概念形成
英:concept formation
概念形成とは、対象から概念を作り出す過程である。哲学、心理学、さらには認知言語学等の関連分野でも扱われてきたが、脳科学では、対象から概念を作り出す際の脳内情報処理過程についてを主に扱う。概念を作り出す際の特に学習に着目した場合は、概念学習(concept learning)と呼ばれる。また、脳科学においては、対象のひとまとまりをカテゴリー(category)と呼ぶことも多い。
動物の脳内機構
概論
「動物」や「食べ物」といった具体的なものから「数・量」といった抽象的なものまで、種々のタイプの概念やカテゴリーに関する脳内情報処理に対して、覚醒サルに対する単一細胞電位記録手法を用いた実験的研究等が行われ、下側頭皮質、前頭前皮質や後部頭頂皮質、さらには皮質線条体ループ等の役割が明らかとされてきた[1][2][3]。
各論
サルを用いた研究では、視覚刺激を用いた実験が制御しやすいため、主に視覚情報処理に伴う概念形成のメカニズムが研究されてきた。Tanakaらは、様々な形状、向き、色といった異なる特徴を持つ視覚刺激をサルに提示し、それらに特異的に発火する神経細胞を下側頭皮質のTE野に見出した[1]。TE野は、V1-V2-V4野から続く腹側経路の高次の領野であり、特定の視覚刺激に応答する神経細胞がコラム状に並んでいる。こうした特定の特徴に対する神経細胞の選択的応答性が、概念形成に関わるとされる。
前頭前皮質では、こうしたTE野から伝えられる腹側経路の情報('What'の経路)と、頭頂間溝(IPS)等から伝えられる背側経路の情報('Where'の経路)が統合され、行動の意思決定に関与するとされる。また、MillerとNiederらの一連の研究により、前頭前皮質や後部頭頂皮質の神経細胞には、「数・量」の概念が表現されていることも報告されている[2]。さらに、後部頭頂皮質、皮質線条体ループ等が概念学習に重要な働きを担っていることも報告されている[3][4]。
ヒトの脳内機構
概論
神経心理学の研究、さらには神経画像手法を用いた近年の研究により、ヒト脳内における概念やカテゴリーの種類に対応した脳内情報処理過程が、視覚による物体認知における腹側経路の役割等を手掛かりとして明らかとされてきた[5]。また、神経画像手法を用いた研究が展開するにつれて、より広範囲の脳領域間の結合性との関係が注目されている[6]。
各論
ヒトを対象とした機能的磁気共鳴画像法(fMRI)を用いた研究からも、概念学習で生じる脳活動の変化には皮質や基底核等の複数の領域が関与すること等、動物実験の結果を支持する報告がなされている[3]。Chaoらは、概念学習で生じる脳活動の変化を捉えるために、健常成人に対して動物や道具のモノクロ写真を提示し、その4日後に命名課題を行っている際のfMRI信号を記録、解析した。その結果、事前に見た写真では、腹側経路の物体認知に関わる脳活動がより強く生じ、その中でも動物と道具という異なるカテゴリーでは、それぞれ右上側頭回、紡錘状回に特徴的な活動が観察できた[7]。また、Mahonらは、様々なカテゴリーの写真を見せ、同一カテゴリー内の単語を提示しその対象の大きさを判断させるといった課題を用いてfMRI実験を行った。健常被験者と先天盲の被験者を用いたところ、健常被験者では視覚を用いた課題の遂行時に活動が観察された腹側後頭側頭皮質が、先天盲の被験者では聴覚を用いた課題の遂行時に活動することが明らかになった [8]。さらに、視覚等の単感覚入力だけでなく視覚と聴覚といった複数の感覚入力を統合させ概念を形成する過程を評価すると、広範囲の多感覚野が関与することが必要であることが示唆されている[9]。このように、神経画像手法、特にfMRIの出現により、ヒトの脳内機構に対する実験的研究が可能となり、多くの研究が行われている。このfMRIは全脳からの信号計測が可能であること等から、より広範囲の脳領域の関わりが着目されている。
関連項目
参考文献
- ↑ 1.0 1.1
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(執筆者:和田 真、神作 憲司 担当編集委員:定藤 規弘)