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<font size="+1">[http://researchmap.jp/read0191579 大橋 一正]、[https://researchmap.jp/read0191576 水野 健作]</font><br>
<font size="+1">[http://researchmap.jp/read0191579 大橋 一正]、[https://researchmap.jp/read0191576 水野 健作]</font><br>
''東北大学 大学院生命科学研究科 分子化学生物学専攻''<br>
''東北大学 大学院生命科学研究科 分子化学生物学専攻''<br>
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• 疾患との関わり
• 疾患との関わり
神経疾患
神経疾患 ===
アルツハイマー病との関連
アルツハイマー病との関連
アルツハイマー病の初期の神経細胞傷害に関わる酸化ストレスにおいて、SSH1は複数の過程に関与し増悪因子として機能することが示されている。アルツハイマー病の原因因子の一つであるアミロイドβオリゴマー(Aβオリゴマー)は、神経細胞に対してインテグリン依存的にSSH1を活性化し、コフィリンを脱リン酸化する。脱リン酸化されたコフィリンはアミロイド前駆体タンパク質やインテグリンの取り込みを促進する機能を持つRan-binding protein 9 (RanBP9)とともにミトコンドリアに移行し、活性酸素種(ROS)の産生を誘導する。その酸化ストレスによってコフィリンのシステイン残基が酸化され、ジスルフィド結合を形成して多量体化してアクチン線維との凝集体であるアクチンロッドを形成し、神経細胞の傷害を引き起こすことが示されている<ref name=Woo2015><pubmed>25741591</pubmed></ref> [38]。また、RanBP9は、SSH1の分解を抑制して安定化に働くことでAβオリゴマーによるコフィリンの活性化に寄与していることが示された<ref name=Woo2015><pubmed>25741591</pubmed></ref> [38]。これとは別に、SSH1は、オートファジーの隔離膜にユビキチン化されたミトコンドリアなどを結合する受容体として働くSQSTM1/p62に結合し、SQSTM1/p62の活性に必要な402番目のセリン残基のリン酸基を脱リン酸化し、傷ついたミトコンドリアのオートファジーによる除去(マイトファジー)を抑制することが明らかにされた<ref name=Fang2021></ref> [5]。さらに、SSH1は、ホスファターゼドメインよりC末端側でSQSTM1/p62と結合し(図2)、その脱リン酸化活性に依存せずにマイトファジーを抑制することで細胞内のROSの増加を引き起こし、神経細胞の傷害を増悪化することが示された<ref name=Cazzaro2023><pubmed>36637427</pubmed></ref> [39]。また、アルツハイマー病の初期に起こる酸化的障害に対して、転写因子Nrf2が保護的に働くが、SQSTM1/p62は、Nrf2の分解を促進するKeap1と競合的に結合し、Nrf2の分解を抑制して、その細胞防御機能を強化する。SSH1は、SQSTM1/p62に結合して、Keap1のNrf2への結合を促進することでNrf2の分解を促進し、酸化的な細胞障害に対する保護機能を減弱させることが示された。さらに、これらのアルツハイマー病の原因となる現象はSSH1の発現抑制や遺伝子欠損によって回復することが示されている<ref name=Cazzaro2023><pubmed> 37463212</pubmed></ref> [37]。一方、γセクレターゼによるアミロイドβの生成によってSSH1の活性が抑制され、コフィリンのリン酸化が亢進し、神経細胞の傷害を引き起こしているとの報告がある<ref name=Barone2014><pubmed>25315299</pubmed></ref> [40]。この矛盾する結果は、解析した対象個体の年齢の違いによると説明されているが詳細は不明である<ref name=Barone2014><pubmed>25315299</pubmed></ref> [40]。
アルツハイマー病の初期の神経細胞傷害に関わる酸化ストレスにおいて、SSH1は複数の過程に関与し増悪因子として機能することが示されている。アルツハイマー病の原因因子の一つであるアミロイドβオリゴマー(Aβオリゴマー)は、神経細胞に対してインテグリン依存的にSSH1を活性化し、コフィリンを脱リン酸化する。脱リン酸化されたコフィリンはアミロイド前駆体タンパク質やインテグリンの取り込みを促進する機能を持つRan-binding protein 9 (RanBP9)とともにミトコンドリアに移行し、活性酸素種(ROS)の産生を誘導する。その酸化ストレスによってコフィリンのシステイン残基が酸化され、ジスルフィド結合を形成して多量体化してアクチン線維との凝集体であるアクチンロッドを形成し、神経細胞の傷害を引き起こすことが示されている<ref name=Woo2015><pubmed>25741591</pubmed></ref> [38]。また、RanBP9は、SSH1の分解を抑制して安定化に働くことでAβオリゴマーによるコフィリンの活性化に寄与していることが示された<ref name=Woo2015><pubmed>25741591</pubmed></ref> [38]。これとは別に、SSH1は、オートファジーの隔離膜にユビキチン化されたミトコンドリアなどを結合する受容体として働くSQSTM1/p62に結合し、SQSTM1/p62の活性に必要な402番目のセリン残基のリン酸基を脱リン酸化し、傷ついたミトコンドリアのオートファジーによる除去(マイトファジー)を抑制することが明らかにされた<ref name=Fang2021></ref> [5]。さらに、SSH1は、ホスファターゼドメインよりC末端側でSQSTM1/p62と結合し(図2)、その脱リン酸化活性に依存せずにマイトファジーを抑制することで細胞内のROSの増加を引き起こし、神経細胞の傷害を増悪化することが示された<ref name=Cazzaro2023b><pubmed>36637427</pubmed></ref> [39]。また、アルツハイマー病の初期に起こる酸化的障害に対して、転写因子Nrf2が保護的に働くが、SQSTM1/p62は、Nrf2の分解を促進するKeap1と競合的に結合し、Nrf2の分解を抑制して、その細胞防御機能を強化する。SSH1は、SQSTM1/p62に結合して、Keap1のNrf2への結合を促進することでNrf2の分解を促進し、酸化的な細胞障害に対する保護機能を減弱させることが示された。さらに、これらのアルツハイマー病の原因となる現象はSSH1の発現抑制や遺伝子欠損によって回復することが示されている<ref name=Cazzaro2023></ref> [37]。一方、γセクレターゼによるアミロイドβの生成によってSSH1の活性が抑制され、コフィリンのリン酸化が亢進し、神経細胞の傷害を引き起こしているとの報告がある<ref name=Barone2014><pubmed>25315299</pubmed></ref> [40]。この矛盾する結果は、解析した対象個体の年齢の違いによると説明されているが詳細は不明である<ref name=Barone2014><pubmed>25315299</pubmed></ref> [40]。
複数種類の癌において、癌の悪性化とSSHの関連性が報告されている<ref name=Gao2021><pubmed>33964330</pubmed></ref> [41]。いずれもSSHの発現の上昇と癌の悪性化が相関している。LIMK1の発現の上昇も癌の悪性化と相関しており、LIMKとSSHによるコフィリンの活性制御のバランスの変化が癌細胞の運動性や浸潤能を亢進し、癌の悪性化をもたらすのではないかと考えられる。SSH1とSSH2においては、乳癌<ref name=Chen2017><pubmed>29029503</pubmed></ref> [42]、膵臓癌、大腸癌、胃癌、膀胱尿路上皮癌、肝癌との関連が示されている<ref name=Gao2021><pubmed>33964330</pubmed></ref> [41]。SSH3においては膵臓癌<ref name=Wang2015><pubmed>25684665</pubmed></ref><ref name=Yang2024><pubmed>38726290</pubmed></ref> [43][44]、転移性前立腺癌<ref name=Muller2018><pubmed>29248718</pubmed></ref> [45]、大腸癌<ref name=Hu2019><pubmed> 31218112</pubmed></ref><ref name=Song2020><pubmed>32020663</pubmed></ref> [46][47]との関連が示されている。また、腸膜上皮細胞の細胞層を肝癌細胞が頂端側から基底側に浸潤するモデル系において、SSH1はその浸潤に必要であることが示されている<ref name=Horita2008><pubmed>18171679</pubmed></ref> [48]。
複数種類の癌において、癌の悪性化とSSHの関連性が報告されている<ref name=Gao2021><pubmed>33964330</pubmed></ref> [41]。いずれもSSHの発現の上昇と癌の悪性化が相関している。LIMK1の発現の上昇も癌の悪性化と相関しており、LIMKとSSHによるコフィリンの活性制御のバランスの変化が癌細胞の運動性や浸潤能を亢進し、癌の悪性化をもたらすのではないかと考えられる。SSH1とSSH2においては、乳癌<ref name=Chen2017><pubmed>29029503</pubmed></ref> [42]、膵臓癌、大腸癌、胃癌、膀胱尿路上皮癌、肝癌との関連が示されている<ref name=Gao2021><pubmed>33964330</pubmed></ref> [41]。SSH3においては膵臓癌<ref name=Wang2015><pubmed>25684665</pubmed></ref><ref name=Yang2024><pubmed>38726290</pubmed></ref> [43][44]、転移性前立腺癌<ref name=Muller2018><pubmed>29248718</pubmed></ref> [45]、大腸癌<ref name=Hu2019><pubmed> 31218112</pubmed></ref><ref name=Song2020><pubmed>32020663</pubmed></ref> [46][47]との関連が示されている。また、腸膜上皮細胞の細胞層を肝癌細胞が頂端側から基底側に浸潤するモデル系において、SSH1はその浸潤に必要であることが示されている<ref name=Horita2008><pubmed>18171679</pubmed></ref> [48]。