ステロイド

提供:脳科学辞典
2012年3月16日 (金) 14:14時点におけるNorikohorii (トーク | 投稿記録)による版

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英語名:steroid 独:steroide 仏:stéroïdes  

ステロイドとは、分子中にステロイド核と称する骨格構造をもつ一連の有機化合物の総称である。ほとんどの動植物で生合成され、コレステロール、胆汁酸、ビタミンD、ステロイドホルモン等がその代表例である。


ステロイドの構造

 

ステロイド核の構造

  ステロイド核とは、シクロペンタノペルヒドロフェナントレン核のことを指し、3つのイス型六員環と1つの五員環がつながった構造を持つ[1]。右図のように構造式を書いた場合、それぞれの環を左下から順にA環、B環、C環、D環と呼ぶ。一部あるいはすべての炭素が水素化され、通常はC-10とC-13にメチル基を、また多くの場合C-17にアルキル基を有する。生体物質としてのステロイドはC-3位がヒドロキシル化もしくはカルボニル化されたステロール類である。


 生体内ステロイド 

コレステロール

コレステロールの構造

コレステロールの分子式はC27H46Oで表わされ、ステロイド核の3位の炭素にOH基がついたステロールを基礎骨格とし、17位の炭素はアルキル化されている。その名称は、胆石からコレステロール固体を同定した際、ギリシャ語の胆汁を表すChole-、固体を表すstereos (個体)に加え、アルコールの化学命名接尾辞である-olを付けたことに由来する。動物では、コレステールの一部は食事から摂取されるが、主に肝臓と小腸でアセチルCoAより合成され、血液を介して全身に運ばれ、ホルモンや胆汁酸、ビタミンDの原料として使われる。血中においてコレステロールはHDLやLDL等のリポタンパク質と複合体を形成しており、LDLは肝臓から全身にコレステロールを運ぶ役割を担い、逆にHDLは余分なコレステロールを肝臓に戻す働きをする。また、コレステロールは、リン脂質と共に代表的な細胞膜の成分であるが、コレステロールは膜の流動性を低下させることが知られる。細胞膜のマイクロドメイン(ミクロドメイン)であるカベオラ脂質ラフトは、コレステロールやスフィンゴミエリンに富んでおり、膜タンパク質の集積やシグナル伝達の場と考えられている。

胆汁酸

コール酸とデオキシコール酸の構造

胆汁酸(bile acid)とは、胆汁に含まれるステロイド誘導体の総称であり、ヒトではコール酸やデオキシコール酸がその代表である。胆汁酸は、肝臓にてシトクロムP450の作用によるコレステロールの酸化により作られる。胆汁酸は通常、グリシンやタウリンと結合して、グリココール酸(C26H43NO6)、やタウロコール酸(C26H45NO7S)等の抱合体として胆嚢に蓄積され、ビリルビンと共に胆汁として十二指腸に排出される。胆汁酸の主な役割は、脂質の乳化を促進し、食物脂肪の吸収を助けることである。 

ビタミンD

プロビタミンからビタミンDへの変換

ビタミンDは、ステロイド核のB環が9-10位の間で開環した構造を持つ。ビタミンDは側鎖構造の違いから、D2(エルゴカルシフェロール)とD3(コレカルシフェロール)に分けられ、D2は植物に、D3は動物に多く含まれる。ビタミンDは、コレステロールが代謝を受けてプロビタミンD3(7-デヒドロコレステロール)となった後、皮膚上で紫外線によりステロイド核のB環が開きプレビタミンD3((6Z)-タカルシオール)となる。プレビタミンD3は更に、ビタミンD3(コレカルシフェロール)へと異性化する。ビタミンD自体は生理活性を持たないが、肝臓と腎臓にて3つのP450(ビタミンD25-水酸化酵素、ビタミンD1α-水酸化酵素、ビタミンD24-水酸化酵素)の働きにより活性型ビタミンD(1,25-ジヒドロキシコレカルシフェロール)へと変換され、ビタミンD受容体を介して核内の標的遺伝子の転写活性を制御することによって作用を発揮する。標的遺伝子の1つとしてカルシウム結合タンパク質であるカルビンディンが挙げられる。ビタミンD受容体は小腸、腎臓、骨組織に存在しておりカルシウム代謝と密接な関わりを持ち、腸管におけるカルシウムの吸収や腎尿細管におけるカルシウムの再吸収を促進する。活性型ビタミンDの不足は小児ではくる病、成人では骨軟化症となる。

ステロイドホルモン

ステロイド核をもつホルモンをステロイドホルモンと呼ぶ。副腎、精巣、卵巣等の内分泌器官より分泌され、血流を通じて全身の標的細胞に作用する。また、脳で合成されるステロイドをニューロステロイドと呼ぶ。


ステロイドホルモンの種類 

 副腎皮質ホルモン

副腎皮質ホルモンは、糖質コルチコイド鉱質コルチコイドの2種に大別され、前者の代表はコルチゾールとコルチコステロン、後者の代表はアルドステロンである。アルドステロンは副腎皮質球状帯で合成され、コルチゾール(コルチコステロン)は束状帯と網状帯にて合成される。鉱質コルチコイドは血中の塩濃度を調節し、糖質コルチコイドは糖代謝の調節の他、ストレスホルモンとしても知られている。束状帯と網状帯では少量のアンドロゲンが合成されるが、アンドロゲンは副腎皮質ホルモンに含めない場合が多い。

 精巣ホルモン 

精巣のライディッヒ細胞から分泌されるアンドロゲンは雄性化作用を持つホルモンの総称である。アンドロゲンの90%はテストステロンであるが、アンドロステンジオンやデヒドロエピアンドロステロン等もアンドロゲンに含まれる。アンドロゲンは精子形成、輸精管・前立腺・精嚢・カウパー腺の維持の他、交尾などを含めた雄の性行動に重要であり、また攻撃行動などの社会行動にも関与している。雄では、周生期に大量のテストステロンが精巣から分泌され(アンドロゲンシャワーと呼ばれる)、このことにより性分化の方向性が決定される[2]

 卵巣ホルモン 

卵巣から分泌されている女性ホルモンは、エストラジオール、エストロン、プロゲステロンである。ヒトの場合、下垂体ホルモンのLHとFSHが周期的に分泌されて女性ホルモンの生合成が促進される。プロゲステロンは炭素数21のステロイドで、ステロイドホルモンすべての中間代謝物でもある。哺乳類では妊娠を維持し、また交尾行動を抑制する。エストロゲンは炭素数18のステロイドホルモンでありアンドロゲンから生成される。エストロゲンはアンドロゲンのフェニル基A環の芳香化によって生成される。生物活性を持つエストロゲンは、17β-エストラジオール、エストロン、エストリオールである。内卵胞膜細胞で合成されたプロゲステロンから酵素の働きによりアンドロゲンが生成され、顆粒膜細胞内ですぐさまエストロゲンに変換される。雌の第二次性徴はエストロゲンにより影響を受ける。エストロゲンはヒトの水代謝に重要であり、水分の保持に役立っている。高濃度のエストロゲン存在下で骨形成が行われるため、閉経後の女性には骨粗鬆症の所見が見られる。さらにエストロゲンは、雌性行動、母性攻撃行動に重要な役割を果たしている。


 ニューロステロイド 

ニューロステロイドとは脳で合成されるステロイドホルモンの総称である。脳は長年、末梢器官が合成・分泌するステロイドホルモンの標的器官として捉えられてきたが、1981年にフランスの内分泌学者Baulieuは、ラットの脳がコレステロールからプレグネノロンとデヒドロエピアンドロステロン(DHEA)を合成し硫酸や硫酸エステルに変換していることを見出し「ニューロステロイド」と命名した。現在では、脊椎動物のほとんどがニューロステロイドを合成していることが知られる。脳には、シトクロムP450sccに加え、ステロイド硫酸基転移酵素、3β-ヒドロキシステロイド脱水素酵素、5α(β)-還元酵素、17α-水酸化・開裂酵素、17β-水酸基脱水素酵素など、多くのステロイド合成酵素が存在することが証明され、脳は様々なニューロステロイドを合成していることが明らかとなった。ニューロステロイドは末梢内分泌器官を除去してもあまり変動しないことから、末梢内分泌器官とは独立したステロイド合成系を有していると考えられている。

  1. G. P. Moss (1989). "Nomenclature of Steroids (Recommendations 1989)". Pure & Appl. Chem. 61 (10): 1783–1822. doi:10.1351/pac198961101783. PDF
  2. 近藤保彦、小川園子、菊水健史、山田一夫、富原一哉
    脳とホルモンの行動学 行動神経内分泌学への招待
    西村書店:2010