「アクアポリン」の版間の差分

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==アクアポリン の基本的構造==
==アクアポリン の基本的構造==
[[image:アクアポリン1.png|thumb|300px|'''図1.アクアポリンの基本的構造'''<br>図1A、1B. アクアポリンは基本構造として膜6回型タンパク質であり、そのループA,C,Eは細胞外に、リープB, Dを細胞内に局在している。そのうち、ループBとループE内にはNPAモチーフと呼ばれる構造を有しており、立体構造をなした際には細胞膜内にて互いに向き合うように小孔(2.8Å)を呈し、主に水分子を特異的に通すことができる。<br>図C.図はAQP1の構造をサイドから見た像であり、Cys領域と言われる局在を示している。この領域には水銀などが結合することで水分子の移動が制限される事が知られている。<br>図D. アクアポリンは基本的に四量体を形成しており、図のように上から見ると四色に色塗りされた構造が結合し、それぞれの水チャネルが形成されている。(図C,Dは慶応大学薬理学 安井正人先生よりご供与頂く)]]
[[image:アクアポリン1.png|thumb|300px|'''図1.アクアポリンの基本的構造'''<br>図1A、1B. アクアポリンは基本構造として膜6回型タンパク質であり、そのループA,C,Eは細胞外に、リープB, Dを細胞内に局在している。そのうち、ループBとループE内にはNPAモチーフと呼ばれる構造を有しており、立体構造をなした際には細胞膜内にて互いに向き合うように小孔(2.8Å)を呈し、主に水分子を特異的に通すことができる。<br>図C.図はAQP1の構造をサイドから見た像であり、Cys領域と言われる局在を示している。この領域には水銀などが結合することで水分子の移動が制限される事が知られている。<br>図D. アクアポリンは基本的に四量体を形成しており、図のように上から見ると四色に色塗りされた構造が結合し、それぞれの水チャネルが形成されている。(図C、Dは慶応大学薬理学 安井正人先生よりご供与頂く)]]


 AQPは主要内在性タンパク質スーパーファミリーに属し、AQPには現在12種のサブファミリーが存在し、それぞれ共通の構造と機能を有している。AQPは、250~350個程度のアミノ酸残基から構成され分子量は約28k~30kDa前後である。AQPの分子構造はN末端とC末端は細胞内に位置し、6回膜貫通型であるため5つのループを形成し、3つの細胞外ドメイン(ループA、C、E)と2つの細胞内ドメイン(ループB、D)を有する(図1A)。ループBとループEには、アスパラギン-[[プロリン]]-アラニンが配列するNPAモチーフと呼ばれる脂質二重膜に入りこむ特殊構造が存在し、細胞膜上で立体構造を呈するとそれぞれのNPAモチーフが顔を合わせるように近接し小さな水の通路を形成する(図1B)。ちょうど砂時計のように水分子(2.8Å)を一つ一つ通すことのできる小孔(直径2.8Å)を形成しており、それより大きな[[イオン]]分子等が透過できない構造になっている。また、小孔には[[アルギニン]]制限領域を有する狭い疎水性溶質に対する壁が存在し、プロトン分子や他の陽イオンを阻害する領域も存在している。また、NPAモチーフの近傍にはAQP1等では水銀が結合するCys(AQP1ではCys 189、AQP4ではCys 178)領域が存在し、水銀が結合することにより水分子が通過できなくなる事が知られている(図1C)<ref name=ref5><pubmed></pubmed></ref>。これらのタンパク質は、基本的には四量体を形成して細胞膜に発現しており(図1D)、更に集合することにより格子状配列を採ることが知られている<ref name=ref6><pubmed></pubmed></ref>。電子顕微鏡を用いた凍結割断法により、1970年代からアストロサイトの細胞膜上に格子状配列を呈するアレイ構造があること<ref name=ref7><pubmed></pubmed></ref>、[[脳室]]周囲器官やてんかんモデル等の神経病態においてアレイ構造が増減することは古くから知られていたが<ref name=ref8><pubmed></pubmed></ref> <ref name=ref9><pubmed></pubmed></ref>、Peter Agreらによって1993年にアクアポリンが発見され、この特異な細胞膜タンパク質の正体がアクアポリンであることが判明した<ref name=ref2 />。1970年代に電顕像で見られたアレイ構造は、正に脳室周囲器官に豊富に発現するAQPや神経病態で反応性に増加したアストロサイトに発現するAQP4を見ていたとものと考えられる。
 AQPは主要内在性タンパク質スーパーファミリーに属し、AQPには現在12種のサブファミリーが存在し、それぞれ共通の構造と機能を有している。AQPは、250~350個程度のアミノ酸残基から構成され分子量は約28k~30kDa前後である。AQPの分子構造はN末端とC末端は細胞内に位置し、6回膜貫通型であるため5つのループを形成し、3つの細胞外ドメイン(ループA、C、E)と2つの細胞内ドメイン(ループB、D)を有する(図1A)。ループBとループEには、アスパラギン-[[プロリン]]-アラニンが配列するNPAモチーフと呼ばれる脂質二重膜に入りこむ特殊構造が存在し、細胞膜上で立体構造を呈するとそれぞれのNPAモチーフが顔を合わせるように近接し小さな水の通路を形成する(図1B)。ちょうど砂時計のように水分子(2.8Å)を一つ一つ通すことのできる小孔(直径2.8Å)を形成しており、それより大きな[[イオン]]分子等が透過できない構造になっている。また、小孔には[[アルギニン]]制限領域を有する狭い疎水性溶質に対する壁が存在し、プロトン分子や他の陽イオンを阻害する領域も存在している。また、NPAモチーフの近傍にはAQP1等では水銀が結合するCys(AQP1ではCys 189、AQP4ではCys 178)領域が存在し、水銀が結合することにより水分子が通過できなくなる事が知られている(図1C)<ref name=ref5><pubmed></pubmed></ref>。これらのタンパク質は、基本的には四量体を形成して細胞膜に発現しており(図1D)、更に集合することにより格子状配列を採ることが知られている<ref name=ref6><pubmed></pubmed></ref>。電子顕微鏡を用いた凍結割断法により、1970年代からアストロサイトの細胞膜上に格子状配列を呈するアレイ構造があること<ref name=ref7><pubmed></pubmed></ref>、[[脳室]]周囲器官やてんかんモデル等の神経病態においてアレイ構造が増減することは古くから知られていたが<ref name=ref8><pubmed></pubmed></ref> <ref name=ref9><pubmed></pubmed></ref>、Peter Agreらによって1993年にアクアポリンが発見され、この特異な細胞膜タンパク質の正体がアクアポリンであることが判明した<ref name=ref2 />。1970年代に電顕像で見られたアレイ構造は、正に脳室周囲器官に豊富に発現するAQPや神経病態で反応性に増加したアストロサイトに発現するAQP4を見ていたとものと考えられる。
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 中枢神経系においては、当初より主にAQP1、AQP4、AQP9等が発現することが知られ、中でもAQP発見の発端となったAQP1は主に脈絡叢に発現して[[髄液]]産生に関わる事が知られている<ref name=ref14><pubmed></pubmed></ref>。しかし、中枢神経系においては圧倒的にAQP4の発現が優位であることが知られており、その研究はAQP4を中心に進んできたといっても過言ではない。AQP1は全身を巡る赤血球や血管内皮に広く発現が知られているが、中枢神経系においては血管内皮には発現せずに、脈絡叢に選択的に発現しており、髄液産生に重要な役割を担っていることが知られている<ref name=ref14 />。AQP1は、脳血管内皮の培養系や悪性脳腫瘍において発現することが報告されているが、アストロサイトとの共培養系では発現が低下することから、血管内皮とアストロサイト足突起の相互作用により低下することが示唆されている<ref name=ref15><pubmed></pubmed></ref>。一方、AQP1は定常状態ではラットでは脈絡叢や脊髄後索の一部に発現するのみであるが、ヒト脳においてはかなり大脳[[白質]]や脊髄にも広範に発現することが報告されており、種による違いがあるものと推察される<ref name=ref16><pubmed></pubmed></ref> <ref name=ref17><pubmed></pubmed></ref>。脳外傷モデルにおいては、病的状態になって発現してきて水輸送に関わる事が報告されている<ref name=ref15 />。AQP9は、脳や[[肝臓]]、白血球にも発現することが知られ、水だけではなく尿素やグリセロール等広く透過することが知られ、アクアグリセロポリンの1つである。近年、[[視神経]]に発現しており病態に関与することが報告されている<ref name=ref18><pubmed></pubmed></ref>。その他、ラットのアストロサイト培養系の検討では、AQP1、AQP2、AQP3、AQP4、AQP5、AQP8、 AQP9、AQP11、AQP12と、従来考えられているより多くのAQPが中枢神経系に発現することが報告されている<ref name=ref19><pubmed></pubmed></ref> <ref name=ref20><pubmed></pubmed></ref>。これらのAQPの中枢神経系における機能は少しずつ解ってくると期待されるが、前述したAQP1に見るように培養系では[[mRNA]]レベルで確認されても細胞膜上に確認されない事もあり、また血管内皮とアストロサイト足突起の共存下で発現量が増減するものなど、その特性の違いが個々のAQPで異なることが想定される。
 中枢神経系においては、当初より主にAQP1、AQP4、AQP9等が発現することが知られ、中でもAQP発見の発端となったAQP1は主に脈絡叢に発現して[[髄液]]産生に関わる事が知られている<ref name=ref14><pubmed></pubmed></ref>。しかし、中枢神経系においては圧倒的にAQP4の発現が優位であることが知られており、その研究はAQP4を中心に進んできたといっても過言ではない。AQP1は全身を巡る赤血球や血管内皮に広く発現が知られているが、中枢神経系においては血管内皮には発現せずに、脈絡叢に選択的に発現しており、髄液産生に重要な役割を担っていることが知られている<ref name=ref14 />。AQP1は、脳血管内皮の培養系や悪性脳腫瘍において発現することが報告されているが、アストロサイトとの共培養系では発現が低下することから、血管内皮とアストロサイト足突起の相互作用により低下することが示唆されている<ref name=ref15><pubmed></pubmed></ref>。一方、AQP1は定常状態ではラットでは脈絡叢や脊髄後索の一部に発現するのみであるが、ヒト脳においてはかなり大脳[[白質]]や脊髄にも広範に発現することが報告されており、種による違いがあるものと推察される<ref name=ref16><pubmed></pubmed></ref> <ref name=ref17><pubmed></pubmed></ref>。脳外傷モデルにおいては、病的状態になって発現してきて水輸送に関わる事が報告されている<ref name=ref15 />。AQP9は、脳や[[肝臓]]、白血球にも発現することが知られ、水だけではなく尿素やグリセロール等広く透過することが知られ、アクアグリセロポリンの1つである。近年、[[視神経]]に発現しており病態に関与することが報告されている<ref name=ref18><pubmed></pubmed></ref>。その他、ラットのアストロサイト培養系の検討では、AQP1、AQP2、AQP3、AQP4、AQP5、AQP8、 AQP9、AQP11、AQP12と、従来考えられているより多くのAQPが中枢神経系に発現することが報告されている<ref name=ref19><pubmed></pubmed></ref> <ref name=ref20><pubmed></pubmed></ref>。これらのAQPの中枢神経系における機能は少しずつ解ってくると期待されるが、前述したAQP1に見るように培養系では[[mRNA]]レベルで確認されても細胞膜上に確認されない事もあり、また血管内皮とアストロサイト足突起の共存下で発現量が増減するものなど、その特性の違いが個々のAQPで異なることが想定される。
 
{| class="wikitable"
|+ 表1.アクアポリンの発現分布と病態への関与
|- style="background-color:#ddf"
| アクアポリン
| 分布臓器
| ヒト病態
| AQP欠損マウス
|-
| AQP0
| 水晶体
| 白内障
| 白内障
|-
| AQP1
| 腎、赤血球、血管、角膜、脈絡叢、肺、心、肝
|
| 尿濃縮低下
|-
| AQP2
| 腎、精巣
| 腎性尿崩症
| 腎性尿崩症
|-
| AQP3
| 腎、大腸、皮膚
|
| 皮膚乾燥、尿濃縮力低下
|-
| AQP4
| 脳、網膜、骨格筋、肺、胃、内耳、腎
| 視神経脊髄炎
| 尿濃縮力低下、視覚異常、聴力障害、脳浮腫 軽減、憎悪
|-
| AQP5
| 涙腺、唾液腺、角膜、肺
| シェーグレン症候群
| 唾液腺分泌低下
|-
| AQP6
| 腎
|
|
|-
| AQP7
| 脂肪組織、腎、精巣
| グリセリン代謝異常
| グリセリン代謝異常、内臓肥満
|-
| AQP8
| 精巣、肝、膵、脳
|
| 精巣肥大
|-
| AQP9
| 肝、精巣、脳、白血球
|
| グリセリン代謝異常
|-
| AQP10
| 小腸
|
|
|-
| AQP11
| 腎
|
| 多発性嚢胞腎
|-
| AQP12
| 膵
|
|
|-
|}
 
==AQP4の発現と機能==
==AQP4の発現と機能==
 AQP4は脳に特に豊富に発現し、AQP1とは異なり水銀非感受性の異なる分子として同定され、AgreとVerkmanのグループがそれぞれ1994年に単離し報告したタンパク質である<ref name=ref21><pubmed></pubmed></ref> <ref name=ref22><pubmed></pubmed></ref>。AQP4は、髄腔に接する[[上衣細胞]]や[[血液脳関門]]を構成するアストロサイト足突起に発現していることが明らかとなり<ref name=ref23><pubmed></pubmed></ref>、また、脳室周囲器官と呼ばれる髄腔に接する[[視床下部]]や下垂体、脈絡叢周囲などに豊富に発現し、脳内ホルモンの分泌や髄液産生にも積極的に関与していることが示唆されている<ref name=ref21 />。
 AQP4は脳に特に豊富に発現し、AQP1とは異なり水銀非感受性の異なる分子として同定され、AgreとVerkmanのグループがそれぞれ1994年に単離し報告したタンパク質である<ref name=ref21><pubmed></pubmed></ref> <ref name=ref22><pubmed></pubmed></ref>。AQP4は、髄腔に接する[[上衣細胞]]や[[血液脳関門]]を構成するアストロサイト足突起に発現していることが明らかとなり<ref name=ref23><pubmed></pubmed></ref>、また、脳室周囲器官と呼ばれる髄腔に接する[[視床下部]]や下垂体、脈絡叢周囲などに豊富に発現し、脳内ホルモンの分泌や髄液産生にも積極的に関与していることが示唆されている<ref name=ref21 />。
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==おわりに==
==おわりに==
 脳におけるアクアポリンの研究は、主にAQP4によって発展してきたのは言うまでもないが、これまで知られた以上に脳におけるアクアポリンの関与は重大で水輸送が認知機能や睡眠など、広く精神活動にも関わりうることが報告されてきており、脳の水の理解はAQP4のみに留まらず様々な領域で研究の拡がりを見せており、さらなる発展が期待されている。
 脳におけるアクアポリンの研究は、主にAQP4によって発展してきたのは言うまでもないが、これまで知られた以上に脳におけるアクアポリンの関与は重大で水輸送が認知機能や睡眠など、広く精神活動にも関わりうることが報告されてきており、脳の水の理解はAQP4のみに留まらず様々な領域で研究の拡がりを見せており、さらなる発展が期待されている。
==参考文献==
<references />