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認知的構えとは広くは外界からの刺激に対して選択的な[[知覚]]情報処理を行い、これを特定のやり方で解釈し、目的を達成する為運動に変換する、一連の情報処理のマッピングのルールの事を指す<ref name=Miller2001><pubmed>11283309</pubmed></ref>。また認知的構えは、知覚、[[注意]]、[[短期的記憶]]、[[長期的記憶]]、[[運動]]などの要素を含む。 | 認知的構えとは広くは外界からの刺激に対して選択的な[[知覚]]情報処理を行い、これを特定のやり方で解釈し、目的を達成する為運動に変換する、一連の情報処理のマッピングのルールの事を指す<ref name=Miller2001><pubmed>11283309</pubmed></ref>。また認知的構えは、知覚、[[注意]]、[[短期的記憶]]、[[長期的記憶]]、[[運動]]などの要素を含む。 | ||
この特定の課題・タスクを遂行するための準備状態は、過去の経験<ref name=Monsell2003><pubmed>12639695</pubmed></ref>や、これを保持する者の外界やゴールに関する信念や期待に影響される<ref name=Braver2012><pubmed>22245618</pubmed></ref><ref name=Botvinick2015><pubmed>25251491</pubmed></ref>。また課題やゴールを達成するための情報処理の複雑さ、新奇性、難しさにも影響される<ref name=Shenhav2017><pubmed>28375769</pubmed></ref>。さらに課題の遂行に関する習熟度や、特定の課題をどれだけ集中して行うかというコミットメントの度合いにも認知的構えは影響される<ref name=Risko2016><pubmed>27542527</pubmed></ref><ref name=Badre2022>'''Badre, D. (2022).'''<br>On Task: How Our Brain Gets Things Done. ''Princeton University Press'' [ | この特定の課題・タスクを遂行するための準備状態は、過去の経験<ref name=Monsell2003><pubmed>12639695</pubmed></ref>や、これを保持する者の外界やゴールに関する信念や期待に影響される<ref name=Braver2012><pubmed>22245618</pubmed></ref><ref name=Botvinick2015><pubmed>25251491</pubmed></ref>。また課題やゴールを達成するための情報処理の複雑さ、新奇性、難しさにも影響される<ref name=Shenhav2017><pubmed>28375769</pubmed></ref>。さらに課題の遂行に関する習熟度や、特定の課題をどれだけ集中して行うかというコミットメントの度合いにも認知的構えは影響される<ref name=Risko2016><pubmed>27542527</pubmed></ref><ref name=Badre2022>'''Badre, D. (2022).'''<br>On Task: How Our Brain Gets Things Done. ''Princeton University Press'' [[doi:10.1515/9780691240145|[DOI]]]</ref>。長い間繰り返された課題やタスクについては自動化・[[習慣的行動|習慣]]化が進み効率的な遂行が可能になる反面、タスクの切り替えなどの柔軟性の面で支障が生じる事も多い<ref name=Monsell2003 />。 | ||
基本的には特定のゴールを達成するための[[実行機能|実行の機能]]として認知的構えが扱われることが多いが、ゴールの達成が階層的になっている様に認知的構えも階層的な面を持ちうる<ref name=Badre2008><pubmed>18403252</pubmed></ref><ref name=Koechlin2003><pubmed>14615530</pubmed></ref>。例えば一番低次のレベルでは特定の[[感覚]]刺激と運動を結びつける様な認知的構えもあれば、この結び付けのルールを環境の文脈に応じて決めるレベルもあり、さらにはこのルールをより抽象的に扱うようなレベルもある<ref name=Koechlin2003 /><ref name=Badre2018><pubmed>29229206</pubmed></ref>。 | 基本的には特定のゴールを達成するための[[実行機能|実行の機能]]として認知的構えが扱われることが多いが、ゴールの達成が階層的になっている様に認知的構えも階層的な面を持ちうる<ref name=Badre2008><pubmed>18403252</pubmed></ref><ref name=Koechlin2003><pubmed>14615530</pubmed></ref>。例えば一番低次のレベルでは特定の[[感覚]]刺激と運動を結びつける様な認知的構えもあれば、この結び付けのルールを環境の文脈に応じて決めるレベルもあり、さらにはこのルールをより抽象的に扱うようなレベルもある<ref name=Koechlin2003 /><ref name=Badre2018><pubmed>29229206</pubmed></ref>。 | ||
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===知覚・注意=== | ===知覚・注意=== | ||
認知的構えは我々が外界の状況を知覚し解釈するプロセスにも影響を与える<ref name=Stokes2013>'''Stokes, D. (2013).'''<br>Cognitive Penetrability of Perception, ''Philos. Compass'', 8, 646–663 [ | 認知的構えは我々が外界の状況を知覚し解釈するプロセスにも影響を与える<ref name=Stokes2013>'''Stokes, D. (2013).'''<br>Cognitive Penetrability of Perception, ''Philos. Compass'', 8, 646–663 [[doi:10.1111/phc3.12043|[DOI]]]</ref><ref name=Desimone1995><pubmed>7605061</pubmed></ref>(ただし認知的侵入不可能性Cognitive impenetrabilityなどの様に影響を与えないという別の意見もある<ref name=Firestone2016><pubmed>26189677</pubmed></ref><ref name=Pylyshyn1999><pubmed>11301517</pubmed></ref>。 | ||
例えばある特定の[[視覚]]空間の部分に[[注意]]を向けて、その部分から起こる視覚刺激の情報処理の速度や効率を上げることができる<ref name=Desimone1995 /><ref name=Moore2003><pubmed>12540901</pubmed></ref><ref name=Posner1990><pubmed>2183676</pubmed></ref>。または複数の視覚の物体がある時には、ある特定の物体に注意を向け、その他の物体を無視することも出来る<ref name=Duncan1984><pubmed>6240521</pubmed></ref>。または同じ視覚の物体の中でも異なった特徴に注意を払うことが出来る<ref name=Maunsell2006><pubmed>16697058</pubmed></ref>。この様な認知的な構えの仕組みはゴール達成に必要のない余計な情報の処理をせずに済むというような有用な効果を持つが、[[非注意性盲目]](inattentional blindness)などと呼ばれるような知覚・注意の機能の欠陥をもたらす事もある<ref name=Simons1999><pubmed>10694957</pubmed></ref><ref name=Mack2003>'''Mack, A. (2003).'''<br>Inattentional blindness: Looking without seeing, ''Curr. Dir. Psychol. Sci., 12, 180–184 [ | 例えばある特定の[[視覚]]空間の部分に[[注意]]を向けて、その部分から起こる視覚刺激の情報処理の速度や効率を上げることができる<ref name=Desimone1995 /><ref name=Moore2003><pubmed>12540901</pubmed></ref><ref name=Posner1990><pubmed>2183676</pubmed></ref>。または複数の視覚の物体がある時には、ある特定の物体に注意を向け、その他の物体を無視することも出来る<ref name=Duncan1984><pubmed>6240521</pubmed></ref>。または同じ視覚の物体の中でも異なった特徴に注意を払うことが出来る<ref name=Maunsell2006><pubmed>16697058</pubmed></ref>。この様な認知的な構えの仕組みはゴール達成に必要のない余計な情報の処理をせずに済むというような有用な効果を持つが、[[非注意性盲目]](inattentional blindness)などと呼ばれるような知覚・注意の機能の欠陥をもたらす事もある<ref name=Simons1999><pubmed>10694957</pubmed></ref><ref name=Mack2003>'''Mack, A. (2003).'''<br>Inattentional blindness: Looking without seeing, ''Curr. Dir. Psychol. Sci.'', 12, 180–184 [[doi:10.1111/1467-8721.01256|[DOI]]]''</ref>。 | ||
===短期的な記憶=== | ===短期的な記憶=== | ||
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===長期的な記憶=== | ===長期的な記憶=== | ||
認知的構えは長期的記憶の仕組みである[[符号化]](encoding)、[[貯蔵]](storage)、[[想起]](retrieval)の3つの機能のそれぞれで選択的な情報の処理に関わる可能性が有る<ref name=Neisser2014>'''Neisser, U. (2014).'''<br>Cognitive psychology Classic edition. ''Psychology press.'' [ | 認知的構えは長期的記憶の仕組みである[[符号化]](encoding)、[[貯蔵]](storage)、[[想起]](retrieval)の3つの機能のそれぞれで選択的な情報の処理に関わる可能性が有る<ref name=Neisser2014>'''Neisser, U. (2014).'''<br>Cognitive psychology Classic edition. ''Psychology press.'' [[doi:10.4324/9781315736174|[DOI]]]</ref><ref name=Badre2007><pubmed>17675110</pubmed></ref>。つまりゴールの達成に必要な情報だけを長期記憶に取り入れ、必要な情報だけを継続的に保持し、必要な情報だけをその時々で長期的な記憶から読み出す様な情報処理で有る<ref name=Mather2005><pubmed>16420131</pubmed></ref>。 | ||
===運動=== | ===運動=== | ||
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====学習・習熟度==== | ====学習・習熟度==== | ||
同じ課題に関して経験を積めば積むほどその課題の遂行の効率が上がっていく<ref name=Cohen1990><pubmed>2200075</pubmed></ref><ref name=Hikosaka2002><pubmed>12015240</pubmed></ref>。これは必要な情報だけにより集中する様になり、余計な情報を無視することに長けて来るからであったり、その情報処理に関連した神経回路の経路が強化されるからと考えられる<ref name=Cohen1990 /><ref name=Nissen1987>'''Nissen, M. J. and Bullemer, P. (1987).'''<br>Attentional requirements of learning: Evidence from performance measures, ''Cognit. Psychol.'', 19, 1–32. [[ | 同じ課題に関して経験を積めば積むほどその課題の遂行の効率が上がっていく<ref name=Cohen1990><pubmed>2200075</pubmed></ref><ref name=Hikosaka2002><pubmed>12015240</pubmed></ref>。これは必要な情報だけにより集中する様になり、余計な情報を無視することに長けて来るからであったり、その情報処理に関連した神経回路の経路が強化されるからと考えられる<ref name=Cohen1990 /><ref name=Nissen1987>'''Nissen, M. J. and Bullemer, P. (1987).'''<br>Attentional requirements of learning: Evidence from performance measures, ''Cognit. Psychol.'', 19, 1–32. [[[doi:10.1016/0010-0285(87)90002-8|[DOI]]]</ref><ref name=Willingham1998><pubmed>9697430</pubmed></ref>。また[[チャンキング]](chunking)など連続した情報をまとまった単位で情報として処理する様になるなど、情報処理の構造化が進むことによる効率の上昇の側面もある<ref name=Sakai2003a><pubmed>12879170</pubmed></ref><ref name=Servan-Schreibe1990>'''E. Servan-Schreiber and J. R. Anderson, (1990).'''<br>Learning artificial grammars with competitive chunking., J. Exp. Psychol. Learn. Mem. Cogn., 16, 592. [[doi:10.1037/0278-7393.16.4.592|[DOI]]]</ref><ref name=Sakai2004><pubmed>15556024</pubmed></ref>。 | ||
====直近の経験の効果==== | ====直近の経験の効果==== | ||
52行目: | 52行目: | ||
====コミットメント==== | ====コミットメント==== | ||
一つのゴールにコミットすることはそのゴールの遂行には良い影響を与えるが、切り替えて他のゴールを目指さなければならなくなった時には悪い影響がある<ref name=Monsell2003 />。この特定のゴールへの集中が認知的構えを用いた課題の遂行に影響を与える<ref name=Risko2016 /><ref name=Sweller1988>'''Sweller, J. (1988).'''<br>Cognitive load during problem solving: Effects on learning, ''Cogn. Sci.'', 12, 257–285. [ | 一つのゴールにコミットすることはそのゴールの遂行には良い影響を与えるが、切り替えて他のゴールを目指さなければならなくなった時には悪い影響がある<ref name=Monsell2003 />。この特定のゴールへの集中が認知的構えを用いた課題の遂行に影響を与える<ref name=Risko2016 /><ref name=Sweller1988>'''Sweller, J. (1988).'''<br>Cognitive load during problem solving: Effects on learning, ''Cogn. Sci.'', 12, 257–285. [[doi:10.1207/s15516709cog1202_4|[DOI]]] </ref>。 | ||
====自動化・習慣化==== | ====自動化・習慣化==== | ||
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====メンタルエフォートの正・負の報酬価値==== | ====メンタルエフォートの正・負の報酬価値==== | ||
以上の議論の様に認知的構えとそれに関わるメンタルエフォートは全般的に負の報酬価値または経済的なコストを伴うものと考えられているが、何が精神的努力となりまた精神的な疲労となっていくかについては、未だに議論が分かれている<ref name=Inzlicht2018 />。ある状況ではメンタルエフォートを伴う課題の遂行に関する努力が正の報酬価値を持ちうる事もある。難しい課題を学習し達成していく時の達成感などの感覚<ref name=Csikszentmihalyi1988>'''Csikszentmihalyi, M. (1988).'''<br>The flow experience and its significance for human psychology, ''Optim. Exp. Psychol. Stud. Flow Conscious.'', 2, 15–35 [ | 以上の議論の様に認知的構えとそれに関わるメンタルエフォートは全般的に負の報酬価値または経済的なコストを伴うものと考えられているが、何が精神的努力となりまた精神的な疲労となっていくかについては、未だに議論が分かれている<ref name=Inzlicht2018 />。ある状況ではメンタルエフォートを伴う課題の遂行に関する努力が正の報酬価値を持ちうる事もある。難しい課題を学習し達成していく時の達成感などの感覚<ref name=Csikszentmihalyi1988>'''Csikszentmihalyi, M. (1988).'''<br>The flow experience and its significance for human psychology, ''Optim. Exp. Psychol. Stud. Flow Conscious.'', 2, 15–35 [[doi:10.1017/CBO9780511621956.002|[DOI]]]</ref><ref name=Csikszentmihalyi1992>'''Csikszentmihalyi M. and Csikszentmihalyi, I. S. (1992).'''<br>Optimal experience: Psychological studies of flow in consciousness. ''Cambridge University Press''.</ref>や、登山やランニングなどに関わる報酬的な要素などが良い例であろう。 | ||
==神経基盤== | ==神経基盤== | ||
162行目: | 162行目: | ||
==認知的構えは何処から来るか== | ==認知的構えは何処から来るか== | ||
動物の実験では認知的構えは長期間にわたる集中的なトレーニングによってもたらされるが、ヒトの場合には認知的構えに関する情報は社会的な情報源から得られる<ref name=Monsell2003><pubmed>12639695</pubmed></ref>。認知的構えと深い関係のある実行機能や認知制御が社会的な文脈によって強く影響され、またその発達過程が文化的な要素に左右されることが分かってきている<ref name=Munakata2021>'''Munakata Y. and Michaelson, L. E. (2021).<br>'''Executive Functions in Social Context: Implications for Conceptualizing, Measuring, and Supporting Developmental Trajectories, Annu. Rev. Dev. Psychol., 3, 139–163. [ | 動物の実験では認知的構えは長期間にわたる集中的なトレーニングによってもたらされるが、ヒトの場合には認知的構えに関する情報は社会的な情報源から得られる<ref name=Monsell2003><pubmed>12639695</pubmed></ref>。認知的構えと深い関係のある実行機能や認知制御が社会的な文脈によって強く影響され、またその発達過程が文化的な要素に左右されることが分かってきている<ref name=Munakata2021>'''Munakata Y. and Michaelson, L. E. (2021).<br>'''Executive Functions in Social Context: Implications for Conceptualizing, Measuring, and Supporting Developmental Trajectories, Annu. Rev. Dev. Psychol., 3, 139–163. [[doi:10.1146/annurev-devpsych-121318-085005|[DOI]]]</ref><ref name=Yanaoka2022><pubmed>35749259</pubmed></ref>。例えば[[マシュマロテスト]]のようなセルフコントロールを要する課題では、実験者の振る舞いの信頼性により子どもがマシュマロテストでどのくらいの長い時間待つことができるかを左右することが分かっている<ref name=Kidd2013><pubmed>23063236</pubmed></ref> | ||
<ref name=Michaelson2013><pubmed>23801977</pubmed></ref>。 | <ref name=Michaelson2013><pubmed>23801977</pubmed></ref>。 | ||