「セクエストソーム-1」の版間の差分

編集の要約なし
(ページの作成:「脳科学辞典 坂巻 純一、小松 雅明 順天堂大学 大学院医学研究科 英語名:p62/Sequestosome 1 英略称:p62/SQSTM1 • 要約(500字程度。一番上に見出しなしで記事全体の要約を記述して下さい。) p62/Sequestosome 1 (SQSTM1)はユビキチン化されたタンパク質やオルガネラ(細胞小器官)を認識し、オートファジーによる分解へと導くアダプタータンパク質…」)
 
編集の要約なし
4行目: 4行目:
順天堂大学 大学院医学研究科
順天堂大学 大学院医学研究科


同義語:シクエストソーム-1<br>
英:sequestosome 1、p62<br>
略称:SQSTM1


英語名:p62/Sequestosome 1 英略称:p62/SQSTM1
{{box|text= p62/Sequestosome 1 (SQSTM1)はユビキチン化されたタンパク質やオルガネラ(細胞小器官)を認識し、オートファジーによる分解へと導くアダプタータンパク質である。ストレスにより細胞内にユビキチン化タンパク質が蓄積すると、p62とユビキチン化タンパク質が多点で相互作用することにより、液‒液相分離を引き起こし、液体様の性質を持つ構造体であるp62 bodyを形成する。p62 bodyはオートファジーによる分解の場として機能し、液滴内に取り込まれたタンパク質やオルガネラと共にオートファジーにより分解される。また、p62 bodyはユビキチンリガーゼ複合体の構成因子であるKEAP1をその内部に隔離することで、転写因子NRF2を安定化し、抗酸化ストレス応答を誘導する多機能性の液滴である。オートファジーによるp62の分解の不全は神経変性疾患や肝疾患の発症、そして腫瘍形成と関連することが示唆されている。様々な肝疾患患者の肝細胞で蓄積するマロリー小体はp62 bodyと類似した構成因子からなり、p62 bodyと病態形成の関連が示唆されている。また、p62をコードするSQSTM1遺伝子の変異が骨パジェット病、筋萎縮性側索硬化症、前頭側頭型認知症で報告されており、p62あるいはp62 bodyの機能異常とこれら疾患との関連も示唆されている。}}


• 要約(500字程度。一番上に見出しなしで記事全体の要約を記述して下さい。)
== セクエストソーム-1とは ==
p62/Sequestosome 1 (SQSTM1)はユビキチン化されたタンパク質やオルガネラ(細胞小器官)を認識し、オートファジーによる分解へと導くアダプタータンパク質である。ストレスにより細胞内にユビキチン化タンパク質が蓄積すると、p62とユビキチン化タンパク質が多点で相互作用することにより、液‒液相分離を引き起こし、液体様の性質を持つ構造体であるp62 bodyを形成する。p62 bodyはオートファジーによる分解の場として機能し、液滴内に取り込まれたタンパク質やオルガネラと共にオートファジーにより分解される。また、p62 bodyはユビキチンリガーゼ複合体の構成因子であるKEAP1をその内部に隔離することで、転写因子NRF2を安定化し、抗酸化ストレス応答を誘導する多機能性の液滴である。オートファジーによるp62の分解の不全は神経変性疾患や肝疾患の発症、そして腫瘍形成と関連することが示唆されている。様々な肝疾患患者の肝細胞で蓄積するマロリー小体はp62 bodyと類似した構成因子からなり、p62 bodyと病態形成の関連が示唆されている。また、p62をコードするSQSTM1遺伝子の変異が骨パジェット病、筋萎縮性側索硬化症、前頭側頭型認知症で報告されており、p62あるいはp62 bodyの機能異常とこれら疾患との関連も示唆されている。
 2005年Terje Johansenらによって、p62がユビキチン化されたタンパク質を隔離膜へと導き、オートファジー分解していることが報告された <ref name=Bjorkoy2005><pubmed>16286508</pubmed></ref>。2007年に、小松らによりp62がオートファジーにより分解されること、オートファジー障害によりp62およびユビキチン陽性の構造体が蓄積することが明らかになった <ref name=Komatsu2007><pubmed>18083104</pubmed></ref><ref name=Nezis2008><pubmed>18347073</pubmed></ref>。その後、p62内に隔離膜上のLC3/GABARAPタンパク質によって特異的に認識される領域(LC3-interacting region、LIR)が存在することが報告された <ref name=Ichimura2008><pubmed>18524774</pubmed></ref><ref name=Pankiv2007><pubmed>17580304</pubmed></ref>。p62はオートファジーで分解される基質と隔離膜を繋ぐアダプタータンパク質(オートファジー受容体)として最初に発見されたタンパク質であり、以降、基質認識領域とLIRを有する様々なオートファジー受容体が発見され、オートファジーが特定のタンパク質やオルガネラを選択的に認識し分解する「選択的オートファジー」という概念が確立した(図1)。一方、2010年には、p62がユビキチンリガーゼ複合体の構成因子であるKEAP1と転写因子NRF2の結合を競合阻害し、NRF2による抗酸化ストレス応答を誘導するという新たな機能が発見された <ref name=Jain2010><pubmed>20452972</pubmed></ref><ref name=Komatsu2010><pubmed>20173742</pubmed></ref><ref name=Lau2010><pubmed>20421418</pubmed></ref>。さらに2018年にLi Yuらによって、p62の自己相互作用とユビキチンとの相互作用により液–液相分離(細胞内で特定の分子が局所的に集まり、液体のような性質を持つ構造体を形成する現象)を引き起こし、液滴様の構造体であるp62 bodyを形成することが報告され、p62による細胞内恒常性維持機構の理解は新たな局面を迎えた(図2)<ref name=Sun2018><pubmed>29507397</pubmed></ref>。p62 bodyはオートファジーによる分解の場として働くだけでなく、KEAP1を隔離することで転写因子NRF2による酸化ストレス応答を制御するという多面的な機能を持っていることが明らかとなった <ref name=Ikeda2023><pubmed>37306101</pubmed></ref><ref name=Kurusu2023><pubmed>37192622</pubmed></ref>。


• イントロダクション(背景、歴史的推移など)
== 構造 ==
2005年Terje Johansenらによって、p62がユビキチン化されたタンパク質(ユビキチンの項を参照)を隔離膜へと導き、オートファジー(オートファジーの項を参照)で分解していることが報告された <ref name=Bjorkoy2005><pubmed>16286508</pubmed></ref>。2007年に、小松らによりp62がオートファジーにより分解されること、オートファジー障害によりp62およびユビキチン陽性の構造体が蓄積することが明らかになった <ref name=Komatsu2007><pubmed>18083104</pubmed></ref><ref name=Nezis2008><pubmed>18347073</pubmed></ref>。その後、p62内に隔離膜上のLC3/GABARAPタンパク質によって特異的に認識される領域(LC3-interacting region、LIR)が存在することが報告された <ref name=Ichimura2008><pubmed>18524774</pubmed></ref><ref name=Pankiv2007><pubmed>17580304</pubmed></ref>。p62はオートファジーで分解される基質と隔離膜を繋ぐアダプタータンパク質(オートファジー受容体)として最初に発見されたタンパク質であり、以降、基質認識領域とLIRを有する様々なオートファジー受容体が発見され、オートファジーが特定のタンパク質やオルガネラを選択的に認識し分解する「選択的オートファジー」という概念が確立した(図1)。一方、2010年には、p62がユビキチンリガーゼ複合体の構成因子であるKEAP1と転写因子NRF2の結合を競合阻害し、NRF2による抗酸化ストレス応答を誘導するという新たな機能が発見された <ref name=Jain2010><pubmed>20452972</pubmed></ref><ref name=Komatsu2010><pubmed>20173742</pubmed></ref><ref name=Lau2010><pubmed>20421418</pubmed></ref>。さらに2018年にLi Yuらによって、p62の自己相互作用とユビキチンとの相互作用により液–液相分離(細胞内で特定の分子が局所的に集まり、液体のような性質を持つ構造体を形成する現象)を引き起こし、液滴様の構造体であるp62 bodyを形成することが報告され、p62による細胞内恒常性維持機構の理解は新たな局面を迎えた(図2)<ref name=Sun2018><pubmed>29507397</pubmed></ref>。p62 bodyはオートファジーによる分解の場として働くだけでなく、KEAP1を隔離することで転写因子NRF2による酸化ストレス応答を制御するという多面的な機能を持っていることが明らかとなった <ref name=Ikeda2023><pubmed>37306101</pubmed></ref><ref name=Kurusu2023><pubmed>37192622</pubmed></ref>。
 ヒトでは440アミノ酸、マウスでは442アミノ酸からなる。N末端にPB1(Phox1 and Bem1p)自己相互作用ドメインを有し、p62や他のオートファジー受容体であるNBR1(Next to BRCA1 gene 1 protein)などPB1ドメインを持つタンパク質と相互作用する(図3)。p62はPB1ドメインを介してオリゴマー化することで、フィラメント構造を形成する <ref name=Berkamp2024><pubmed></pubmed></ref><ref name=Ciuffa2015><pubmed>25921531</pubmed></ref><ref name=Jakobi2020><pubmed>31974402</pubmed></ref>。LIR(LC3-interacting region)は隔離膜上のLC3/GABARAPタンパク質と結合し、選択的オートファジーで機能する。典型的LIR(酵母ではAtg8-family interacting motif(AIM)と呼ばれる)は 哺乳類のp62 <ref name=Ichimura2008><pubmed>18524774</pubmed></ref><ref name=Pankiv2007><pubmed>17580304</pubmed></ref>と出芽酵母のカーゴ受容体Atg19<ref name=Noda2008><pubmed>19021777</pubmed></ref> で初めて発見され、 [W/F/Y]xx[L/I/V]の疎水性モチーフからなる。KIR(KEAP1-interacting region)でKEAP1と結合し、KEAP1をp62 body内に隔離する。C末端にユビキチンと結合するUBA(ubiquitin-associated)ドメインを持つ。UBAドメインはユビキチン化されたタンパク質、損傷オルガネラ、液滴などの選択的オートファジー基質の認識や、ユビキチン化タンパク質との相互作用を介した液‒液相分離の駆動に関与する。


• 構造
== サブファミリー ==
ヒトでは440アミノ酸、マウスでは442アミノ酸からなる。N末端にPB1(Phox1 and Bem1p)自己相互作用ドメインを有し、p62や他のオートファジー受容体であるNBR1(Next to BRCA1 gene 1 protein)などPB1ドメインを持つタンパク質と相互作用する(図3)。p62はPB1ドメインを介してオリゴマー化することで、フィラメント構造を形成する <ref name=Berkamp2024><pubmed></pubmed></ref><ref name=Ciuffa2015><pubmed>25921531</pubmed></ref><ref name=Jakobi2020><pubmed>31974402</pubmed></ref>。LIR(LC3-interacting region)は隔離膜上のLC3/GABARAPタンパク質と結合し、選択的オートファジーで機能する。典型的LIR(酵母ではAtg8-family interacting motif(AIM)と呼ばれる)は 哺乳類のp62 <ref name=Ichimura2008><pubmed>18524774</pubmed></ref><ref name=Pankiv2007><pubmed>17580304</pubmed></ref>と出芽酵母のカーゴ受容体Atg19<ref name=Noda2008><pubmed>19021777</pubmed></ref> で初めて発見され、 [W/F/Y]xx[L/I/V]の疎水性モチーフからなる。KIR(KEAP1-interacting region)でKEAP1と結合し、KEAP1をp62 body内に隔離する。C末端にユビキチンと結合するUBA(ubiquitin-associated)ドメインを持つ。UBAドメインはユビキチン化されたタンパク質、損傷オルガネラ、液滴などの選択的オートファジー基質の認識や、ユビキチン化タンパク質との相互作用を介した液‒液相分離の駆動に関与する。
 
• サブファミリー
Sequestosome 1 (SQSTM1)遺伝子は後生動物よく保存されている。植物ではp62とNBR1のハイブリッド型が存在する。サブファミリーは存在しない。
Sequestosome 1 (SQSTM1)遺伝子は後生動物よく保存されている。植物ではp62とNBR1のハイブリッド型が存在する。サブファミリーは存在しない。


• 発現(組織分布、細胞内分布)
== 発現 ==
p62の発現は様々な組織で認められ、細胞内では主に細胞質に存在するが、核内にも局在する。細胞質中では散在もしくはp62 bodyとして存在する。また、オートファジーの過程でLC3/GABARAPと結合することで隔離膜に局在する。
 p62の発現は様々な組織で認められ、細胞内では主に細胞質に存在するが、核内にも局在する。細胞質中では散在もしくはp62 bodyとして存在する。また、オートファジーの過程でLC3/GABARAPと結合することで隔離膜に局在する。


• 機能(できればタンパク質としての機能と個体での機能を分けて)
== 機能 ==
分子
=== 分子機能 ===
選択的オートファジー受容体
==== 選択的オートファジー受容体 ====
オートファジーはユビキチン化されたタンパク質の集合体や障害を受けたオルガネラ、細胞内に侵入した細菌など特定の基質を選択的に認識し分解することができる。この過程は「選択的オートファジー」と呼ばれる(図1)。選択性を生み出しているのが、分解される基質を認識し、隔離膜へと繋ぐアダプタータンパク質(オートファジー受容体)である。オートファジー受容体には基質上のユビキチン鎖を認識する受容体と基質上に局在する受容体がある。前者にはp62、NBR1、NDP52 (Nuclear domain 10 protein 52、CALCOCO2)、TAX1BP1(Tax1-binding protein 1)、OPTN (Optineurin)などがあり、LIRとユビキチン結合ドメインを有する <ref name=Vargas2023><pubmed>36302887</pubmed></ref><ref name=Yamamoto2023><pubmed>36635405</pubmed></ref>。後者にはマイトファジー(ミトコンドリアのオートファジー)に関与するBNIP3、BNIP3L/NIX、FUNDC1、ERファジー(小胞体のオートファジー)に関与するCCPG1、TEX264、FAM134、SEC62b、CDK5RAP3/C53、ゴルジファジー(ゴルジ体のオートファジー)に関与するCALCOCO1、YIPF3、YIPF4などが一例として挙げられ、それぞれLIRを持つ。 p62は後述のように、p62 bodyを形成することで、液滴に取り込まれたタンパク質やオルガネラ、ユビキチン化タンパク質を効率的にオートファジーで分解する <ref name=Kurusu2024><pubmed>37948628</pubmed></ref>。p62はユビキチン鎖を介して脱分極したミトコンドリア、損傷リソソーム(リソソームの項を参照)、細菌などにも結合するものの、オートファジー受容体欠損細胞を用いた解析などにより、これらの分解に必須ではないと言われている <ref name=Eapen2021><pubmed>34585663</pubmed></ref><ref name=Lazarou2015><pubmed>26266977</pubmed></ref><ref name=Ravenhill2019><pubmed>30853402</pubmed></ref><ref name=Shima2023><pubmed>37801070</pubmed></ref>。
 オートファジーはユビキチン化されたタンパク質の集合体や障害を受けたオルガネラ、細胞内に侵入した細菌など特定の基質を選択的に認識し分解することができる。この過程は「選択的オートファジー」と呼ばれる(図1)。選択性を生み出しているのが、分解される基質を認識し、隔離膜へと繋ぐアダプタータンパク質(オートファジー受容体)である。オートファジー受容体には基質上のユビキチン鎖を認識する受容体と基質上に局在する受容体がある。前者にはp62、NBR1、NDP52 (Nuclear domain 10 protein 52、CALCOCO2)、TAX1BP1(Tax1-binding protein 1)、OPTN (Optineurin)などがあり、LIRとユビキチン結合ドメインを有する <ref name=Vargas2023><pubmed>36302887</pubmed></ref><ref name=Yamamoto2023><pubmed>36635405</pubmed></ref>。後者にはマイトファジー(ミトコンドリアのオートファジー)に関与するBNIP3、BNIP3L/NIX、FUNDC1、ERファジー(小胞体のオートファジー)に関与するCCPG1、TEX264、FAM134、SEC62b、CDK5RAP3/C53、ゴルジファジー(ゴルジ体のオートファジー)に関与するCALCOCO1、YIPF3、YIPF4などが一例として挙げられ、それぞれLIRを持つ。 p62は後述のように、p62 bodyを形成することで、液滴に取り込まれたタンパク質やオルガネラ、ユビキチン化タンパク質を効率的にオートファジーで分解する <ref name=Kurusu2024><pubmed>37948628</pubmed></ref>。p62はユビキチン鎖を介して脱分極したミトコンドリア、損傷リソソーム(リソソームの項を参照)、細菌などにも結合するものの、オートファジー受容体欠損細胞を用いた解析などにより、これらの分解に必須ではないと言われている <ref name=Eapen2021><pubmed>34585663</pubmed></ref><ref name=Lazarou2015><pubmed>26266977</pubmed></ref><ref name=Ravenhill2019><pubmed>30853402</pubmed></ref><ref name=Shima2023><pubmed>37801070</pubmed></ref>。


p62 body形成と選択的オートファジーによる分解
== p62 body形成と選択的オートファジーによる分解 ==
p62は通常、自己相互作用ドメインであるPB1ドメインを介してオリゴマーとなり、フィラメント構造を形成する。p62フィラメントはユビキチン鎖と結合することで液‒液相分離を引き起こし、p62 bodyを形成する <ref name=Sun2018><pubmed>29507397</pubmed></ref><ref name=Zaffagnini2018><pubmed>29343546</pubmed></ref>。p62のUBAドメインは通常ホモ二量体を形成しユビキチンと結合できないが、p62のUBAドメイン内のセリン残基のリン酸化によりこの結合が阻害され、ユビキチンとの結合が増強される。そのリン酸化を制御するのがULK1(ヒト場合の407番目のセリン残基)やTBK1、CK2(ヒト場合の403番目のセリン残基)である <ref name=Lim2015><pubmed>25723488</pubmed></ref><ref name=Matsumoto2011><pubmed>22017874</pubmed></ref><ref name=Pilli2012><pubmed>22921120</pubmed></ref>。p62 bodyにはKEAP1や機能未知のVault粒子、オートファジー受容体であるNBR1やTAX1BP1が取りこまれ、p62 bodyと共に選択的オートファジーにより分解される <ref name=Kurusu2023><pubmed>37192622</pubmed></ref>(図4)。オートファジー受容体はKEAP1(p62と結合)やVault粒子(NBR1と結合)のp62 bodyへの取り込みと、オートファジー機構の呼び込みに関与する <ref name=Komatsu2010><pubmed>20173742</pubmed></ref><ref name=Turco2019><pubmed>30853400</pubmed></ref><ref name=Vargas2019><pubmed>30853401</pubmed></ref>。p62やTAX1BP1はオートファジー機構の最上流因子FIP200(FAK family kinase-interacting protein of 200 kDa)を呼び込み、p62 body上で隔離膜が形成される。隔離膜はウエッティング効果によりp62 bodyに沿い伸長し、最終的に液滴の一部をちぎり取り、分解する <ref name=Agudo-Canalejo2021><pubmed>33473217</pubmed></ref><ref name=Kageyama2021><pubmed>33397898</pubmed></ref>。p62 bodyの選択的オートファジーはユビキチン化タンパク質を効率的に分解することができ、それによりタンパク質の恒常性の維持に働いていると考えられる。
p62は通常、自己相互作用ドメインであるPB1ドメインを介してオリゴマーとなり、フィラメント構造を形成する。p62フィラメントはユビキチン鎖と結合することで液‒液相分離を引き起こし、p62 bodyを形成する <ref name=Sun2018><pubmed>29507397</pubmed></ref><ref name=Zaffagnini2018><pubmed>29343546</pubmed></ref>。p62のUBAドメインは通常ホモ二量体を形成しユビキチンと結合できないが、p62のUBAドメイン内のセリン残基のリン酸化によりこの結合が阻害され、ユビキチンとの結合が増強される。そのリン酸化を制御するのがULK1(ヒト場合の407番目のセリン残基)やTBK1、CK2(ヒト場合の403番目のセリン残基)である <ref name=Lim2015><pubmed>25723488</pubmed></ref><ref name=Matsumoto2011><pubmed>22017874</pubmed></ref><ref name=Pilli2012><pubmed>22921120</pubmed></ref>。p62 bodyにはKEAP1や機能未知のVault粒子、オートファジー受容体であるNBR1やTAX1BP1が取りこまれ、p62 bodyと共に選択的オートファジーにより分解される <ref name=Kurusu2023><pubmed>37192622</pubmed></ref>(図4)。オートファジー受容体はKEAP1(p62と結合)やVault粒子(NBR1と結合)のp62 bodyへの取り込みと、オートファジー機構の呼び込みに関与する <ref name=Komatsu2010><pubmed>20173742</pubmed></ref><ref name=Turco2019><pubmed>30853400</pubmed></ref><ref name=Vargas2019><pubmed>30853401</pubmed></ref>。p62やTAX1BP1はオートファジー機構の最上流因子FIP200(FAK family kinase-interacting protein of 200 kDa)を呼び込み、p62 body上で隔離膜が形成される。隔離膜はウエッティング効果によりp62 bodyに沿い伸長し、最終的に液滴の一部をちぎり取り、分解する <ref name=Agudo-Canalejo2021><pubmed>33473217</pubmed></ref><ref name=Kageyama2021><pubmed>33397898</pubmed></ref>。p62 bodyの選択的オートファジーはユビキチン化タンパク質を効率的に分解することができ、それによりタンパク質の恒常性の維持に働いていると考えられる。


KEAP1の隔離による抗酸化ストレス応答
== KEAP1の隔離による抗酸化ストレス応答 ==
p62 bodyは上記のようにオートファジーによる分解の場として働くだけでなく、KEAP1を隔離することで、転写因子NRF2による抗酸化ストレス応答を調節する働きを持つ。KEAP1はCullin3型のユビキチンリガーゼの基質認識アダプターであり、NRF2と結合しユビキチン化することで、プロテアソーム(プロテアソームの項を参照)による分解へと誘導する。KEAP1によるNRF2の分解は2つの経路で制御されている。1つは、細胞内の酸化ストレスや親電子性物質などにより、KEAP1のシステイン残基が酸化修飾を受けることで、この結合が解離し、NRF2が核内に移行し、標的遺伝子の発現が亢進する機構である <ref name=Yamamoto2018><pubmed>29717933</pubmed></ref>。もう1つは、p62がKEAP1とNRF2の結合を競合阻害する機構である <ref name=Komatsu2010><pubmed>20173742</pubmed></ref>。KEAP1は通常、細胞質とp62 bodyを移動しているが、p62のセリン349番目がULK1によりリン酸化されるとKEAP1との結合親和性が増大し、KEAP1がp62bodyに保持されるようになる <ref name=Ichimura2013><pubmed>24011591</pubmed></ref><ref name=Ikeda2023><pubmed>37306101</pubmed></ref> (図5)。その結果、KEAP1によるNRF2のユビキチン化が抑制され、NRF2による転写が活性化される。
p62 bodyは上記のようにオートファジーによる分解の場として働くだけでなく、KEAP1を隔離することで、転写因子NRF2による抗酸化ストレス応答を調節する働きを持つ。KEAP1はCullin3型のユビキチンリガーゼの基質認識アダプターであり、NRF2と結合しユビキチン化することで、プロテアソーム(プロテアソームの項を参照)による分解へと誘導する。KEAP1によるNRF2の分解は2つの経路で制御されている。1つは、細胞内の酸化ストレスや親電子性物質などにより、KEAP1のシステイン残基が酸化修飾を受けることで、この結合が解離し、NRF2が核内に移行し、標的遺伝子の発現が亢進する機構である <ref name=Yamamoto2018><pubmed>29717933</pubmed></ref>。もう1つは、p62がKEAP1とNRF2の結合を競合阻害する機構である <ref name=Komatsu2010><pubmed>20173742</pubmed></ref>。KEAP1は通常、細胞質とp62 bodyを移動しているが、p62のセリン349番目がULK1によりリン酸化されるとKEAP1との結合親和性が増大し、KEAP1がp62bodyに保持されるようになる <ref name=Ichimura2013><pubmed>24011591</pubmed></ref><ref name=Ikeda2023><pubmed>37306101</pubmed></ref> (図5)。その結果、KEAP1によるNRF2のユビキチン化が抑制され、NRF2による転写が活性化される。


個体
=== 個体での機能 ===
オートファジー遺伝子Atg7(autophagy related 7)の肝臓特異的なノックアウトマウスでは、重篤な肝腫大と肝機能障害を引き起こす <ref name=Komatsu2005><pubmed>15866887</pubmed></ref>。肝実質細胞ではユビキチン陽性の構造体が観察され、その構造体にはp62が含まれている。また、肝臓でのオートファジーの長期的な抑制は腫瘍形成を引き起こす。このオートファジー欠損マウス肝臓においてp62あるいはNRF2を同時に欠損させると、肝腫大と肝機能障害が改善することより、p62によるNRF2の持続的な過剰活性化が主な病因であると考えられる <ref name=Inami2011><pubmed>21482715</pubmed></ref><ref name=Ni2012><pubmed>22491424</pubmed></ref><ref name=Takamura2011><pubmed>21498569</pubmed></ref>。神経細胞においても、オートファジー不全で見られる封入体構造(p62 bodyあるいは固体化したp62 bodyと考えられる)はp62の同時欠損により形成が見られなくなることより、p62は封入体形成を仲介する因子であると言える <ref name=Komatsu2007><pubmed>18083104</pubmed></ref>。
オートファジー遺伝子Atg7(autophagy related 7)の肝臓特異的なノックアウトマウスでは、重篤な肝腫大と肝機能障害を引き起こす <ref name=Komatsu2005><pubmed>15866887</pubmed></ref>。肝実質細胞ではユビキチン陽性の構造体が観察され、その構造体にはp62が含まれている。また、肝臓でのオートファジーの長期的な抑制は腫瘍形成を引き起こす。このオートファジー欠損マウス肝臓においてp62あるいはNRF2を同時に欠損させると、肝腫大と肝機能障害が改善することより、p62によるNRF2の持続的な過剰活性化が主な病因であると考えられる <ref name=Inami2011><pubmed>21482715</pubmed></ref><ref name=Ni2012><pubmed>22491424</pubmed></ref><ref name=Takamura2011><pubmed>21498569</pubmed></ref>。神経細胞においても、オートファジー不全で見られる封入体構造(p62 bodyあるいは固体化したp62 bodyと考えられる)はp62の同時欠損により形成が見られなくなることより、p62は封入体形成を仲介する因子であると言える <ref name=Komatsu2007><pubmed>18083104</pubmed></ref>。


疾患との関わり
== 疾患との関わり ==
p62をコードする遺伝子SQSTM1のミスセンス変異は骨パジェット病(Paget's disease of bone (PDB))、筋萎縮性側索硬化症(amyotrophic lateral sclerosis (ALS))(筋萎縮性側索硬化症の項を参照)、前頭側頭型認知症(frontotemporal dementia (FTD))(前頭側頭型認知症の項を参照)などの疾患で報告されている。変異はPB1、LIR、KIR、UBAドメインに相当する領域を含む様々な箇所で見られる。また、p62の403番目のリン酸化に関与するTBK1(TANK-binding kinase 1)などp62の制御因子の遺伝子変異も筋萎縮性側索硬化症や前頭側頭型認知症の原因となることが報告されている。
 p62をコードする遺伝子SQSTM1のミスセンス変異は筋萎縮性側索硬化症(amyotrophic lateral sclerosis (ALS))、前頭側頭型認知症(frontotemporal dementia (FTD))、骨パジェット病(Paget's disease of bone (PDB))などの疾患で報告されている。変異はPB1、LIR、KIR、UBAドメインに相当する領域を含む様々な箇所で見られる。また、p62の403番目のリン酸化に関与するTBK1(TANK-binding kinase 1)などp62の制御因子の遺伝子変異も筋萎縮性側索硬化症や前頭側頭型認知症の原因となることが報告されている。


骨パジェット病
=== 筋萎縮性側索硬化症、前頭側頭型認知症 ===
骨パジェット病は破骨細胞の活性化により、一部の骨の骨吸収と骨形成の骨代謝回転が亢進し、骨の軟化、変形、肥大が起こる疾患である <ref name=Roodman2005><pubmed>15690073</pubmed></ref>。家族性と孤発性の症例でそれぞれ30〜40%と10%の割合でSQSTM1遺伝子の変異が見られる <ref name=Alonso2017><pubmed>28255281</pubmed></ref>。P392L変異(UBAドメイン内の変異)が最も頻繁に見られる。他の変異もUBAドメイン内が多い。SQSTM1 P392Lノックインマウスが作製されており、遺伝子変異単独では骨病変を示すものの、破骨細胞の病変は認められない。遺伝子変異と麻疹ウイルスの感染(骨パジェット病患者の70%に麻疹ウイルスの感染が認められる)が病態発症に関与することが示唆されている <ref name=Kurihara2011><pubmed>21195346</pubmed></ref>。
筋萎縮性側索硬化症では、一次運動ニューロンおよび二次運動ニューロンの選択的かつ進行性の変性により手や足、顔の筋肉を動かすことが困難になる。前頭側頭型認知症は、前頭葉や側頭葉など脳の一部に異常タンパク質が蓄積し、神経細胞の変性や脳萎縮の結果生じる認知症である。家族性及び孤発性の筋萎縮性側索硬化症と前頭側頭型認知症でSQSTM1遺伝子の変異が報告されており、筋萎縮性側索硬化症の2~3%がSQSTM1の変異であると言われている <ref name=Davidson2022><pubmed>35143965</pubmed></ref>。SQSTM1遺伝子内の様々な領域のミスセンス変異が報告されているが、特にUBAに相当する領域に多く見られ、他にもPB1、LIR、KIR領域の変異も存在する。Pro388del、M87V、K102E変異などでは運動ニューロンにp62を含む封入体が観察される。また、筋萎縮性側索硬化症や前頭側頭型認知症で見られる変異のうちLIRやKIR内のミスセンス変異体はp62 bodyの流動性を減少させることが報告されている <ref name=Faruk2021><pubmed>34774801</pubmed></ref>。また、p62のセリンの403番目をリン酸化し、p62 body形成に関与することが想定されるTBK1の遺伝子変異も筋萎縮性側索硬化症と前頭側頭型認知症で報告されている <ref name=Bauer2024><pubmed>39448883</pubmed></ref><ref name=Cirulli2015><pubmed>25700176</pubmed></ref><ref name=Freischmidt2015><pubmed>25803835</pubmed></ref><ref name=Pilli2012><pubmed>22921120</pubmed></ref>。


筋萎縮性側索硬化症、前頭側頭型認知症
=== 骨パジェット病 ===
筋萎縮性側索硬化症では、一次運動ニューロンおよび二次運動ニューロンの選択的かつ進行性の変性により手や足、顔の筋肉を動かすことが困難になる。前頭側頭型認知症は、前頭葉や側頭葉など脳の一部に異常タンパク質が蓄積し、神経細胞の変性や脳萎縮の結果生じる認知症である。家族性及び孤発性の筋萎縮性側索硬化症と前頭側頭型認知症でSQSTM1遺伝子の変異が報告されており、筋萎縮性側索硬化症の2~3%がSQSTM1の変異であると言われている <ref name=Davidson2022><pubmed>35143965</pubmed></ref>。SQSTM1遺伝子内の様々な領域のミスセンス変異が報告されているが、特にUBAに相当する領域に多く見られ、他にもPB1、LIR、KIR領域の変異も存在する。Pro388del、M87V、K102E変異などでは運動ニューロンにp62を含む封入体が観察される。また、筋萎縮性側索硬化症や前頭側頭型認知症で見られる変異のうちLIRやKIR内のミスセンス変異体はp62 bodyの流動性を減少させることが報告されている <ref name=Faruk2021><pubmed>34774801</pubmed></ref>。また、p62のセリンの403番目をリン酸化し、p62 body形成に関与することが想定されるTBK1の遺伝子変異も筋萎縮性側索硬化症と前頭側頭型認知症で報告されている <ref name=Bauer2024><pubmed>39448883</pubmed></ref><ref name=Cirulli2015><pubmed>25700176</pubmed></ref><ref name=Freischmidt2015><pubmed>25803835</pubmed></ref><ref name=Pilli2012><pubmed>22921120</pubmed></ref>。
 骨パジェット病は破骨細胞の活性化により、一部の骨の骨吸収と骨形成の骨代謝回転が亢進し、骨の軟化、変形、肥大が起こる疾患である <ref name=Roodman2005><pubmed>15690073</pubmed></ref>。家族性と孤発性の症例でそれぞれ30〜40%と10%の割合でSQSTM1遺伝子の変異が見られる <ref name=Alonso2017><pubmed>28255281</pubmed></ref>。P392L変異(UBAドメイン内の変異)が最も頻繁に見られる。他の変異もUBAドメイン内が多い。SQSTM1 P392Lノックインマウスが作製されており、遺伝子変異単独では骨病変を示すものの、破骨細胞の病変は認められない。遺伝子変異と麻疹ウイルスの感染(骨パジェット病患者の70%に麻疹ウイルスの感染が認められる)が病態発症に関与することが示唆されている <ref name=Kurihara2011><pubmed>21195346</pubmed></ref>。


肝疾患
=== 肝疾患 ===
マロリー小体は肝細胞癌、アルコール性肝疾患、非アルコール性脂肪性肝炎、肝硬変などの肝疾患患者の肝細胞で見られる構造体で、主にp62、ユビキチン、ケラチンで構成される <ref name=Zatloukal2007><pubmed>17531973</pubmed></ref>。マロリー小体には、セリンの349番目がリン酸化されたp62、KEAP1、Vault粒子などp62 bodyを構成する因子が含まれる <ref name=Kurusu2023><pubmed>37192622</pubmed></ref><ref name=Saito2016><pubmed>27345495</pubmed></ref>。このことより、マロリー小体はp62 bodyあるいは固体化したp62 bodyである可能性が考えられる。
マロリー小体は肝細胞癌、アルコール性肝疾患、非アルコール性脂肪性肝炎、肝硬変などの肝疾患患者の肝細胞で見られる構造体で、主にp62、ユビキチン、ケラチンで構成される <ref name=Zatloukal2007><pubmed>17531973</pubmed></ref>。マロリー小体には、セリンの349番目がリン酸化されたp62、KEAP1、Vault粒子などp62 bodyを構成する因子が含まれる <ref name=Kurusu2023><pubmed>37192622</pubmed></ref><ref name=Saito2016><pubmed>27345495</pubmed></ref>。このことより、マロリー小体はp62 bodyあるいは固体化したp62 bodyである可能性が考えられる。


関連語
== 関連語 ==
オートファジー、リソソーム、ユビキチン、プロテアソーム、筋萎縮性側索硬化症、前頭側頭型認知症
オートファジー、リソソーム、ユビキチン、プロテアソーム、筋萎縮性側索硬化症、前頭側頭型認知症