「神経堤」の版間の差分

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英:neural crest、独:neuralleiste、仏:crête neurale  
英:neural crest、独:neuralleiste、仏:crête neurale  


[[Image:スライド1.PNG|thumb|450px|<b>図1 神経堤の誘導</b>]] [[Image:スライド3.PNG|thumb|450px|<b>図2 神経堤からの分化</b>]]  
[[Image:スライド1.PNG|thumb|450px|<b>図1 神経堤の形成</b>]] [[Image:スライド3.PNG|thumb|450px|<b>図2 神経堤からの分化</b>]]  


 神経堤(神経冠とも呼ばれる)は、[[wikipedia:ja:脊椎動物|脊椎動物]]の初期発生において表皮[[外胚葉]]と[[神経板]]の間に一時的に形成される構造であり<ref name="ref1">'''C Kalcheim, N Le Douarin'''<br>The neural crest.<br>''Cambridge, UK: Cambridge University Press.'':1999</ref>、その重要性から脊椎動物が進化の過程で獲得した「第四の[[wikipedia:ja:胚葉|胚葉]]」とも呼ばれる(図1)。 <br>  
 神経堤(神経冠とも呼ばれる)は、[[wikipedia:ja:脊椎動物|脊椎動物]]の初期発生において表皮[[外胚葉]]と[[神経板]]の間に一時的に形成される構造であり<ref name="ref1">'''C Kalcheim, N Le Douarin'''<br>The neural crest.<br>''Cambridge, UK: Cambridge University Press.'':1999</ref>、その重要性から脊椎動物が進化の過程で獲得した「第四の[[wikipedia:ja:胚葉|胚葉]]」とも呼ばれる(図1)。 <br>  
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 1960年代に入り、[[wikipedia:ja:鳥類|鳥類]]胚を用いて神経堤細胞の移動能を調べる実験が行われるようになった<ref name="ref3">'''B K Hall, S Hörstadius'''<br>The neural crest.<br>''London, UK: Oxford University Press.'':1988</ref>。そして1969年に、フランスのLe Douarinらのグループがニワトリ・[[wikipedia:ja:ウズラ|ウズラ]]の[[wikipedia:ja:キメラ|キメラ]]胚を作成し、神経堤細胞を本格的に標識可能にしたことで神経堤研究が大きく前進した<ref name="ref1" />。彼女らは、ニワトリに比較してウズラの細胞の[[wikipedia:ja:ヘテロクロマチン|ヘテロクロマチン]]の凝集が著明であることに着目し、神経外胚葉全体を除去したニワトリ胚にウズラ胚から摘出した神経外胚葉全体を移植し、ニワトリ体内の様々な部位に移動したウズラ由来細胞(つまり神経堤細胞)の挙動を観察した。この研究によって、神経堤細胞が脊髄後根神経節、[[交感神経]]節、腸管神経節などの末梢神経細胞やグリア細胞、心臓の平滑筋細胞、副腎や[[wikipedia:ja:甲状腺|甲状腺]]の内分泌細胞、メラニン細胞、頭部の骨軟部組織などの多種多様な組織を作り出していることが明らかになった。その後、[[wikipedia:en:DiI|DiI]]やDiOなどの脂溶性蛍光色素を注入し神経堤細胞を特異的に標識する方法が開発され<ref name="ref4"><pubmed> 2562671 </pubmed></ref><ref name="ref5"><pubmed> 8045344 </pubmed></ref>。鳥類胚ならびに[[wikipedia:ja:ネズミ目|齧歯類]]胚において、神経堤の領域ごとに詳細な[[細胞系譜]]が明らかにされていった。  
 1960年代に入り、[[wikipedia:ja:鳥類|鳥類]]胚を用いて神経堤細胞の移動能を調べる実験が行われるようになった<ref name="ref3">'''B K Hall, S Hörstadius'''<br>The neural crest.<br>''London, UK: Oxford University Press.'':1988</ref>。そして1969年に、フランスのLe Douarinらのグループがニワトリ・[[wikipedia:ja:ウズラ|ウズラ]]の[[wikipedia:ja:キメラ|キメラ]]胚を作成し、神経堤細胞を本格的に標識可能にしたことで神経堤研究が大きく前進した<ref name="ref1" />。彼女らは、ニワトリに比較してウズラの細胞の[[wikipedia:ja:ヘテロクロマチン|ヘテロクロマチン]]の凝集が著明であることに着目し、神経外胚葉全体を除去したニワトリ胚にウズラ胚から摘出した神経外胚葉全体を移植し、ニワトリ体内の様々な部位に移動したウズラ由来細胞(つまり神経堤細胞)の挙動を観察した。この研究によって、神経堤細胞が脊髄後根神経節、[[交感神経]]節、腸管神経節などの末梢神経細胞やグリア細胞、心臓の平滑筋細胞、副腎や[[wikipedia:ja:甲状腺|甲状腺]]の内分泌細胞、メラニン細胞、頭部の骨軟部組織などの多種多様な組織を作り出していることが明らかになった。その後、[[wikipedia:en:DiI|DiI]]やDiOなどの脂溶性蛍光色素を注入し神経堤細胞を特異的に標識する方法が開発され<ref name="ref4"><pubmed> 2562671 </pubmed></ref><ref name="ref5"><pubmed> 8045344 </pubmed></ref>。鳥類胚ならびに[[wikipedia:ja:ネズミ目|齧歯類]]胚において、神経堤の領域ごとに詳細な[[細胞系譜]]が明らかにされていった。  


<br> 歴史的に神経堤の研究は鳥類胚や両生類胚を用いたものが多く、哺乳類での解析は十分に行われてこなかったが、1990年代後半以降、[[cre-loxPシステム]]を利用した[[マウス]]の神経堤研究が急速に発展した。神経堤細胞特異的な遺伝子[[プロモーター]]下流にCre遺伝子を接続したマウス(P0Cre<ref name="ref6"><pubmed> 10419695 </pubmed></ref>、Wnt1Cre<ref name="ref7"><pubmed> 10725237 </pubmed></ref>、Ht-PaCre<ref name="ref8"><pubmed> 12812797 </pubmed></ref>、S4FCre<ref name="ref9"><pubmed> 19830815 </pubmed></ref>)と、Creの存在下で[[wikipedia:en:Beta-galactosidase|β-galactosidase]]や[[蛍光蛋白質]]を発現するレポーターマウスを交配することにより、生後でも神経堤由来細胞(neural crest-derived cells:NCDCs)でこれらの酵素や色素を発現し続けるマウスが作製された(図3)。[[Image:P0EGFP E10.5.jpg|thumb|450px|<b>図3 P0-Cre/EGFPマウス(E10.5)</b>]]これらのマウスを用いた実験により、これまで報告されてきたニワトリ・ウズラのキメラ実験やDiI トレーサー実験の結果が確証された。また、成体においても神経堤由来の組織中に、多分化能を有する未分化な神経堤由来細胞(神経堤幹細胞:neural crest stem cells)が存在することが明らかになった([[wikipedia:ja:骨髄|骨髄]]<ref name="ref10"><pubmed> 18397758  </pubmed></ref>、脊髄後根神経節<ref name="ref10" />、心臓<ref name="ref11"><pubmed> 16186259 </pubmed></ref>、角膜<ref name="ref12"><pubmed> 16888282 </pubmed></ref>、虹彩<ref name="ref13"><pubmed> 21306482  </pubmed></ref>、歯髄<ref name="ref14"><pubmed> 22087335  </pubmed></ref>、嗅粘膜<ref name="ref15"><pubmed> 21943152 </pubmed></ref>)。神経堤幹細胞は自己の組織から採取可能であり、免疫[[wikipedia:ja:拒絶反応|拒絶反応]]や[[wikipedia:ja:胚性幹細胞|胚性幹細胞]]が有する倫理的問題を避けることができるため、再生医療の細胞ソースとしても注目されている。また、頸部・肩の筋骨格の形成に神経堤細胞と中胚葉由来の細胞が共に貢献することも明らかなった<ref name="ref16"><pubmed> 16034409 </pubmed></ref>。さらに、感覚器プラコードから形成されると考えられていた[[wikipedia:ja:内耳|内耳]]<ref name="ref17"><pubmed> 22110056 </pubmed></ref>や嗅上皮の構築<ref name="ref15" /><ref name="ref18"><pubmed> 21543621 </pubmed></ref>に、神経堤細胞が貢献することも明らかとなった。  
<br> 歴史的に神経堤の研究は鳥類胚や両生類胚を用いたものが多く、哺乳類での解析は十分に行われてこなかったが、1990年代後半以降、[[Cre-loxPシステム]]を利用した[[マウス]]の神経堤研究が急速に発展した。神経堤細胞特異的な遺伝子[[プロモーター]]下流にCre遺伝子を接続したマウス(P0Cre<ref name="ref6"><pubmed> 10419695 </pubmed></ref>、Wnt1Cre<ref name="ref7"><pubmed> 10725237 </pubmed></ref>、Ht-PaCre<ref name="ref8"><pubmed> 12812797 </pubmed></ref>、S4FCre<ref name="ref9"><pubmed> 19830815 </pubmed></ref>)と、Creの存在下で[[wikipedia:en:Beta-galactosidase|β-galactosidase]]や[[蛍光蛋白質]]を発現するレポーターマウスを交配することにより、生後でも神経堤由来細胞(neural crest-derived cells:NCDCs)でこれらの酵素や色素を発現し続けるマウスが作製された(図3)。[[Image:P0EGFP E10.5.jpg|thumb|450px|<b>図3 P0-Cre/EGFPマウス(E10.5)</b>]]これらのマウスを用いた実験により、これまで報告されてきたニワトリ・ウズラのキメラ実験やDiI トレーサー実験の結果が確証された。また、成体においても神経堤由来の組織中に、多分化能を有する未分化な神経堤由来細胞(神経堤幹細胞:neural crest stem cells)が存在することが明らかになった([[wikipedia:ja:骨髄|骨髄]]<ref name="ref10"><pubmed> 18397758  </pubmed></ref>、脊髄後根神経節<ref name="ref10" />、心臓<ref name="ref11"><pubmed> 16186259 </pubmed></ref>、角膜<ref name="ref12"><pubmed> 16888282 </pubmed></ref>、虹彩<ref name="ref13"><pubmed> 21306482  </pubmed></ref>、歯髄<ref name="ref14"><pubmed> 22087335  </pubmed></ref>、嗅粘膜<ref name="ref15"><pubmed> 21943152 </pubmed></ref>)。神経堤幹細胞は自己の組織から採取可能であり、免疫[[wikipedia:ja:拒絶反応|拒絶反応]]や[[wikipedia:ja:胚性幹細胞|胚性幹細胞]]が有する倫理的問題を避けることができるため、再生医療の細胞ソースとしても注目されている。また、頸部・肩の筋骨格の形成に神経堤細胞と中胚葉由来の細胞が共に貢献することも明らかなった<ref name="ref16"><pubmed> 16034409 </pubmed></ref>。さらに、感覚器プラコードから形成されると考えられていた[[wikipedia:ja:内耳|内耳]]<ref name="ref17"><pubmed> 22110056 </pubmed></ref>や嗅上皮の構築<ref name="ref15" /><ref name="ref18"><pubmed> 21543621 </pubmed></ref>に、神経堤細胞が貢献することも明らかとなった。  


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== &nbsp;'''分類'''   ==
== &nbsp;'''分類'''   ==


 神経堤は前後軸に沿って四つの部位に大別され、その機能は各部位で大きく異なる。
 神経堤は前後軸に沿って五つの部位に大別され、その機能は各部位で大きく異なる。


==== 頭部神経堤  ====
==== 頭部神経堤  ====


 背外側に移動し、顔面頭蓋の[[wikipedia:ja:間葉|間葉]]組織や[[wikipedia:ja:咽頭弓|咽頭弓]]・咽頭嚢に侵入する。顔面頭蓋の間葉に移動した神経堤細胞より、脳神経節(Ⅴ・Ⅶ・Ⅸ・Ⅹ)の神経細胞、グリア細胞、顔面頭蓋の[[wikipedia:ja:骨格筋|骨格筋]]・骨・軟骨などが形成される。頭部神経堤の細胞のみが骨や軟骨、血管平滑筋を形成する。咽頭弓・咽頭嚢に侵入した神経堤細胞は、[[wikipedia:ja:甲状腺|甲状腺]][[wikipedia:ja:傍濾胞細胞|傍濾胞細胞]]、[[wikipedia:ja:耳小骨|耳小骨]]、[[wikipedia:ja:下顎骨|下顎骨]]、[[wikipedia:ja:象牙芽細胞|象牙芽細胞]]などを形成するとともに、[[wikipedia:ja:胸腺|胸腺]]や[[wikipedia:ja:副甲状腺|副甲状腺]]の形成を誘導する。
 背外側に移動し、顔面頭蓋の[[wikipedia:ja:間葉|間葉]]組織や[[wikipedia:ja:咽頭弓|咽頭弓]]・咽頭嚢に侵入する。顔面頭蓋の間葉に移動した神経堤細胞より、脳神経節(Ⅴ・Ⅶ・Ⅸ・Ⅹ)の神経細胞、グリア細胞、顔面頭蓋の[[wikipedia:ja:骨格筋|骨格筋]]・骨・軟骨などが形成される。頭部神経堤の細胞のみが骨や軟骨、血管平滑筋を形成する。咽頭弓・咽頭嚢に侵入した神経堤細胞は、[[wikipedia:ja:甲状腺|甲状腺]][[wikipedia:ja:傍濾胞細胞|傍濾胞細胞]]、[[wikipedia:ja:耳小骨|耳小骨]]、[[wikipedia:ja:下顎骨|下顎骨]]、[[wikipedia:ja:象牙芽細胞|象牙芽細胞]]などを形成するとともに、[[wikipedia:ja:胸腺|胸腺]]や[[wikipedia:ja:副甲状腺|副甲状腺]]の形成を誘導する。  
 
==== 迷走神経堤&nbsp;  ====
 
 頸部の迷走神経堤から腹側に移動し、腸管壁に侵入する。この細胞群からは、[[副交感神経]]性の腸管神経節(アウエルバッハ神経叢とマイスナー神経叢)が生じる。
 
==== &nbsp;心臓神経堤  ====
 
 迷走神経堤の一部は第3-6咽頭弓や心臓原基に侵入し、心臓神経堤と呼ばれる。咽頭弓に侵入した神経堤細胞は神経細胞やメラニン細胞、動脈弓の平滑筋や[[wikipedia:ja:結合組織|結合組織]]などに分化する。心臓原基に侵入した神経堤細胞は大動脈肺動脈中隔の平滑筋を形成する。また、腹腔神経節などの大動脈前方に存在する神経節を形成する。
 


==== 体幹部神経堤&nbsp;  ====
==== 体幹部神経堤&nbsp;  ====
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 背外側に移動して表皮と体節の間を通過し、腹側の正中部に向かう経路(背側経路)と、神経管外側を通過し腹側に移動する経路(腹側経路)の二つに大別される。背側経路を通過する神経堤細胞からはメラニン細胞、腹側経路を通過する神経堤細胞からは、脊髄後根神経節、交感神経節、副腎髄質などが形成される。  
 背外側に移動して表皮と体節の間を通過し、腹側の正中部に向かう経路(背側経路)と、神経管外側を通過し腹側に移動する経路(腹側経路)の二つに大別される。背側経路を通過する神経堤細胞からはメラニン細胞、腹側経路を通過する神経堤細胞からは、脊髄後根神経節、交感神経節、副腎髄質などが形成される。  


==== 迷走・坐骨神経堤&nbsp;  ====
==== 坐骨神経堤&nbsp;  ====
 
 頸部の迷走神経堤と尾部の坐骨神経堤から腹側に移動し、腸管壁に侵入する。この細胞群からは、迷走・坐骨神経堤より[[副交感神経]]性の腸管神経節(アウエルバッハ神経叢とマイスナー神経叢)が生じる。


==== 心臓神経堤  ====
 尾部の坐骨神経堤から腹側に移動し、腸管壁に侵入する。この細胞群からは、副交感神経性の腸管神経節(アウエルバッハ神経叢とマイスナー神経叢)が生じる。


 迷走神経堤の一部は第3-6咽頭弓や心臓原基に侵入し、心臓神経堤と呼ばれる。咽頭弓に侵入した神経堤細胞は神経細胞やメラニン細胞、動脈弓の平滑筋や[[wikipedia:ja:結合組織|結合組織]]などに分化する。心臓原基に侵入した神経堤細胞は大動脈肺動脈中隔の平滑筋を形成する。


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