17,548
回編集
細 (→スリングショットとは) |
細編集の要約なし |
||
| 12行目: | 12行目: | ||
== スリングショットとは == | == スリングショットとは == | ||
最初、[[ショウジョウバエ]]の翅の毛や背の[[剛毛]]の形態異常の変異体の原因遺伝子として同定された。変異体では剛毛の先が二股に分かれるY字型の形状をもつことからslingshotと名付けられた<ref name=Niwa2002><pubmed>11832213</pubmed></ref> | 最初、[[ショウジョウバエ]]の翅の毛や背の[[剛毛]]の形態異常の変異体の原因遺伝子として同定された。変異体では剛毛の先が二股に分かれるY字型の形状をもつことからslingshotと名付けられた<ref name=Niwa2002><pubmed>11832213</pubmed></ref>。この遺伝子は、[[二重特異性ホスファターゼ]] (dual-specificity phosphatase)に属する[[タンパク質脱リン酸化酵素]]をコードしていた。また、剛毛の形態異常は[[アクチン]]細胞骨格の制御因子の変異に起因する例が知られており、slingshot変異細胞ではアクチンの過重合がみられることから、SSHの基質の候補としてアクチン線維の切断・脱重合因子であり、脱リン酸化によって活性化されるコフィリンが推測された。その可能性は[[哺乳類]]の培養細胞を用いて検討され、コフィリンがSSHの基質であることが明らかにされた<ref name=Niwa2002 />。ショウジョウバエにおけるssh遺伝子の機能不全は、毛だけではなく、[[上皮]]組織、[[個眼]]などでアクチンの過重合を伴う形態異常を示す。コフィリンのリン酸化酵素である[[LIMドメイン含有キナーゼ]] ([[LIMキナーゼ]], [[LIMK]])を過剰発現させてもアクチンの過重合が生じるが、LIMKとSSHを共発現させると過重合がなくなることから、SSHはコフィリン脱リン酸化酵素であることが支持された<ref name=Mizuno2013></ref>。 | ||
[[ファイル:Ohashi LIMK Fig1.png|サムネイル|'''図1. コフィリンのリン酸化・脱リン酸化によるアクチン骨格のダイナミクス制御]] | [[ファイル:Ohashi LIMK Fig1.png|サムネイル|'''図1. コフィリンのリン酸化・脱リン酸化によるアクチン骨格のダイナミクス制御]] | ||
コフィリンは、哺乳類では[[非筋肉型コフィリン]](別名[[n-cofilin]]、[[cofilin-1]])、[[筋肉型コフィリン]](別名[[m-cofilin]]、[[cofilin-2]])、[[Actin depolymerizing factor]]([[ADF]])(別名[[デストリン]] | コフィリンは、哺乳類では[[非筋肉型コフィリン]](別名[[n-cofilin]]、[[cofilin-1]])、[[筋肉型コフィリン]](別名[[m-cofilin]]、[[cofilin-2]])、[[Actin depolymerizing factor]]([[ADF]])(別名[[デストリン]], [[destrin]]))の3種類が存在し、同様の機能をもち、同様のリン酸化制御を受ける<ref name=Mizuno2013><pubmed>23153585</pubmed></ref>。本項ではこれらを総称してコフィリンと表記する。ショウジョウバエではssh遺伝子は1種類であるが、哺乳類では類似した3種類の遺伝子が存在している([[ssh1]], [[ssh2]], [[ssh3]])。それら全て、コフィリンに対する脱リン酸化活性を有する。 | ||
コフィリンは、主にLIMキナーゼによる3番目のセリン残基のリン酸化により不活性化されるが、SSHによって脱リン酸化されると再活性化される('''図1''' | コフィリンは、主にLIMキナーゼによる3番目のセリン残基のリン酸化により不活性化されるが、SSHによって脱リン酸化されると再活性化される('''図1''')。コフィリンのリン酸化と脱リン酸化による活性制御は、アクチン骨格の再構築を制御し、細胞の形態や機能発現に重要な役割を担っていると考えられ、LIMKとSSHは多様な[[シグナル伝達]]経路によって活性が制御されている。SSHにおいても、結合タンパク質や[[リン酸化]]修飾による調節を受けており、細胞の形態・機能発現や様々な疾患に関与することが明らかにされている<ref name=Mizuno2013></ref> <ref name=Ohashi2015><pubmed>25864508</pubmed></ref>[2][3]。 | ||
[[ファイル:Ohashi SSH Fig2.png|サムネイル|'''図2. SSHファミリーの構造と機能制御に関与する部位'''<br>リン酸化を受けるセリン残基、アクチン線維との結合部位、リン酸化コフィリン認識部位、SQSTM1/p62結合部位をSSH1に示す。 A: Aドメイン、B: Bドメイン、P: ホスファターゼドメイン、S: セリンリッチドメイン]] | [[ファイル:Ohashi SSH Fig2.png|サムネイル|'''図2. SSHファミリーの構造と機能制御に関与する部位'''<br>リン酸化を受けるセリン残基、アクチン線維との結合部位、リン酸化コフィリン認識部位、SQSTM1/p62結合部位をSSH1に示す。 A: Aドメイン、B: Bドメイン、P: ホスファターゼドメイン、S: セリンリッチドメイン]] | ||
== サブファミリーと構造 == | == サブファミリーと構造 == | ||
SSHは、哺乳類で類似した3種類のSSH1, SSH2, | SSHは、哺乳類で類似した3種類のSSH1, SSH2, SSH3が存在しファミリーを形成している。各々、スプライシングバリアントが存在し、一番長い転写産物を[[SSH1L]], [[SSH2L]], [[SSH3L]]と区別する場合があるが<ref name=Niwa2002><pubmed>11832213</pubmed></ref>[1]、本項ではこれら一番長いものをSSH1, SSH2, SSH3と表記する。それらはN末端側にA, Bと名付けられたファミリー間で保存された領域があり、続いて[[ホスファターゼ]]ドメインを持つ('''図2''')。ホスファターゼドメインは、リン酸化されたチロシン残基とセリン/スレオニン残基の両方を脱リン酸化する二重特異性脱リン酸化酵素に類似した配列を有している。SSH1がコフィリンに対する脱リン酸化活性を発揮するためにはN末端のA,Bドメインが必要である<ref name=Kurita2008><pubmed>18809681</pubmed></ref> [4]。ホスファターゼドメインに続くC末端側は、SSH1, SSH2とSSH3では異なり、SSH1とSSH2はC末端付近にリン酸化修飾を受けるセリンに富む短い領域が存在するが、SSH3はそれらに比べてC末端領域は短く、セリンに富む短い領域は存在しない<ref name=Mizuno2013></ref> [2]。 | ||
SSH1は、ホスファターゼドメインのC末端の近くに[[オートファジー]]の[[受容体]]タンパク質である[[sequestosome 1]] ([[SQSTM1]])/[[p62]]タンパク質が結合する領域が存在する<ref name=Fang2021><pubmed>33044112</pubmed></ref>[5]。また、SSH1とSSH2はアクチン線維に結合し、SSH1の分子内に少なくとも3箇所のアクチン線維と結合するモチーフを持つ(図2) <ref name=Kurita2008></ref>[4]。SSH3はアクチン線維との結合能は持たない<ref name=Ohta2003><pubmed>14531860</pubmed></ref>[6]。SSH1とSSH2は、N末端Aドメインが触媒部位をブロックして活性抑制に働く部位であり、それに続くBドメインがコフィリンを結合して基質特異性を決めている領域であることが示されている('''図2''') <ref name=Yang2018><pubmed>30154244</pubmed></ref>。また、アクチン線維がSSH2のAドメインに結合して、その活性抑制を解除することが示されている('''図2''') <ref name=Yang2018></ref>[7]。 | |||
== 遺伝子、オーソログ 種間の保存性 == | == 遺伝子、オーソログ 種間の保存性 == | ||
ヒトの3種類のssh1, ssh2, ssh3遺伝子は、各々、染色体上の12q24.11, 17q11.2, 11q13. | ヒトの3種類のssh1, ssh2, ssh3遺伝子は、各々、染色体上の12q24.11, 17q11.2, 11q13.2に位置する。ショウジョウバエではssh遺伝子は一つである。SSHとそのカウンターパートであるLIMKは[[後生生物]]から出現する。limkとssh遺伝子はショウジョウバエや[[ウニ]]には存在するが、[[酵母]]や[[線虫]]には存在しない。酵母や線虫などではコフィリンのリン酸化制御が行われているかは不明である。基質であるコフィリンは[[真核生物]]に広く存在し、その生存に必須であるが、そのリン酸化制御は必須ではなく、進化の過程で後生生物以後に獲得されたアクチン骨格の制御機構であると考えられる<ref name=Mizuno2013></ref> <ref name=Ohashi2015></ref> [2][3]。 | ||
== 組織発現分布 == | == 組織発現分布 == | ||
| 32行目: | 32行目: | ||
== 細胞内局在 == | == 細胞内局在 == | ||
SSH1とSSH2はアクチン線維との結合部位が3箇所存在し、細胞内のアクチン骨格、[[接着斑]]と共局在する('''図2''') <ref name=Yamamoto2006><pubmed>16513117</pubmed></ref>[9]。また、SSH1は細胞移動時の[[ラメリポディア]]に局在する<ref name=Kurita2008></ref> <ref name=Ohta2003></ref><ref name=Nagata-Ohashi2004><pubmed>15159416</pubmed></ref><ref name=Takahashi2017><pubmed>27865840</pubmed></ref> [4][6][10][11]。また、SSH1は、938番目と978番目のセリン残基のリン酸化依存的に[[14-3-3タンパク質]]と結合することでアクチン線維から解離し、細胞質に隔離されることが示されている<ref name=Nagata-Ohashi2004></ref> [10]。SSH3は、アクチン線維への結合能を持たず、[[HeLa細胞]]に人為的に発現させた場合、細胞質と細胞の辺縁に局在する<ref name=Ohta2003></ref> [6]。SSH2は、[[精子]]の[[先体]]の形成過程に関与し、[[円形精子細胞]]の[[アクロソーム]]領域に集積することが示されている<ref name=Xu2023><pubmed> 36942942</pubmed></ref> [12]。 | |||
== 基質 == | == 基質 == | ||
SSH1, SSH2, SSH3は全て、アクチン切断・脱重合因子であるコフィリンの3番目のセリンを脱リン酸化して活性化する。SSH3のコフィリン脱リン酸化活性はSSH1, SSH2に比べて著しく弱い。SSHファミリーは、他にも脱リン酸化するタンパク質が明らかにされている<ref name=Mizuno2013></ref> [2]。SSH1は、LIMK1のキナーゼドメインの活性化ループの508番目のスレオニンを脱リン酸化し、LIMK1の活性を抑制する働きを持つ<ref name=Soosairajah2005><pubmed>15660133</pubmed></ref> [13] | SSH1, SSH2, SSH3は全て、アクチン切断・脱重合因子であるコフィリンの3番目のセリンを脱リン酸化して活性化する。SSH3のコフィリン脱リン酸化活性はSSH1, SSH2に比べて著しく弱い。SSHファミリーは、他にも脱リン酸化するタンパク質が明らかにされている<ref name=Mizuno2013></ref> [2]。SSH1は、LIMK1のキナーゼドメインの活性化ループの508番目のスレオニンを脱リン酸化し、LIMK1の活性を抑制する働きを持つ<ref name=Soosairajah2005><pubmed>15660133</pubmed></ref> [13]。SSH1は、アクチン線維に結合して活性化するため<ref name=Nagata-Ohashi2004></ref> [10]、LIMK1の活性化によるコフィリンのリン酸化に伴うアクチン重合の促進に対し、アクチンの重合度に合わせてコフィリンを活性化するとともにLIMK1の活性を抑制するフィードバック制御機構であると考えられる。 | ||
SSH1は、他にアクチン結合タンパク質の一つである[[Coronin-1B]]を脱リン酸化する<ref name=Cai2007><pubmed>17350576</pubmed></ref> [14]。Coronin-1Bは、ラメリポディアにおいて[[Arp2/3]]複合体に結合してアクチン重合核形成を阻害するが、[[プロテインキナーゼC]] ([[PKC]])によって2番目の[[セリン]]残基がリン酸化されると、その働きが低下する。SSH1は、このリン酸化されたCoronin-1Bを脱リン酸化・活性化することでArp2/3による過剰な核形成を制限して、単量体アクチンの枯渇を防ぎ、ラメリポディアにおけるアクチンターンオーバーを適切に保ち、その形成と維持に寄与していると考えられる<ref name=Cai2007><pubmed>17350576</pubmed></ref> [14]。 | |||
Coronin-1BはSSH1と結合し、SSH1をラメリポディアに局在化させることでラメリポディアにおけるコフィリンの活性化にも関与している<ref name=Cai2007><pubmed>17350576</pubmed></ref> [14]。しかし、コフィリンをin vitroで脱リン酸化する条件では、SSH1はCoronin-1Bを脱リン酸化しないとの報告もある<ref name=Kurita2008></ref> [4]。 | Coronin-1BはSSH1と結合し、SSH1をラメリポディアに局在化させることでラメリポディアにおけるコフィリンの活性化にも関与している<ref name=Cai2007><pubmed>17350576</pubmed></ref> [14]。しかし、コフィリンをin vitroで脱リン酸化する条件では、SSH1はCoronin-1Bを脱リン酸化しないとの報告もある<ref name=Kurita2008></ref> [4]。 | ||
また、[[アルツハイマー病]]における[[ミトコンドリア]]の損傷による[[酸化ストレス]]応答にSSH1が関与することが見出され、SSH1は[[オートファゴソーム]]の受容体として働くSQSTM1/p62の402番目のセリン残基を脱リン酸化し、損傷ミトコンドリアの除去や[[Nuclear factor erythroid 2-related factor 2]] ([[Nrf2]])による酸化ストレス応答を抑制することが示されている<ref name=Fang2021></ref> [5](神経疾患との関連の項参照)。 | |||
== 活性制御因子 == | == 活性制御因子 == | ||
細胞応答におけるコフィリンのリン酸化の変動の解析やSSH1に対する[[プロテオミクス]]解析などから複数のSSHの制御因子や結合因子が同定されている('''表1''')。その中でSSH1とSSH2の主要な制御機構を記す。 | |||
{| class="wikitable" | {| class="wikitable" | ||
| 51行目: | 51行目: | ||
| アクチン線維 || 結合 || コフィリンに対するホスファターゼ活性の活性化 | | アクチン線維 || 結合 || コフィリンに対するホスファターゼ活性の活性化 | ||
|- | |- | ||
| カルシニューリン(PP2B) || 脱リン酸化 (pSer-937, pSer-978)|| 14-3-3タンパク質の解離によるアクチン線維への結合阻害解除 | | [[カルシニューリン]] ([[PP2B]]) || 脱リン酸化 (pSer-937, pSer-978)|| 14-3-3タンパク質の解離によるアクチン線維への結合阻害解除 | ||
|- | |- | ||
| ビンキュリン || 結合 || 機械刺激依存的なコフィリンの脱リン酸化の促進 | | [[ビンキュリン]] || 結合 || 機械刺激依存的なコフィリンの脱リン酸化の促進 | ||
|- | |- | ||
! 不活性化因子 !! 作用 !! 機能 | ! 不活性化因子 !! 作用 !! 機能 | ||
| 59行目: | 59行目: | ||
| 14-3-3タンパク質 || リン酸化依存的結合 (pSer-937, pSer-978)|| アクチン線維からの解離によるホスファターゼ活性の不活性化 | | 14-3-3タンパク質 || リン酸化依存的結合 (pSer-937, pSer-978)|| アクチン線維からの解離によるホスファターゼ活性の不活性化 | ||
|- | |- | ||
| GSK3 || リン酸化 (Ser-21, Ser-25, Ser-32, Ser-35)|| コフィリンに対するホスファターゼ活性の不活性化 | | [[GSK3]] || リン酸化 (Ser-21, Ser-25, Ser-32, Ser-35)|| コフィリンに対するホスファターゼ活性の不活性化 | ||
|- | |- | ||
| PAK4 || リン酸化 (N末領域) || コフィリンに対するホスファターゼ活性の不活性化 | | [[PAK4]] || リン酸化 (N末領域) || コフィリンに対するホスファターゼ活性の不活性化 | ||
|- | |- | ||
| PKD1, PKD2 || リン酸化 (Ser-937, Ser-978)|| 14-3-3タンパク質の結合促進によるアクチン線維からの解離 | | [[PKD1]], [[PKD2]] || リン酸化 (Ser-937, Ser-978)|| 14-3-3タンパク質の結合促進によるアクチン線維からの解離 | ||
|- | |- | ||
! その他 !! 作用 !! 機能 | ! その他 !! 作用 !! 機能 | ||
|- | |- | ||
| β-アレスチン || 結合 || SSH1のスパインへの局在化 | | [[β-アレスチン]] || 結合 || SSH1のスパインへの局在化 | ||
|- | |- | ||
| IRS-4 || 結合 || PI3キナーゼに依存したコフィリンの脱リン酸化に寄与 | | [[IRS-4]] || 結合 || PI3キナーゼに依存したコフィリンの脱リン酸化に寄与 | ||
|- | |- | ||
| NOD1 || 結合 || 細菌の感染による免疫応答 | | [[NOD1]] || 結合 || 細菌の感染による免疫応答 | ||
|- | |- | ||
| RanBP9 || 結合 || ミトコンドリアへのコフィリンの輸送、SSH1の分解の抑制による安定化 | | [[RanBP9]] || 結合 || ミトコンドリアへのコフィリンの輸送、SSH1の分解の抑制による安定化 | ||
|- | |- | ||
| SQSTM1/p62 || 結合 || 酸化ストレス応答の抑制 | | SQSTM1/p62 || 結合 || 酸化ストレス応答の抑制 | ||
|} | |} | ||
=== アクチン線維との結合による活性化 === | === アクチン線維との結合による活性化 === | ||
SSH1は、N末端のAドメインがアクチン線維に結合することで1200倍以上活性化する<ref name=Kurita2008></ref><ref name=Nagata-Ohashi2004></ref> [4][10]。SSH1, | SSH1は、N末端のAドメインがアクチン線維に結合することで1200倍以上活性化する<ref name=Kurita2008></ref><ref name=Nagata-Ohashi2004></ref> [4][10]。SSH1, SSH2において、N末端のAドメインからBドメインにかけては酵素活性部位に対して[[自己阻害領域]]として働き、アクチン線維がAドメインと相互作用することによってその阻害が解除されることが示されている<ref name=Kurita2008></ref><ref name=Yang2018></ref><ref name=Takahashi2017></ref> [4][7][11]。 | ||
=== リン酸化による不活性化 === | === リン酸化による不活性化 === | ||
SSH1は、リン酸化によってその局在と活性が制御されることが示されている。SSH1は、C末端領域の937番目と978番目のセリン残基がリン酸化されると、それらのリン酸化に依存して14-3-3タンパク質が結合する。結合した14-3-3タンパク質は、SSH1をアクチン線維から解離させ、細胞質へと移行させ、活性を抑制することが示された<ref name=Nagata-Ohashi2004></ref> [10] | SSH1は、リン酸化によってその局在と活性が制御されることが示されている。SSH1は、C末端領域の937番目と978番目のセリン残基がリン酸化されると、それらのリン酸化に依存して14-3-3タンパク質が結合する。結合した14-3-3タンパク質は、SSH1をアクチン線維から解離させ、細胞質へと移行させ、活性を抑制することが示された<ref name=Nagata-Ohashi2004></ref> [10]。この937、978番目のセリンをリン酸化するリン酸化酵素として、[[プロテインキナーゼD1]]と[[プロテインキナーゼD2|D2]] ([[PKD1]], [[PKD2]])が同定されている<ref name=Eiseler2009><pubmed>19329994</pubmed></ref><ref name=Peterburs2009><pubmed>19567672</pubmed></ref> [15][16]。また、PKD1は、SSH1の脱リン酸化酵素の活性中心近傍の402番目のセリン残基をリン酸化し、酵素活性を直接阻害することが示された<ref name=Spratley2011><pubmed>21832093</pubmed></ref> [17]。その他に、GSK3がSSH2のN末端のAドメイン内の21番目、25番目、32番目、35番目のセリン残基をリン酸化し、コフィリンに対する脱リン酸化活性を抑制すること<ref name=Tang2011><pubmed>22172670</pubmed></ref> [18]、PAK4がSSH1のN末端領域をリン酸化することでコフィリンに対する脱リン酸化活性を抑制することが示された<ref name=Soosairajah2005><pubmed>15660133</pubmed></ref> [13]。 | ||
=== 脱リン酸化による活性化 === | === 脱リン酸化による活性化 === | ||
SSH1の脱リン酸化による活性制御も明らかにされている。[[ヒト]][[線維芽細胞]]に対する[[カルシウムイオノフォア]]の添加や[[ATP]]、[[ヒスタミン]]の刺激による細胞内カルシウム濃度の上昇により、SSH1がカルモジュリン依存性脱リン酸化酵素である[[カルシニューリン]]によって脱リン酸化され、コフィリンに対する脱リン酸化活性が促進されることが示された<ref name=Wang2005><pubmed>15671020</pubmed></ref> [19]。[[虚血]]を模した神経細胞に対するストレス応答や[[ドーパミン]]刺激によるコフィリンの脱リン酸化においても、カルシニューリンによるSSH1の活性化が関与することを示唆する報告がある<ref name=Yuen2010><pubmed>20442266</pubmed></ref><ref name=Madineni2016><pubmed>25526862</pubmed></ref> [20][21]。 | |||
== 脳神経系における機能 == | == 脳神経系における機能 == | ||
| 115行目: | 115行目: | ||
また、病初期に起こる酸化的障害に対して、転写因子Nrf2が保護的に働くが、SQSTM1/p62は、Nrf2の分解を促進するKeap1と競合的に結合し、Nrf2の分解を抑制して、その細胞防御機能を強化する。SSH1は、SQSTM1/p62に結合して、Keap1のNrf2への結合を促進することでNrf2の分解を促進し、酸化的な細胞障害に対する保護機能を減弱させることが示された。 | また、病初期に起こる酸化的障害に対して、転写因子Nrf2が保護的に働くが、SQSTM1/p62は、Nrf2の分解を促進するKeap1と競合的に結合し、Nrf2の分解を抑制して、その細胞防御機能を強化する。SSH1は、SQSTM1/p62に結合して、Keap1のNrf2への結合を促進することでNrf2の分解を促進し、酸化的な細胞障害に対する保護機能を減弱させることが示された。 | ||
これらのアルツハイマー病の原因となる現象はSSH1の発現抑制や遺伝子欠損によって回復することが示されている<ref name= | これらのアルツハイマー病の原因となる現象はSSH1の発現抑制や遺伝子欠損によって回復することが示されている<ref name=Cazzaro2023a><pubmed> 37463212 </pubmed></ref> [37]。 | ||
一方、γセクレターゼによるアミロイドβの生成によってSSH1の活性が抑制され、コフィリンのリン酸化が亢進し、神経細胞の傷害を引き起こしているとの報告がある<ref name=Barone2014><pubmed>25315299</pubmed></ref> [40]。この矛盾する結果は、解析した対象個体の年齢の違いによると説明されているが詳細は不明である<ref name=Barone2014><pubmed>25315299</pubmed></ref> [40]。 | 一方、γセクレターゼによるアミロイドβの生成によってSSH1の活性が抑制され、コフィリンのリン酸化が亢進し、神経細胞の傷害を引き起こしているとの報告がある<ref name=Barone2014><pubmed>25315299</pubmed></ref> [40]。この矛盾する結果は、解析した対象個体の年齢の違いによると説明されているが詳細は不明である<ref name=Barone2014><pubmed>25315299</pubmed></ref> [40]。 | ||