ゴルジ体
英:the Golgi body (ゴルジ装置 英:the Golgi apparatus)
概要
赤血球を除くすべての真核生物の細胞内小器官の一つ。ゴルジによって発見された。脂質2重層の膜でかこまれた扁平な袋状の層板(cisternae)が数層とそれを取り巻く小胞(vesicles)からなる。分泌経路(secretory pathway)上の細胞内小器官で、腺細胞などで発達している。
分泌経路とゴルジ体[1]
新しくつくられた膜蛋白や分泌蛋白は、租面小胞体(rough ER)から小胞輸送(vesicular transport)によってゴルジ体の一側(シス側 cis-)の層板に運ばれた後、ゴルジ体内をシス側から対側(トランス側 trans-)へと移動しながら糖鎖を付加される。神経細胞ではゴルジ体は核の周囲にあり、核側がシス、細胞表面側がトランスである[2] 。ゴルジ体のシスとトランスでは層板に含まれる糖鎖付加酵素が異なっており、新しくつくられた膜蛋白や分泌蛋白はゴルジ体内を移動しながら成熟していく。ゴルジ体のトランス側の出口には 網目状の膜があり、トランスゴルジネットワーク(trans-Golgi network)と呼ばれ、輸送蛋白の振り分け(sorting)が行われるとされている。調節性分泌(regulated secretion)される内外分泌細胞の分泌蛋白は球状の分泌顆粒(secretory ganules)に振り分けられ、分泌刺激があるまで細胞内に蓄積される。恒常性分泌(constitutive secretion)される一般細胞の分泌蛋白(コラーゲン、アルブミンなど)や膜蛋白は、管状胞状のオルガネラによって、細胞膜に輸送され、随時分泌される。ライソソーム(lysosome)への蛋白の振り分けもトランスゴルジネットワークで行われる。
層板成熟説 cisternae maturation hypothesis と小胞輸送説 vesicular transport hypothesis
膜蛋白や分泌蛋白がゴルジ体内を移動しながら成熟していくことについて、古くからある論争に層板成熟説と小胞輸送説がある。成熟説とは、新しくつくられた蛋白が、層板間を移動せず、層板自体がシスに移動し、成熟するというもの。小胞輸送説は、層板は移動せず、新しく作られた蛋白が小胞に乗って層板間をシスからトランスへと移動するというものである。1970年代、正常なゴルジ体とトランス側の酵素を持たない変異ゴルジ体を試験管内で混ぜると、変異ゴルジ体で途中までしか糖鎖が付加していなかった膜蛋白に最後まで糖が付加されることが巧妙な実験でわかった。変異ゴルジ体内にあった膜蛋白が、正常なゴルジ体にしかない酵素の作用をうけるのだから、両者間で蛋白の移動があった強い証拠であり、小胞輸送説を支持する結果と考えられた。20世紀末、この系を使ってゴルジ体層板と小胞の融合に関わる蛋白(NSF, alpha-SNAP, t-SNARE, v-SNARE)が同定され, 小胞輸送説が支配的となった。細胞生物学の教科書もそれに倣った記述がなされた(例えばMolecular Biology of the Cell 3rd editionと5th editionを比較せよ)。ところが、1998年にコラーゲンの分泌を詳細に観察した実験から、コラーゲンはゴルジ体内ですでに大きな線維を形成し、とても小胞には収まりきらないにも拘わらず、粛々とシス側に移行することが分かり、層板成熟説が再び復活した[3] 。現在での一つの解釈は、新しく作られた蛋白は同じ層板に乗ったままで層板ごとトランス方向に移動する。一方、糖鎖を付加する酵素の方が小胞に乗って、トランス側の層板からシス側の層板に輸送されるというものである。つまり、層板間で蛋白の移動はあるが、移動するのは分泌蛋白ではなく、酵素のほうであった。人々は”蛋白の移動がある”ことがわかった時点で”移動する“のは当然、分泌蛋白のほうであると思いこんでしまったのである[4]。ゴルジ体の極めて基本的な(教科書的な)事項が21世紀になって逆転すること、しかし、小胞説を推進する研究は膜融合についてのSNARE仮説を導き、神経科学の分野(シナプス伝達)で花開いたこと、は示唆的である。
ゴルジ体に作用する薬剤
Brefeldin A
小胞体からゴルジ体への小胞輸送を阻害するとされる。ゴルジ体から小胞体への小胞輸送は阻害しないため、結果的にゴルジ体が小胞体に吸収される。
Nocodazoleなど微小管脱重合薬
ゴルジ体の核周囲への局在は微小管依存性である。そこで、微小管脱重合をおこなうと、ゴルジ体の断片が細胞内に拡がり、脱重合剤を除くと、再び核周囲に局在する。注意すべき点は、微小管脱重合剤でゴルジ体を断片化しても、一般細胞の分泌は阻害されず、極性を持った輸送が阻害されるのみである。分泌される場所を細かく指定しないなら、一般細胞では、分泌小胞が拡散等で十分到達できるほど近くに細胞膜(のいずれかの部分)があると考えられる。
神経細胞での局在
神経細胞では、電子顕微鏡の観察からゴルジ体は主に核の周囲にあることが分かっているが、それ以外に分布するだろうか?リボゾームは細胞体だけでなく、樹状突起にも局在する。もし樹状突起にゴルジ体もあれば、樹状突起の局所でチャネルやレセプターなどの膜蛋白が合成できることになり、神経細胞内での部位特異的なシナプス制御のメカニズムを提供する。蛍光蛋白でラベルしたウイルス膜蛋白VSV-G(vesicular stomatits virus G protein)を使って小胞体からゴルジ体への蛋白の移動をみると、ゴルジ体は細胞体か樹状突起の根本の部分にあり、そこまで蛋白が輸送されているように見える(動画)。しかし、たとえ典型的なゴルジ体はなくとも、同等の機能を持つ膜系が樹状突起にあったり、小さな輸送小胞にみえるものがゴルジ体の役割を果たしていたり、ゴルジ体を経ずに膜蛋白を合成出来る場合があったりするかもしれない。これらは分子神経科学の諸問題に魅力的な説明を与えるかもしれないが、分泌経路、ゴルジ体の機能および膜蛋白合成の根幹に関わる問題であり、細胞生物学的視点からは強い証拠が望まれる。
動画
<wikiflv width="219" height="320" position="right">ERG.flv|ERG.jpg</wikiflv>
GFPラベルした温度感受性ウィルス膜蛋白VSV-Gが培養海馬神経細胞内でERからゴルジ体へ移る過程。39℃ではVSV-Gは租面小胞体にあり、細胞体樹状突起全体に均一に分布する。その後温度を下げると、租面小胞体からゴルジ体への移動が起こる。まず、一様な分布をしていたVSV-Gが細胞の各部分で小さな輝く点となり、移動を始める。輝点は細胞体内で融合してゴルジ体に局在する。細胞体の下から出て左側にカーブする突起が軸索で、他の突起が樹状突起である。これら以外の細い突起は、他の神経から伸びた軸索である。
参考文献
- ↑ Bruce Alberts et al.
Molecular Biology of the Cell 3rd ed 1994, 5th ed 2008
Garland Publishing,Inc /NewYork - ↑ Alan Peters et al.
The Fine Structure of the Nervous System 3rd ed 1991
Oxford University press. - ↑
Bonfanti, L., Mironov, A.A., Martínez-Menárguez, J.A., Martella, O., Fusella, A., Baldassarre, M., ..., & Luini, A. (1998).
Procollagen traverses the Golgi stack without leaving the lumen of cisternae: evidence for cisternal maturation. Cell, 95(7), 993-1003. [PubMed:9875853] [WorldCat] [DOI] - ↑
Emr, S., Glick, B.S., Linstedt, A.D., Lippincott-Schwartz, J., Luini, A., Malhotra, V., ..., & Wieland, F.T. (2009).
Journeys through the Golgi--taking stock in a new era. The Journal of cell biology, 187(4), 449-53. [PubMed:19948493] [PMC] [WorldCat] [DOI]
(執筆者:中田隆夫 担当編集委員:尾藤 晴彦)