「アクアポリン」の版間の差分

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 [[動物]]や[[植物]]などの種を超えて個体の70%が水であると言われるほど、水は生命にとって必要不可欠なものであり、宇宙船は当然のように生命の痕跡として水を探す旅をすることになる。古くから細胞レベルでの水の[[細胞膜]]移動や制御・保持機構が生命維持の根幹の1つと考えらえており、我々は飲水から排水(尿)まで常に水に余念がなく水に関わる病気も多い。
 [[動物]]や[[植物]]などの種を超えて個体の70%が水であると言われるほど、水は生命にとって必要不可欠なものであり、宇宙船は当然のように生命の痕跡として水を探す旅をすることになる。古くから細胞レベルでの水の[[細胞膜]]移動や制御・保持機構が生命維持の根幹の1つと考えらえており、我々は飲水から排水(尿)まで常に水に余念がなく水に関わる病気も多い。


 1988年、米国ジョンズ・ホプキンス大学のPeter Agre教授の研究グループは、[[ヒト]]の赤血球から単離した28kDaの細胞[[膜タンパク質]]が種を超えて[[ラット]][[腎臓]]や赤血球にも発現する新しいタンパク質であることを報告(CHIP28)<ref name=ref1><pubmed>   3049610</pubmed></ref>。その後、そのタンパク質を阻害することで細胞の水の透過性が抑制される事、水銀によってその効果が制御できることから、選択的に水を通す水チャンネルであることが報告され、後にアクアポリン(水の穴)(Aquaporin: AQP)と呼ばれるようになった<ref name=ref2><pubmed>1373524</pubmed></ref>。赤血球が、細い毛細血管レベルまで形態を自在に変えて循環することが出来るのは、AQP(AQP1)による水移動による形態変化が深く関わっている。AQPは、ほぼ全ての生命体に発現し細胞内外の浸透圧勾配によって水を特異的に移動させる他、尿細管における尿再吸収や唾液腺等でのホルモン[[分泌]]等の体内外のあらゆるダイナミックな水移動に関わるとともに、近年は麻酔薬や様々な薬剤の作用機序に関わる可能性が示唆される等、多くの生命維持に不可欠なタンパク質であることが解ってきている<ref name=ref3><pubmed>8987045</pubmed></ref>。多くの功績により、2003年Peter Agreはノーベル化学賞を受賞している。
 1988年、米国[[wikipedia:ja:ジョンズ・ホプキンス大学|ジョンズ・ホプキンス大学]]の[[wikipedia:ja:ピーター・アグレ|Peter Agre]]教授の研究グループは、[[ヒト]]の[[wikipedia:ja:赤血球|赤血球]]から単離した28kDaの細胞[[膜タンパク質]]が種を超えて[[ラット]][[腎臓]]や赤血球にも発現する新しいタンパク質(CHIP28)であることを報告した<ref name=ref1><pubmed>3049610</pubmed></ref>。その後、そのタンパク質を阻害することで細胞の水の透過性が抑制される事、水銀によってその効果が制御できることから、選択的に水を通す水チャンネルであることが報告され、後にアクアポリン(水の穴)(Aquaporin: AQP)と呼ばれるようになった<ref name=ref2><pubmed>1373524</pubmed></ref>。赤血球が、細い[[wikipedia:ja:毛細血管|毛細血管]]レベルまで形態を自在に変えて循環することが出来るのは、AQP([[AQP1]])による水移動による形態変化が深く関わっている。AQPは、ほぼ全ての生命体に発現し細胞内外の[[wikipedia:ja:浸透圧|浸透圧]]勾配によって水を特異的に移動させる他、尿細管における尿再吸収や[[wikipedia:ja:唾液腺|唾液腺]]等でのホルモン[[分泌]]等の体内外のあらゆるダイナミックな水移動に関わるとともに、近年は麻酔薬や様々な薬剤の作用機序に関わる可能性が示唆される等、多くの生命維持に不可欠なタンパク質であることが解ってきている<ref name=ref3><pubmed>8987045</pubmed></ref>。多くの功績により、2003年Peter Agreは[[wikipedia:ja:ノーベル化学賞|ノーベル化学賞]]を受賞している。


 中枢神経系には、主にAQP1、AQP4、AQP9が発現することが知られ、特にAQP4は中枢神経系で最も発現量が多いとされ、主にアストロサイトに発現して生理学的には脳内外の水輸送や細胞接着、代謝、情報伝達等に関わることから、「脳のアクアポリン」とも言われている<ref name=ref4><pubmed>23481483</pubmed></ref>。近年、特に中枢神経系におけるAQP4の詳細な検討により、脳浮腫の制御機構や脳独自の水代謝機構が明らかにされたほか、AQP4を標的とする抗AQP4抗体による自己[[免疫]]疾患が発見されるなど、脳における水の理解は進んでいる。
 [[中枢神経系]]には、主にAQP1、[[AQP4]]、[[AQP9]]が発現することが知られ、特にAQP4は最も発現量が多いとされ、主に[[アストロサイト]]に発現して生理学的には脳内外の水輸送や[[細胞接着]]、[[代謝]]、[[情報伝達]]等に関わることから、「脳のアクアポリン」とも言われている<ref name=ref4><pubmed>23481483</pubmed></ref>。近年、[[脳浮腫]]の制御機構や脳独自の水代謝機構が明らかにされたほか、AQP4を標的とする抗AQP4抗体による[[自己免疫疾患]]が発見されるなど、脳における水の理解は進んでいる。


 中枢神経系においては、頭蓋骨や脊柱管という限られた空間で保護されている反面、そこに起こる浮腫によって神経予後に重大な影響を与えることとなるため、水を制御することは最も大きな課題の1つとも言える。本稿においてはアクアポリンの最近の神経疾患の病態における知見を中心に概説する。
 中枢神経系においては、[[頭蓋骨]]や[[脊柱管]]という限られた空間で保護されている反面、そこに起こる浮腫によって神経予後に重大な影響を与えることとなるため、水を制御することは最も大きな課題の1つとも言える。本稿においてはアクアポリンの最近の知見を中心に概説する。
==基本的構造==
==基本的構造==
[[image:アクアポリン1.png|thumb|300px|'''図1.アクアポリンの基本的構造'''<br>図1A、1B. アクアポリンは基本構造として膜6回型タンパク質であり、そのループA,C,Eは細胞外に、リープB, Dを細胞内に局在している。そのうち、ループBとループE内にはNPAモチーフと呼ばれる構造を有しており、立体構造をなした際には細胞膜内にて互いに向き合うように小孔(2.8Å)を呈し、主に水分子を特異的に通すことができる。<br>図C.図はAQP1の構造をサイドから見た像であり、Cys領域と言われる局在を示している。この領域には水銀などが結合することで水分子の移動が制限される事が知られている。<br>図D. アクアポリンは基本的に四量体を形成しており、図のように上から見ると四色に色塗りされた構造が結合し、それぞれの水チャネルが形成されている。(図C、Dは慶応大学薬理学 安井正人先生よりご供与頂く)]]
[[image:アクアポリン1.png|thumb|300px|'''図1.アクアポリンの基本的構造'''<br>図1A、1B. アクアポリンは基本構造として膜6回型タンパク質であり、そのループA,C,Eは細胞外に、リープB, Dを細胞内に局在している。そのうち、ループBとループE内にはNPAモチーフと呼ばれる構造を有しており、立体構造をなした際には細胞膜内にて互いに向き合うように小孔(2.8Å)を呈し、主に水分子を特異的に通すことができる。<br>図C.図はAQP1の構造をサイドから見た像であり、Cys領域と言われる局在を示している。この領域には水銀などが結合することで水分子の移動が制限される事が知られている。<br>図D. アクアポリンは基本的に四量体を形成しており、図のように上から見ると四色に色塗りされた構造が結合し、それぞれの水チャネルが形成されている。(図C、Dは慶応大学薬理学 安井正人先生よりご供与頂く)]]


 AQPは、250~350個程度のアミノ酸残基から構成され分子量は約28k~30kDa前後である。AQPの分子構造はN末端とC末端は細胞内に位置し、6回膜貫通型であるため5つのループを形成し、3つの細胞外ドメイン(ループA、C、E)と2つの細胞内ドメイン(ループB、D)を有する(図1A)。ループBとループEには、アスパラギン-[[プロリン]]-アラニンが配列するNPAモチーフと呼ばれる脂質二重膜に入りこむ特殊構造が存在し、細胞膜上で立体構造を呈するとそれぞれのNPAモチーフが顔を合わせるように近接し小さな水の通路を形成する(図1B)。ちょうど砂時計のように水分子(2.8Å)を一つ一つ通すことのできる小孔(直径2.8Å)を形成しており、それより大きな[[イオン]]分子等が透過できない構造になっている。また、小孔には[[アルギニン]]制限領域を有する狭い疎水性溶質に対する壁が存在し、プロトン分子や他の陽イオンを阻害する領域も存在している。また、NPAモチーフの近傍にはAQP1等では水銀が結合するCys(AQP1ではCys 189、AQP4ではCys 178)領域が存在し、水銀が結合することにより水分子が通過できなくなる事が知られている(図1C)<ref name=ref5><pubmed>19850109</pubmed></ref>。
 AQPは、250~350個程度の[[wikipedia:ja:アミノ酸|アミノ酸]]残基から構成され分子量は約28k~30kDa前後である。AQPの分子構造はN末端とC末端は細胞内に位置し、6回膜貫通型であるため5つのループを形成し、3つの細胞外ドメイン(ループA、C、E)と2つの細胞内ドメイン(ループB、D)を有する(図1A)。ループBとループEには、[[アスパラギン]]-[[プロリン]]-[[アラニン]]が配列するNPAモチーフと呼ばれる脂質二重膜に入りこむ特殊構造が存在し、細胞膜上で立体構造を呈するとそれぞれのNPAモチーフが顔を合わせるように近接し小さな水の通路を形成する(図1B)。ちょうど砂時計のように水分子(2.8Å)を一つ一つ通すことのできる小孔(直径2.8Å)を形成しており、それより大きな[[イオン]]分子等が透過できない構造になっている。また、小孔には[[アルギニン]]制限領域を有する狭い疎水性溶質に対する壁が存在し、[[wikipedia:ja:プロトン|プロトン]]分子や他の[[wikipedia:ja:陽イオン|陽イオン]]を阻害する領域も存在している。また、NPAモチーフの近傍にはAQP1等では[[wikipedia:ja:水銀|水銀]]が結合するCys(AQP1ではCys 189、AQP4ではCys 178)領域が存在し、水銀が結合することにより水分子が通過できなくなる事が知られている(図1C)<ref name=ref5><pubmed>19850109</pubmed></ref>。


 AQPは、基本的には四量体を形成して細胞膜に発現しており(図1D)、更に集合することにより直行格子状配列(orthogonal arrays of particles:OAP)を採ることが知られている<ref name=ref6><pubmed>10698922</pubmed></ref>。電子顕微鏡を用いた凍結割断法により、1970年代からアストロサイトの細胞膜上や他組織に格子状配列を呈する格子状構造があること<ref name=ref7><pubmed>4809245</pubmed></ref><ref name=ref8 />、[[脳室]]周囲器官やてんかんモデル等の神経病態において格子状構造が増減することは古くから知られていたが<ref name=ref8><pubmed>7214478</pubmed></ref> <ref name=ref9><pubmed>6705745</pubmed></ref>、Peter Agreらによって1993年にアクアポリンが発見され、この特異な細胞膜タンパク質の正体がアクアポリンであることが判明した<ref name=ref2 />。1970年代に電顕像で見られた格子状構造は、正に脳室周囲器官に豊富に発現するAQPや神経病態で反応性に増加したアストロサイトに発現するAQP4を見ていたとものと考えられる。
 AQPは、基本的には四量体を形成して細胞膜に発現しており(図1D)、更に集合することにより直行格子状配列(orthogonal arrays of particles:OAP)を採ることが知られている<ref name=ref6><pubmed>10698922</pubmed></ref>。[[電子顕微鏡]]を用いた[[凍結割断法]]により、1970年代からアストロサイトの細胞膜上や他組織に格子状構造があること<ref name=ref7><pubmed>4809245</pubmed></ref><ref name=ref8 />、[[脳室周囲器官]]や[[てんかん]]モデル等の神経病態において格子状構造が増減することは古くから知られていたが<ref name=ref8><pubmed>7214478</pubmed></ref> <ref name=ref9><pubmed>6705745</pubmed></ref>、Peter Agreらによって1993年にアクアポリンが発見され、この特異な細胞膜タンパク質の正体がアクアポリンであることが判明した<ref name=ref2 />。1970年代に電顕像で見られた格子状構造は、正に脳室周囲器官に豊富に発現するAQPや神経病態で反応性に増加したアストロサイトに発現するAQP4を見ていたとものと考えられる。


==サブファミリー==
==サブファミリー==
 [[哺乳動物]]においては、現在AQP0からAQP12までの13種類のAQPサブファミリーが知られており、水分子を選択的に通すものと、グリセロール等かなり選択性が緩いアクアグリセロポリンに大別される(表1)。
 [[哺乳動物]]においては、現在[[AQP0]]から[[AQP12]]までの13種類のAQPサブファミリーが知られており、水分子を選択的に通すものと、グリセロール等かなり選択性が緩い[[アクアグリセロポリン]]に大別される(表1)。


 さらに、AQPにはそれぞれアイソフォームが存在する。例えば、AQP4には古典的な2種類のアイソフォームがあり、AQP4の本来の転写開始領域である1番目のメチオニンよりなる長いM1(323アミノ酸)と、23番目のメチオニンから[[翻訳]]される短いM23(301アミノ酸)が存在する。それぞれ同様の水チャネル機能を有しているが、M23はM1と比較して四量体同士が接着して大きな格子状配列を呈する能力が優れていることが報告されている。すなわち、四量体でもM23のみであれば格子状配列がより大きく形成されるのに対して、M1とM23のヘテロ四量体では格子状配列の形成がより小さくなり、M1のホモ四量体では基本的に格子状構造を取らずに細胞膜上に別々に存在すると考えられている<ref name=ref28><pubmed>18179769</pubmed></ref>。
 さらに、AQPにはそれぞれアイソフォームが存在する。例えば、AQP4には古典的な2種類のアイソフォームがあり、AQP4の本来の転写開始領域である1番目のメチオニンよりなる長いM1(323アミノ酸)と、23番目のメチオニンから[[翻訳]]される短いM23(301アミノ酸)が存在する。それぞれ同様の水チャネル機能を有しているが、M23はM1と比較して四量体同士が接着して大きな格子状配列を呈する能力が優れていることが報告されている。すなわち、四量体でもM23のみであれば格子状配列がより大きく形成されるのに対して、M1とM23のヘテロ四量体では格子状配列の形成がより小さくなり、M1のホモ四量体では基本的に格子状構造を取らずに細胞膜上に別々に存在すると考えられている<ref name=ref28><pubmed>18179769</pubmed></ref>。


 格子状配列を形成する際には、初めからM23によってのみ形成が開始されることが知られており、逆にN末端にM1が存在することによって格子状配列の形成は抑制されることが知られている。これはN末端のパルミトイル基が深く関わっており、13番と17番のシステイン残基を変異させることにより、M1による抑制効果は失われOAPの形成が促される<ref name=ref28 />。
 格子状配列を形成する際には、初めからM23によってのみ形成が開始されることが知られており、逆にN末端にM1が存在することによって格子状配列の形成は抑制されることが知られている。これはN末端の[[パルミトイル基]]が深く関わっており、13番と17番の[[システイン]]残基を変異させることにより、M1による抑制効果は失われOAPの形成が促される<ref name=ref28 />。


 この細胞膜上でのOAPの形成の有無は、後述する近年明らかとなってきた視神経脊髄炎(NMO)の病態においても、M23に対する抗体がより病態に深く関わっていることが解ってきている。
 この細胞膜上でのOAPの形成の有無は、後述する近年明らかとなってきた[[視神経脊髄炎]](NMO)の病態においても、M23に対する[[wikipedia:ja:抗体|抗体]]がより病態に深く関わっていることが解ってきている。


==発現==
==発現==
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=== AQP1 ===
=== AQP1 ===
 AQP発見の発端となったAQP1は全身を巡る赤血球や血管内皮に広く発現が知られているが、中枢神経系においては血管内皮には発現せずに、特に齧歯類では脈絡叢に選択的に発現しており、髄液産生に重要な役割を担っていることが知られている<ref name=ref14 />。AQP1は、脳血管内皮の培養系や悪性脳腫瘍において発現することが報告されているが、アストロサイトとの共培養系では発現が低下することから、血管内皮とアストロサイト足突起の相互作用により低下することが示唆されている<ref name=ref15><pubmed>19610096</pubmed></ref>。
 AQP発見の発端となったAQP1は全身を巡る赤血球や[[wikipedia:ja:血管内皮|血管内皮]]に広く発現が知られているが、中枢神経系においては血管内皮には発現せずに、特に[[齧歯類]]では[[脈絡叢]]に選択的に発現しており、[[髄液]]産生に重要な役割を担っていることが知られている<ref name=ref14 />。AQP1は、脳血管内皮の培養系や悪性脳腫瘍において発現することが報告されているが、アストロサイトとの共培養系では発現が低下することから、血管内皮とアストロサイト足突起の相互作用により低下することが示唆されている<ref name=ref15><pubmed>19610096</pubmed></ref>。


 AQP1は定常状態ではラットでは脈絡叢や脊髄後索の一部に発現するのみであるが、ヒト脳においては大脳[[白質]]や脊髄にも広範に発現することが報告されており、種による違いがあるものと推察される<ref name=ref16><pubmed>17645239</pubmed></ref> <ref name=ref17><pubmed>23579868</pubmed></ref>。脳外傷モデルにおいては、病的状態になって発現してきて水輸送に関わる事が報告されている<ref name=ref15 />。
 AQP1は定常状態ではラットでは脈絡叢や脊髄後索の一部に発現するのみであるが、ヒト脳においては大脳[[白質]]や[[脊髄]]にも広範に発現することが報告されており、種による違いがあるものと推察される<ref name=ref16><pubmed>17645239</pubmed></ref> <ref name=ref17><pubmed>23579868</pubmed></ref>。脳外傷モデルにおいては、病的状態になって発現してきて水輸送に関わる事が報告されている<ref name=ref15 />。


=== AQP4 ===
=== AQP4 ===
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=== AQP9 ===
=== AQP9 ===
 AQP9は、脳や[[肝臓]]、白血球にも発現することが知られ、水だけではなく尿素やグリセロール等広く透過することが知られ、アクアグリセロポリンの1つである。近年、[[視神経]]に発現しており病態に関与することが報告されている<ref name=ref18><pubmed>21919596</pubmed></ref>。
 AQP9は、脳や[[肝臓]]、[[白血球]]にも発現することが知られ、水だけではなく尿素やグリセロール等広く透過することが知られ、アクアグリセロポリンの1つである。近年、[[視神経]]に発現しており病態に関与することが報告されている<ref name=ref18><pubmed>21919596</pubmed></ref>。


=== その他のサブタイプ ===
=== その他のサブタイプ ===
 ラットのアストロサイト培養系の検討では、AQP1、AQP2、AQP3、AQP4、AQP5、AQP8、 AQP9、AQP11、AQP12と、従来考えられているより多くのAQPが中枢神経系に発現することが報告されている<ref name=ref19><pubmed>21119878</pubmed></ref> <ref name=ref20><pubmed>11376853</pubmed></ref>。これらのAQPの中枢神経系における機能は少しずつ解ってくると期待されるが、前述したAQP1に見るように培養系では[[mRNA]]レベルで確認されても細胞膜上に確認されない事もあり、また血管内皮とアストロサイト足突起の共存下で発現量が増減するものなど、その特性の違いが個々のAQPで異なることが想定される。
 ラットのアストロサイト培養系の検討では、AQP1、[[AQP2]]、[[AQP3]]、AQP4、[[AQP5]]、[[AQP8]]、 AQP9、[[AQP11]]、[[AQP12]]と、従来考えられているより多くのAQPが中枢神経系に発現することが報告されている<ref name=ref19><pubmed>21119878</pubmed></ref> <ref name=ref20><pubmed>11376853</pubmed></ref>。これらのAQPの中枢神経系における機能は少しずつ解ってくると期待されるが、前述したAQP1に見るように培養系では[[mRNA]]レベルで確認されても細胞膜上に確認されない事もあり、また血管内皮とアストロサイト足突起の共存下で発現量が増減するものなど、その特性の違いが個々のAQPで異なることが想定される。


{| class="wikitable"  
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 主にAQP4欠損マウスにおけるアストロサイト機能の検討から、アストロサイトの遊走機能に関わることや、アストロサイトの足突起先端に発現するAQP4は互いに接着能を有すること、などが報告されている<ref name=ref4 /> <ref name=ref24><pubmed>16303850</pubmed></ref> <ref name=ref25><pubmed>16325200</pubmed></ref>。神経疾患の病態においては、AQP4は活性化したアストロサイトの膜上に豊富に発現し、神経病理学的には反応性アストロサイトにおいて密集する無数の足突起を可視化することができ、神経病態における水輸送や代謝を中心としたアストロサイトの重要性は明らかである<ref name=ref26><pubmed>25174305</pubmed></ref>。
 主にAQP4欠損マウスにおけるアストロサイト機能の検討から、アストロサイトの遊走機能に関わることや、アストロサイトの足突起先端に発現するAQP4は互いに接着能を有すること、などが報告されている<ref name=ref4 /> <ref name=ref24><pubmed>16303850</pubmed></ref> <ref name=ref25><pubmed>16325200</pubmed></ref>。神経疾患の病態においては、AQP4は活性化したアストロサイトの膜上に豊富に発現し、神経病理学的には反応性アストロサイトにおいて密集する無数の足突起を可視化することができ、神経病態における水輸送や代謝を中心としたアストロサイトの重要性は明らかである<ref name=ref26><pubmed>25174305</pubmed></ref>。


 AQP4欠損マウスでは、通常状態は特に脳圧亢進などは起こらず僅かに脳の水分量が増加する程度の変化しか来さない。一部では[[正常圧水頭症]]と同様の変化を来すことが報告されている。一方、脳圧亢進状態や脳虚血などでは後述するように脳浮腫の程度に明らかな差があることが報告されている(表1)。
 AQP4欠損マウスでは、通常状態は特に脳圧亢進などは起こらず僅かに脳の水分量が増加する程度の変化しか来さない。一部では[[正常圧水頭症]]と同様の変化を来すことが報告されている。一方、脳圧亢進状態や脳虚血などでは後述するように脳浮腫の程度に明らかな差があることが報告されている(表1)。


 近年、AQP4自体がアストロサイト足突起に発現するAQP4分子同士による細胞接着に関わっていると報告されてきたが<ref name=ref25 />、それを担うのは主に格子状構造に関連するM23であることが報告されている<ref name=ref29><pubmed>24515349</pubmed></ref>。一方、M1-AQP4はより動的であり、膜状ないし葉状仮足と呼ばれる足突起の発現に関与し、細胞の移動と接着に関与しているという。
 近年、AQP4自体がアストロサイト足突起に発現するAQP4分子同士による細胞接着に関わっていると報告されてきたが<ref name=ref25 />、それを担うのは主に格子状構造に関連するM23であることが報告されている<ref name=ref29><pubmed>24515349</pubmed></ref>。一方、M1-AQP4はより動的であり、膜状ないし葉状仮足と呼ばれる足突起の発現に関与し、細胞の移動と接着に関与しているという。
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==疾患との関わり==
==疾患との関わり==
 近年、アストロサイトによる水輸送の本幹となるタンパク質として、主にAQP4欠損マウスを用いた病態研究により、脳浮腫や脳腫瘍等の分野で注目され報告がなされている。また、変性疾患や[[精神疾患]]等、多種多様な神経疾患で水に注目されるようになり、また脳からの代謝経路としての「水」が注目されている。一方で、AQP4欠損マウスの検討では、実際にはAQP4自体の欠損による病態変化であるのか、共発現する他のタンパク質の変化が関わるのか結論の出ていない問題も多い。また、実際にヒトの疾患におけるAQP4の検討は少なく、未だにAQP4を標的とした治療がどこまで可能であるかは議論の余地が残されている。近年、AQP4は19世紀から存在し多発性硬化症との異同が議論されてきた視神経脊髄炎(別名デビック病)における標的抗原であることが明らかとなり、AQP4が中枢神経系で果たす役割が精力的に研究されており、その理解が高まっている。
 近年、アストロサイトによる水輸送の本幹となるタンパク質として、主にAQP4欠損マウスを用いた病態研究により、脳浮腫や脳腫瘍等の分野で注目され報告がなされている。また、変性疾患や[[精神疾患]]等、多種多様な神経疾患で水に注目されるようになり、また脳からの代謝経路としての「水」が注目されている。一方で、AQP4欠損マウスの検討では、実際にはAQP4自体の欠損による病態変化であるのか、共発現する他のタンパク質の変化が関わるのか結論の出ていない問題も多い。また、実際にヒトの疾患におけるAQP4の検討は少なく、未だにAQP4を標的とした治療がどこまで可能であるかは議論の余地が残されている。近年、AQP4は19世紀から存在し多発性硬化症との異同が議論されてきた視神経脊髄炎(別名デビック病)における標的抗原であることが明らかとなり、AQP4が中枢神経系で果たす役割が精力的に研究されており、その理解が高まっている。


===脳浮腫===
===脳浮腫===