「グリコシルホスファチジルイノシトールアンカー」の版間の差分

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(ページの作成:「脳科学辞典 「GPIアンカー」 英語:GPI anchor, glycosylphosphatidylinositol anchor 細胞表面の膜タンパク質の中には、タンパク質自体は膜に挿入されず、カルボキシ末端に結合したGPIアンカー(グリコシルホスファチジルイノシトールアンカー)と呼ばれる糖脂質によって細胞膜に係留されている一群があり、GPIアンカー型タンパク質と呼ばれる。ヒトではア…」)
 
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脳科学辞典
「GPIアンカー」
「GPIアンカー」
英語:GPI anchor, glycosylphosphatidylinositol anchor
英語:GPI anchor, glycosylphosphatidylinositol anchor
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細胞表面の膜タンパク質の中には、タンパク質自体は膜に挿入されず、カルボキシ末端に共有結合したGPIアンカーと呼ばれる糖脂質によって細胞膜に係留されている一群があり、GPIアンカー型タンパク質(GPI-anchored protein, GPI-AP)と呼ばれる。脂質部分はホスファチジルイノシトール (PI) であり、それが糖鎖を介してタンパク質に結合し、タンパク質を膜に係留する役目を果たしていることからグリコシルホスファホスファチジルイノシトール(glycosylphosphatidylinositol, GPI)アンカーと呼ばれる<ref name=Kinoshita2020><pubmed>32156170</pubmed></ref><ref name=Kinoshita2024><pubmed>39129667</pubmed></ref>。
細胞表面の膜タンパク質の中には、タンパク質自体は膜に挿入されず、カルボキシ末端に共有結合したGPIアンカーと呼ばれる糖脂質によって細胞膜に係留されている一群があり、GPIアンカー型タンパク質(GPI-anchored protein, GPI-AP)と呼ばれる。脂質部分はホスファチジルイノシトール (PI) であり、それが糖鎖を介してタンパク質に結合し、タンパク質を膜に係留する役目を果たしていることからグリコシルホスファホスファチジルイノシトール(glycosylphosphatidylinositol, GPI)アンカーと呼ばれる<ref name=Kinoshita2020><pubmed>32156170</pubmed></ref><ref name=Kinoshita2024><pubmed>39129667</pubmed></ref>。
GPI-APは真核生物に広く存在し、トリパノソーマ、マラリア原虫、トキソプラズマなど原生動物には特に多量に存在する。ヒトでは、アルカリホスファターゼ、ecto-5’-nucleotidase (CD73)など細胞表面の様々な加水分解酵素、葉酸受容体などの受容体、コンタクチンなどの接着分子、補体制御因子、プリオンタンパク質など160種以上が知られている<ref name=Kinoshita2020><pubmed>32156170</pubmed></ref>。
GPI-APは真核生物に広く存在し、トリパノソーマ、マラリア原虫、トキソプラズマなど原生動物には特に多量に存在する。ヒトでは、アルカリホスファターゼ、ecto-5’-nucleotidase (CD73)など細胞表面の様々な加水分解酵素、葉酸受容体などの受容体、コンタクチンなどの接着分子、補体制御因子、プリオンタンパク質など160種以上が知られている<ref name=Kinoshita2020><pubmed>32156170</pubmed></ref>。
GPI-APは、PIを切断する細菌由来のPI特異的ホスホリパーゼC(PI-PLC)によって、一部の加水分解酵素が動物細胞表面から遊離する現象の観察などをきっかけに1970年代後半に発見された<ref name=Ikezawa2002><pubmed>11995915</pubmed></ref>。1980年代後半には睡眠病トリパノソーマのvariant surface glycoproteinとラット脳のThy-1でGPIアンカーの化学構造が決定され<ref name=Ferguson1988><pubmed></pubmed></ref><ref name=Homans1988><pubmed></pubmed></ref>、さらにGPI生合成活性が著しく高い睡眠病トリパノソーマの細胞破砕液を用いて生合成経路のあらましがわかった<ref name=Masterson1989><pubmed></pubmed></ref>。その後、生合成に働く遺伝子群の解明<ref name=Miyata1993><pubmed></pubmed></ref>、後天性および先天性欠損症の発見<ref name=Almeida2006><pubmed>16767100</pubmed></ref><ref name=Takeda1993><pubmed></pubmed></ref>、GPIアンカー型タンパク質の機能的特徴<ref name=Brown1992><pubmed></pubmed></ref>などが明らかにされた。
GPI-APは、PIを切断する細菌由来のPI特異的ホスホリパーゼC(PI-PLC)によって、一部の加水分解酵素が動物細胞表面から遊離する現象の観察などをきっかけに1970年代後半に発見された<ref name=Ikezawa2002><pubmed>11995915</pubmed></ref>。1980年代後半には睡眠病トリパノソーマのvariant surface glycoproteinとラット脳のThy-1でGPIアンカーの化学構造が決定され<ref name=Ferguson1988><pubmed>3340856</pubmed></ref><ref name=Homans1988><pubmed>2897081</pubmed></ref>、さらにGPI生合成活性が著しく高い睡眠病トリパノソーマの細胞破砕液を用いて生合成経路のあらましがわかった<ref name=Masterson1989><pubmed>2924349</pubmed></ref>。その後、生合成に働く遺伝子群の解明<ref name=Miyata1993><pubmed>7680492</pubmed></ref>、後天性および先天性欠損症の発見<ref name=Almeida2006><pubmed>16767100</pubmed></ref><ref name=Takeda1993><pubmed>8500164</pubmed></ref>、GPIアンカー型タンパク質の機能的特徴<ref name=Brown1992><pubmed>1531449</pubmed></ref>などが明らかにされた。


GPIアンカーの構造
GPIアンカーの構造
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GPI-APの生合成は小胞体膜上で前駆体タンパク質とGPIが別々に合成され、小胞体内腔側でGPIがタンパク質に翻訳後修飾の形で付加される<ref name=Kinoshita2020><pubmed>32156170</pubmed></ref><ref name=Kinoshita2024><pubmed>39129667</pubmed></ref> (図2)。前駆体タンパク質はカルボキシ末端におおよそ30〜40残基からなるGPIアンカー付加シグナル配列を持ち、この配列が特定の部位で切断されることで、新たに露出したC末端にGPIアンカーが付加される。GPIは、EtN-Pを介してタンパク質のカルボキシ末端とアミド結合する。反応はトランスアミデーションであり、触媒部位にシステインを持つPIGKタンパク質を含む5つのタンパク質からなるGPIトランスアミダーゼ(GPI-TA)によって行われる。最近、GPI-TA複合体の構造がクライオ電顕で解かれ、酵素の構造と反応の詳細がかなり明らかになった<ref name=Xu2023><pubmed>37684232</pubmed></ref>。
GPI-APの生合成は小胞体膜上で前駆体タンパク質とGPIが別々に合成され、小胞体内腔側でGPIがタンパク質に翻訳後修飾の形で付加される<ref name=Kinoshita2020><pubmed>32156170</pubmed></ref><ref name=Kinoshita2024><pubmed>39129667</pubmed></ref> (図2)。前駆体タンパク質はカルボキシ末端におおよそ30〜40残基からなるGPIアンカー付加シグナル配列を持ち、この配列が特定の部位で切断されることで、新たに露出したC末端にGPIアンカーが付加される。GPIは、EtN-Pを介してタンパク質のカルボキシ末端とアミド結合する。反応はトランスアミデーションであり、触媒部位にシステインを持つPIGKタンパク質を含む5つのタンパク質からなるGPIトランスアミダーゼ(GPI-TA)によって行われる。最近、GPI-TA複合体の構造がクライオ電顕で解かれ、酵素の構造と反応の詳細がかなり明らかになった<ref name=Xu2023><pubmed>37684232</pubmed></ref>。
GPI部分はPIに構成成分が順に結合していく10段階の連鎖反応によって合成される。最初の2段階は小胞体膜の細胞質側で行われ、イノシトールの6位にUDP-Nアセチルグルコサミン(UDP-GlcNAc)からGlcNAcが転移してGlcNAc-PIができ、それが脱アセチルされGlcN-PIになる。GlcN-PIは内腔側へフリップし、その後の反応はタンパク質への付加まで小胞体内腔側で行われる(図2)。まずイノシトールの2位に脂肪酸(主としてパルミチン酸)が付加されGlcN-(acyl)PIになり、その後3つのManと3つのEtN-Pが順に付加され、GPI-TAの基質となり得る完成型のGPI前駆体となる。脂肪酸、Man、EtN-Pは、それぞれアシル-CoA、ドリコール―リン酸―Man (Dol-P-Man)、ホスファチジルエタノールアミンから供与される。哺乳動物細胞の完成型GPI前駆体の構造は、EtN-P-Man3-(EtN-P-)Man2-(EtN-P-)Man1-GlcN-(acyl)PIであり、3つすべてのManにEtN-Pが付いている。
GPI部分はPIに構成成分が順に結合していく10段階の連鎖反応によって合成される。最初の2段階は小胞体膜の細胞質側で行われ、イノシトールの6位にUDP-Nアセチルグルコサミン(UDP-GlcNAc)からGlcNAcが転移してGlcNAc-PIができ、それが脱アセチルされGlcN-PIになる。GlcN-PIは内腔側へフリップし、その後の反応はタンパク質への付加まで小胞体内腔側で行われる(図2)。まずイノシトールの2位に脂肪酸(主としてパルミチン酸)が付加されGlcN-(acyl)PIになり、その後3つのManと3つのEtN-Pが順に付加され、GPI-TAの基質となり得る完成型のGPI前駆体となる。脂肪酸、Man、EtN-Pは、それぞれアシル-CoA、ドリコール―リン酸―Man (Dol-P-Man)、ホスファチジルエタノールアミンから供与される。哺乳動物細胞の完成型GPI前駆体の構造は、EtN-P-Man3-(EtN-P-)Man2-(EtN-P-)Man1-GlcN-(acyl)PIであり、3つすべてのManにEtN-Pが付いている。
GPIの生合成とタンパク質への付加にはPIGAなど24個の遺伝子が関わっており、それらはPIG (Phosphatidyl Inositol Glycan)遺伝子群と総称される<ref name=Miyata1993><pubmed></pubmed></ref><ref name=Takahashi1996><pubmed>8861954</pubmed></ref>(図2上部)。
GPIの生合成とタンパク質への付加にはPIGAなど24個の遺伝子が関わっており、それらはPIG (Phosphatidyl Inositol Glycan)遺伝子群と総称される<ref name=Miyata1993><pubmed>7680492</pubmed></ref><ref name=Takahashi1996><pubmed>8861954</pubmed></ref>(図2上部)。
PIにGlcNAcを転移するGPI-GlcNAc transferase (GPI-GnT)は従来7つのタンパク質(PIGA、PIGC、PIGH、PIGQ、PIGP、PIGY、DPM2)の複合体である考えられていたが<ref name=Murakami2005><pubmed>16162815</pubmed></ref><ref name=Watanabe2000><pubmed></pubmed></ref>、最近脂質の制御に関わることが知られていたARV1タンパク質が8つ目のサブユニットであることがわかってきた<ref name=Lu2025><pubmed>40378954</pubmed></ref>。GPI生合成の開始反応が極めて大きな酵素複合体によって担われていることは、生合成経路が精緻に制御されているであろうことをうかがわせるが、PIGAが触媒成分であること以外それぞれのサブユニットの機能の詳細は未だ不明である。
PIにGlcNAcを転移するGPI-GlcNAc transferase (GPI-GnT)は従来7つのタンパク質(PIGA、PIGC、PIGH、PIGQ、PIGP、PIGY、DPM2)の複合体である考えられていたが<ref name=Murakami2005><pubmed>16162815</pubmed></ref><ref name=Watanabe2000><pubmed>10944123</pubmed></ref>、最近脂質の制御に関わることが知られていたARV1タンパク質が8つ目のサブユニットであることがわかってきた<ref name=Lu2025><pubmed>40378954</pubmed></ref>。GPI生合成の開始反応が極めて大きな酵素複合体によって担われていることは、生合成経路が精緻に制御されているであろうことをうかがわせるが、PIGAが触媒成分であること以外それぞれのサブユニットの機能の詳細は未だ不明である。
GlcNAc-PIの脱アセチル化はデアセチラーゼであるPIGLによって、イノシトールのアシル化はアシル転移酵素であるPIGWによって行われる。3つのManはDol-P-Man-dependent Man 転移酵素であるPIGM/PIGX複合体、PIGV、PIGBによって、3つのEtN-PはEtN-P 転移酵素であるPIGN、PIGO/PIGF複合体、PIGG/PIGF複合体によって付加される。
GlcNAc-PIの脱アセチル化はデアセチラーゼであるPIGLによって、イノシトールのアシル化はアシル転移酵素であるPIGWによって行われる。3つのManはDol-P-Man-dependent Man 転移酵素であるPIGM/PIGX複合体、PIGV、PIGBによって、3つのEtN-PはEtN-P 転移酵素であるPIGN、PIGO/PIGF複合体、PIGG/PIGF複合体によって付加される。


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―発作性夜間ヘモグロビン尿症 (PNH)(指定難病62)―
―発作性夜間ヘモグロビン尿症 (PNH)(指定難病62)―
造血幹細胞におけるPIGA遺伝子の体細胞突然変異によってGPI生合成が完全あるいは大きく欠損した細胞が生じ<ref name=Miyata1993><pubmed></pubmed></ref>、その細胞のクローンが拡大することによって大量の異常血液細胞ができる<ref name=Luzzatto2025><pubmed>40089995</pubmed></ref>。異常赤血球は補体の作用から自己細胞を保護するGPIアンカー型の補体制御因子(CD55とCD59)を欠損するため活性化した補体によって溶血が起こる<ref name=Hill2017><pubmed>28516949</pubmed></ref>。また補体依存性の血栓症が本疾患における主要な死因のひとつとなる<ref name=Hill2013><pubmed>23610373</pubmed></ref>。治療には、補体の膜侵襲複合体形成を阻害するヒト化抗C5抗体医薬(エクリズマブなど)が用いられ、溶血の抑制に有効である<ref name=Hillmen2006><pubmed>16990386</pubmed></ref><ref name=Rother2007><pubmed>17989688</pubmed></ref>。
造血幹細胞におけるPIGA遺伝子の体細胞突然変異によってGPI生合成が完全あるいは大きく欠損した細胞が生じ<ref name=Miyata1993><pubmed>7680492</pubmed></ref>、その細胞のクローンが拡大することによって大量の異常血液細胞ができる<ref name=Luzzatto2025><pubmed>40089995</pubmed></ref>。異常赤血球は補体の作用から自己細胞を保護するGPIアンカー型の補体制御因子(CD55とCD59)を欠損するため活性化した補体によって溶血が起こる<ref name=Hill2017><pubmed>28516949</pubmed></ref>。また補体依存性の血栓症が本疾患における主要な死因のひとつとなる<ref name=Hill2013><pubmed>23610373</pubmed></ref>。治療には、補体の膜侵襲複合体形成を阻害するヒト化抗C5抗体医薬(エクリズマブなど)が用いられ、溶血の抑制に有効である<ref name=Hillmen2006><pubmed>16990386</pubmed></ref><ref name=Rother2007><pubmed>17989688</pubmed></ref>。




参考文献
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