アクチン

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 アクチン(actin)はすべての真核生物に最も大量に存在する分子量約42 kDaのタンパク質である。筋肉細胞では20%以上、非筋細胞でも1~5%を占めている。単量体のアクチンはほぼ球状をしていることから、球状アクチン(G-アクチン;globular actin)と呼ばれている。生理的なイオン条件ではG-アクチンは2本のプロトフィラメント(直鎖状のアクチン重合体)がらせん状に絡まった線維状アクチン(F-アクチン;filamentous actin)を形成する。イオン強度を下げると、線維状アクチンは球状アクチンに脱重合する。線維状アクチンからなるアクチンフィラメントは、中間径フィラメントや微小管と共に、細胞骨格の主要なメンバーであり、細胞の形態変化や運動に深く関わる[1]

アクチンの遺伝子

 哺乳類と鳥類の細胞ではアクチン遺伝子は6種類のアイソフォーム(αskeletal、αcardiac、αsmooth、βcyto、γsmooth、γcyto)が同定されている[2]。αskeletal、αcardiac、αsmooth、γsmoothアクチンの4つのアイソフォームはそれぞれ異なる筋肉細胞(骨格筋、心筋、平滑筋)に発現している[3]。これに対しβcytoアクチンとγcytoアクチンはほとんどすべての非筋細胞に発現している。

アクチン分子の構造

 アクチン単量体は中央の深い溝を挟んで2つのドメインからなり、さらにそれぞれは2つのサブドメインに分けられる[4]。アクチン単量体の溝の奥ではMg2+を結合したATPまたはADPが周りのアミノ酸残基と水素結合とイオン結合により結合しており、ヌクレオチドの非存在下ではアクチン分子は変性する。アクチンフィラメントへの重合能を持つのはATP結合型である。アクチン単量体のADPは速やかにATPに変換されることから、大部分のアクチン単量体はATP結合型として存在する。重合後はアクチン分子の溝部分に存在するATPase活性によりATP結合型からADP結合型に変化し、アクチンフィラメントの大部分はADP結合型となる。この際、遊離した無機リン酸はアクチンフィラメントに留まる。

 アクチンフィラメントは直径7~9 nm、半ピッチは36 nmでおよそ13個のアクチン単量体から形成されている[4]。このアクチンフィラメントにミオシンの頭部にあたるS1領域(subfragment 1)を混合すると、S1領域はアクチンフィラメントの側面に一定の角度を以って結合する。この複合体はしばしば矢尻に形容され、この矢尻の先端方向を矢尻端(pointed end)またはマイナス端、他方の端を反矢尻端(barbed end)またはプラス端と称する。反矢尻端は、矢尻端に比べ、単量体アクチンとの結合定数が強く、生理的条件下でのアクチン伸長は主に反矢尻端より起こるとされる。それゆえ、反矢尻端での重合と矢尻端での脱重合が共存する動的平衡状態、すなわちトレッドミル(treadmill)が可能となる。

アクチン単量体結合タンパク質

 アクチン結合タンパク質は、アクチンの単量体プールの維持、アクチン重合の開始、アクチンフィラメントの伸長、アクチンフィラメントの架橋や束化を制御する。脊椎動物の非筋細胞では、アクチンの約50%が単量体として存在する。アクチン単量体が大量に含まれる細胞質では、アクチン単量体に特異的に結合するタンパク質が重合を阻害している。

チモシンβ4

 チモシン(サイモシン)β4(thymosin β4)は最も大量に存在するアクチン単量体結合タンパク質である[5]。チモシンβ4に結合したアクチン単量体はアクチンフィラメントの反矢尻端にも矢尻端にも会合できず、結合しているヌクレオチドの加水分解も交換もできない。すなわち、アクチンの単量体プールの維持に寄与している。

プロフィリン

 プロフィリン(profilin)も単量体アクチンに結合するが、その機能はチモシンβ4とは異なる[6]。すなわち、プロフィリンはアクチン単量体のATP結合部位の反対側に結合して、アクチン単量体がアクチンフィラメントの矢尻端へ会合するのを阻害する。一方、プロフィリンは反矢尻端への会合は妨げない。アクチン―プロフィリン複合体がアクチンフィラメントの反矢尻端に結合すると、プロフィリンはアクチン単量体と遊離し、アクチンフィラメントはサブユニット1個分伸長する。

アクチン重合‐脱重合制御

アクチン核化因子

 アクチン重合が開始されるためには、アクチン分子の三量体からなる重合核の形成が必要である。細胞内のアクチン単量体の濃度は、重合に必要な濃度よりもはるかに高いが、上記のアクチン単量体結合タンパク質により、アクチンの三量体の形成は強く抑制されている。このため、アクチン線維の新生には、単量体アクチンに結合し新たなアクチン重合核の形成を促すアクチン核化因子(actin nucleator)が不可欠である。

 アクチン核化因子には、mDiaなどのフォルミンファミリータンパク質(formin family protein)やArp2/3複合体が知られている[1]。フォルミンファミリータンパク質は反矢尻端に結合し、プロフィリンを介して反矢尻端からのアクチン伸長を促進し、長い直鎖状のアクチンフィラメントを形成する。一方、Arp2/3複合体は、アクチンフィラメントの矢尻端と他のアクチンフィラメントの側面を架橋して、枝分かれ構造を持つアクチン構造を形成する。フォルミンファミリータンパク質やArp2/3は、それぞれ特異的なRhoファミリー低分子量Gタンパク質により活性化されることが知られている[7][8]。詳細はRhoファミリー低分子量Gタンパク質の項を参照されたい。

 既存のアクチンフィラメントの反矢尻端もアクチン重合核として働きうるが、通常その機能はキャッピングタンパク質(capping protein, CP)の結合により阻害されている。このため、反矢尻端が重合核として働くには、キャッピングタンパク質が反矢尻端から解離するか、アクチンフィラメントの切断により反矢尻端が露出する必要がある[9]

アクチン脱重合因子

 コフィリン(cofilin)は代表的なアクチン脱重合因子である[10]。脊椎動物のコフィリンには、非筋型コフィリン、筋型コフィリン、ADF(actin depolymrizing factor)の3種類のメンバーが存在する。ATP結合型よりもADP結合型のアクチンに高い親和性をもち、ADP結合型のアクチンをアクチンフィラメントの矢尻端から解離させる。また、コフィリンはアクチンフィラメントの側面に結合し、らせん構造のねじれを強くすることで切断を促進する。コフィリンの活性はリン酸化により制御される。すなわち、LIMキナーゼ(LIM kinase)によるリン酸化はコフィリンを不活性化し、Slingshotによる脱リン酸化はコフィリンを活性化する[11]。Rhoファミリー低分子量Gタンパク質のRhoやRacは、LIMキナーゼを介して、コフィリンのリン酸化と不活性化を誘導し、アクチンフィラメントの増加を促すと考えられている。

 ゲルゾリン(gelsolin)は全く作用の異なるアクチン切断因子である[12]。細胞内Ca2+により活性化され、アクチン線維を効率よく断片化する。さらに、断片化したアクチン線維の反矢尻端に結合して、反矢尻端を固定化する作用も報告されている。

生理機能

一般的なアクチンの役割

 細胞内においてアクチンは、主にアクチンフィラメントとして機能すると考えられている。筋細胞においては、アクチンフィラメントはII型ミオシンと会合してアクトミオシン束を形成し、筋収縮力に寄与する[13]。神経細胞を含む非筋細胞においては、アクチンフィラメントは、突起状のフィロポディア(filopodia;糸状仮足)、細胞辺縁の波打ち構造であるラメリポディア(lamellipodia;葉状仮足)、活性化されたII型ミオシンと会合したアクトミオシン束からなるストレスファイバー(stress fiber)など、多様なアクチン構造を形成する[14]。これらのアクチン構造の再編成は、Rhoファミリー低分子量Gタンパク質を介した細胞内情報伝達により時空間特異的に制御されており、細胞運動や細胞分裂など細胞形態の動的制御において重要な働きを担う[1]。同時に、非定型ミオシンとの結合を介してアクチンフィラメントに沿った小胞輸送に寄与する。このような動的な役割以外にも、アクチンフィラメントは細胞膜の直下に集積し、細胞皮質(cell cortex)の裏打ち構造を形成する他、α-カテニン(α-catenin)やビンキュリン(vinculin)を介して細胞接着因子であるカドヘリンと結合して細胞間接着を支える[15]。アクチンフィラメントの生理機能については、マイクロフィラメントの項も参照されたい。

神経系におけるアクチンの役割

 アクチンフィラメントは、神経系においても発生・発達段階から成熟後に至るまで幅広い役割を担っている。例えば、神経前駆細胞では先導突起が伸長した後に細胞体が前進する跳躍運動を繰り返して遊走する。この際、アクチンフィラメントは先導突起の先端や細胞体の後部に集積し、特異的なRhoファミリータンパク質で制御され、それぞれ先導突起の伸長と細胞体の前進に関わる[16][17]。神経突起の伸展時には、神経突起先端の成長円錐(growth cone)にもアクチンフィラメントが集積する[18]。多様な細胞外ガイダンス分子によるRhoファミリー低分子量Gタンパク質の制御により、成長円錐のアクチン再構築が誘導され、神経突起の伸展や退縮、軸索ガイダンスに寄与している[19]。さらに、中枢神経系の興奮性シナプスは主に樹状突起上の微小突起であるスパイン(spine)上に形成されているが、このスパインにもアクチンフィラメントが集積している[20]。このため、興奮性シナプスの形成にはアクチンフィラメントの制御が不可欠であり、この制御にもRhoファミリー低分子量Gタンパク質が重要な働きを担う。神経活動依存的なシナプス伝達の長期増強(long-term potentiation; LTP)や長期抑圧(long-term depression; LTD)にはスパインの増大や縮小を伴う[21]。二光子顕微鏡を用いた解析から、海馬スライスでの興奮性シナプスのシナプス長期増強に伴い、Rhoファミリー低分子量Gタンパク質の活性化やアクチンフィラメントの動態変化が誘導されることが示されている[22][23]。また、Rhoファミリー低分子量Gタンパク質やそのエフェクター分子の機能阻害により、興奮性シナプスの可塑性にRhoファミリー低分子量Gタンパク質が重要な働きを担うことも明らかにされている[24]。しかし、Rhoファミリー低分子量Gタンパク質によるアクチン再構築がシナプス可塑性を引き起こすメカニズムは不明であり、今後より詳細な解析が待たれる。

 上述の通り、神経系におけるアクチン分子の生理機能の多くはRhoファミリー低分子量Gタンパク質により制御されている。ぜひRhoファミリー低分子量Gタンパク質の項も参照されたい。

参考文献

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(執筆者:篠原亮太、古屋敷智之 担当編集委員:尾藤晴彦)