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(ページの作成:「温度受容体 岩瀬 麻里、内田 邦敏 静岡県立大学 食品栄養科学部 環境生命科学科 生体機能学研究室 静岡県立大学大学院 薬食生命科学総合学府 要約 温度は生物の代謝活動をはじめとしたほぼ全ての生命活動に影響するため、体温は生体恒常性の維持において最も重要な因子の一つであり恒温動物では体温は極めて狭い範囲に維持されている。その…」)
 
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静岡県立大学大学院 薬食生命科学総合学府
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要約
{{box|text= 温度は生物の代謝活動をはじめとしたほぼ全ての生命活動に影響するため、体温は生体恒常性の維持において最も重要な因子の一つであり恒温動物では体温は極めて狭い範囲に維持されている。そのため、環境温度の感知は生命維持にとって最も重要な機能の一つといえる。温度感知を担う生体温度受容体の研究は、1997年にTRPV1(Transient Receptor Potential Vanilloid 1)チャネルの発見を機に大きく進んだ。現在までにTRPチャネルのなかの11種が温度感受性をもつと報告され、これら温度受容体は温度情報を電気信号に変換し、求心性神経を介して最終的に中枢へと情報が伝達される。}}
温度は生物の代謝活動をはじめとしたほぼ全ての生命活動に影響するため、体温は生体恒常性の維持において最も重要な因子の一つであり恒温動物では体温は極めて狭い範囲に維持されている。そのため、環境温度の感知は生命維持にとって最も重要な機能の一つといえる。温度感知を担う生体温度受容体の研究は、1997年にTRPV1(Transient Receptor Potential Vanilloid 1)チャネルの発見を機に大きく進んだ。現在までにTRPチャネルのなかの11種が温度感受性をもつと報告され、これら温度受容体は温度情報を電気信号に変換し、求心性神経を介して最終的に中枢へと情報が伝達される。




1. 温度受容体
== 温度受容体とは ==
分子の状態、化学反応の速度は温度に依存することから、温度は生物の代謝活動をはじめとしたほぼ全ての生命活動に影響を与える。そのため、温度、特に環境温度の感知は単細胞生物から恒温動物に至る全ての生命にとって最も重要な機能の一つといえる。特に恒温動物においては、環境温度情報は視床下部体温調節中枢へと伝達され、この情報を活用して体温を極めて狭い範囲に維持している。また、組織に損傷を起こす低温および高温は、侵害刺激として受容され、防御反応として忌避行動を起こす。温度感知を担う生体温度受容体の分子実態は長らく不明のままであったが、1997年にカプサイシン受容体としてクローニングされたTRPV1(Transient Receptor Potential Vanilloid 1、当時の名はバニロイド受容体)が侵害熱受容体でもあることが発見されたのを機にその研究は大きく進展した。本項では、温度感知を担う温度受容体の温度感受性、並びに温度や神経系に関連する生理機能について、温度感受性TRPチャネルを中心に概説する。
 分子の状態、化学反応の速度は温度に依存することから、温度は生物の代謝活動をはじめとしたほぼ全ての生命活動に影響を与える。そのため、温度、特に環境温度の感知は単細胞生物から恒温動物に至る全ての生命にとって最も重要な機能の一つといえる。特に恒温動物においては、環境温度情報は視床下部体温調節中枢へと伝達され、この情報を活用して体温を極めて狭い範囲に維持している。また、組織に損傷を起こす低温および高温は、侵害刺激として受容され、防御反応として忌避行動を起こす。温度感知を担う生体温度受容体の分子実態は長らく不明のままであったが、1997年にカプサイシン受容体としてクローニングされたTRPV1(Transient Receptor Potential Vanilloid 1、当時の名はバニロイド受容体)が侵害熱受容体でもあることが発見されたのを機にその研究は大きく進展した。


2. 温度感受性TRPチャネル
== 温度感受性TRPチャネル ==
trp遺伝子は1989年にショウジョウバエの光受容応答変異株の原因遺伝子として発見された<ref name=Montell1989><pubmed>2516726</pubmed></ref>。TRPチャネルは7つのサブファミリー(TRPC、TRPV、TRPM、TRPML、TRPN、TRPP、TRPA)に分けられ、脊椎動物では28のTRPチャネルが同定されているが、ヒトではTRPNを除く6つのサブファミリーに27のチャネルが存在する。6回膜貫通領域を有し、N末端、C末端側ともに細胞内に位置する。第5,第6膜貫通ドメインがイオンの通る穴を形成しており、短いイオン選択フィルターを有する(図1)。基本的に4量体で機能することが、低温電子顕微鏡(Cryo-EM)を用いた構造解析により明らかになっている(図2)<ref name=Liao2013><pubmed>24305160</pubmed></ref>。N末端領域にはTRPC、TRPV、TRPAにおいてアンキリンリピートドメイン、C末端領域にはTRPドメイン(TRPC、TRPM、TRPV)、コイルドコイルドメイン(TRPM、TRPP)、酵素活性部位(TRPM2:ADPリボースヒドロラーゼ、TRPM6/7:キナーゼ)などが存在する。(TRPチャネル項目参照)
 trp遺伝子は1989年にショウジョウバエの光受容応答変異株の原因遺伝子として発見された<ref name=Montell1989><pubmed>2516726</pubmed></ref>。TRPチャネルは7つのサブファミリー(TRPC、TRPV、TRPM、TRPML、TRPN、TRPP、TRPA)に分けられ、脊椎動物では28のTRPチャネルが同定されているが、ヒトではTRPNを除く6つのサブファミリーに27のチャネルが存在する。6回膜貫通領域を有し、N末端、C末端側ともに細胞内に位置する。第5,第6膜貫通ドメインがイオンの通る穴を形成しており、短いイオン選択フィルターを有する(図1)。基本的に4量体で機能することが、低温電子顕微鏡(Cryo-EM)を用いた構造解析により明らかになっている(図2)<ref name=Liao2013><pubmed>24305160</pubmed></ref>。N末端領域にはTRPC、TRPV、TRPAにおいてアンキリンリピートドメイン、C末端領域にはTRPドメイン(TRPC、TRPM、TRPV)、コイルドコイルドメイン(TRPM、TRPP)、酵素活性部位(TRPM2:ADPリボースヒドロラーゼ、TRPM6/7:キナーゼ)などが存在する。(TRPチャネル項目参照)
1997年に、カプサイシン受容体であるTRPV1が熱刺激によって活性化することが明らかとなり、哺乳類で初めて生体温度センサー分子が発見された。これ以降、温度感受性をもつTRPチャネルが次々と同定され、これらを総称して「温度感受性TRPチャネル」と呼ぶ。全てのTRPチャネルが温度感受性を持つのではなく、現在までに11の温度感受性TRPチャネルが報告されている。温度感受性TRPチャネルはTRPV、TRPM(Melastatin)、TRPA(Ankyrin)、TRPC(Canonical)サブファミリーにまたがっており、それぞれの活性化温度閾値はヒトが感知しうる温度をほぼ網羅している。温度によるチャネルの構造変化がTRPV1<ref name=Kwon2021><pubmed>34239123</pubmed></ref>、TRPV3<ref name=Nadezhdin2021><pubmed>34239124</pubmed></ref>、TRPM4<ref name=Hu2024><pubmed>38750366</pubmed></ref>において報告されているが十分に明らかになっておらず、今後の研究における解明が期待される。


2-1. TRPV1
 1997年に、カプサイシン受容体であるTRPV1が熱刺激によって活性化することが明らかとなり、哺乳類で初めて生体温度センサー分子が発見された。これ以降、温度感受性をもつTRPチャネルが次々と同定され、これらを総称して「温度感受性TRPチャネル」と呼ぶ。全てのTRPチャネルが温度感受性を持つのではなく、現在までに11の温度感受性TRPチャネルが報告されている。温度感受性TRPチャネルはTRPV、TRPM(Melastatin)、TRPA(Ankyrin)、TRPC(Canonical)サブファミリーにまたがっており、それぞれの活性化温度閾値はヒトが感知しうる温度をほぼ網羅している。温度によるチャネルの構造変化がTRPV1<ref name=Kwon2021><pubmed>34239123</pubmed></ref>、TRPV3<ref name=Nadezhdin2021><pubmed>34239124</pubmed></ref>、TRPM4<ref name=Hu2024><pubmed>38750366</pubmed></ref>において報告されているが十分に明らかになっておらず、今後の研究における解明が期待される。
発現
 
主に神経に発現しており、後根神経節細胞、三叉神経節細胞および迷走神経求心線維に発現がみられる。また、中枢神経系にも発現している。
=== TRPV1 ===
温度感受性・活性化刺激
==== 発現 ====
43度以上の温度で活性化されるが<ref name=Caterina1999><pubmed>10201375</pubmed></ref><ref name=Caterina1997><pubmed>9349813</pubmed></ref>、温度閾値はプロテインキナーゼC(PKC)やプロテインキナーゼA(PKA)によるリン酸化によって熱による活性化温度閾値が低下、すなわち温度感受性が亢進する<ref name=Moriyama2005><pubmed>15813989</pubmed></ref>。
 主に神経に発現しており、後根神経節細胞、三叉神経節細胞および迷走神経求心線維に発現がみられる。また、中枢神経系にも発現している。
  温度以外にも、カプサイシン(唐辛子)、ピペリン(胡椒)などの辛み成分、レシニフェラトキシン、アナンダミドなどの内因性カンナビノイド、アラキドン酸カスケード(リポキシゲナーゼ)の代謝物、一酸化窒素(NO)、酸(H+)などによって活性化される。
==== 温度感受性・活性化刺激 ====
機能
 43度以上の温度で活性化されるが<ref name=Caterina1999><pubmed>10201375</pubmed></ref><ref name=Caterina1997><pubmed>9349813</pubmed></ref>、温度閾値はプロテインキナーゼC(PKC)やプロテインキナーゼA(PKA)によるリン酸化によって熱による活性化温度閾値が低下、すなわち温度感受性が亢進する<ref name=Moriyama2005><pubmed>15813989</pubmed></ref>。
Ca2+透過性の高い非選択的陽イオンチャネルであり、ヒトが痛みとして認識する温度である43度以上の温度で活性化されることから、感覚神経において侵害性熱刺激受容体と考えられている<ref name=Caterina2000><pubmed>10764638</pubmed></ref>。
 
急性痛のみならず、プロスタグランジン、ヒスタミンなどの炎症性メディエーターによるGタンパク質共役型受容体(GPCR)活性化に伴うPKCによるリン酸化により感作が起こることで炎症性疼痛、特に熱性痛覚過敏にも関与する<ref name=Davis2000><pubmed>10821274</pubmed></ref><ref name=Moriyama2005><pubmed>15813989</pubmed></ref>。
 温度以外にも、カプサイシン(唐辛子)、ピペリン(胡椒)などの辛み成分、レシニフェラトキシン、アナンダミドなどの内因性カンナビノイド、アラキドン酸カスケード(リポキシゲナーゼ)の代謝物、一酸化窒素(NO)、酸(H+)などによって活性化される。
==== 機能 ====
 Ca2+透過性の高い非選択的陽イオンチャネルであり、ヒトが痛みとして認識する温度である43度以上の温度で活性化されることから、感覚神経において侵害性熱刺激受容体と考えられている<ref name=Caterina2000><pubmed>10764638</pubmed></ref>。
 
 急性痛のみならず、プロスタグランジン、ヒスタミンなどの炎症性メディエーターによるGタンパク質共役型受容体(GPCR)活性化に伴うPKCによるリン酸化により感作が起こることで炎症性疼痛、特に熱性痛覚過敏にも関与する<ref name=Davis2000><pubmed>10821274</pubmed></ref><ref name=Moriyama2005><pubmed>15813989</pubmed></ref>。
食事による唐辛子などの摂取によって消化管に分布する迷走神経に含まれる求心性神経に発現するTRPV1が活性化されると、エネルギー消費と褐色脂肪組織の熱産生を伴う体温上昇を起こす<ref name=Kawabata2009><pubmed>19966466</pubmed></ref>。
食事による唐辛子などの摂取によって消化管に分布する迷走神経に含まれる求心性神経に発現するTRPV1が活性化されると、エネルギー消費と褐色脂肪組織の熱産生を伴う体温上昇を起こす<ref name=Kawabata2009><pubmed>19966466</pubmed></ref>。
TRPV1を標的とした鎮痛薬の開発が行われているが、TRPV1阻害薬の全身投与は体温上昇を引き起こすことが報告されている<ref name=Bishnoi2011><pubmed>20932252</pubmed></ref><ref name=Kaneko2014><pubmed>24102319</pubmed></ref>。


2-2. TRPV2
 TRPV1を標的とした鎮痛薬の開発が行われているが、TRPV1阻害薬の全身投与は体温上昇を引き起こすことが報告されている<ref name=Bishnoi2011><pubmed>20932252</pubmed></ref><ref name=Kaneko2014><pubmed>24102319</pubmed></ref>。
発現
 
TRPV2は、感覚神経および中枢神経に加え、免疫細胞、脂肪細胞、上皮細胞、心筋・血管平滑筋、膵臓などの組織に発現している。
=== TRPV2 ===
温度感受性・活性化刺激
==== 発現 ====
 TRPV2は、感覚神経および中枢神経に加え、免疫細胞、脂肪細胞、上皮細胞、心筋・血管平滑筋、膵臓などの組織に発現している。
==== 温度感受性・活性化刺激 ====
52度以上の温度で活性化されるが<ref name=Caterina1999><pubmed>10201375</pubmed></ref>、ratTRPV2はメチオニン残基(M528とM607)の酸化によって温度感受性が亢進し、体温付近の温度でも活性化されうることが報告されている<ref name=Fricke2019><pubmed>31719194</pubmed></ref>。TRPV2は機械刺激感受性も持つが<ref name=Muraki2003><pubmed>14512441</pubmed></ref>、メチオニン残基の酸化は機械刺激感受性には影響を与えないことが報告されている<ref name=Oda2021><pubmed>34841092</pubmed></ref>。
52度以上の温度で活性化されるが<ref name=Caterina1999><pubmed>10201375</pubmed></ref>、ratTRPV2はメチオニン残基(M528とM607)の酸化によって温度感受性が亢進し、体温付近の温度でも活性化されうることが報告されている<ref name=Fricke2019><pubmed>31719194</pubmed></ref>。TRPV2は機械刺激感受性も持つが<ref name=Muraki2003><pubmed>14512441</pubmed></ref>、メチオニン残基の酸化は機械刺激感受性には影響を与えないことが報告されている<ref name=Oda2021><pubmed>34841092</pubmed></ref>。
TRPV2のN-グルコシル化やインスリン様成長因子1(IGF-1)刺激によるTRPV2タンパク質の細胞膜への移送などTRPV2タンパク質の細胞膜発現量の変化により、TRPV2活性が調節されることも報告されている<ref name=Barnhill2004><pubmed>14991772</pubmed></ref><ref name=Hisanaga2009><pubmed>18984736</pubmed></ref>。
TRPV2のN-グルコシル化やインスリン様成長因子1(IGF-1)刺激によるTRPV2タンパク質の細胞膜への移送などTRPV2タンパク質の細胞膜発現量の変化により、TRPV2活性が調節されることも報告されている<ref name=Barnhill2004><pubmed>14991772</pubmed></ref><ref name=Hisanaga2009><pubmed>18984736</pubmed></ref>。