compendium of visual illusions" (2017)<ref>Shapiro, A. G. & Todorović, D. (Eds.) (2017). The Oxford compendium of visual illusions. Oxford University Press.</ref>、"The psychology of visual illusion" (1972)<ref>Robinson, J. O. (1972/1998). The psychology of visual illusion. Mineola, NY: Dover.</ref>、「錯視の科学ハンドブック」(2005)<ref>後藤倬男・田中平八(編) (2005). 錯視の科学ハンドブック 東京大学出版会</ref>、「錯視入門」(2010)<ref>北岡明佳 (2010). 錯視入門 朝倉書店</ref>、"Eye and brain" (1998)<sup>[2]</sup>、「錯覚の科学」(2020)<sup>[2]</sup>"The invisible gorilla" (2010)<ref>Chabris, C. F. & Simons, D. J. (2010). The invisible gorilla: And other ways our intuitions deceive us. HarperCollins. (日本語訳: クリストファー・チャブリス、ダニエル・シモンズ(著)、木村博江(訳) (2011). 錯覚の科学 文藝春秋)</ref>、「からだの錯覚 脳と感覚が作り出す不思議な世界」(2023)<sup>[39]</sup>などがある。


 最後に、本項目を読んだ方がすぐにでも活用できるよう、身近な錯視の例をいくつか挙げる。図3は、ミュラー=リヤー錯視をはじめとする古典的な幾何学的錯視の例である。錯視画像の多くは人工的なものであるが、自然に観察できるものもある。例としては、皆様の手足には、静脈が青く見える錯視が認められる<ref>Kienle, A., Lilge, L., Vitkin, I. A., Patterson, M. S., Wilson, B. C., Hibst, R., & Steiner, R. (1996). Why do veins appear blue? A new look at an old question. Applied Optics, 35(7), 1151-1160.</ref><ref>北岡明佳 (2019). イラストレイテッド 錯視のしくみ 朝倉書店 </ref>(図4)。望遠レンズで遠景を撮影すると、奥行き方向の傾斜が急に見える現象(図5)<ref>北岡明佳 (2020). 現代がわかる心理学 丸善出版</ref>がある。
 最後に、本項目を読んだ方がすぐにでも活用できるよう、身近な錯視の例をいくつか挙げる。図3は、ミュラー=リヤー錯視をはじめとする古典的な幾何学的錯視の例である。錯視画像の多くは人工的なものであるが、自然に観察できるものもある。例としては、皆様の手足には、静脈が青く見える錯視が認められる<ref>Kienle, A., Lilge, L., Vitkin, I. A., Patterson, M. S., Wilson, B. C., Hibst, R., & Steiner, R. (1996). Why do veins appear blue? A new look at an old question. Applied Optics, 35(7), 1151-1160.</ref><ref>北岡明佳 (2019). イラストレイテッド 錯視のしくみ 朝倉書店 </ref>(図4)。望遠レンズで遠景を撮影すると、奥行き方向の傾斜が急に見える現象(図5)<ref>北岡明佳 (2020). 現代がわかる心理学 丸善出版</ref>がある。


 図5はだまし絵(trompe l'oeil)の一種と考えることができ、だまし絵は錯覚の一種と考えることもできる。しかし、だまし絵については煩雑になるので省略する。奇術(手品)などについても同様である。
[[ファイル:ベタ踏み坂.jpg|サムネイル|図5 通称「ベタ踏み坂」。島根県と鳥取県の県境にかかる江島大橋の島根県側部分である。この坂道を、中海に浮かぶ大根島から、中海越しに望遠レンズで撮影すると、垂直に近い急坂に見える。しかし、物理的には、6.1% (3.49゜) の勾配である。]]
[[ファイル:ベタ踏み坂.jpg|サムネイル|図5 通称「ベタ踏み坂」。島根県と鳥取県の県境にかかる江島大橋の島根県側部分である。この坂道を、中海に浮かぶ大根島から、中海越しに望遠レンズで撮影すると、垂直に近い急坂に見える。しかし、物理的には、6.1% (3.49゜) の勾配である。]]
[[ファイル:NinioextinctionillusionL.jpg|サムネイル|図1 ニニオ・スティーブンスの消失錯視(Ninio-Stevens' extinction illusion)<ref>Ninio, J. & Stevens, K. A. (2000). Variations on the Hermann grid: an extnction illusion. Perception, 29, 1209-1217.</ref>。垂直線・水平線の交点12箇所に黒いドットが描かれているが、周辺視では消えて見える。]]
[[ファイル:NinioextinctionillusionL.jpg|サムネイル|図1 ニニオ・スティーブンスの消失錯視(Ninio-Stevens' extinction illusion)<ref>Ninio, J. & Stevens, K. A. (2000). Variations on the Hermann grid: an extnction illusion. Perception, 29, 1209-1217.</ref>。垂直線・水平線の交点12箇所に黒いドットが描かれているが、周辺視では消えて見える。]]
159

回編集