「アラキドン酸」の版間の差分

ナビゲーションに移動 検索に移動
編集の要約なし
編集の要約なし
(同じ利用者による、間の5版が非表示)
2行目: 2行目:
<font size="+1">聶 翔、[https://researchmap.jp/hirotakanagai/?lang=japanese 永井 裕崇]、[https://researchmap.jp/0711/ 北岡 志保]、[http://researchmap.jp/read0192882 古屋敷 智之]</font><br>
<font size="+1">聶 翔、[https://researchmap.jp/hirotakanagai/?lang=japanese 永井 裕崇]、[https://researchmap.jp/0711/ 北岡 志保]、[http://researchmap.jp/read0192882 古屋敷 智之]</font><br>
''神戸大学大学院医学研究科・医学部 薬理学分野''<br>
''神戸大学大学院医学研究科・医学部 薬理学分野''<br>
DOI:<selfdoi /> 原稿受付日:2018年8月3日 原稿完成日:201X年XX月XX日<br>
DOI:<selfdoi /> 原稿受付日:2018年8月3日 原稿完成日:2018年10月25日<br>
担当編集委員:[http://researchmap.jp/wadancnp 和田 圭司](国立研究開発法人国立精神・神経医療研究センター)<br>
担当編集委員:[http://researchmap.jp/wadancnp 和田 圭司](国立研究開発法人国立精神・神経医療研究センター)<br>
</div>
</div>
8行目: 8行目:
英:arachidonic acid 独:Arachidonsäure 仏:acide arachidonique
英:arachidonic acid 独:Arachidonsäure 仏:acide arachidonique


{{box|text= 1段落程度の要約をお願いいたします。}}
{{box|text= アラキドン酸は4つのcis二重結合を有する20個の炭素鎖からなる脂肪酸である。アラキドン酸は様々な食品から吸収される他、必須脂肪酸のリノール酸からも産生される。体内のアラキドン酸は主に脂質二重膜に含まれ、刺激に応じて遊離アラキドン酸に代謝される。遊離アラキドン酸はそれ自体でも生理作用を有するが、主にプロスタノイドやロイコトリエンなどの様々な生理活性脂質に変換され生理的・病理的機能に関与する。}}
{{Chembox
{{Chembox
| Verifiedfields = changed
| Verifiedfields = changed
15行目: 15行目:
| ImageFile = Arachidonic acid.svg
| ImageFile = Arachidonic acid.svg
| ImageFile_Ref = {{Chemboximage|correct|??}}
| ImageFile_Ref = {{Chemboximage|correct|??}}
| ImageSize = 200
| ImageSize = 200px
| ImageName = Structural formula of arachidonic acid
| ImageName = Structural formula of arachidonic acid
| ImageFileL2 = Arachidonic acid spacefill.png
| ImageFileL2 = Arachidonic acid spacefill.png
125行目: 125行目:
 神経活動依存的にPLA2を介するアラキドン酸遊離が誘導されることも示唆されている。[<sup>14</sup>C]標識アラキドン酸を用いた実験では、ラットの[[大脳皮質]]や[[線条体]]でのアラキドン酸の取り込みが[[ドパミン]][[D2受容体]]の[[アゴニスト]]投与により亢進する<ref name=Basselin2012><pubmed>22178644</pubmed></ref> 。また、[<sup>3</sup>H]標識アラキドン酸を用いた実験では、線条体の[[初代培養]]神経細胞におけるアラキドン酸の遊離が[[NMDA型グルタミン酸受容体]]の活性化により促進すること<ref name=Dumuis1988><pubmed>2847054</pubmed></ref> 、その促進がPLA2を阻害するmepacrine(quinacrine)により阻害されることが示された<ref name=Tapia-Arancibia1992><pubmed>1355446</pubmed></ref> 。さらに、[[小脳]][[プルキンエ細胞]]の[[シナプス]][[長期抑制]](long-term depression; LTD)はcPLA2α欠損マウスで消失し、この異常がアラキドン酸やその生理活性代謝物である[[プロスタグランジンD2]]、[[プロスタグランジンE2|E2]]の補充により回復することも示されている<ref name=Le2010><pubmed>20133605</pubmed></ref> 。
 神経活動依存的にPLA2を介するアラキドン酸遊離が誘導されることも示唆されている。[<sup>14</sup>C]標識アラキドン酸を用いた実験では、ラットの[[大脳皮質]]や[[線条体]]でのアラキドン酸の取り込みが[[ドパミン]][[D2受容体]]の[[アゴニスト]]投与により亢進する<ref name=Basselin2012><pubmed>22178644</pubmed></ref> 。また、[<sup>3</sup>H]標識アラキドン酸を用いた実験では、線条体の[[初代培養]]神経細胞におけるアラキドン酸の遊離が[[NMDA型グルタミン酸受容体]]の活性化により促進すること<ref name=Dumuis1988><pubmed>2847054</pubmed></ref> 、その促進がPLA2を阻害するmepacrine(quinacrine)により阻害されることが示された<ref name=Tapia-Arancibia1992><pubmed>1355446</pubmed></ref> 。さらに、[[小脳]][[プルキンエ細胞]]の[[シナプス]][[長期抑制]](long-term depression; LTD)はcPLA2α欠損マウスで消失し、この異常がアラキドン酸やその生理活性代謝物である[[プロスタグランジンD2]]、[[プロスタグランジンE2|E2]]の補充により回復することも示されている<ref name=Le2010><pubmed>20133605</pubmed></ref> 。


[[ファイル:Furuyashiki Fig 3.png|サムネイル| '''図3 エンドカナビノイドの代謝による遊離アラキドン酸の産生''']]
=== エンドカナビノイドの代謝による遊離アラキドン酸の産生 ===
=== エンドカナビノイドの代謝による遊離アラキドン酸の産生 ===
 近年、脳、肝臓、肺では、LPSの全身性投与による遊離アラキドン酸の上昇はcPLA2α欠損マウスでも大きな影響を受けず、[[モノアシルグリセロールリパーゼ]](monoacylglycerol lipase; MGL)の遺伝子欠損マウスや阻害薬投与により消失することも示された<ref name=Nomura2011><pubmed>22021672</pubmed></ref> 。この結果は、これらの臓器では主にエンドカナビノイドの一種である2-AGがMGLにより代謝されて遊離アラキドン酸を生ずることを示唆する。2-AGはシナプス活動に伴う細胞内のCa<sup>2+</sup>濃度上昇によりシナプス後部で産生され、[[シナプス前部]]の[[カンナビノイド受容体]][[CB1]]に作用して、逆行性にシナプス伝達を抑制する<ref name=Kano2014><pubmed>25169670</pubmed></ref> 。2-AGは、主にsn-2位にアラキドン酸を含むホスファチジルイノシトール(phosphatidylinositol)が[[ホスホリパーゼC]](phospholipase C; PLC)によりジアシルグリセロールに代謝され、さらにDAGが[[ジアシルグリセロールリパーゼ]](diacylglycerol lipase; DGL)により代謝されて生ずると考えられている<ref name=DiMarzo2015><pubmed>25524120</pubmed></ref><ref name=Wang2009><pubmed>19126434</pubmed></ref><ref name=Blankman2013><pubmed>23512546</pubmed></ref><ref name=Piomelli2014><pubmed>23954677</pubmed></ref> 。
 近年、脳、肝臓、肺では、LPSの全身性投与による遊離アラキドン酸の上昇はcPLA2α欠損マウスでも大きな影響を受けず、[[モノアシルグリセロールリパーゼ]](monoacylglycerol lipase; MGL)の遺伝子欠損マウスや阻害薬投与により消失することも示された<ref name=Nomura2011><pubmed>22021672</pubmed></ref> 。この結果は、これらの臓器では主にエンドカナビノイドの一種である2-AGがMGLにより代謝されて遊離アラキドン酸を生ずることを示唆する。
 
 2-AGはシナプス活動に伴う細胞内のCa<sup>2+</sup>濃度上昇によりシナプス後部で産生され、[[シナプス前部]]の[[カンナビノイド受容体]][[CB1]]に作用して、逆行性にシナプス伝達を抑制する<ref name=Kano2014><pubmed>25169670</pubmed></ref> 。2-AGは、主にsn-2位にアラキドン酸を含むホスファチジルイノシトール(phosphatidylinositol)が[[ホスホリパーゼC]](phospholipase C; PLC)によりジアシルグリセロールに代謝され、さらにDAGが[[ジアシルグリセロールリパーゼ]](diacylglycerol lipase; DGL)により代謝されて生ずると考えられている<ref name=DiMarzo2015><pubmed>25524120</pubmed></ref><ref name=Wang2009><pubmed>19126434</pubmed></ref><ref name=Blankman2013><pubmed>23512546</pubmed></ref><ref name=Piomelli2014><pubmed>23954677</pubmed></ref>('''図3''')


 遊離アラキドン酸はもう一つのエンドカンナビノイドであるアナンダマイド(anandamide; arachidonoylethanolamide)からも産生される。アナンダマイドは、主にsn-2位にアラキドン酸を含む[[ホスファチジルエタノラミン]]が[[N-アシルトランスフェラーゼ]]により[[N-アラキドノイルホスファチジルエタノラミン]](N-arachidonoyl phosphatidylethanolamine)に代謝され、さらに[[ホスホリパーゼD]](phospholipase D)により代謝されて生ずると考えられている。アナンダマイドは[[脂肪酸アミド加水分解酵素]](fatty acid amide hydrolase; FAAH)によって代謝されて遊離アラキドン酸を生ずる<ref name=DiMarzo2015><pubmed>25524120</pubmed></ref><ref name=Wang2009><pubmed>19126434</pubmed></ref><ref name=Blankman2013><pubmed>23512546</pubmed></ref><ref name=Piomelli2014><pubmed>23954677</pubmed></ref> 。
 遊離アラキドン酸はもう一つのエンドカンナビノイドであるアナンダマイド(anandamide; arachidonoylethanolamide)からも産生される。アナンダマイドは、主にsn-2位にアラキドン酸を含む[[ホスファチジルエタノラミン]]が[[N-アシルトランスフェラーゼ]]により[[N-アラキドノイルホスファチジルエタノラミン]](N-arachidonoyl phosphatidylethanolamine)に代謝され、さらに[[ホスホリパーゼD]](phospholipase D)により代謝されて生ずると考えられている。アナンダマイドは[[脂肪酸アミド加水分解酵素]](fatty acid amide hydrolase; FAAH)によって代謝されて遊離アラキドン酸を生ずる<ref name=DiMarzo2015><pubmed>25524120</pubmed></ref><ref name=Wang2009><pubmed>19126434</pubmed></ref><ref name=Blankman2013><pubmed>23512546</pubmed></ref><ref name=Piomelli2014><pubmed>23954677</pubmed></ref> 。


 ''エンドカンナビノイドの産生・作用については、エンドカナビノイドの項目参照。''
 ''エンドカンナビノイドの産生・作用については、[[エンドカナビノイド]]の項目参照。''
 
=== 遊離アラキドン酸の働き ===
 遊離アラキドン酸は、後述するアラキドン酸カスケードにより産生される生理活性脂質と変換されて機能を発揮する。遊離アラキドン酸そのものも[[神経突起伸長]]<ref name=Darios2006><pubmed>16598260</pubmed></ref> 、[[シナプス可塑性]]<ref name=Williams1989><pubmed> 2571939 </pubmed></ref><ref name=Bolshakov1995><pubmed>8606806</pubmed></ref> 、細胞内Ca<sup>2+</sup>濃度上昇<ref name=Mignen2008><pubmed>17991693</pubmed></ref> 、多様な[[イオンチャネル]]の活性調節<ref name=Meves2008><pubmed>18552881</pubmed></ref> に関わることが示唆されてきたが、いずれも外来性のアラキドン酸の効果を調べた実験に留まっている。アラキドン酸カスケードの関与も検討しておらず、観察された作用がアラキドン酸によるものか、あるいは、その生理活性代謝物によるものかは定かではない。
 
 [[統合失調症]]など精神疾患患者の血液における遊離アラキドン酸の濃度の異常も報告されているが、病態との関連は不明である<ref name=McNamara2007><pubmed>17236749</pubmed></ref><ref name=Sethom2010><pubmed>20667702</pubmed></ref><ref name=Kim2011><pubmed>20038946</pubmed></ref> 。


== アラキドン酸カスケード ==
== アラキドン酸カスケード ==
 細胞膜から遊離したアラキドン酸は、[[シクロオキシゲナーゼ]](cyclooxygenase; COX)、[[リポキシゲナーゼ]](lipoxygenase; LOX)、[[シトクロムP-450|シトクロム(cytochrome)P-450]]ファミリーに属する[[エポキシゲナーゼ]](epoxygenase; EOX)のいずれかを[[律速酵素]]とする三つの経路により代謝され、特異的な作用を持った生理活性脂質を生ずる<ref name=Bosetti2007><pubmed>17403135</pubmed></ref><ref name=Samuelsson2012><pubmed>22318727</pubmed></ref><ref name=Vane1998><pubmed>9597150</pubmed></ref><ref name=Narumiya2007><pubmed>24367153</pubmed></ref><ref name=Funk2001><pubmed>11729303</pubmed></ref><ref name=Furuyashiki2011><pubmed>21116297</pubmed></ref> 。これらの生理活性脂質はアラキドン酸由来の20個の炭素鎖を持つことから、ギリシャ語で20を意味するeicosaにちなんで、[[エイコサノイド]](eicosanoid)と呼ばれる<ref name=Funk2001><pubmed>11729303</pubmed></ref> 。
 細胞膜から遊離したアラキドン酸は、[[シクロオキシゲナーゼ]](cyclooxygenase; COX)、[[リポキシゲナーゼ]](lipoxygenase; LOX)、[[シトクロムP-450|シトクロム(cytochrome)P-450]]ファミリーに属する[[エポキシゲナーゼ]](epoxygenase; EOX)のいずれかを[[律速酵素]]とする三つの経路により代謝され、特異的な作用を持った生理活性脂質を生ずる<ref name=Bosetti2007><pubmed>17403135</pubmed></ref><ref name=Samuelsson2012><pubmed>22318727</pubmed></ref><ref name=Vane1998><pubmed>9597150</pubmed></ref><ref name=Narumiya2007><pubmed>24367153</pubmed></ref><ref name=Funk2001><pubmed>11729303</pubmed></ref><ref name=Furuyashiki2011><pubmed>21116297</pubmed></ref> 。これらの生理活性脂質はアラキドン酸由来の20個の炭素鎖を持つことから、ギリシャ語で20を意味するeicosaにちなんで、[[エイコサノイド]](eicosanoid)と呼ばれる<ref name=Funk2001><pubmed>11729303</pubmed></ref> 。


=== シクロオキシゲナーゼ(COX)経路 ===
=== シクロオキシゲナーゼ経路 ===
 COX経路では、遊離アラキドン酸はCOXにより[[プロスタグランジンG2|プロスタグランジン(prostaglandin; PG)G2]]、さらに[[プロスタグランジンH2|PGH2]]に変換される<ref name=Bosetti2007><pubmed>17403135</pubmed></ref><ref name=Samuelsson2012><pubmed>22318727</pubmed></ref><ref name=Vane1998><pubmed>9597150</pubmed></ref><ref name=Narumiya2007><pubmed>24367153</pubmed></ref><ref name=Funk2001><pubmed>11729303</pubmed></ref><ref name=Furuyashiki2011><pubmed>21116297</pubmed></ref> 。PGH2は[[PGD合成酵素]]、[[PGE合成酵素]]、[[PGF合成酵素]]、[[PGI合成酵素]]、[[トロンボキサンA合成酵素]]を介して[[プロスタグランジンD2|PGD2]]、[[プロスタグランジンE2|PGE2]]、[[プロスタグランジンF2α|PGF2α]]、[[プロスタグランジンI2|PGI2]]、[[トロンボキサンA2]]といった[[プロスタノイド]]に変換され、それぞれ[[DP受容体|DP]]、[[EP受容体|EP]]、[[FP受容体|FP]]、[[IP受容体|IP]]、[[TP受容体|TP]]と呼ばれる選択的なGタンパク質共役型受容体に結合して作用を発揮する。
 シクロオキシゲナーゼ(COX)経路では、遊離アラキドン酸はCOXにより[[プロスタグランジンG2|プロスタグランジン(prostaglandin; PG)G2]]、さらに[[プロスタグランジンH2|PGH2]]に変換される<ref name=Bosetti2007><pubmed>17403135</pubmed></ref><ref name=Samuelsson2012><pubmed>22318727</pubmed></ref><ref name=Vane1998><pubmed>9597150</pubmed></ref><ref name=Narumiya2007><pubmed>24367153</pubmed></ref><ref name=Funk2001><pubmed>11729303</pubmed></ref><ref name=Furuyashiki2011><pubmed>21116297</pubmed></ref> 。PGH2は[[PGD合成酵素]]、[[PGE合成酵素]]、[[PGF合成酵素]]、[[PGI合成酵素]]、[[トロンボキサンA合成酵素]]を介して[[プロスタグランジンD2|PGD2]]、[[プロスタグランジンE2|PGE2]]、[[プロスタグランジンF2α|PGF2α]]、[[プロスタグランジンI2|PGI2]]、[[トロンボキサンA2]]といった[[プロスタノイド]]に変換され、それぞれ[[DP受容体|DP]]、[[EP受容体|EP]]、[[FP受容体|FP]]、[[IP受容体|IP]]、[[TP受容体|TP]]と呼ばれる選択的なGタンパク質共役型受容体に結合して作用を発揮する。


 プロスタノイドは、[[循環器]]・[[消化器]]・[[骨]]の[[恒常性]]維持、[[生殖器]]の機能、[[局所炎症]]に伴う[[血管透過性]]亢進、[[細胞性免疫]]応答など全身の様々な機能を担う。特に脳との関連では、摂食、睡眠・覚醒、脳血流など生理的な脳機能の他、疾病時の発熱や内分泌応答、疼痛、てんかん、脳虚血、ストレス、神経・精神疾患など様々な病態に関わる<ref name=Narumiya2007><pubmed>24367153</pubmed></ref><ref name=Furuyashiki2011><pubmed>21116297</pubmed></ref> 。
 プロスタノイドは、[[循環器]]・[[消化器]]・[[骨]]の[[恒常性]]維持、[[生殖器]]の機能、[[局所炎症]]に伴う[[血管透過性]]亢進、[[細胞性免疫]]応答など全身の様々な機能を担う。特に脳との関連では、摂食、睡眠・覚醒、脳血流など生理的な脳機能の他、疾病時の発熱や内分泌応答、疼痛、てんかん、脳虚血、ストレス、神経・精神疾患など様々な病態に関わる<ref name=Narumiya2007><pubmed>24367153</pubmed></ref><ref name=Furuyashiki2011><pubmed>21116297</pubmed></ref> 。


 ''プロスタノイドの生合成や作用については、プロスタグランジンの項目参照。''
 ''プロスタノイドの生合成や作用については、[[プロスタグランジン]]の項目参照。''


=== リポキシゲナーゼ経路 ===
=== リポキシゲナーゼ経路 ===
168行目: 166行目:


 これらの研究は、神経活動に伴う脳血管制御へのEOX代謝物の関与を示唆するが、いずれも薬理学的な解析に留まっており、受容体同定を含めた作用機序の解明が不可欠である。
 これらの研究は、神経活動に伴う脳血管制御へのEOX代謝物の関与を示唆するが、いずれも薬理学的な解析に留まっており、受容体同定を含めた作用機序の解明が不可欠である。
== 遊離アラキドン酸の働きと脳機能・病態への関与 ==
 遊離アラキドン酸は主に、前述のアラキドン酸カスケードにより産生される生理活性脂質であるエイコサノイドに変換されて機能を発揮する。エイコサノイドと脳機能・病態との関連については「[[アラキドン酸#アラキドン酸カスケード|アラキドン酸カスケード]]」の各項目で述べた。しかし主に培養細胞の実験から遊離アラキドン酸がイオンチャネルの活性を直接制御することも示唆されている。
=== 遊離アラキドン酸のカリウムチャネルへの作用 ===
 [[アフリカツメガエル]]卵母細胞での強制発現系では、遊離アラキドン酸やその非代謝型類似体である5,8,11,14-eicosatetraynoic acid (ETYA)が[[電位依存性カリウムチャネル|電位依存性K<sup>+</sup>チャネル]]の[[Kv4]]ファミリーに属する[[Kv4.1]]、[[Kv4.2]]を選択的に抑制する<ref name=Villarroel1996><pubmed>8786428</pubmed></ref> 。
 ラット肺動脈筋細胞では、遊離アラキドン酸が[[遅延性整流性K+電流|遅延性整流性K<sup>+</sup>電流]]の減衰を促進する<ref name=Smirnov1996><pubmed>8925564</pubmed></ref> 。
 ラット心房細胞では、遊離アラキドン酸を含むいくつかの不飽和脂肪酸が[[Gタンパク質活性化K+チャネル|Gタンパク質活性化K<sup>+</sup>チャネル]]の[[ATP]]による増強作用を抑制する<ref name=Kim2000><pubmed>10694258</pubmed></ref> 。
 遊離アラキドン酸によるK<sup>+</sup>チャネルの抑制作用はCOX・LOX等の阻害薬により阻害されないことから、遊離アラキドン酸の直接作用である可能性が示唆される。
 COS細胞に強制発現した[[two-pore domain K+チャネル|two-pore domain K<sup>+</sup>チャネル]]である[[TWIK-related arachidonic acid-stimulated K+ channel|TWIK-related arachidonic acid-stimulated K<sup>+</sup> channel]] ([[TRAAK]])は遊離アラキドン酸を含むいくつかの不飽和脂肪酸により活性化されることも示されているが、遊離アラキドン酸の直接作用かは定かではない<ref name=Fink1998><pubmed>9628867</pubmed></ref> 。
=== その他のイオンチャネルへの作用 ===
 遊離アラキドン酸はK<sup>+</sup>チャネル以外のイオンチャネルにも作用することが報告されている。
 HEK-293細胞に過剰発現した[[骨格筋]]由来の[[電位依存性ナトリウムチャネル|電位依存性Na+チャネル]]は遊離アラキドン酸により抑制される<ref name=Bendahhou1997><pubmed>9124303</pubmed></ref> 。
 HEK-293細胞に過剰発現した[[T型カルシウムチャネル|T型Ca<sup>2+</sup>チャネル]]の電位依存性は遊離アラキドン酸により修飾される<ref name=Zhang2000><pubmed>10644598</pubmed></ref> 。この作用の一部はEOXの生理活性代謝物である8,9-epoxyeicosatrienoic acid (8,9-EET)を介するが、COX・LOX・EOXの阻害薬で阻害されない作用もあることから、遊離アラキドン酸の直接作用の可能性もある。
 また、HEK-293などの培養細胞では、遊離アラキドン酸が細胞外からのCa<sup>2+</sup>流入を誘導することが知られる。この作用には[[ストア作動性カルシウム流入|ストア作動性Ca<sup>2+</sup>流入]]に関わる[[STIM]]や[[Orai1]]/[[Orai3|3]]が関与するが、ストア作動性Ca<sup>2+</sup>流入とはメカニズムが異なることが示唆されている<ref name=Mignen2008><pubmed>17991693</pubmed></ref> 。しかしこの作用が遊離アラキドン酸の直接作用によるものかは不明である。
=== 遊離アラキドン酸の脳機能・病態への関与 ===
 遊離アラキドン酸は神経(様)細胞における突起伸展、イオンチャネル制御、シナプス可塑性に関与することが報告されてきた。
 例えば、遊離アラキドン酸は[[syntaxin 3]]を介した[[SNARE複合体]]の形成、さらにsyntaxin 3依存的な[[PC12細胞]]の突起伸展を促進する<ref name=Darios2006><pubmed>16598260</pubmed></ref> 。ラットの[[交感神経]][[節後神経細胞]]では[[ムスカリン受容体]]作動薬[[Oxo-M]]が[[N型カルシウムチャネル|N型Ca<sup>2+</sup>チャネル]]の電位依存性を変化させる。この作用はPLA2阻害薬により阻害され、遊離アラキドン酸により模倣される<ref name=Liu2003><pubmed>12496347</pubmed></ref> 。
 海馬の神経細胞では遊離アラキドン酸やその非代謝型類似体ETYAが電位依存性K<sup>+</sup>チャネルを抑制し、興奮性シナプス入力を増強する<ref name=Keros1997><pubmed>9133373</pubmed></ref> 。
 また、海馬の[[シナプス長期増強]]<ref name=Williams1989><pubmed>2571939</pubmed></ref> やシナプス長期抑圧<ref name=Bolshakov1995><pubmed>8606806</pubmed></ref> は遊離アラキドン酸により促進され、特にシナプス長期抑圧はPLA2阻害薬である[[4-bromophenacyl bromide]]により抑制される。
 しかし神経(様)細胞での遊離アラキドン酸の作用の多くはアラキドン酸カスケードの関与を検証しておらず、遊離アラキドン酸の直接作用であるかは定かではない。実際、海馬の初代培養神経細胞ではシナプス後部で産生されるPGE2がEP2を介してシナプス伝達を促進する<ref name=Sang2005><pubmed>16251433</pubmed></ref> 。またEP2欠損マウスでは海馬のSchaffer側枝-CA1シナプスにおけるシナプス長期抑圧が減弱する<ref name=Savonenko2009><pubmed>19416671</pubmed></ref> 。
 従って、遊離アラキドン酸はPGE2の産生を介して海馬のシナプス機能を調節する可能性も考えられる。
 また脳病態との関連では、[[統合失調症]]など精神疾患患者の血液における遊離アラキドン酸の濃度の異常も報告されているが、病態との因果関係は不明である<ref name=McNamara2007><pubmed>17236749</pubmed></ref><ref name=Sethom2010><pubmed>20667702</pubmed></ref><ref name=Kim2011><pubmed>20038946</pubmed></ref>  。
==関連項目==
* [[エンドカナビノイド]]
* [[プロスタグランジン]]
* [[逆行性伝達物質]]


== 参考文献 ==
== 参考文献 ==
<references />
<references />

案内メニュー