「ERMタンパク質」の版間の差分

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== 疾患との関連 ==
== 疾患との関連 ==
=== 自閉症スペクトラム ===
=== 自閉症スペクトラム ===
 モエシンは自閉症スペクトラム (ASD) に関わる因子の一つであることが知られている。ASDにかかわるlong noncoding RNA (lncRNA) の一つとして見出されたモエシン pseudogene 1 antisense (MSNP1AS) は、ASD患者の大脳皮質ではコントロール患者と比較して12倍も発現が増加する。MSNP1ASはモエシンのRNAと二本鎖を形成し、モエシンの発現を阻害する<ref name=Kerin2012><pubmed>22491950</pubmed></ref>[74]。ヒト培養海馬ニューロンにMSNP1ASを過剰発現させるとRhoAの活性化とPI3K/Aktの活性化阻害が見られ、神経突起の数と長さの減少が観察される。さらに、自閉症のモデルであるBTBRマウスの海馬にレンチウイルスを用いてモエシンのcDNAを注入して行動観察を行ったところ、社会的な相互作用が改善され、反復行動、不安行動の減少が見られた<ref name=Luo2020><pubmed>33215882</pubmed></ref>[75]。オープンフィールドテストの結果、モエシンノックアウトマウスは野生型マウスと比較して不安様行動が見られることが報告されている<ref name=Cai2025><pubmed>39885788</pubmed></ref>[76]。
 モエシンは[[自閉症スペクトラム]] ([[ASD]]) に関わる因子の一つであることが知られている。自閉症スペクトラムにかかわるlong noncoding RNA (lncRNA) の一つとして見出された[[moesin pseudogene 1 antisense]] ([[MSNP1AS]]) は、自閉症スペクトラム患者の[[大脳皮質]]ではコントロール患者と比較して12倍も発現が増加する。MSNP1ASはモエシンのRNAと二本鎖を形成し、モエシンの発現を阻害する<ref name=Kerin2012><pubmed>22491950</pubmed></ref>[74]。ヒト培養海馬ニューロンにMSNP1ASを過剰発現させるとRhoAの活性化とPI3K/Aktの活性化阻害が見られ、神経突起の数と長さの減少が観察される。さらに、自閉症のモデルである[[BTBRマウス]]の海馬に[[レンチウイルス]]を用いてモエシンのcDNAを注入して行動観察を行ったところ、社会的な相互作用が改善され、[[反復行動]]、[[不安行動]]の減少が見られた<ref name=Luo2020><pubmed>33215882</pubmed></ref>[75]。[[オープンフィールドテスト]]の結果、モエシンノックアウトマウスは野生型マウスと比較して不安様行動が見られることが報告されている<ref name=Cai2025><pubmed>39885788</pubmed></ref>[76]。
=== 癌 ===
=== 癌 ===
 エズリンはがん細胞の浸潤や転移に関連し、一方、マーリンは腫瘍増殖抑制に関わる。
 エズリンはがん細胞の浸潤や転移に関連し、一方、マーリンは腫瘍増殖抑制に関わる。
==== エズリンと癌 ====
==== エズリンと癌 ====
 一般にエズリンの発現が高い程、予後が悪く生存率は低下する。その原因の一つとしてがんの転移能が上昇することがある。エズリンが転移に関わるメカニズムの例として、CD44とアクチン細胞骨格とのクロスリンクや、EGF/EGFRを介した上皮間葉転換が挙げられる。CD44v6 (変異型エクソンv6配列を含むCD44アイソフォーム) はHGF/c-Metの共受容体としてエズリンと結合し、アクチン細胞骨格に繋留されることでがん細胞の浸潤を促進する<ref name=OrianRousseau2002><pubmed>12464636</pubmed></ref>[82]。上皮間葉転換には、EGF/EGFRシグナル伝達が関与する。舌扁平上皮癌 (TSCC) において、EGFがエズリンのTyr353をリン酸化し、AktおよびNF-κBの活性化を介して上皮間葉転換とがん転移を誘導する<ref name=Wang2014 />[64]。
 一般にエズリンの発現が高い程、予後が悪く生存率は低下する。その原因の一つとしてがんの転移能が上昇することがある。エズリンが転移に関わるメカニズムの例として、CD44とアクチン細胞骨格とのクロスリンクや、EGF/EGFRを介した上皮間葉転換が挙げられる。CD44v6 (変異型エクソンv6配列を含むCD44アイソフォーム) はHGF/c-Metの共受容体としてエズリンと結合し、アクチン細胞骨格に繋留されることでがん細胞の浸潤を促進する<ref name=OrianRousseau2002><pubmed>12464636</pubmed></ref>[82]。上皮間葉転換には、EGF/EGFRシグナル伝達が関与する。舌[[扁平上皮癌]]において、EGFがエズリンのTyr353をリン酸化し、Aktおよび[[NF-κB]]の活性化を介して上皮間葉転換とがん転移を誘導する<ref name=Wang2014 />[64]。


==== マーリンの抗腫瘍作用 ====
==== マーリンの抗腫瘍作用 ====
 がん抑制遺伝子であるnf2はマーリンをコードする。nf2の不活化は、両側性に発生する前庭神経鞘腫および髄膜腫や脳室上衣腫などの脳腫瘍を特徴とする優性遺伝疾患である神経線維腫症II型を引き起こす<ref name=Asthagiri2009><pubmed>19476995</pubmed></ref>[83]。神経線維腫症II型は、特有の疾患として両側性前庭神経鞘腫 (第VIII脳神経に発生する腫瘍) を、一般的には脳神経や¬後根神経節、末梢神経にも神経鞘種を引き起こす。マーリンは、PI3KやRaf/ERK、Wnt/β-Catenin、受容体型チロシンキナーゼ、mTOR、Hippo経路などさまざまなシグナル伝達経路を阻害することで腫瘍抑制効果を示す<ref name=Vlashi2024><pubmed>38967126</pubmed></ref>[84]。
 がん抑制遺伝子であるnf2はマーリンをコードする。nf2の不活化は、両側性に発生する前庭神経鞘腫および髄膜腫や脳室上衣腫などの脳腫瘍を特徴とする優性遺伝疾患である神経線維腫症II型を引き起こす<ref name=Asthagiri2009><pubmed>19476995</pubmed></ref>[83]。神経線維腫症II型は、特有の疾患として両側性[[前庭神経鞘腫]] ([[第VIII脳神経]]に発生する腫瘍) を、一般的には脳神経や[[後根神経節]]、末梢神経にも神経鞘種を引き起こす。マーリンは、PI3Kや[[Raf]]/[[ERK]]、[[Wnt]]/[[β-カテニン]]、受容体型チロシンキナーゼ、mTOR、Hippo経路などさまざまなシグナル伝達経路を阻害することで腫瘍抑制効果を示す<ref name=Vlashi2024><pubmed>38967126</pubmed></ref>[84]。


==参考文献==
==参考文献==