「グレリン」の版間の差分

14行目: 14行目:


=== 背景と成長ホルモン分泌促進因子の発展 ===
=== 背景と成長ホルモン分泌促進因子の発展 ===
 [[成長ホルモン]]は、[[成長]]、[[代謝]]、[[エネルギー恒常性]]の維持に重要な役割を果たす[[ホルモン]]であり、その分泌は[[視床下部]]から分泌される[[成長ホルモン放出ホルモン]]([[growth hormone-releasing hormone]], [[GHRH]])と[[ソマトスタチン]]([[somatostatin]], [[SST]])によって制御される。1970年代後半になって、成長ホルモン分泌促進活性を持つ化合物として、さまざまな[[成長ホルモン分泌促進因子]]([[growth hormone secretagogue]], [[GHS]])が開発された<ref name=Bowers1980><pubmed>7353536</pubmed></ref>。この探索の契機となったのは、1975年に[[w:John Hughes (neuroscientist)|Hughes]]らによって発見された[[オピオイドペプチド]]の研究である。[[w:Cyril Y. Bowers|Bowers]]らは、[[メチオニンエンケファリン]]および[[ロイシンエンケファリン]]の構造を基に、オピオイド誘導体(Tyr-<small>D</small>-Trp-Gly-Phe-Met-NH₂)を合成し、これが成長ホルモン分泌を弱く促進することを示した<ref name=Bowers1980><pubmed>7353536</pubmed></ref>(4)。その後、さらなる改良が重ねられ、より強力な作用を持つ成長ホルモン放出ペプチド6([[growth hormone-releasing peptide 6]], [[GHRP-6]], His-<small>D</small>-Trp-Ala-<small>D</small>-Trp-Phe-Lys-NH₂)が開発された。
 [[成長ホルモン]]は、[[成長]]、[[代謝]]、[[エネルギー恒常性]]の維持に重要な役割を果たす[[ホルモン]]であり、その分泌は[[視床下部]]から分泌される[[成長ホルモン放出ホルモン]]([[growth hormone-releasing hormone]], [[GHRH]])と[[ソマトスタチン]]([[somatostatin]], [[SST]])によって制御される。1970年代後半になって、成長ホルモン分泌促進活性を持つ化合物として、さまざまな[[成長ホルモン分泌促進因子]]([[growth hormone secretagogue]], [[GHS]])が開発された<ref name=Bowers1980><pubmed>7353536</pubmed></ref>。この探索の契機となったのは、1975年に[[w:John Hughes (neuroscientist)|Hughes]]らによって発見された[[オピオイドペプチド]]の研究である。[[w:Cyril Y. Bowers|Bowers]]らは、[[メチオニンエンケファリン]]および[[ロイシンエンケファリン]]の構造を基に、オピオイド誘導体(Tyr-<small>D</small>-Trp-Gly-Phe-Met-NH₂)を合成し、これが成長ホルモン分泌を弱く促進することを示した<ref name=Bowers1980><pubmed>7353536</pubmed></ref>。その後、改良が重ねられ、より強力な作用を持つ[[成長ホルモン放出ペプチド6]]([[growth hormone-releasing peptide 6]], [[GHRP-6]], His-<small>D</small>-Trp-Ala-<small>D</small>-Trp-Phe-Lys-NH₂)が開発された。


===成長ホルモン分泌促進因子受容体のクローニングと内因性リガンドの探索 ===
===成長ホルモン分泌促進因子受容体のクローニングと内因性リガンドの探索 ===
 1993年、メルク社のSmithらは、経口投与可能な非ペプチド性低分子成長ホルモン分泌促進因子([[L-692,429]])を開発し、それが特定の受容体を介して成長ホルモン分泌を促進することを示した<ref name=Smith1993><pubmed>8503009</pubmed></ref>。この研究を契機に、成長ホルモン分泌促進因子が作用する受容体の同定が進められた。1996年、メルク社の研究チームは発現クローニング法を用いて、成長ホルモン分泌促進因子が特異的に結合する[[Gタンパク質共役受容体]]([[G protein-coupled receptor]],[[GPCR]])を単離し、これを成長ホルモン分泌促進因子受容体と命名した<ref name=Howard1996><pubmed>8688086</pubmed></ref>。成長ホルモン分泌促進因子受容体は[[視床下部]]、[[下垂体]]、[[海馬]]などに分布しており、成長ホルモン分泌促進因子が典型的なGPCRシグナル伝達を介して作用することが確認された。この成長ホルモン分泌促進因子受容体の発見により生体内には受容体に結合する内因性リガンドが存在すると考えられ、その同定を目指した研究が本格化した。
 さらに1993年、メルク社のSmithらは、経口投与可能な非ペプチド性低分子成長ホルモン分泌促進因子([[L-692,429]])を開発し、それが特定の受容体を介して成長ホルモン分泌を促進することを示した<ref name=Smith1993><pubmed>8503009</pubmed></ref>。この研究を契機に、成長ホルモン分泌促進因子が作用する受容体の同定が進められた。1996年、メルク社の研究チームは[[発現クローニング法]]を用いて、成長ホルモン分泌促進因子が特異的に結合する[[Gタンパク質共役受容体]]([[G protein-coupled receptor]],[[GPCR]])を単離し、これを[[成長ホルモン分泌促進因子受容体]]と命名した<ref name=Howard1996><pubmed>8688086</pubmed></ref>。この受容体は[[視床下部]]、[[下垂体]]、[[海馬]]などに分布しており、成長ホルモン分泌促進因子が典型的なGPCRシグナル伝達を介して作用することが確認された。この発見により生体内にはこの受容体に結合する内因性リガンドが存在すると考えられ、その同定を目指した研究が本格化した。


=== グレリンの同定と命名の由来 ===
=== グレリンの同定と命名の由来 ===
 児島将康、細田洋司、伊達紫、中里雅光、[[wj:松尾壽之|松尾壽之]]、[[wj:寒川賢治|寒川賢治]]の研究グループは、成長ホルモン分泌促進因子受容体発現細胞株を樹立し、細胞内[[カルシウム]]イオン濃度の上昇を指標としてリガンド探索を行った。その結果、[[ラット]]の[[胃]][[粘膜]]から28アミノ酸残基を有するペプチドが単離され、これが成長ホルモン分泌促進因子受容体の内因性リガンドであることが確認された。この新規ペプチドは、1999年に「グレリン(ghrelin)」と命名された<ref name=Kojima1999><pubmed>10604470</pubmed></ref>(1)。この名称は、インド・ヨーロッパ基語の ghre-(成長を意味する語)に由来し、さらにこのペプチドが成長ホルモンの分泌を促進することから"GH release" という意味も込められている。
 児島将康、細田洋司、伊達紫、中里雅光、[[wj:松尾壽之|松尾壽之]]、[[wj:寒川賢治|寒川賢治]]の研究グループは、成長ホルモン分泌促進因子受容体発現細胞株を樹立し、細胞内[[カルシウム]]イオン濃度の上昇を指標としてリガンド探索を行った。その結果、[[ラット]]の[[胃]][[粘膜]]から28アミノ酸残基を有するペプチドが単離され、これが成長ホルモン分泌促進因子受容体の内因性リガンドであることが確認された。この新規ペプチドは、1999年に「グレリン(ghrelin)」と命名された<ref name=Kojima1999><pubmed>10604470</pubmed></ref>。この名称は、インド・ヨーロッパ基語の ghre-(成長を意味する語)に由来し、さらにこのペプチドが成長ホルモンの分泌を促進することから"GH release" という意味も込められている。


 グレリンの発見により、成長ホルモンの分泌調節機構に新たな経路が加わることとなった。さらに、グレリンは[[摂食]]調節や[[代謝]]制御にも深く関与することが明らかとなり、その研究は多岐にわたる展開を見せている。またこれまで成長ホルモン分泌促進因子受容体と呼ばれていた受容体はグレリン受容体と呼ばれることとなった。
 グレリンの発見により、成長ホルモンの分泌調節機構に新たな経路が加わることとなった。さらに、グレリンは[[摂食]]調節や[[代謝]]制御にも深く関与することが明らかとなり、その研究は多岐にわたる展開を見せている。またこれまで成長ホルモン分泌促進因子受容体と呼ばれていた受容体はグレリン受容体と呼ばれることとなった。
27行目: 27行目:
[[ファイル:Kojima Ghrelin Fig2.png|サムネイル|'''図2. 哺乳類グレリン前駆体のアミノ酸配列'''<br>哺乳類グレリン前駆体間の配列比較を示す。同一アミノ酸は色分けされている。アスタリスクはアシル修飾されるSer3の位置を示す。哺乳類のグレリン前駆体のアミノ酸配列はよく保存されており、特に、アシル修飾されるセリンを含む活性グレリンペプチドのNH<sub>2</sub>末端の10アミノ酸はすべて同一である。<ref name=Kojima2005><pubmed>15788704</pubmed></ref>より改変。]]
[[ファイル:Kojima Ghrelin Fig2.png|サムネイル|'''図2. 哺乳類グレリン前駆体のアミノ酸配列'''<br>哺乳類グレリン前駆体間の配列比較を示す。同一アミノ酸は色分けされている。アスタリスクはアシル修飾されるSer3の位置を示す。哺乳類のグレリン前駆体のアミノ酸配列はよく保存されており、特に、アシル修飾されるセリンを含む活性グレリンペプチドのNH<sub>2</sub>末端の10アミノ酸はすべて同一である。<ref name=Kojima2005><pubmed>15788704</pubmed></ref>より改変。]]
[[ファイル:Kojima Ghrelin Fig3.png|サムネイル|'''図3. 脊椎動物グレリンのアミノ酸配列比較'''<br>グレリンは脊椎動物一般に存在して、N末端の活性に必要な部分のアミノ酸配列が非常によく保存されている。特に3番目のアミノ酸は両生類を除いてセリン残基であり、この部位が脂肪酸(主としてn-オクタン酸)によって修飾されている。両生類のグレリンは現在2種明らかになっており、3番目のアミノ酸はどちらもトレオニンである。セリンとトレオニンはともに側鎖に水酸基を持つ同族のアミノ酸で、両生類グレリンのトレオニンも脂肪酸によって修飾されている。魚類のグレリンはC末端がアミド構造になっている。<ref name=Kojima2005><pubmed>15788704</pubmed></ref>より改変。]]
[[ファイル:Kojima Ghrelin Fig3.png|サムネイル|'''図3. 脊椎動物グレリンのアミノ酸配列比較'''<br>グレリンは脊椎動物一般に存在して、N末端の活性に必要な部分のアミノ酸配列が非常によく保存されている。特に3番目のアミノ酸は両生類を除いてセリン残基であり、この部位が脂肪酸(主としてn-オクタン酸)によって修飾されている。両生類のグレリンは現在2種明らかになっており、3番目のアミノ酸はどちらもトレオニンである。セリンとトレオニンはともに側鎖に水酸基を持つ同族のアミノ酸で、両生類グレリンのトレオニンも脂肪酸によって修飾されている。魚類のグレリンはC末端がアミド構造になっている。<ref name=Kojima2005><pubmed>15788704</pubmed></ref>より改変。]]
== 構造 ==
== 構造 ==
 グレリンは、主に胃粘膜で合成・分泌される。その構造的特徴は、特定の[[脂肪酸]]修飾(アシル化)を受けることにある。
 グレリンは、主に胃粘膜で合成・分泌される。その構造的特徴は、特定の[[脂肪酸]]修飾(アシル化)を受けることにある。