トポグラフィックマッピング
英語名:Topographic fine tuning
トポグラフィックファインチューニングは2つの分けることのできる概念を含んでいる言葉と考えられる。1つはトポグラフィックマッピング、topographic mappingで、もう1つはその過程の1つである神経活動依存性ファインチューニング、activity dependent fine tuningである。ここではトポグラフィックマッピングについて主に述べることにする。トポグラフィックマップとはもともと地形図という意味であるが、トポグラフィックマッピングは「神経地図形成」と訳され、神経細胞の投射が地形図を作製するように特異的な配置をなす過程をさす。端的に言えばある特定の身体の位置から来る神経の軸索が、ある特定の配置をその系路内で取り、脳内のある特定の標的に到達した際に、その投射が標的領域内で特定の配置を取る過程である(逆に脳の運動野のある位置にある神経細胞からの軸索がある特定の身体の位置に投射する場合、脳内の運動野でトポグラフィックな分布があるといえる)。一番簡単な例は、脊髄から視床へ上行する脊髄視床路で末梢から脊髄に入る高さによってその系路内での配置が決まるというものであろう。また、有名なものにはモントリオールのWilder Penfieldによる感覚野と運動野におけるどの部位が体のどの部位の感覚、運動に対応するかを人の脳でマッピングしたものがある(cortical homunculus)(図1)。これは脳のどこを刺激すると体のどこが動くか、また、脳のどこを刺激するとどこが感じたように感じるかを脳外科手術中の患者さんの脳でマッピングしたもので、1951年に出版されたこのデータは現在でもそのまま通用する正確なものである。感覚系のトポグラフィックマッピングには大きく分けて2つの過程がある。一つは神経細胞の軸索が標的にたどり着き標的内でトポグラフィックに配置する神経活動に依存しない(おそらく様々な標的認識分子による)メカニズムで、もう一つはその後に行われる標的内での神経活動依存性の配置形成の(ひいてはシナプス形成の)リファインメントの過程である(これが神経活動依存性ファインチューニングである)。トポグラフィクマッピングは感覚系での情報処理の基本となる構造を形成するものである。
図1Cortical homunculus それぞれの皮質の領域がそれぞれの身体の部分の感覚に対応している。Wilder Penfieldの著書より改変。
topographic mappingのミッション
高等動物において外界から入力される感覚情報は脳内の特定の領域内において2次元上の神経細胞の発火パターンへと変換され、これが感覚情報の処理の基盤となる。例えば視覚において、網膜の中のある視細胞がその受け持つ視覚フィールド内のある位置における情報を受け取るが、網膜のそれぞれの視細胞の情報は脳の特異的な細胞へ伝達される。そうすることによって、網膜内での位置関係(つまりは視覚フィールドにおける位置関係)が脳内での位置関係に転換され、視覚フィールドの空間における位置情報を視覚野で認識することができる。これをするためにはそれぞれの視細胞につながる網膜神経節細胞の軸索が視覚系においてトポグラフィックにターゲッティングする事が必要となる。これがトポグラフィックマッピングであり、その結果、脳内にトポグラフィックなマップができる。さらに両眼視ができる動物では、両方の眼から入った視野内の同じ地点からの情報は脳内の同じ地点に投射する必要がある。それについてもトポグラフィックなマッピングが必要で、それによって形成された両眼視によってさらに立体視も可能となる。また、視覚によって得られた情報を認知するにあたって視覚野から脳内での行き先によって認知される内容が異なるので(例えばwhatとhow)、この基本に視覚野でのトポグラフィックマッピングがあるとも考えられる(嗅覚系ではある特定のにおいがそれによって引き起こされる特定の行動に結びつく基本にトポグラフィックマップがある。詳しくは嗅覚系の項を参照のこと)。先に述べたように視覚系においても神経細胞の活動(網膜の活動)なしに起こる過程と(網膜)神経細胞の活動性に依存して起こる過程がある。
topographic mappingのロジックとその分子メカニズム—歴史的ポイント
脳内におけるトポグラフィックなマップを示唆する古典的な実験としては1940−50年代のRoger Sperryによるカエルの目を180度回転した後の神経再生によってカエルの視覚がどうなるかを見たものがある。カエルの目を180度回すとカエルは上下逆転した形で視覚情報を認識するようになる。これは網膜神経節細胞の軸索が再生する際に元々つながっていた標的につながることによって、回転した後の網膜の上と下に位置する視細胞からの位置情報が脳内での位置では上下逆転するために起こる。Sperryは彼の一連の視覚系のマニピュレーションの実験の結果から1963年のchemoaffinity theoryの中で、投射する軸索と標的の細胞に分子のタグがついていて、その間の特異的相互作用によって神経細胞間の結合が決定されトポグラフィックマップの形成に関与すると提唱した。また、こういった分子のタグは軸索と標的の両方で相補的な濃度勾配を形成していて、それでコネクションの形成される位置が決定されるのではないかと推測した[1](詳しくは化学親和説(chemoaffinity theory)の項を参照されたい)。
その流れを汲んで、その後視覚系を中心にトポグラフィックマッピングのメカニズムを追求する努力がなされた。ニワトリの眼において耳側と鼻側の網膜神経節細胞はそれぞれ視蓋の前側と後側に軸索を送り、眼の中の耳鼻軸に沿った位置情報は視蓋の中で前後軸として保存される(図1)。これは眼の中で網膜神経節細胞に耳側と鼻側に軸に沿った分子の濃度勾配があり、それに対応する分子の濃度勾配が標的である視蓋の前後軸にもあり、その相互作用によって、それぞれの網膜神経節細胞の軸索が視蓋で停止する場所が決定されると考えられた。Friedrich Bonhoefferのグループは生化学的に視蓋での物質的基盤を明らかにすべく以下の様な実験を行った。彼らは、もし、視蓋に前後軸で濃度勾配を呈して発現している物質があってそれが耳側と鼻側の網膜神経節細胞の軸索のターゲッティングに重要であるならば、視蓋の前側と後側から調整した膜画分に対する耳側と鼻側の網膜神経節細胞の軸索の反応が変わるであろうと考え、これらの膜画分をインビトロでの基質としてストライプ状に配置した(ストライプアッセイ)。その上で網膜の神経節細胞を培養すると、耳側の細胞の軸索は前側から調整した膜画分の上を好んで成長するのに対して、鼻側の細胞の軸索は前側と後側からの画分で差を示さない事、そして、前側と後側のストライプをそれぞれ熱処理することによって、耳側の軸索は特に前側の膜画分を好むわけではなく、実は後側の膜画分を避ける事が示された(図3)。この事は視蓋の後側に高く前側に低く発現されている物質があり、それが耳側で強く発現し鼻側で弱く発現する分子によって認識される事によって網膜神経節細胞の軸索の視蓋内での位置が決まるという事を示唆する(図2)[2][3]。
上記のアッセイを利用してBonhoefferのグループは1990年に生化学的にニワトリの視蓋の後側に発現している分子を精製した。RAGSと呼ばれた25kDaのこの分子はPI-PLC処理によって膜から外れることからGPI結合性の膜結合タンパク質であることがわかっていた。その後、彼のグループのUwe Drescherらが遺伝子クローニングを含めて更なる分子の同定を試みていた。その頃、ファミリーの非常に多い新しいチロシンキナーゼ分子(後にEphとよばれる)が同定され、それについての研究が様々なグループで行われていた。中でもレジェネロンのGeorge Yancopoulosのグループ(Nick Galeら)はこのキナーゼ(Ephにあたる)のファミリーの同定とそのリガンド(ephrinにあたる)の解明を発現クローニングの手法を用いて精力的に行っていた。一方Phil Leaderの弟子にあたるJohn Flanaganもハーバードに自分のラボを持った頃で、彼のプロジェクトの一つとしてMek4(EphA3にあたる)とよばれるキナーゼ対するリガンドの発現クローニングを行っていた。それでとれてきた分子がELF-1(ephrinA2にあたる)で1994年にこの分子は膜結合型のタンパク質であることがわかっていた。その時にMek4とELF-1が網膜と視蓋で濃度勾配を呈して発現しており、しかもその勾配が逆であることに気がついた彼のグループは1995年にこのEphA3-ephrinA2がBonhoefferのグループが解析を行ってきたSperryのchemoaffnity theoryに関与するものであるという論文を発表した。その論文はDrescherらのRAGSがephrinAのグループに属する分子(ephrinA5にあたる)であるという論文と同時に発表されている。その後、様々なグループ(Rudiger KleinやDennis O'learyら)も参画しニワトリだけでなくマウスでもこのEph-ephrinを介したメカニズムが視覚系におけるトポグラフィックマッピングに働いていることが証明された(詳しくはEph-ephrinの項を参照されたい)。
図3 ストライプアッセイによる視蓋の前側と後側で網膜神経節細胞の軸索に対する影響の違い
各論
視覚系
特に網膜から視蓋/上丘への投射がトポグラフィックになっていることはよく知られている。この形成には幾つかの過程があり、様々な分子が関与しているが、基本的にはSperryの仮説の様に分子が濃度勾配を呈して発現していることによる。まず、網膜の視神経細胞の軸索は視蓋/上丘に入り、将来の標的位置よりも後ろへオーバーシュートして伸長することが知られている。その後、軸索が網膜内の耳側−鼻側の軸内のどこの位置からでているかで視蓋/上丘での前後軸に沿った正しい位置で、EphAs-EphrinAsの濃度勾配によって、軸索からinterstitial branchingがおこり、その後そのbranchが、今度は網膜内の背側−腹側軸によって視蓋/上丘の内側−外側の軸に沿った、EphAs-EphrinAsとは異なる分子の濃度勾配(EphBs-EphrinBs)で、正しい最終集結点に導かれる。ここまでは神経活動に依存せずにおこる。その後、更なるマップのリファインメント(標的領域がさらに集束する)が起こるがこれには神経活動が必要であり、ウェーブ状に発生する網膜内での自発的な電気活動の存在が重要であることが示されている(図2)[4]。
こういった過程に関わる分子の濃度勾配に関してはカウンターバランスを示す2つの濃度勾配が必要という考え方と、1つの濃度勾配がプッシュとプルと両方やれるという考え方とある。その他、もう一つの可能性として、軸索同士が競合するという可能性もあり、最近の知見では軸索同士の競合も視覚系におけるトポグラフィックマッピングに必要であるとされている[5]。
この他にも、外側膝状体と大脳皮質の視覚野でもトポグラフィックマップは形成されているがその分子メカニズムは視蓋/上丘ほどは明らかにされていない。一番よく研究されているのはこれらの視覚中枢において右目と左目から投射を受けている部位が交互にストライプ状に配置されている。大脳皮質においてはこのストライプ状にならんだカラムをを優位視覚性円柱ocular dominance columnという。猫で片方の眼を視覚の発達段階に閉じることでこのストライプのサイズに変化を与えることができるのでこれには神経活動依存的なメカニズムが関与していることが知られている。
トポグラフィックマップの形成後はそれを変えることは難しいが、形成の前に脳の領域ごとに可塑性が持続する時期があり、それを臨界期と呼ぶ。この時期は神経活動依存的な修飾が可能な時期であり、この時期内での神経活動の変化は脳内でのマップのパターンを変えることができる。臨界期における神経活動の変化はこの優位視覚性円柱(すなわちトポグラフィカルマップ)のパターンを変える(例えば右目と左目のカラムでサイズが変わる)(詳しくは臨界期及び優位視覚性円柱の項を参照されたい)。
嗅覚系
嗅覚系においてもトポグラフィックマッピングが行われることが知られているが、坂野らのグループによる精力的な研究によりその詳細な分子メカニズムが明らかにされてきている。匂いは嗅覚受容体で感知されるが、一つの嗅上皮細胞は一種類の嗅覚受容体を発現している。同じ嗅覚受容体を発現する細胞からの情報は嗅球の中の同じ糸球体に収束する必要がある。嗅覚受容体はヒトでは約350種類、マウスでは約1000種類の嗅覚受容体が存在し、嗅球上に嗅覚受容体の数に対応した糸球体を素子とする2次元マップが形成される。嗅球の中での嗅上皮細胞の軸索の配置は前後軸及び背側腹側の軸で決定されているが、背側腹側の軸での配列は嗅上皮内での配置によって決定される。前後軸に関してはどの嗅覚受容体が発現されているかによって産生されるcAMPの量が変わり、これによってSema3A/neuropilin1のカウンターバランスを示す濃度勾配が嗅上皮細胞の軸索内に発生し、これによって標的にたどり着く前にアクソンがソーティングされることによって、前後軸のどこに軸索が到着するかが決定される。背側腹側に関しては、まず、嗅上皮内でのrobo2の濃度勾配と嗅球内でのslit1の濃度勾配よってパイオニア軸索の嗅球での配置が背側に決定され、その後、嗅上皮細胞の軸索内でのSema3F/neuropilin2のカウンターバランスを示す濃度勾配によって嗅球内での背側腹側の位置が決まる。つまり、後から到着する軸索は先に到着した背側の軸索が発現するSema3Fによってより腹側に配置される(図3)。嗅覚の場合に特徴的なのは、アクソン−アクソンの相互作用が非常に重要な役割を果たしていることである。
こういった過程で軸索が標的位置に到達しシナプスを形成したあと、嗅覚系でも視覚系と同様に神経活動依存的なリファインメントがおこる(隣同士の糸球体がきっちりとセグレゲートする)。この過程においては神経活動依存的にホモフィリック結合をする細胞接着因子Kirrel2/3と接着依存性の反発因子であるEphA5-EphrinA5がやはり濃度勾配を呈する形で発現し、それによって糸球体が相互にセグレゲートする(図3)[6]。
その他
その他、聴覚系、体性感覚系、運動系などのトポグラフィックマップが研究されている。
関連項目
- 標的認識
- Topographic map
- Chemoaffinity theory
- Eph-Ephrin
参考文献
- ↑
SPERRY, R.W. (1963).
CHEMOAFFINITY IN THE ORDERLY GROWTH OF NERVE FIBER PATTERNS AND CONNECTIONS. Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America, 50, 703-10. [PubMed:14077501] [PMC] [WorldCat] [DOI] - ↑
Walter, J., Kern-Veits, B., Huf, J., Stolze, B., & Bonhoeffer, F. (1987).
Recognition of position-specific properties of tectal cell membranes by retinal axons in vitro. Development (Cambridge, England), 101(4), 685-96. [PubMed:3503693] [WorldCat] - ↑
Walter, J., Henke-Fahle, S., & Bonhoeffer, F. (1987).
Avoidance of posterior tectal membranes by temporal retinal axons. Development (Cambridge, England), 101(4), 909-13. [PubMed:3503703] [WorldCat] - ↑
McLaughlin, T., & O'Leary, D.D. (2005).
Molecular gradients and development of retinotopic maps. Annual review of neuroscience, 28, 327-55. [PubMed:16022599] [WorldCat] [DOI] - ↑
Triplett, J.W., Pfeiffenberger, C., Yamada, J., Stafford, B.K., Sweeney, N.T., Litke, A.M., ..., & Feldheim, D.A. (2011).
Competition is a driving force in topographic mapping. Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America, 108(47), 19060-5. [PubMed:22065784] [PMC] [WorldCat] [DOI] - ↑
Mori, K., & Sakano, H. (2011).
How is the olfactory map formed and interpreted in the mammalian brain? Annual review of neuroscience, 34, 467-99. [PubMed:21469960] [WorldCat] [DOI]
(執筆者:櫻井武 担当編集委員:大隅典子)