「語彙」の版間の差分

12 バイト追加 、 2012年4月27日 (金)
編集の要約なし
編集の要約なし
編集の要約なし
25行目: 25行目:
 視覚的な認知過程における単語優位効果([[Wikipedia:Word_superiority_effect|word superiority effect]])も広い意味での文脈効果であるといえる.この効果は以下のようなものである――ある文字列を被験者に瞬間提示したのち,そこに含まれていた文字を2択で判断させる課題を考えてもらいたい.2択の文字が“K”と“D”だとすると,文字列が単語(例.WORDやWORK)の場合にランダム文字列(例.ORWD)の場合よりも正答率が上がる.これは単語という文脈に埋め込まれることで文字の検出率が上昇することを意味する.これが単語優位効果である.
 視覚的な認知過程における単語優位効果([[Wikipedia:Word_superiority_effect|word superiority effect]])も広い意味での文脈効果であるといえる.この効果は以下のようなものである――ある文字列を被験者に瞬間提示したのち,そこに含まれていた文字を2択で判断させる課題を考えてもらいたい.2択の文字が“K”と“D”だとすると,文字列が単語(例.WORDやWORK)の場合にランダム文字列(例.ORWD)の場合よりも正答率が上がる.これは単語という文脈に埋め込まれることで文字の検出率が上昇することを意味する.これが単語優位効果である.


 そのほか,ある単語(ターゲットもしくはプローブ)の理解が直前に別の単語(プライム)などを提示することによって促進されたり抑制されたりする現象も知られている.これは語彙的[[プライミング]]効果(lexical priming effect)と呼ばれるもので,ターゲットに対して語彙判断課題などを行うことで測定する.たとえばプローブとターゲットのあいだに意味的関連がある場合,ターゲットの理解は促進されることが知られている.
そのほか,ある単語(ターゲットもしくはプローブ)の理解が直前に別の単語(プライム)などを提示することによって促進されたり抑制されたりする現象も知られている.これは語彙的[[プライミング]]効果(lexical priming effect)と呼ばれるもので,ターゲットに対して語彙判断課題などを行うことで測定する.たとえばプローブとターゲットのあいだに意味的関連がある場合,ターゲットの理解は促進されることが知られている.


==語彙アクセスのモデル==
==語彙アクセスのモデル==
34行目: 34行目:
 ロゴジェン・モデルに続く重要な単語認知モデルとしては,相互作用活性化(interactive activation: IA)モデルが挙げられる.IAモデルは特徴レベル・文字レベル・単語レベルの3つの階層から成る[[ニューラルネットワーク・モデル]]である.ロゴジェン・モデルとは異なり,IAモデルには上述した3つのレベルごとに構成ユニットが存在する.たとえば垂直な線分に対応する特徴ユニット,“A”の文字ユニット,“CAT”の単語ユニットなどがそれぞれの層を構成するのである.特徴ユニットは,対応する特徴を含む文字ユニットに対しては興奮性の,そうでない文字ユニットには抑制性の結合を持つ.文字ユニットと単語ユニットは相互に結合しており,前者の文字が後者の単語に含まれる場合(例.“T”と“TIME”)には両者の結合は興奮性,そうでない場合には抑制性である.また単語レベルのユニット間には強い相互抑制が存在する.IAモデルではこれらの結合を通じてレベル内およびレベル間の相互作用が生じる.単語の視覚入力を最初に受けるのは特徴ユニットであるが,レベル間の結合があるためにその後の処理は各階層で並列的に進行する.またIAモデルの構成ユニットは閾値を持たないが,入力と合う特定の単語ユニットが最も強く活動することで単語認知が実現される.IAモデルもロゴジェン・モデルと同様,頻度や文脈による単語認知の促進効果を再現することが可能である.さらに高次(単語レベル)から低次(文字レベル)へのフィードバックを組み込むことで,単語優位効果も説明できるようになっている.
 ロゴジェン・モデルに続く重要な単語認知モデルとしては,相互作用活性化(interactive activation: IA)モデルが挙げられる.IAモデルは特徴レベル・文字レベル・単語レベルの3つの階層から成る[[ニューラルネットワーク・モデル]]である.ロゴジェン・モデルとは異なり,IAモデルには上述した3つのレベルごとに構成ユニットが存在する.たとえば垂直な線分に対応する特徴ユニット,“A”の文字ユニット,“CAT”の単語ユニットなどがそれぞれの層を構成するのである.特徴ユニットは,対応する特徴を含む文字ユニットに対しては興奮性の,そうでない文字ユニットには抑制性の結合を持つ.文字ユニットと単語ユニットは相互に結合しており,前者の文字が後者の単語に含まれる場合(例.“T”と“TIME”)には両者の結合は興奮性,そうでない場合には抑制性である.また単語レベルのユニット間には強い相互抑制が存在する.IAモデルではこれらの結合を通じてレベル内およびレベル間の相互作用が生じる.単語の視覚入力を最初に受けるのは特徴ユニットであるが,レベル間の結合があるためにその後の処理は各階層で並列的に進行する.またIAモデルの構成ユニットは閾値を持たないが,入力と合う特定の単語ユニットが最も強く活動することで単語認知が実現される.IAモデルもロゴジェン・モデルと同様,頻度や文脈による単語認知の促進効果を再現することが可能である.さらに高次(単語レベル)から低次(文字レベル)へのフィードバックを組み込むことで,単語優位効果も説明できるようになっている.


 単語の聴覚的認知に関してはMarslen-Wilsonのコホート(Cohort)と呼ばれる概念モデルが有名である.このモデルが提唱する枠組みでは,単語の聴覚的認知は以下3つのステージに大別される.単語(例.stack)が聴覚的に入力されると,1)最初の100-150ミリ秒時点での音素系列(例.sta-)と合致する単語表現(例.stab,stack,stagger…)がまず全て活性化され,2)継起する音や文脈に基づいて候補が絞られていき,3)最終的にひとつの単語が特定される.この最初に活性化される単語群を語頭コホート(word-initial cohort)という.コホートとはもともとローマの歩兵隊を指すことばであり,単語の大群が徐々に選択されていく過程を軍隊の行進になぞらえているのである.コホート・モデルは,たとえば「captain(船長)-captive(捕虜)」実験などの結果によって支持される.この実験では被験者にcaptainあるいはcaptiveのような語が音声で提示されていき,その途中で視覚的に表示される語の語彙判断が求められた.このとき,音声が「capt-」の時点で視覚刺激が提示されると,captainおよびcaptiveと意味的に関連する「boat(船)」「guard(看守)」といった語に対する反応が促進されたのである.これは語彙的プライミング効果の一種であるといえ,聴覚提示が「capt-」の時点でcaptainとcaptiveが共に活性化されることを示唆するものといえる.McClellandとElmanの提案したTRACEというニューラルネットワーク・モデルはコホート・モデルの枠組みと合致しており,聴覚提示される単語が複数の候補から徐々に選択されていく過程をシミュレートすることができる.
 単語の聴覚的認知に関してはコホート(Cohort)・モデルと呼ばれる概念モデルが有名である.このモデルが提唱する枠組みでは,単語の聴覚的認知は以下3つのステージに大別される.単語(例.stack)が聴覚的に入力されると,1)最初の100-150ミリ秒時点での音素系列(例.sta-)と合致する単語表現(例.stab,stack,stagger…)がまず全て活性化され,2)継起する音や文脈に基づいて候補が絞られていき,3)最終的にひとつの単語(stack)が特定される.この最初に活性化される単語群を語頭コホート(word-initial cohort)という.コホートとはもともとローマの歩兵隊を指すことばであり,単語の大群が徐々に選択されていく過程を軍隊の行進になぞらえているのである.コホート・モデルは,たとえば「captain(船長)-captive(捕虜)」実験などの結果によって支持される.この実験では被験者にcaptainあるいはcaptiveのような語が音声で提示されていき,その途中で視覚的に表示される語の語彙判断が求められた.このとき,音声が「capt-」の時点で視覚刺激が提示されると,captainおよびcaptiveと意味的に関連する「boat(船)」「guard(看守)」といった語に対する反応が促進されたのである.これは語彙的プライミング効果の一種であると言え,聴覚提示が「capt-」の時点ではcaptainとcaptiveが共に活性化されていることを示唆するものといえる.McClellandとElmanの提案したTRACEというニューラルネットワーク・モデルはコホート・モデルの枠組みと合致しており,聴覚提示される単語が複数の候補から徐々に選択されていく過程をシミュレートすることができる.


===音読・発話に関するモデル===
===音読・発話に関するモデル===
113

回編集