「モノアシルグリセロールリパーゼ」の版間の差分

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少作隆子(北陸大学 医療保健学部 理学療法学科)
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橋本谷祐輝(同志社大学大学院 脳科学研究科 シナプス分子機能部門)
<font size="+1">[http://researchmap.jp/read0009649 少作 隆子]</font><br>
''北陸大学 医療保健学部 理学療法学科''<br>
<font size="+1">[http://researchmap.jp/phsyiol2 橋本谷 祐輝]</font><br>
''同志社大学大学院 脳科学研究科 シナプス分子機能部門''<br>
DOI:<selfdoi /> 原稿受付日:2025年3月10日 原稿完成日:2025年4月8日<br>
担当編集委員:[http://researchmap.jp/read0192882 古屋敷 智之](神戸大学大学院医学研究科・医学部 薬理学分野)<br>
</div>


英:monoacylglycerol lipase
英:monoacylglycerol lipase
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[[ファイル:Shosaku MGL Fig2.png|サムネイル|'''図2. 2-AGの生合成経路およびMGLによる分解''']]
[[ファイル:Shosaku MGL Fig2.png|サムネイル|'''図2. 2-AGの生合成経路およびMGLによる分解''']]
[[ファイル:Shosaku MGL Fig3.png|サムネイル|'''図3. プロスタグランジンの生合成''']]
[[ファイル:Shosaku MGL Fig3.png|サムネイル|'''図3. プロスタグランジンの生合成''']]
 モノアシルグリセロールリパーゼの研究は、最初は脂肪の分解に必要な酵素として注目されたことに始まる('''図1''')。空腹時には動物はエネルギー源として脂肪を利用する。この時に脂肪組織ではトリアシルグリセロール(triacylglycerol:TG)の脂肪酸が切り離されジアシルグルセロール(diacylglycerol:DG)、モノアシルグリセロール(monoacylglycerol; MG)となり、最終的にはグリセロールと脂肪酸にまで分解される。この最終段階に働くMGを分解する酵素の同定が試みられた。Tornqvistらは1976年にラットの脂肪組織よりMGを加水分解する酵素MGLの抽出に成功した<ref name=Tornqvist1976><pubmed>1249056</pubmed></ref>。彼らはSDSゲル電気泳動の結果より分子量は32900と推定し、基質特異性としては、TGやDGには作用せずMG特異性が高いこと、MGであれば脂肪酸の結合位置がグリセロールのどの位置であっても分解できることを報告した。同グループは1997年にマウス脂肪組織のcDNAライブラリーからMGLをクローニングし、そのアミノ酸配列を特定した<ref name=Karlsson1997><pubmed>9341166</pubmed></ref>。また、MGLのmRNAの発現を調べ、MGLは脂肪組織のみならず脳を含む全身の組織で普遍的に発現されている酵素であることを明らかにした。同グループは2001年にはヒトのMGLのアミノ酸配列の特定にも成功した<ref name=Karlsson2001><pubmed>11470505</pubmed></ref>。  
 モノアシルグリセロールリパーゼの研究は、最初は脂肪の分解に必要な酵素として注目されたことに始まる('''図1''')。空腹時には動物はエネルギー源として脂肪を利用する。この時に脂肪組織ではトリアシルグリセロール(triacylglycerol; TG)の脂肪酸が切り離されジアシルグルセロール(diacylglycerol; DG)、モノアシルグリセロール(monoacylglycerol; MG)となり、最終的にはグリセロールと脂肪酸にまで分解される。この最終段階に働くMGを分解する酵素の同定が試みられた。Tornqvistらは1976年にラットの脂肪組織よりMGを加水分解する酵素MGLの抽出に成功した<ref name=Tornqvist1976><pubmed>1249056</pubmed></ref>。彼らはSDSゲル電気泳動の結果より分子量は32900と推定し、基質特異性としては、TGやDGには作用せずMG特異性が高いこと、MGであれば脂肪酸の結合位置がグリセロールのどの位置であっても分解できることを報告した。同グループは1997年にマウス脂肪組織のcDNAライブラリーからMGLをクローニングし、そのアミノ酸配列を特定した<ref name=Karlsson1997><pubmed>9341166</pubmed></ref>。また、MGLのmRNAの発現を調べ、MGLは脂肪組織のみならず脳を含む全身の組織で普遍的に発現されている酵素であることを明らかにした。同グループは2001年にはヒトのMGLのアミノ酸配列の特定にも成功した<ref name=Karlsson2001><pubmed>11470505</pubmed></ref>。  


 MGLはその後カンナビノイド研究において注目を集めることとなった('''図2''')。カンナビノイド(cannabinoid)とは、大麻(学名はCannabis sativa)に含まれる精神神経作用を引き起こす物質およびその類似物質を合わせた総称名である。1964年に大麻に含まれる有効成分としてTHC(Δ9-tetrahydrocannabinol)が同定され、THCが結合する受容体(カンナビノイド受容体)として1990年にCB1受容体、1993年にはCB2受容体のアミノ酸配列が特定された。1992年にはカンナビノイド受容体の内因性リガンド(エンドカンナビノイド)としてアナンダミド(N-arachidonoylethanolamide)が、1995年には2-AG(2-arachidonylglycerol)が発見された。その後、エンドカンナビノイドの生合成および分解に関与する酵素群('''図2''')が次々と特定され、それと並行しエンドカンナビノイドの生理的役割(カンナビノイド系)が次第に明らかとなった<ref name=Kano2009><pubmed>19126760</pubmed></ref>。この一連の研究の中で、2-AGの分解酵素としてのMGLの重要性が報告された。Piomelliらのグループが、2002年にラットのMGLのアミノ酸配列を特定するとともに、MGLが2-AGの分解の主要な酵素であることを証明した<ref name=Dinh2002><pubmed>12136125</pubmed></ref>。
 MGLはその後カンナビノイド研究において注目を集めることとなった('''図2''')。カンナビノイド(cannabinoid)とは、大麻(学名はCannabis sativa)に含まれる精神神経作用を引き起こす物質およびその類似物質を合わせた総称名である。1964年に大麻に含まれる有効成分としてTHC(Δ9-tetrahydrocannabinol)が同定され、THCが結合する受容体(カンナビノイド受容体)として1990年にCB1受容体、1993年にはCB2受容体のアミノ酸配列が特定された。1992年にはカンナビノイド受容体の内因性リガンド(エンドカンナビノイド)としてアナンダミド(N-arachidonoylethanolamide)が、1995年には2-AG(2-arachidonylglycerol)が発見された。その後、エンドカンナビノイドの生合成および分解に関与する酵素群('''図2''')が次々と特定され、それと並行しエンドカンナビノイドの生理的役割(カンナビノイド系)が次第に明らかとなった<ref name=Kano2009><pubmed>19126760</pubmed></ref>。この一連の研究の中で、2-AGの分解酵素としてのMGLの重要性が報告された。Piomelliらのグループが、2002年にラットのMGLのアミノ酸配列を特定するとともに、MGLが2-AGの分解の主要な酵素であることを証明した<ref name=Dinh2002><pubmed>12136125</pubmed></ref>。
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=== 個体での機能 ===
=== 個体での機能 ===
==== 細胞に蓄積された脂肪の分解 ====
==== 細胞に蓄積された脂肪の分解 ====
 脂肪細胞など細胞内にTGを貯蔵している細胞においては、空腹時などにはTGが分解されDGを経てMGが蓄積する。MGLはそれをさらに脂肪酸とグリセロールにまで分解する。
 脂肪細胞など細胞内にTGを貯蔵している細胞においては、空腹時などにはTGが分解されDGを経てMGが蓄積する。MGLはそれをさらに脂肪酸とグリセロールにまで分解する。


[[ファイル:Shosaku MGL Fig4.png|サムネイル|'''図4. 2-AGによるシナプス伝達調節''']]
[[ファイル:Shosaku MGL Fig4.png|サムネイル|'''図4. 2-AGによるシナプス伝達調節''']]