新生児模倣
森口佑介(上越教育大学)・板倉昭二(京都大学)
英語名:neonatal imitation
生後まもない新生児が、他者の顔の動きなどを模倣する現象のことである。アメリカの心理学者Andrew Meltzoffらが報告した[1]。ヒトに限らず,チンパンジーなどの他種においても見られる[2]。ヒトの新生児模倣の様子は,youtube(http://www.youtube.com/watch?v=k2YdkQ1G5QI) などで確認することができる。認知発達理論の初期理論を構築したJean Piagetは,乳児の模倣行動は,象徴機能が発生する2歳前後になってから観察されると考えていた[3]。このような考えがまだ根強く残っていた時代において,生後2週間程度の新生児がみせた新生児模倣は衝撃を与え,乳児の有能性を示す証拠として広く知られることとなった。Meltzoffは,新生児模倣を含む乳児の模倣能力に関する知見を基に,"like me"理論を提唱している[4]。この理論は、新生児模倣が心の理論などの他者理解の発達の基盤にあるという考えである。この理論によると,乳児は生得的に近い形で自己の行動と他者の行動の間のつながりに感受性がある。次の段階で、自分の行為とその行為の背後にある自分の心的状態の関連に気付き,最終的に,これらを基に心の理論を含む他者の心の理解を発達させるという。
模倣であるかについての議論
この現象は広く知られている一方で,新生児が「模倣」しているかどうかについては多くの議論がある。まず、この現象がどの程度頑健かという問題がある。Meltzoff & Decety (2003)は、13の独立した研究機関によってこの現象は報告されているとしている[5]。しかしながら,どの研究においても一貫した報告がなされるのは,Meltzoff & Moore (1977)が報告した「舌出し」、「口をあける」などの4つの模倣行動のうち,舌出し行動だけのようである[6]。
舌出し行動については,懐疑的な見方がある。Jonesによると、舌出しは一種の探索行動だという[7]。彼女らは、新生児に点滅信号を見せたときに、見せていないときよりも、舌出し行動が有意に増加することを見出した。また、視覚刺激だけでなく、聴覚刺激を聞かせたときにも、新生児の舌出し行動が有意に増加したことも報告されている[8]。また、新生児は他者の舌出しを見たときに、他者の他の行動を見たときよりも、舌出しをする傾向にあったが、これも、他者の舌出しが、他の行動よりも、新生児の注意を引きつけたことによるという。事実、前者に対する注視時間の方が長い。これらを考慮すると,新生児模倣が模倣行動と言えるかについては検討の余地が残されている。
近年,新生児模倣とミラーニューロンシステムとの関連が指摘され、実証的な知見も報告されつつある。新生児模倣はアカゲザルにおいても観察されるが[9],Ferrariはアカゲザルの新生児の脳活動を,EEGを用いて計測した。その結果,5-6Hz帯域のEEGの活動が,自身が表情を産出しているときおよび他者の表情を観察しているときに抑制されることが示された[10]。EEGを用いたミラーニューロンシステムの研究では,muリズムが観察自身の運動時および他者の運動観察時に抑制されることが知られており[11],新生児模倣がミラーニューロンシステムと関連している可能性が示唆される。
消失についての議論
新生児模倣は、生後2か月程度で消失する可能性が指摘されている。これについて、いくつかの仮説がある。新生児模倣の発見者であるMeltzoffらは、新生児模倣は消失するように見えるだけであり、条件さえ整えれば新生児模倣は消失しないという。2つ目は、新生児模倣は一種の原始反射であり、他の原始反射が発達とともに消失するように、新生児模倣も消失するという。この点に関連して、Jonesは、新生児模倣は、生後半年頃から見られる延滞模倣などの能力とは別のメカニズムである可能性を指摘している[12]。3つ目は、新生児模倣が模倣ではないと考える立場からの指摘であり、Jonesは、新生児模倣における舌出し行動は一種の探索行動であるとした上で、新生児模倣の消失時期と乳児がリーチングを始める時期が一致することから、舌出し行動が消失するのは、他の探索行動の手段が発達するためであると述べている[7]。
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(森口佑介・板倉昭二)