「アラキドン酸」の版間の差分

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古屋敷 智之(神戸大学大学院医学研究科・医学部 薬理学分野)
古屋敷 智之(神戸大学大学院医学研究科・医学部 薬理学分野)


アラキドン酸は4つのcis二重結合を有する20個の炭素鎖からなる脂肪酸である。メチル末端(ωまたはn)から数えて最初の二重結合が6番目と7番目の炭素の間に位置するため、ω-6 (n-6)多価不飽和脂肪酸に含まれ、20:4ω-6と記載される<ref name=Spector2015><pubmed>25339684</pubmed></ref><ref name=Martin2016><pubmed>27142391</pubmed></ref> 。アラキドン酸は、主に細胞膜のリン脂質のsn-2位にエステル化されて存在する<ref name=Burke2009><pubmed>19011112</pubmed></ref> 。主にグリセロリン脂質にコリンが結合したホスファチジルコリンに含まれるが、ホスファチジルイノシトールなど他のグリセロリン脂質にも含まれる<ref name=Farooqui2000><pubmed>10878232</pubmed></ref> 。アラキドン酸は、刺激に応じてホスホリパーゼA2(phospholipase A2; PLA2)の酵素活性により細胞膜から遊離する他<ref name=Shimizu2006><pubmed>16754327</pubmed></ref><ref name=Murakami2017><pubmed>29129849</pubmed></ref> 、エンドカンナビノイドと称する2-arachodonoyl-glycerol (2-AG)やアナンダマイド(anandamide; arachidonoylethanolamide)の構成成分として細胞膜から遊離する<ref name=Di Marzo2015><pubmed>25524120</pubmed></ref><ref name=Wang2009><pubmed>19126434</pubmed></ref> 。エンドカンナビノイドはそれ自体で生理活性を有するが、代謝されて遊離アラキドン酸を産生する<ref name=Blankman2013><pubmed>23512546</pubmed></ref><ref name=Piomelli2014><pubmed>23954677</pubmed></ref> 。遊離アラキドン酸の大半は細胞膜のリン脂質に再度取り込まれるため、その濃度は低く維持されている<ref name=Chilton1996><pubmed>8555241</pubmed></ref> 。遊離アラキドン酸はプロスタノイドやロイコトリエンなど多様な生理活性脂質に変換され、摂食、睡眠・覚醒、脳血流など生理的な脳機能の他、疾病時の発熱や内分泌応答、疼痛、てんかん、脳虚血、ストレス、神経・精神疾患など様々な病態にも関与する<ref name=Bosetti2007><pubmed>17403135</pubmed></ref><ref name=Samuelsson2012><pubmed>22318727</pubmed></ref><ref name=Vane1998><pubmed>9597150</pubmed></ref><ref name=Narumiya2007><pubmed>24367153</pubmed></ref><ref name=Funk2001><pubmed>11729303</pubmed></ref><ref name=Furuyashiki2011><pubmed>21116297</pubmed></ref><ref name=Bäck2014><pubmed>24588652</pubmed></ref> 。
アラキドン酸は4つのcis二重結合を有する20個の炭素鎖からなる脂肪酸である。メチル末端(ωまたはn)から数えて最初の二重結合が6番目と7番目の炭素の間に位置するため、ω-6 (n-6)多価不飽和脂肪酸に含まれ、20:4ω-6と記載される<ref name=Spector2015><pubmed>25339684</pubmed></ref><ref name=Martin2016><pubmed>27142391</pubmed></ref> 。アラキドン酸は、主に細胞膜のリン脂質のsn-2位にエステル化されて存在する<ref name=Burke2009><pubmed>19011112</pubmed></ref> 。主にグリセロリン脂質にコリンが結合したホスファチジルコリンに含まれるが、ホスファチジルイノシトールなど他のグリセロリン脂質にも含まれる<ref name=Farooqui2000><pubmed>10878232</pubmed></ref> 。アラキドン酸は、刺激に応じてホスホリパーゼA2(phospholipase A2; PLA2)の酵素活性により細胞膜から遊離する他<ref name=Shimizu2006><pubmed>16754327</pubmed></ref><ref name=Murakami2017><pubmed>29129849</pubmed></ref> 、エンドカンナビノイドと称する2-arachodonoyl-glycerol (2-AG)やアナンダマイド(anandamide; arachidonoylethanolamide)の構成成分として細胞膜から遊離する<ref name=DiMarzo2015><pubmed>25524120</pubmed></ref><ref name=Wang2009><pubmed>19126434</pubmed></ref> 。エンドカンナビノイドはそれ自体で生理活性を有するが、代謝されて遊離アラキドン酸を産生する<ref name=Blankman2013><pubmed>23512546</pubmed></ref><ref name=Piomelli2014><pubmed>23954677</pubmed></ref> 。遊離アラキドン酸の大半は細胞膜のリン脂質に再度取り込まれるため、その濃度は低く維持されている<ref name=Chilton1996><pubmed>8555241</pubmed></ref> 。遊離アラキドン酸はプロスタノイドやロイコトリエンなど多様な生理活性脂質に変換され、摂食、睡眠・覚醒、脳血流など生理的な脳機能の他、疾病時の発熱や内分泌応答、疼痛、てんかん、脳虚血、ストレス、神経・精神疾患など様々な病態にも関与する<ref name=Bosetti2007><pubmed>17403135</pubmed></ref><ref name=Samuelsson2012><pubmed>22318727</pubmed></ref><ref name=Vane1998><pubmed>9597150</pubmed></ref><ref name=Narumiya2007><pubmed>24367153</pubmed></ref><ref name=Funk2001><pubmed>11729303</pubmed></ref><ref name=Furuyashiki2011><pubmed>21116297</pubmed></ref><ref name=Back2014><pubmed>24588652</pubmed></ref> 。


== 摂取・生合成・代謝 ==
== 摂取・生合成・代謝 ==
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=== エンドカナビノイドの代謝による遊離アラキドン酸の産生 ===
=== エンドカナビノイドの代謝による遊離アラキドン酸の産生 ===
近年、脳、肝臓、肺では、LPSの全身性投与による遊離アラキドン酸の上昇はcPLA2α欠損マウスでも大きな影響を受けず、モノアシルグリセロールリパーゼ(monoacylglycerol lipase; MGL)の遺伝子欠損マウスや阻害薬投与により消失することも示された<ref name=Nomura2011><pubmed>22021672</pubmed></ref> 。この結果は、これらの臓器では主にエンドカナビノイドの一種である2-AGがMGLにより代謝されて遊離アラキドン酸を生ずることを示唆する。2-AGはシナプス活動に伴う細胞内のCa2+濃度上昇によりシナプス後部で産生され、シナプス前部のカンナビノイド受容体CB1に作用して、逆行性にシナプス伝達を抑制する<ref name=Kano2014><pubmed>25169670</pubmed></ref> 。2-AGは、主にsn-2位にアラキドン酸を含むホスファチジルイノシトール(phosphatidylinositol)がホスホリパーゼC(phospholipase C; PLC)によりジアシルグリセロール(diacylglycerol; DAG)に代謝され、さらにDAGがジアシルグリセロールリパーゼ(diacylglycerol lipase; DGL)により代謝されて生ずると考えられている<ref name=Di Marzo2015><pubmed>25524120</pubmed></ref><ref name=Wang2009><pubmed>19126434</pubmed></ref><ref name=Blankman2013><pubmed>23512546</pubmed></ref><ref name=Piomelli2014><pubmed>23954677</pubmed></ref> 。遊離アラキドン酸はもう一つのエンドカンナビノイドであるアナンダマイド(anandamide; arachidonoylethanolamide)からも産生される。アナンダマイドは、主にsn-2位にアラキドン酸を含むホスファチジルエタノラミンがN-アシルトランスフェラーゼによりN-アラキドノイルホスファチジルエタノラミン(N-arachidonoyl phosphatidylethanolamine)に代謝され、さらにホスホリパーゼD(phospholipase D)により代謝されて生ずると考えられている。アナンダマイドは脂肪酸アミド加水分解酵素(fatty acid amide hydrolase; FAAH)によって代謝されて遊離アラキドン酸を生ずる<ref name=Di Marzo2015><pubmed>25524120</pubmed></ref><ref name=Wang2009><pubmed>19126434</pubmed></ref><ref name=Blankman2013><pubmed>23512546</pubmed></ref><ref name=Piomelli2014><pubmed>23954677</pubmed></ref> 。エンドカンナビノイドの産生・作用については、脳科学辞典「エンドカナビノイド」をご参照いただきたい。
近年、脳、肝臓、肺では、LPSの全身性投与による遊離アラキドン酸の上昇はcPLA2α欠損マウスでも大きな影響を受けず、モノアシルグリセロールリパーゼ(monoacylglycerol lipase; MGL)の遺伝子欠損マウスや阻害薬投与により消失することも示された<ref name=Nomura2011><pubmed>22021672</pubmed></ref> 。この結果は、これらの臓器では主にエンドカナビノイドの一種である2-AGがMGLにより代謝されて遊離アラキドン酸を生ずることを示唆する。2-AGはシナプス活動に伴う細胞内のCa2+濃度上昇によりシナプス後部で産生され、シナプス前部のカンナビノイド受容体CB1に作用して、逆行性にシナプス伝達を抑制する<ref name=Kano2014><pubmed>25169670</pubmed></ref> 。2-AGは、主にsn-2位にアラキドン酸を含むホスファチジルイノシトール(phosphatidylinositol)がホスホリパーゼC(phospholipase C; PLC)によりジアシルグリセロール(diacylglycerol; DAG)に代謝され、さらにDAGがジアシルグリセロールリパーゼ(diacylglycerol lipase; DGL)により代謝されて生ずると考えられている<ref name=DiMarzo2015><pubmed>25524120</pubmed></ref><ref name=Wang2009><pubmed>19126434</pubmed></ref><ref name=Blankman2013><pubmed>23512546</pubmed></ref><ref name=Piomelli2014><pubmed>23954677</pubmed></ref> 。遊離アラキドン酸はもう一つのエンドカンナビノイドであるアナンダマイド(anandamide; arachidonoylethanolamide)からも産生される。アナンダマイドは、主にsn-2位にアラキドン酸を含むホスファチジルエタノラミンがN-アシルトランスフェラーゼによりN-アラキドノイルホスファチジルエタノラミン(N-arachidonoyl phosphatidylethanolamine)に代謝され、さらにホスホリパーゼD(phospholipase D)により代謝されて生ずると考えられている。アナンダマイドは脂肪酸アミド加水分解酵素(fatty acid amide hydrolase; FAAH)によって代謝されて遊離アラキドン酸を生ずる<ref name=DiMarzo2015><pubmed>25524120</pubmed></ref><ref name=Wang2009><pubmed>19126434</pubmed></ref><ref name=Blankman2013><pubmed>23512546</pubmed></ref><ref name=Piomelli2014><pubmed>23954677</pubmed></ref> 。エンドカンナビノイドの産生・作用については、脳科学辞典「エンドカナビノイド」をご参照いただきたい。


=== 遊離アラキドン酸の働き ===
=== 遊離アラキドン酸の働き ===