誘発電位および誘発脳磁界
岡本 秀彦
自然科学研究機構 生理学研究所
DOI:10.14931/bsd.6692 原稿受付日:2016年1月18日 原稿完成日:2016年月日
担当編集委員:定藤 規弘(自然科学研究機構生理学研究所 大脳皮質機能研究系)
英: evoked potential and evoked magnetic field、 独: evozierte Potentiale und evozierte magnetische Felder、 仏: potentiel évoqué et champ magnétique évoqué
同義語・類義語:事象関連電位、誘発反応、誘発活動電位
誘発電位(evoked potential)および誘発脳磁界(evoked (magnetic) field))とは、外部からの物理刺激(視覚刺激・聴覚・触覚刺激など)が受容器に入力されたことにより惹起された神経活動由来の電気信号または磁場信号のことである[1] [2]。通常、誘発電位の測定は頭皮上に配置された電極を介して行われているのに対し、誘発脳磁界は断熱容器(デュワー)内に格納されている超伝導量子干渉計 (SQUIDs)を介して測定されている。
分類
誘発電位および誘発脳磁界は物理刺激の種類により、それぞれ視覚誘発電位および視覚誘発脳磁界、聴覚誘発電位および聴覚誘発脳磁界、体性感覚誘発電位および体性感覚誘発脳磁界などと分類することが出来る。また潜時によって短潜時(short latency)、中潜時(middle latency)、長潜時(long latency)反応と分類されることもある。末梢神経においても外部刺激により活動電位を生じるが、誘発電位は主に中枢神経由来のものを指すことが多い。発生部位により、大脳誘発電位、脳幹誘発電位、脊髄誘発電位などと呼ばれることがある。
加算平均法
動物実験や、ヒトにおいても開頭術を行い大脳皮質表面に直接電極を装着することができる場合においては、1回の試行でも十分な信号対雑音比(S/N比)を持った電位反応を記録することが可能である。
しかしながら、通常ヒトの場合は非侵襲的に脳の神経活動を計測するため、頭皮上に電極を装着し非侵襲的に脳波を記録するか超伝導量子干渉計(SQUIDs)を用いた脳磁法によって脳磁界を記録することが多い。こうして得られた1試行による誘発電位、誘発脳磁界は自律神経活動より微小のため観測は非常に困難である[3]。そこで、非侵襲的にヒト脳から誘発電位、誘発脳磁界を記録する場合は、何回も試行を繰り返し加算平均してS/N比を高めることが多い[4]。
図1は音を聞かせた時の誘発脳磁界反応(204チャンネル)を重ね書きしたものである。1試行では誘発脳磁界反応は自律神経活動由来の脳磁界に埋もれてしまい不明確であるが、10試行、100試行と繰り返し刺激し得られた反応を加算平均することで、自律神経活動成分が減少し誘発脳磁界反応は鮮明になる。
これは、外部からの物理刺激と同期した誘発電位、誘発脳磁界は刺激時点を基準に加算平均しても振幅は減少しない(図2上参照)のに対して、外部刺激と同期していない自律神経活動は加算平均によりお互いを打ち消し合うため振幅が減少するためである。誘発電位、誘発脳磁界のS/N比は試行回数の平方根に比例して向上する。例えば100回の試行を加算平均するとS/N比は約10倍になる。
波形
誘発電位の波形にはいくつかの頂点があり、各頂点の名称(成分)は波形の極性と潜時で表す。例えば、極性が陰性で潜時が30 ms ならN30、極性が陽性で潜時が300 msならP300という記載になる。また頂点が出現する順と極性によって記載する場合もあり、この場合は最初の陰性の頂点をN1、3番目の陽性の頂点ならP3と記載する。しかしながら、物理刺激の種類や個体差、年齢など様々な要因により波形は変化するため、誘発電位の名称に関しては不統一のこともあり注意が必要である。
誘発脳磁界の場合は誘発電位の名称の最後に”m”をつける。例えば誘発電位のN30は誘発脳磁界ではN30mと記載する。一般的に、短潜時反応は脳幹や間脳などで発生する電位を反映しており、注意や睡眠、薬物などの影響を受けにくい。一方、長潜時反応は課題や意識の状態、刺激間時間間隔(inter-stimulus interval)などの影響を受けやすい[5]。デジタル記録する場合は短潜時反応や周期の短い反応を記録したい場合はサンプリング周波数を高く設定することに留意する必要がある。
容積導体の影響
記録電極が神経活動発生源より遠くに位置する場合であっても、容積導体を介して誘発電位を記録する事ができる。そのため、脳幹や間脳由来の微弱な信号であっても加算回数が十分であれば加算平均法により計測することが出来る。ただヒトの頭蓋は、皮質、脳脊髄液、頭蓋骨、皮膚といった導電率の異なる組織から構成されているため、活動発生源の位置を同定するのは容易ではない。
その点、脳磁法を用いた誘発脳磁界は容積伝導の影響を受けにくいため、脳幹や間脳由来の信号を検出するには不向きであるが、皮質由来の神経活動発生源の同定には優れている。
Evoked vs. Induced
通常、脳波計測や脳磁法において加算平均法により得られた反応を誘発電位・誘発脳磁界と呼ぶ。図2上段のように外部刺激により惹起された反応が完全に同期している場合加算平均法により振幅は変化しないが、図2下段のように神経活動の同期に揺らぎがある場合、誘発電位・誘発脳磁界はお互い打ち消し合って振幅が小さくなってしまう。特に周期の短い(周波数の高い)脳神経活動の場合、短時間の揺らぎであっても誘発反応の振幅は顕著に小さくなるため注意が必要である。
このように時間的な揺らぎがある神経活動を観測したい場合は、単純な加算平均法を行わずに誘導電位(induced potential)や誘導脳磁界(induced magnetic field)を計測する[6]。誘導電位・誘導脳磁界は、まず試行ごとの波形に実験者が調べたい周波数帯域のバンドパスフィルターを適用し、その後波形の振幅包絡(図2の青線参照)を求めてこの振幅包絡を加算平均することで得られる。ただ本邦においては誘導電位・誘導脳磁界のことも誘発電位・誘発脳磁界と呼ぶことが多いため注意が必要である。
体性感覚誘発電位
体性感覚誘発電位(somatosensory evoked potential: SEP)は上肢や下肢の皮膚に電気刺激や機械的刺激を与えた際に誘発される電位である。
潜時によって短潜時体性感覚誘発電位(< 40 ms)[7]、長潜時体性感覚誘発電位(40 ms ~ 250 ms)[8]と分類することができる。また脳磁法においても似た反応が得られることが知られている[9]。特に短潜時体性感覚誘発電位は、多発性硬化症など脱髄疾患、脳血管障害、脊髄後索の障害疾患等の診断に有効である[10]。
聴覚誘発電位
聴覚誘発電位(auditory evoked potential: AEP)は音の提示により誘発されその潜時によって短潜時聴覚誘発電位(< 10 ms)、中潜時聴覚誘発電位(10 ~ 50 ms)、長潜時聴覚誘発電位(50 ms <)と分類することができる[11]。短潜時聴覚誘発電位は聴性脳幹反応(Auditory Brainstem Response: ABR)とも呼ばれており、新生児聴覚スクリーニングや他覚的聴力検査、脳死の判定など幅広く臨床応用されている。ただ聴性脳幹反応はクリック音を用いて計測されるため周波数毎の聴力を計測するには不向きである。各周波数の聴力を客観的に検査したい場合は、振幅変調音を刺激音として用いる聴性定常反応(Auditory steady-state response)が有用である[12] [13]。
視覚誘発電位
視覚誘発電位(visual evoked potential: VEP)は、視覚刺激の提示により誘発される電位であり、発生源は主に大脳皮質視覚野である。
1960年代の黎明期には閃光刺激を用いて誘発されるフラッシュVEPに関する研究が多かったが、フラッシュVEPは波形の再現性が同一個人間でも難があった。フラッシュVEPより誘発電位が安定しており半側視野刺激も容易に行えることから、2015年現在はパターンVEPが用いられることが多い。パターンVEPとは図3のように白黒の格子模様(チェッカーボード)を反転させる際に得られる誘発電位の事である[14]。
関連項目
参考文献
- ↑
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