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<div align="right"> 
<font size="+1">山下 英尚</font><br>
''広島大学''<br>
DOI:<selfdoi /> 原稿受付日:2012年12月5日 原稿完成日:2014年2月21日<br>
担当編集委員:[http://researchmap.jp/read0141446 漆谷 真](滋賀医科大学 医学部 脳神経内科)<br>
</div>
英語名:apathy 独:Apathie 仏:apathie
英語名:apathy 独:Apathie 仏:apathie


 アパシーとは普通なら感情が動かされる刺激対象に対して関心がわかない状態のことを言い、興味や意欲の障害であると考えられている。多くの疾患でよく見られる状態であり、古くからある言葉であるにもかかわらず、医学的な注目がなされ始めたのはごく最近のことであり、その定義や病態、意義についてもまだ議論の余地が残されている。
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 アパシーとは普通なら感情が動かされる刺激対象に対して関心がわかない状態のことを言い、興味や[[意欲]]の障害であると考えられている。多くの疾患でよく見られる状態であり、古くからある言葉であるにもかかわらず、医学的な注目がなされ始めたのはごく最近のことであり、その定義や病態、意義についてもまだ議論の余地が残されている。
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== アパシーとは ==
== アパシーとは ==


 アパシー(apathy)のaはないという意味の接頭語で、pathosはギリシャ語でpassionを意味する。したがってアパシーは普通なら感情が動かされる刺激対象に対して関心がわかない状態のことを言い、興味や意欲の障害であると考えられている。しかしその使われ方にはばらつきがあり、特に神経内科領域と精神科領域ではそのとらえ方に差がある。神経内科ではアパシーを独立した病態として、精神科領域では[[うつ病]]の部分症状あるいは近縁疾患として捉えられることが多い。
 アパシー(apathy)のaはないという意味の接頭語で、pathosはギリシャ語でpassionを意味する。したがってアパシーは普通なら感情が動かされる[[刺激]]対象に対して関心がわかない状態のことを言い、興味や意欲の障害であると考えられている。しかしその使われ方にはばらつきがあり、特に神経内科領域と精神科領域ではそのとらえ方に差がある。神経内科ではアパシーを独立した病態として、精神科領域では[[うつ病]]の部分症状あるいは近縁疾患として捉えられることが多い。


 1990年にMarinは臨床症状としてのアパシーの定義付けを初めて試みた<ref name=ref1><pubmed>2403472</pubmed></ref>。彼はアパシーを[[意識障害]]、[[認知障害]]、[[情動]]的苦悩によらない動機付けの欠如ないしは減弱した状態と定義した。ここで言う動機付け(モチベーション)とは目的ある行動(goal-directed behavior)の開始、持続、方向性、そしてその活力に対して必要な駆動力を指す。アパシーは多くの疾患でよく見られる状態であり、古くからある言葉であるにもかかわらず、医学的な注目がなされ始めたのはごく最近のことであり、その定義や病態、意義についてもまだ議論の余地が残されている。  
 1990年にMarinは臨床症状としてのアパシーの定義付けを初めて試みた<ref name=ref1><pubmed>2403472</pubmed></ref>。彼はアパシーを[[意識障害]]、[[認知障害]]、[[情動]]的苦悩によらない動機付けの欠如ないしは減弱した状態と定義した。ここで言う[[動機付け]](モチベーション)とは目的ある行動(goal-directed behavior)の開始、持続、方向性、そしてその活力に対して必要な駆動力を指す。アパシーは多くの疾患でよく見られる状態であり、古くからある言葉であるにもかかわらず、医学的な注目がなされ始めたのはごく最近のことであり、その定義や病態、意義についてもまだ議論の余地が残されている。  


== 診断 ==
== 診断 ==


 Marinは目的ある行動(goal-directed behavior)の減弱(自発的な根気強い努力の欠如で示される)、目的ある思考(goal-directed cognition)の減弱(個人の健康、経済的問題などへの関心の欠如で示される)、目的ある行動に付随した情動的反応(emotional concomitant of goal-directed behavior)の減弱(感情の平板化や良いあるいは悪い出来事への情緒的反応の欠如で示される)を特徴とした動機付けの欠如ないしは減弱した状態とアパシーを定義した<ref name=ref1 />。しかしLevyらはモチベーションは内的な状態であり、その評価は表出された行動や感情の観察に基づかざるを得ないことからMarinの定義には問題が含まれており、彼らはアパシーを自発的な目的ある行動の量的な減少として定義するべきであると提唱している<ref name=ref2><pubmed>17131230</pubmed></ref> 。Marinの定義ではアパシーは認知障害によるものではないとしたが、[[アルツハイマー病]]患者では高率にアパシーを示すことが繰り返し報告されており<ref name=ref3><pubmed>21155143</pubmed></ref> <ref name=ref4><pubmed>20455862</pubmed></ref>、アパシーの定義や診断基準にはまだ混乱が見られる。
 Marinは、


 [[国際疾病分類第10版]]<ref name=ref5> World Health Organization International statistical classification of diseases and related health problems 10th revision, vol. 1<br>World Health Organization, Geneva, Switzerland (1992)</ref> においてもアパシーは疾患としての項目はなく、症状,徴候および異常臨床所見・異常検査所見で他に分類されないものの中にR45.3 [[無気力]]及び[[感情鈍麻]](アパシー)とあるに過ぎない。いずれにしてもアパシーの診断基準に統一されたものはまだないのが現状であり、アパシーの研究を進める上で統一された診断基準がないことは最も大きな問題であると考えられる。
*目的ある行動(goal-directed behavior)の減弱(自発的な根気強い努力の欠如で示される)
*目的ある思考(goal-directed cognition)の減弱(個人の健康、経済的問題などへの関心の欠如で示される
*目的ある行動に付随した情動的反応(emotional concomitant of goal-directed behavior)の減弱(感情の平板化や良いあるいは悪い出来事への情緒的反応の欠如で示される)


 アパシーの重要度評価としては1991年にMarinらがApathy Evaluation Scale(アパシー評価尺度)を開発し<ref name=ref6><pubmed>1754629</pubmed></ref>、その後Starksteinらがその短縮版としてApathy Scaleを発表した<ref name=ref7><pubmed>1627973</pubmed></ref>。Apathy Scaleの日本語版は岡田らによってやる気スコア<ref name=ref8>'''岡田 和悟, 小林 祥泰, 青木 耕, 須山 信夫, 山口 修平'''<br>やる気スコアを用いた脳卒中後の意欲低下の評価<br>脳卒中, 1998, 20: 318-323</ref>として翻訳され、[http://cvddb.med.shimane-u.ac.jp/cvddb/ 脳卒中データバンクのホームページ]からpdfファイルのダウンロードが可能であり、使用できる。  
 を特徴とした動機付けの欠如ないしは減弱した状態とアパシーを定義した<ref name=ref1 />。しかしLevyらはモチベーションは内的な状態であり、その評価は表出された行動や感情の観察に基づかざるを得ないことからMarinの定義には問題が含まれており、彼らはアパシーを自発的な目的ある行動の量的な減少として定義するべきであると提唱している<ref name=ref2><pubmed>17131230</pubmed></ref> 。Marinの定義ではアパシーは認知障害によるものではないとしたが、[[アルツハイマー病]]患者では高率にアパシーを示すことが繰り返し報告されており<ref name=ref3><pubmed>21155143</pubmed></ref> <ref name=ref4><pubmed>20455862</pubmed></ref>、アパシーの定義や診断基準にはまだ混乱が見られる。
 
 [[国際疾病分類第10版]]<ref name=ref5> World Health Organization International statistical classification of diseases and related health problems 10th revision, vol. 1<br>World Health Organization, Geneva, Switzerland (1992)</ref> においてもアパシーは疾患としての項目はなく、症状、徴候および異常臨床所見・異常検査所見で他に分類されないものの中にR45.3 [[無気力]]及び[[感情鈍麻]](アパシー)とあるに過ぎない。いずれにしてもアパシーの診断基準に統一されたものはまだないのが現状であり、アパシーの研究を進める上で統一された診断基準がないことは最も大きな問題であると考えられる。
 
 アパシーの重要度評価としては1991年にMarinらが[[Apathy Evaluation Scale]]([[アパシー評価尺度]])を開発し<ref name=ref6><pubmed>1754629</pubmed></ref>、その後Starksteinらがその短縮版として[[Apathy Scale]]を発表した<ref name=ref7><pubmed>1627973</pubmed></ref>。Apathy Scaleの日本語版は岡田らによって[[やる気スコア]]<ref name=ref8>'''岡田 和悟, 小林 祥泰, 青木 耕, 須山 信夫, 山口 修平'''<br>やる気スコアを用いた脳卒中後の意欲低下の評価<br>脳卒中, 1998, 20: 318-323</ref>として翻訳され、[http://cvddb.med.shimane-u.ac.jp/cvddb/ 脳卒中データバンクのホームページ]からpdfファイルのダウンロードが可能であり、使用できる。  


== うつ状態との異同 ==
== うつ状態との異同 ==


 アパシーと[[うつ状態]]は概念的にも臨床的にも混同されることが多い。うつ状態とは概念的には持続的な気分(mood)の障害であり、意欲そのものの障害ではないが、精神科で頻用されているうつ病の診断基準である[[Diagnostic and statistical manual of mental disorders 4th edition]]: [[DSM-IV]] <ref name=ref9>American Psychiatric Association.<br>Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders, 4th Ed.<br> Washington, DC: American Psychiatric Association, 1994.</ref>では[[大うつ病]]エピソードは”抑うつ気分”もしくは”興味・喜びの減退”のいずれかを必須項目としている。抑うつ気分は気分の障害であるが、興味・喜びの減退は普段なら興味や喜びが感じられていた刺激に対して反応しなくなる状態であり、アパシーの概念に近い。
 アパシーと[[うつ状態]]は概念的にも臨床的にも混同されることが多い。うつ状態とは概念的には持続的な気分(mood)の障害であり、意欲そのものの障害ではないが、精神科で頻用されているうつ病の診断基準である[[Diagnostic and statistical manual of mental disorders 4th edition]]: [[DSM-IV]] <ref name=ref9>American Psychiatric Association.<br>Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders, 4th Ed.<br> Washington, DC: American Psychiatric Association, 1994.</ref>では[[大うつ病]]エピソードは”[[抑うつ気分]]”もしくは”興味・喜びの減退”のいずれかを必須項目としている。抑うつ気分は気分の障害であるが、興味・喜びの減退は普段なら興味や喜びが感じられていた刺激に対して反応しなくなる状態であり、アパシーの概念に近い。


 DSM-IVハンドブックにおける興味・喜びの減退の項目における症状の詳しい説明としては「その人達は趣味に興味を感じなくなったり、あるいは以前に喜びであった活動に何の喜びも感じないと言うかもしれない。家族はしばしば、社会的引きこもり、または楽しみであった娯楽にかまわなくなったことに気づいている」と表現されている。この状態はこれまで楽しめていた活動に対して楽しみや喜びを感じられなくなり、その活動に対してのモチベーションが失われていることを示しており、まさにアパシーの状態と考えられる。そのほかの項目においても[[易疲労性]]、または気力の減退、思考力や集中力の減退、または決断困難も一部にアパシーの要素が含まれている項目であると考えられる。
 DSM-IVハンドブックにおける興味・喜びの減退の項目における症状の詳しい説明としては「その人達は趣味に興味を感じなくなったり、あるいは以前に喜びであった活動に何の喜びも感じないと言うかもしれない。家族はしばしば、社会的引きこもり、または楽しみであった娯楽にかまわなくなったことに気づいている」と表現されている。この状態はこれまで楽しめていた活動に対して楽しみや喜びを感じられなくなり、その活動に対してのモチベーションが失われていることを示しており、まさにアパシーの状態と考えられる。そのほかの項目においても[[易疲労性]]、または[[気力]]の減退、思考力や集中力の減退、または決断困難も一部にアパシーの要素が含まれている項目であると考えられる。


 このように精神科におけるうつ病の診断基準にはアパシーという用語こそ含まれていないものの意欲に乏しく何事にもやる気が起こらずおっくうな状態はうつ病の主要な症状であると考えられていることがわかる。大うつ病エピソードの診断基準は一定の症状を示す症候群であり、アパシーの診断基準もまた症候群であるので両者が一部重複をするのは仕方のないことであるが、背景にある病態が異なれば対応も異なるため両者を区別して考えることや、うつ病の症状の中でも気分の障害と意欲や興味の障害を分けて考えることは必要ではないかと考えられる。  
 このように精神科におけるうつ病の診断基準にはアパシーという用語こそ含まれていないものの意欲に乏しく何事にもやる気が起こらずおっくうな状態はうつ病の主要な症状であると考えられていることがわかる。大うつ病エピソードの診断基準は一定の症状を示す症候群であり、アパシーの診断基準もまた症候群であるので両者が一部重複をするのは仕方のないことであるが、背景にある病態が異なれば対応も異なるため両者を区別して考えることや、うつ病の症状の中でも気分の障害と意欲や興味の障害を分けて考えることは必要ではないかと考えられる。  
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== 臨床症状への影響 ==
== 臨床症状への影響 ==


 アパシーの存在の臨床的な意義としてはアパシーが日常生活機能との間に密接な関連があることが挙げられる。たとえばアルツハイマー病患者においてアパシーのある患者ではない患者と比較して日常生活機能(ADL)の障害は高度であり<ref name=ref10><pubmed>11384893</pubmed></ref>、アパシーの程度と機能障害の程度の間には相関関係が認められる<ref name=ref11><pubmed>12611751</pubmed></ref>。
 アパシーの存在の臨床的な意義としてはアパシーが日常生活機能との間に密接な関連があることが挙げられる。たとえばアルツハイマー病患者においてアパシーのある患者ではない患者と比較して[[日常生活機能]](ADL)の障害は高度であり<ref name=ref10><pubmed>11384893</pubmed></ref>、アパシーの程度と機能障害の程度の間には相関関係が認められる<ref name=ref11><pubmed>12611751</pubmed></ref>。


 このような関連はアルツハイマー病だけでなく、[[血管性認知症]]<ref name=ref12><pubmed>12154154</pubmed></ref>、[[脳卒中]]患者1<ref name=ref13><pubmed>8236333</pubmed></ref>、うつ病患者<ref name=ref14><pubmed>9919318</pubmed></ref>においても報告されている。認知機能に関してもアパシーのある患者ではない患者と比較して認知機能が低く、経過中の認知機能の低下していく速度も大きいことがアルツハイマー病<ref name=ref10 />、脳卒中患者<ref name=ref13 />、老人ホームの居住者<ref name=ref15><pubmed>15804630</pubmed></ref>などで報告されている。さらに、アパシーを有する脳卒中患者ではリハビリテーションによる機能回復が遅延することも報告されている<ref name=ref16><pubmed>17702056</pubmed></ref>。
 このような関連はアルツハイマー病だけでなく、[[血管性認知症]]<ref name=ref12><pubmed>12154154</pubmed></ref>、[[脳卒中]]患者1<ref name=ref13><pubmed>8236333</pubmed></ref>、うつ病患者<ref name=ref14><pubmed>9919318</pubmed></ref>においても報告されている。[[認知機能]]に関してもアパシーのある患者ではない患者と比較して認知機能が低く、経過中の認知機能の低下していく速度も大きいことがアルツハイマー病<ref name=ref10 />、脳卒中患者<ref name=ref13 />、老人ホームの居住者<ref name=ref15><pubmed>15804630</pubmed></ref>などで報告されている。さらに、アパシーを有する脳卒中患者ではリハビリテーションによる機能回復が遅延することも報告されている<ref name=ref16><pubmed>17702056</pubmed></ref>。


 アパシーは介護者にとっての負担感を大きくする要因でもある。アルツハイマー病患者の介護者の負担感は患者のアパシースコアとの間に強い相関が認められたが、認知機能障害の程度やADL障害の程度とは関連がなかったと報告されている<ref name=ref17><pubmed>12571824</pubmed></ref>。また、アパシーは患者の[[wikipedia:ja:生活の質|生活の質]](Quality of Life; QOL)にも影響を及ぼす可能性がある。老人ホームの居住者を対象とした検討では認知機能障害があまりない対象ではアパシーは主観的なQOLを低下させていたと報告されている<ref name=ref15><pubmed>15804630</pubmed></ref>。このようにアパシーはさまざまな臨床症状に悪影響を与えることが報告されているが、この影響はアパシーによるモチベーションの障害が影響を及ぼしている[[wikipedia:ja:廃用症候群|廃用症候群]]と呼ぶべきものであるのか、その他の要因を介しているのかは今後の検討が必要である。  
 アパシーは介護者にとっての負担感を大きくする要因でもある。アルツハイマー病患者の介護者の負担感は患者のアパシースコアとの間に強い相関が認められたが、認知機能障害の程度やADL障害の程度とは関連がなかったと報告されている<ref name=ref17><pubmed>12571824</pubmed></ref>。また、アパシーは患者の[[wikipedia:ja:生活の質|生活の質]](Quality of Life; QOL)にも影響を及ぼす可能性がある。老人ホームの居住者を対象とした検討では認知機能障害があまりない対象ではアパシーは主観的なQOLを低下させていたと報告されている<ref name=ref15><pubmed>15804630</pubmed></ref>。このようにアパシーはさまざまな臨床症状に悪影響を与えることが報告されているが、この影響はアパシーによるモチベーションの障害が影響を及ぼしている[[wikipedia:ja:廃用症候群|廃用症候群]]と呼ぶべきものであるのか、その他の要因を介しているのかは今後の検討が必要である。  


== 想定されるメカニズム  ==


== 想定されるメカニズム  ==
 アパシーは[[パーキンソン病]]やアルツハイマー病、脳卒中後患者など脳器質疾患患者で多い症状とされ<ref name="ref2" />、アパシーが引き起こされるメカニズムもモチベーションの障害などの症状の神経心理学的な特徴<ref name="ref18"><pubmed>16207933</pubmed></ref>、基礎疾患の病態<ref name="ref19"><pubmed>17765337</pubmed></ref> <ref name="ref20"><pubmed>15964021</pubmed></ref>や治療効果のある薬剤<ref name="ref21"><pubmed>12426416</pubmed></ref> <ref name="ref22"><pubmed>12670060</pubmed></ref>、脳卒中患者のアパシーにおける脳損傷部位、アパシー患者における[[PET]]や[[SPECT]]、[[MR spectroscopy]]などの機能的脳画像研究などさまざまな検討がなされている(表)。


 アパシーは[[パーキンソン病]]やアルツハイマー病、脳卒中後患者など脳器質疾患患者で多い症状とされ<ref name="ref2" />、アパシーが引き起こされるメカニズムもモチベーションの障害などの症状の神経心理学的な特徴<ref name="ref18"><pubmed>16207933</pubmed></ref>、基礎疾患の病態<ref name="ref19"><pubmed>17765337</pubmed></ref> <ref name="ref20"><pubmed>15964021</pubmed></ref>や治療効果のある薬剤<ref name="ref21"><pubmed>12426416</pubmed></ref> <ref name="ref22"><pubmed>12670060</pubmed></ref>、脳卒中患者のアパシーにおける脳損傷部位、アパシー患者における[[PET]]や[[SPECT]]、[[MR spectroscopy]]などの機能的脳画像研究などさまざまな検討がなされている(表)。これらの検討からは[[ドーパミン]]や[[アセチルコリン]]などの[[神経伝達物質]]の異常やモチベーションに関連する神経回路として[[前頭葉]]−皮質下回路のどこかが損傷されるとアパシーが引き起こされるとの仮説が提唱<ref name=ref38><pubmed>12169339</pubmed></ref>されているが、報告によって結果には差異が見られる。この結果の差異は使用されている診断基準や重症度評価の違いもあるが、そもそもアパシーはさまざまな疾患で認められる臨床症状あるいは症候群であり、さまざまな原因によって類似した症状が引き起こされるためと考えられる。  
 これらの検討からは[[ドーパミン]]や[[アセチルコリン]]などの[[神経伝達物質]]の異常やモチベーションに関連する神経回路として[[前頭葉]]−皮質下回路のどこかが損傷されるとアパシーが引き起こされるとの仮説が提唱<ref name=ref38><pubmed>12169339</pubmed></ref>されているが、報告によって結果には差異が見られる。この結果の差異は使用されている診断基準や重症度評価の違いもあるが、そもそもアパシーはさまざまな疾患で認められる臨床症状あるいは症候群であり、さまざまな原因によって類似した症状が引き起こされるためと考えられる。  


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| 手法  
! scope="col"| 手法  
| 所見  
! scope="col"| 所見  
| 関連領域
! scope="col"| 関連領域
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| 剖検  
! scope="col"| 剖検  
| 神経原繊維変化
| [[神経原線維]]変化
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| [[前帯状回]]<ref name=ref23><pubmed>16391476</pubmed></ref>
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| CT  
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| 病変  
| 病変  
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| MRI  
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| 体積減少  
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| 高輝度領域  
| 高輝度領域  
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| MR spectroscopy  
! scope="col"| [[MR spectroscopy]]
| NAA/Cr比率低下  
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| 前頭葉<ref name=ref29><pubmed>16084528</pubmed></ref>
| 前頭葉<ref name=ref29><pubmed>16084528</pubmed></ref>
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| PET  
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| 血流減少  
| 血流減少  
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| 代謝低下  
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| ドーパミン/[[ノルアドレナリン]] [[トランスポーター]]結合能低下
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| 血流低下  
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| ドーパミン トランスポーター取込低下  
| ドーパミン トランスポーター取込低下  
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| [[被殻]]<ref name=ref37><pubmed>17900799</pubmed></ref>
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'''表.アパシーにおける構造画像/機能画像研究'''
'''表.アパシーにおける構造画像/機能画像研究'''
==治療  ==
 アパシーは一定の臨床症状を示す症候群であり、その病態も上述のようにさまざまなものが考えられるので、治療も想定される病態に合わせたものが求められる。大まかには薬物療法と非薬物療法に分けられる。
===薬物療法===
 [[パーキンソン病]]などの[[ドーパミン]]神経系の異常が想定される患者では[[L-ドーパ]]<ref><pubmed> 23970460</pubmed></ref>や[[ロチゴチン]]<ref><pubmed>23557594</pubmed></ref> などの[[ドーパミン神経系]]を賦活する薬剤、[[アルツハイマー病]]や[[レビー小体型認知症]]などの[[アセチルコリン]]神経系の異常が想定される患者では[[ドネペジル]]<ref><pubmed> 20597141 </pubmed></ref>や[[ガランタミン]]<ref><pubmed> 14676468 </pubmed></ref>などのアセチルコリン神経系を賦活する薬剤や[[メチルフェニデート]]<ref><pubmed> 24021498 </pubmed></ref>の有効性が報告されている。治療効果の報告の多くはケースレポートやケースシリーズであるが、メチルフェニデイトやドネペジルなどでは少数ながらRCTの報告もある。
===非薬物療法===
 アパシーに対する非薬物療法が重要なことは論を待たないが、系統立てておこなわれた研究は少ない。多職種によるアプローチ、孤立を防ぐ、自律を促し疾患よりも個人への援助を心がける、障害があればそれを補うような器具や環境の整備などが推奨されているが、総説レベルに留まっている<ref><pubmed> 21860324 </pubmed></ref><ref><pubmed> 23921453 </pubmed></ref>。アパシーが存在するとActivities of Daily Living (ADL)や[[認知機能]]に悪影響を及ぼす事は上述の通りであるが、臨床的な実感としてはリハビリテーションなどの身体的な活動性を上げるようなアプローチはアパシーを改善させるため、[[無作為化比較対照試験]] (randomized controlled trial, RCT)をおこなう事は難しいが方法論を工夫して非薬物療法の効果については更なる検討をおこなう事が望まれる。
==関連項目==
*[[うつ病]]
*[[アルツハイマー病]]
*[[パーキンソン病]]
*[[血管性認知症]]


== 参考文献 ==
== 参考文献 ==


<references />
<references />
(執筆者:山下英尚 担当編集委員:高橋良輔)

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