「スフィンゴミエリン」の版間の差分

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== 特異的標的毒素とその可視化技術への利用 ==
== 特異的標的毒素とその可視化技術への利用 ==
 スフィンゴミエリンをターゲットとし、多量体形成による細胞膜に孔を形成する毒素が知られている。これらの毒素は、変異導入や全長タンパク質の脂質結合ドメインへの短縮化により単量体・無毒化が図られ、細胞におけるスフィンゴミエリンの分布・動態可視化に用いられている<ref name=Kobayashi2021><pubmed>37366372</pubmed></ref><ref name=Tomishige2021><pubmed>33712198</pubmed></ref>。また、蛍光スフィンゴミエリン 類似体による可視化例についても総説を紹介する<ref name=Jamecna2024><pubmed>38488070</pubmed></ref><ref name=Kishimoto2016><pubmed>26993577</pubmed></ref><ref name=Kol2025><pubmed>39672331</pubmed></ref><ref name=Yamaji-Hasegawa2016><pubmed>26498396</pubmed></ref>。
 スフィンゴミエリンをターゲットとし、多量体形成による細胞膜に孔を形成する[[毒素]]が知られている。これらの毒素は、変異導入や全長タンパク質の脂質結合ドメインへの短縮化により単量体・無毒化が図られ、細胞におけるスフィンゴミエリンの分布・動態可視化に用いられている<ref name=Kobayashi2021><pubmed>37366372</pubmed></ref><ref name=Tomishige2021><pubmed>33712198</pubmed></ref>。また、蛍光スフィンゴミエリン 類似体による可視化例についても総説を紹介する<ref name=Jamecna2024><pubmed>38488070</pubmed></ref><ref name=Kishimoto2016><pubmed>26993577</pubmed></ref><ref name=Kol2025><pubmed>39672331</pubmed></ref><ref name=Yamaji-Hasegawa2016><pubmed>26498396</pubmed></ref>。
=== スフィンゴミエリン特異的毒素 ===
=== スフィンゴミエリン特異的毒素 ===
 ライセニン(lysenin)は、33 kDaのミミズ由来<ref name=Sekizawa1997><pubmed>9210594</pubmed></ref>の孔形成毒素で特異的にスフィンゴミエリン に結合する(KD = 5.3 x 10-9 M)<ref name=Yamaji1998><pubmed>9478988</pubmed></ref>。部分的に共通した他の脂質との結合比較により、ライセニンはセラミドに付加したホスホコリン構造を認識していると推測される<ref name=Kobayashi2021><pubmed>37366372</pubmed></ref>。孔形成毒素としてのライセニンへの耐性を指標として、スフィンゴミエリン 合成に関わる遺伝子のスクリーニングに利用され、セラミド輸送タンパク質CERTを含む、スフィンゴミエリン 合成関連遺伝子の同定に成功している<ref name=Goto2022><pubmed>35800758</pubmed></ref><ref name=Hanada1998><pubmed>9837968</pubmed></ref><ref name=Hanada2003><pubmed>14685229</pubmed></ref><ref name=Mizuike2023><pubmed>37195633</pubmed></ref><ref name=Tomishige2009><pubmed>19005213</pubmed></ref>。ライセニンのC末のbeta-trefoilモチーフがスフィンゴミエリン への結合に関わっており、N末のオリゴマー形成に必要なドメインを欠損した変異体NT-Lys(15.9 kDa)は、スフィンゴミエリン への特異的結合を維持するが(KD = 1.9 x 10-7 M)<ref name=Kiyokawa2005><pubmed>15840575</pubmed></ref>、毒性を欠失しており、蛍光色素や蛍光タンパク質による標識体を用いて、細胞におけるスフィンゴミエリン の局在やダイナミクスが可視化されている。ライセニンは5-6分子のスフィンゴミエリン からなるクラスターに結合し<ref name=Ishitsuka2007><pubmed>17243772</pubmed></ref><ref name=Ishitsuka2004><pubmed>14695271</pubmed></ref><ref name=Makino2015><pubmed>25389132</pubmed></ref>、スフィンゴミエリンとクラスターを形成する糖脂質や、飽和脂肪酸をもつPCの共存によって、その結合が阻害される<ref name=Ishitsuka2004><pubmed>14695271</pubmed></ref><ref name=Makino2015><pubmed>25389132</pubmed></ref>。
==== ライセニン ====
 [[ライセニン]](lysenin)は、33 K<small>D</small>aの[[ミミズ]]由来<ref name=Sekizawa1997><pubmed>9210594</pubmed></ref>の孔形成毒素で特異的にスフィンゴミエリンに結合する(K<small>D</small> = 5.3 x 10<sup>-9</sup> M)<ref name=Yamaji1998><pubmed>9478988</pubmed></ref>。部分的に共通した他の脂質との結合比較により、ライセニンはセラミドに付加したホスホコリン構造を認識していると推測される<ref name=Kobayashi2021><pubmed>37366372</pubmed></ref>。孔形成毒素としてのライセニンへの耐性を指標として、スフィンゴミエリン合成に関わる遺伝子のスクリーニングに利用され、セラミド輸送タンパク質CERTを含む、スフィンゴミエリン合成関連遺伝子の同定に成功している<ref name=Goto2022><pubmed>35800758</pubmed></ref><ref name=Hanada1998><pubmed>9837968</pubmed></ref><ref name=Hanada2003><pubmed>14685229</pubmed></ref><ref name=Mizuike2023><pubmed>37195633</pubmed></ref><ref name=Tomishige2009><pubmed>19005213</pubmed></ref>。ライセニンのC末の&beta;-trefoilモチーフがスフィンゴミエリン への結合に関わっており、N末のオリゴマー形成に必要なドメインを欠損した変異体NT-Lys(15.9 K<small>D</small>a)は、スフィンゴミエリン への特異的結合を維持するが(K<small>D</small> = 1.9 x 10<sup>-7</sup> M)<ref name=Kiyokawa2005><pubmed>15840575</pubmed></ref>、毒性を欠失しており、[[蛍光色素]]や[[蛍光タンパク質]]による標識体を用いて、細胞におけるスフィンゴミエリンの局在やダイナミクスが可視化されている。ライセニンは5-6分子のスフィンゴミエリンからなるクラスターに結合し<ref name=Ishitsuka2007><pubmed>17243772</pubmed></ref><ref name=Ishitsuka2004><pubmed>14695271</pubmed></ref><ref name=Makino2015><pubmed>25389132</pubmed></ref>、スフィンゴミエリンとクラスターを形成する糖脂質や、飽和脂肪酸をもつホスファチジルコリンの共存によって、その結合が阻害される<ref name=Ishitsuka2004><pubmed>14695271</pubmed></ref><ref name=Makino2015><pubmed>25389132</pubmed></ref>。
==== エキナトキシン ====
 [[エキナトキシン]](equinatoxin II, EqtII)は、[[イソギンチャク]]由来の[[アクチノポリン]]ファミリーに属する20 K<small>D</small>aの孔形成毒素であり<ref name=Anderluh1996><pubmed>8645323</pubmed></ref><ref name=Rojko2016><pubmed>26351738</pubmed></ref>、スフィンゴミエリンに特異的に結合する(K<small>D</small> = 7.5 x 10<sup>-9</sup> M)<ref name=Hong2002><pubmed>12198118</pubmed></ref>。EqtII(8-69)は、V8C/K69Cの二重変異を持ち、分子内[[ジスルフィド]]架橋形成により立体構造変換を阻害することで無毒化された変異体であり<ref name=Hong2002><pubmed>12198118</pubmed></ref>、細胞内スフィンゴミエリン可視化に利用された<ref name=Bakrac2008><pubmed>18442982</pubmed></ref>。Eqt-SMは、V22W/Y108Iの二重変異を持つ無毒化変異体でトランスゴルジネットワークから細胞表層へ輸送される、GPI-アンカー型タンパク質を積荷した小胞へのスフィンゴミエリン濃縮を可視化するのに用いられた<ref name=Deng2016><pubmed>27247384</pubmed></ref>。最近では、別の無毒化NT-EqtIIがL26A/P81Aの二重変異の導入により作製され、細胞膜内層のスフィンゴミエリン動態の可視化に使用された<ref name=Mori2024><pubmed>39043900</pubmed></ref>。


 エキナトキシン(equinatoxin II, EqtII)は、イソギンチャク由来のアクチノポリンファミリーに属する20 kDaの孔形成毒素であり<ref name=Anderluh1996><pubmed>8645323</pubmed></ref><ref name=Rojko2016><pubmed>26351738</pubmed></ref>、スフィンゴミエリン に特異的に結合する(KD = 7.5 x 10-9 M)<ref name=Hong2002><pubmed>12198118</pubmed></ref>。EqtII(8-69)は、V8C/K69Cの二重変異を持ち、分子内ジスルフィド架橋形成により立体構造変換を阻害することで無毒化された変異体であり<ref name=Hong2002><pubmed>12198118</pubmed></ref>、細胞内スフィンゴミエリン 可視化に利用された<ref name=Bakrac2008><pubmed>18442982</pubmed></ref>。Eqt-SMは、V22W/Y108Iの二重変異を持つ無毒化変異体でトランスゴルジネットワークから細胞表層へ輸送される、GPI-アンカー型タンパク質を積荷した小胞へのスフィンゴミエリン 濃縮を可視化するのに用いられた<ref name=Deng2016><pubmed>27247384</pubmed></ref>。最近では、別の無毒化NT-EqtIIがL26A/P81Aの二重変異の導入により作製され、細胞膜内層のスフィンゴミエリン動態の可視化に使用された<ref name=Mori2024><pubmed>39043900</pubmed></ref>。
 人工膜を用いて、NT-LysがLoドメインの、EqtIIはLdドメインのスフィンゴミエリンに結合するという差異が観察されている<ref name=Makino2015><pubmed>25389132</pubmed></ref>。これはNT-Lysがクラスター化したスフィンゴミエリン を好むのに対し、EqtIIは密度の低いスフィンゴミエリン に結合することを反映していると推測されている<ref name=Kobayashi2021><pubmed>37366372</pubmed></ref><ref name=Makino2015><pubmed>25389132</pubmed></ref>。
 
 人工膜を用いて、NT-LysがLoドメインの、EqtIIはLdドメインのスフィンゴミエリン に結合するという差異が観察されている<ref name=Makino2015><pubmed>25389132</pubmed></ref>。これはNT-Lysがクラスター化したスフィンゴミエリン を好むのに対し、EqtIIは密度の低いスフィンゴミエリン に結合することを反映していると推測されている<ref name=Kobayashi2021><pubmed>37366372</pubmed></ref><ref name=Makino2015><pubmed>25389132</pubmed></ref>。
=== スフィンゴミエリン /コレステロール複合体特異的毒素・結合タンパク質 ===
=== スフィンゴミエリン /コレステロール複合体特異的毒素・結合タンパク質 ===
 キノコ由来のAegerolysinsは、二つのサブユニットから構成される孔形成毒素の約15 kDaの膜結合サブユニットである。類似したタンパクであるOstreolysin A (OlyA)<ref name=Skocaj2014><pubmed>24664106</pubmed></ref>、pleurotolysin A2 (PlyA2)<ref name=Bhat2013><pubmed>23918047</pubmed></ref>の脂質結合性が解析され、スフィンゴミエリン/コレステロールの複合体に結合することが報告された。OlyAは、コレステロールとの複合体形成時の極性頭部が膜面へ傾いたコンフォメーションのスフィンゴミエリン を認識することが推測されている<ref name=Endapally2019><pubmed>30712872</pubmed></ref>。これらのタンパク質のスフィンゴミエリン/コレステロール複合体に対する結合定数は非常に弱く、求められていないが、CPE/コレステロール複合体には高い親和性で結合する(OlyA, KD = 1.2 x 10-9 M; PlyA2, KD = 1.2 x 10-8 M)<ref name=Bhat2015><pubmed>26060215</pubmed></ref>。類似タンパクであるErylysin A (EryA) はCPE/コレステロールには結合するがスフィンゴミエリン/コレステロールには結合しない<ref name=Bhat2015><pubmed>26060215</pubmed></ref>
==== Aegerolysins ====
 
 [[キノコ]]由来の[[Aegerolysins]]は、二つのサブユニットから構成される孔形成毒素の約15 K<small>D</small>aの膜結合サブユニットである。類似したタンパクである[[Ostreolysin A]] (OlyA)<ref name=Skocaj2014><pubmed>24664106</pubmed></ref>、[[pleurotolysin A2]] (PlyA2)<ref name=Bhat2013><pubmed>23918047</pubmed></ref>の脂質結合性が解析され、スフィンゴミエリン/コレステロールの複合体に結合することが報告された。OlyAは、コレステロールとの複合体形成時の極性頭部が膜面へ傾いたコンフォメーションのスフィンゴミエリンを認識することが推測されている<ref name=Endapally2019><pubmed>30712872</pubmed></ref>。これらのタンパク質のスフィンゴミエリン/コレステロール複合体に対する結合定数は非常に弱く、求められていないが、CPE/コレステロール複合体には高い親和性で結合する(OlyA, K<small>D</small> = 1.2 x 10<sup>-9</sup> M; PlyA2, K<small>D</small> = 1.2 x 10<sup>-8</sup> M)<ref name=Bhat2015><pubmed>26060215</pubmed></ref>。類似タンパクであるErylysin A (EryA) はCPE/コレステロールには結合するがスフィンゴミエリン/コレステロールには結合しない<ref name=Bhat2015><pubmed>26060215</pubmed></ref>
 Nakanoriもまたキノコ由来のスフィンゴミエリン/コレステロール複合体結合タンパク質であるが、他のスフィンゴミエリン やスフィンゴミエリン/コレステロール結合タンパク質とは配列類似性を持たず、毒性を示さない。一方Nakanoriの立体構造はスチコライシン、エキナトキシン等のアクチノポリンと類似しているがN末に30残基のアミノ酸を余分に持っている点が異なっている。Nakanoriはスフィンゴミエリン/コレステロールへの高い親和性を示す(KD = 1.2 x 10-9 M)<ref name=Makino2017><pubmed>27492925</pubmed></ref>。
==== Nakanori ====
 [[Nakanori]]もまたキノコ由来のスフィンゴミエリン/コレステロール複合体結合タンパク質であるが、他のスフィンゴミエリンやスフィンゴミエリン/コレステロール結合タンパク質とは配列類似性を持たず、毒性を示さない。一方Nakanoriの立体構造はスチコライシン、エキナトキシン等のアクチノポリンと類似しているがN末に30残基のアミノ酸を余分に持っている点が異なっている。Nakanoriはスフィンゴミエリン/コレステロールへの高い親和性を示す(K<small>D</small> = 1.2 x 10<sup>-9</sup> M)<ref name=Makino2017><pubmed>27492925</pubmed></ref>。


== 参考文献==
== 参考文献==