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英:ion channel 独: Ionenkanal 仏: canal ionique  
英:ion channel 独: Ionenkanal 仏: canal ionique  


 イオンチャネルとは、[[形質膜]]あるいは[[内膜]]系に存在する、[[wikipedia:ja:|イオン]]を透過させる役割を持つ[[膜タンパク質]]である。[[生体膜]]を構成する脂質二重膜はイオンをほとんど透過しないため、イオンを膜の内外に透過させるために生体機能に必須のタンパク質であり、[[wikipedia:ja:|バクテリア]]から高等動物まで、あらゆる細胞に発現している。イオン透過路に存在する[[イオン選択性フィルター]]により、通ることのできるイオンの種類、あるいは大きさが決まっている。したがって[[カリウムチャネル]]など、透過するイオンの種類によって分類することが可能である。また[[ゲート]]によっても分類が可能で、膜電位に依存して開閉する[[電位依存性チャネル]]や、リガンドが結合することによって開く[[リガンド依存性イオンチャネル]]([[イオンチャネル型受容体]])、[[機械刺激受容チャネル]]などが存在する。神経回路の活動、[[筋収縮]]、[[感覚]]など、イオンが関わるあらゆる生理機能に深く関与している。
 イオンチャネルとは、[[形質膜]]あるいは[[内膜]]系に存在する、[[wikipedia:ja:イオン|イオン]]を透過させる役割を持つ[[膜タンパク質]]である。[[生体膜]]を構成する脂質二重膜はイオンをほとんど透過しないため、イオンを膜の内外に透過させるために生体機能に必須のタンパク質であり、[[wikipedia:ja:バクテリア|バクテリア]]から高等動物まで、あらゆる細胞に発現している。イオン透過路に存在する[[イオン選択性フィルター]]により、通ることのできるイオンの種類、あるいは大きさが決まっている。したがって[[カリウムチャネル]]など、透過するイオンの種類によって分類することが可能である。また[[ゲート]]によっても分類が可能で、膜電位に依存して開閉する[[電位依存性チャネル]]や、リガンドが結合することによって開く[[リガンド依存性イオンチャネル]]([[イオンチャネル型受容体]])、[[機械刺激受容チャネル]]などが存在する。神経回路の活動、[[筋収縮]]、[[感覚]]など、イオンが関わるあらゆる生理機能に深く関与している。


==イオンチャネルとは==
==イオンチャネルとは==
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==イオンチャネル研究の歴史==
==イオンチャネル研究の歴史==
 1950年代に発表された[[wikipedia:ja:|Hodgkin]]と[[wikipedia:ja:|Huxley]](1963年[[wikipedia:ja:|ノーベル医学生理学賞]])による一連の[[wikipedia:ja:|イカ]]の[[巨大軸索]]を使った実験により、活動電位が起こる際に細胞膜のナトリウムイオン透過性が高まり、活動電位が静まる際にはカリウムイオン透過性が高まることが明らかにされた。これによりゲート、イオン選択性を有するイオンチャネルの存在が示唆された。1970年代になり、[[Neher]]と[[Sakmann]](1991年ノーベル医学生理学賞)によって開発された[[パッチクランプ]]法により、単一イオンチャネルの電流が初めて計測され、ガラス電極内に単離できる実体としてのイオンチャネルの存在が証明された。
 1950年代に発表された[[wikipedia:Hodgkin|Hodgkin]]と[[wikipedia:Huxley|Huxley]](1963年[[wikipedia:ja:ノーベル医学生理学賞|ノーベル医学生理学賞]])による一連の[[wikipedia:ja:イカ|イカ]]の[[巨大軸索]]を使った実験により、活動電位が起こる際に細胞膜のナトリウムイオン透過性が高まり、活動電位が静まる際にはカリウムイオン透過性が高まることが明らかにされた。これによりゲート、イオン選択性を有するイオンチャネルの存在が示唆された。1970年代になり、[[Neher]]と[[Sakmann]](1991年ノーベル医学生理学賞)によって開発された[[パッチクランプ]]法により、単一イオンチャネルの電流が初めて計測され、ガラス電極内に単離できる実体としてのイオンチャネルの存在が証明された。


 1980年代に入り遺伝子クローニングの時代に入ると、沼、野田らによる[[ニコチン性アセチルコリン受容体]]や[[電位依存性ナトリウムチャネル]]の[[wikipedia:ja:|cDNA]]クローニング、Janらによる[[電位依存性カリウムチャネル]]のcDNAクローニングを皮切りにつぎつぎとイオンチャネルのcDNAがクローニングされていった。1988年、豊島とUnwinが[[wikipedia:ja:|電子線結晶構造解析]]で[[wikipedia:ja:|シビレエイ]]のニコチン性アセチルコリン受容体の構造を明らかにしたのが、イオンチャネルの立体構造研究のはしりである<ref><pubmed>2461515</pubmed></ref>。1998年には[[wikipedia:ja:|MacKinnon]](2003年[[wikipedia:ja:|ノーベル化学賞]])らにより、はじめてのイオンチャネルの[[wikipedia:ja:|X線結晶構造解析]]として、[[wikipedia:ja:|原核生物]]由来のカリウムチャネルである[[KcsAチャネル]]の構造が明らかにされた<ref><pubmed>9525859</pubmed></ref>。現在までに明らかにされたイオンチャネルの結晶構造の多くは比較的分子量の小さいカリウムチャネルが中心であるが、ゲーティングやイオン透過機構など各種イオンチャネルに普遍的な機構が次々に明らかになりつつある。
 1980年代に入り遺伝子クローニングの時代に入ると、沼、野田らによる[[ニコチン性アセチルコリン受容体]]や[[電位依存性ナトリウムチャネル]]の[[wikipedia:ja:cDNA|cDNA]]クローニング、Janらによる[[電位依存性カリウムチャネル]]のcDNAクローニングを皮切りにつぎつぎとイオンチャネルのcDNAがクローニングされていった。1988年、豊島とUnwinが[[wikipedia:ja:電子線結晶構造解析|電子線結晶構造解析]]で[[wikipedia:ja:シビレエイ|シビレエイ]]のニコチン性アセチルコリン受容体の構造を明らかにしたのが、イオンチャネルの立体構造研究のはしりである<ref><pubmed>2461515</pubmed></ref>。1998年には[[wikipedia:MacKinnon|MacKinnon]](2003年[[wikipedia:ja:ノーベル化学賞|ノーベル化学賞]])らにより、はじめてのイオンチャネルの[[wikipedia:ja:X線結晶構造解析|X線結晶構造解析]]として、[[wikipedia:ja:原核生物|原核生物]]由来のカリウムチャネルである[[KcsAチャネル]]の構造が明らかにされた<ref><pubmed>9525859</pubmed></ref>。現在までに明らかにされたイオンチャネルの結晶構造の多くは比較的分子量の小さいカリウムチャネルが中心であるが、ゲーティングやイオン透過機構など各種イオンチャネルに普遍的な機構が次々に明らかになりつつある。


==イオンチャネルの構造とファミリー==
==イオンチャネルの構造とファミリー==
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[[Image:Kchannel.jpg|300px|thumb|right|'''図2. 電位依存性カリウムチャネルαサブユニットの構造'''<br>これが4つ集まって図1のような立体構造をとる。]]
[[Image:Kchannel.jpg|300px|thumb|right|'''図2. 電位依存性カリウムチャネルαサブユニットの構造'''<br>これが4つ集まって図1のような立体構造をとる。]]


 電位依存性カリウムチャネルは6回膜貫通型の膜タンパク質である(図2)。四つの&alpha;サブユニットが集まって一つのイオンチャネルが構成される。六つの膜貫通セグメント(S1~S6)のうち最初の四つ(S1~S4)は[[膜電位センサー]]ドメインと呼ばれ、細胞膜内外の電位差を感じるセンサーとして機能する。特にS4セグメントには正電荷を持つアミノ酸(主に[[wikipedia:ja:|アルギニン]])が3アミノ酸おきに配置されており、この正電荷のクラスターが膜電位センサーとしての中心的な役割を果たしている。残りの二つのセグメント(S5~S6)はポアドメインと呼ばれ、四つのサブユニットが集まってイオン透過路を構成する。S5-S6の間のループは特にPループと呼ばれ、イオン選択性フィルターとしてカリウムイオンを選択的に透過させる機能を持っている。またS6セグメントは開閉のゲートとして働いていると考えられている。膜電位が脱分極すると、それを感知したS4セグメントが細胞外側に向かってスライドするような構造変化を起こす。その変化がS4-S5リンカーを通じてポアドメインに伝わり、S6セグメントのゲートが開くと考えられている。
 電位依存性カリウムチャネルは6回膜貫通型の膜タンパク質である(図2)。四つの&alpha;サブユニットが集まって一つのイオンチャネルが構成される。六つの膜貫通セグメント(S1~S6)のうち最初の四つ(S1~S4)は[[膜電位センサー]]ドメインと呼ばれ、細胞膜内外の電位差を感じるセンサーとして機能する。特にS4セグメントには正電荷を持つアミノ酸(主に[[wikipedia:ja:アルギニン|アルギニン]])が3アミノ酸おきに配置されており、この正電荷のクラスターが膜電位センサーとしての中心的な役割を果たしている。残りの二つのセグメント(S5~S6)はポアドメインと呼ばれ、四つのサブユニットが集まってイオン透過路を構成する。S5-S6の間のループは特にPループと呼ばれ、イオン選択性フィルターとしてカリウムイオンを選択的に透過させる機能を持っている。またS6セグメントは開閉のゲートとして働いていると考えられている。膜電位が脱分極すると、それを感知したS4セグメントが細胞外側に向かってスライドするような構造変化を起こす。その変化がS4-S5リンカーを通じてポアドメインに伝わり、S6セグメントのゲートが開くと考えられている。


 分子としては40種類程度の遺伝子が存在し、イオンチャネルの中でも最も大きなファミリーの一つである。Hodgkin-Huxleyの時代からもっともよく研究されているイオンチャネルファミリーの一つであり、結晶構造もすでに明らかにされている。機能を調節するための修飾サブユニット(&beta;サブユニット)がいくつか知られている。
 分子としては40種類程度の遺伝子が存在し、イオンチャネルの中でも最も大きなファミリーの一つである。Hodgkin-Huxleyの時代からもっともよく研究されているイオンチャネルファミリーの一つであり、結晶構造もすでに明らかにされている。機能を調節するための修飾サブユニット(&beta;サブユニット)がいくつか知られている。
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====TRPチャネル====
====TRPチャネル====
 TRP(transient receptor potential)チャネルは6回膜貫通型の四量体チャネルである。ナトリウム、カリウム、カルシウムを透過する非選択的陽イオンチャネルである。膜電位センサー様の構造を持つが、膜電位感受性は弱いか、または失われている。28種類ものTRP遺伝子が存在し、それぞれ細胞内外の様々なシグナル、リガンドで活性化される。いくつかは強い温度感受性を有し、[[wikipedia:ja:|トウガラシ]]の成分カプサイシンでも活性化される高温感受性の[[TRPV1]]や、[[wikipedia:ja:|メントール]]や低温で活性化される[[TRPM8]]が有名である。
 TRP(transient receptor potential)チャネルは6回膜貫通型の四量体チャネルである。ナトリウム、カリウム、カルシウムを透過する非選択的陽イオンチャネルである。膜電位センサー様の構造を持つが、膜電位感受性は弱いか、または失われている。28種類ものTRP遺伝子が存在し、それぞれ細胞内外の様々なシグナル、リガンドで活性化される。いくつかは強い温度感受性を有し、[[wikipedia:ja:トウガラシ|トウガラシ]]の成分カプサイシンでも活性化される高温感受性の[[TRPV1]]や、[[wikipedia:ja:メントール|メントール]]や低温で活性化される[[TRPM8]]が有名である。


====電位依存性プロトンチャネル====
====電位依存性プロトンチャネル====
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===内向き整流性カリウムチャネル (2回膜貫通型)===
===内向き整流性カリウムチャネル (2回膜貫通型)===
 内向き[[整流性]]カリウムチャネルは2回膜貫通型のポアドメインのみからなるイオンチャネルで、4つの&alpha;サブユニットで構成される四量体イオンチャネルである(図3)。イオンチャネルとして初めて構造が明らかになったKcsAチャネルも2回膜貫通型のカリウムチャネルである。ファミリーには古典的な内向き整流性チャネルであるKir1, 2, 4, 5, 7と、[[GTP結合蛋白]]で活性化されるGIRK (Kir3)、ATP感受性カリウムチャネルを構成するKir6に大別される。[[静止膜電位]]の維持など、神経細胞や心筋などで重要な役割を果たしている。Kir6は膵臓&beta;細胞で[[SUR]]と複合体を構成し、細胞内[[wikipedia:ja:|ATP]]センサーとして[[wikipedia:ja:|インシュリン]]の放出に重要である。Kir2をはじめとする内向き整流性カリウムチャネルは、膜電位センサーに相当するドメインを有していないが、細胞内の[[wikipedia:ja:|Mg<sup>2+</sup>]]や[[wikipedia:ja:|スペルミン]]などのポリアミンによって、細胞の内側から膜電位依存的にブロックされる。この機構により過分極時にはカリウムイオンを細胞外から細胞内に向けて流すが、脱分極時にはこれらのブロックにより細胞外へのカリウムイオンの流出を抑える。結果的に細胞の内側にカリウムイオンが流れやすい“内向き整流性”の性質を持つことになる。GIRK1(Kir3.1)とKir2.2の結晶構造がこれまでに明らかになっている<ref><pubmed>12507423</pubmed></ref><ref><pubmed>20019282</pubmed></ref><ref><pubmed>21874019</pubmed></ref>。
 内向き[[整流性]]カリウムチャネルは2回膜貫通型のポアドメインのみからなるイオンチャネルで、4つの&alpha;サブユニットで構成される四量体イオンチャネルである(図3)。イオンチャネルとして初めて構造が明らかになったKcsAチャネルも2回膜貫通型のカリウムチャネルである。ファミリーには古典的な内向き整流性チャネルであるKir1, 2, 4, 5, 7と、[[GTP結合蛋白]]で活性化されるGIRK (Kir3)、ATP感受性カリウムチャネルを構成するKir6に大別される。[[静止膜電位]]の維持など、神経細胞や心筋などで重要な役割を果たしている。Kir6は膵臓&beta;細胞で[[SUR]]と複合体を構成し、細胞内[[wikipedia:ja:ATP|ATP]]センサーとして[[wikipedia:ja:インシュリン|インシュリン]]の放出に重要である。Kir2をはじめとする内向き整流性カリウムチャネルは、膜電位センサーに相当するドメインを有していないが、細胞内の[[wikipedia:ja:Mg<sup>2+</sup>|Mg<sup>2+</sup>]]や[[wikipedia:ja:スペルミン|スペルミン]]などのポリアミンによって、細胞の内側から膜電位依存的にブロックされる。この機構により過分極時にはカリウムイオンを細胞外から細胞内に向けて流すが、脱分極時にはこれらのブロックにより細胞外へのカリウムイオンの流出を抑える。結果的に細胞の内側にカリウムイオンが流れやすい“内向き整流性”の性質を持つことになる。GIRK1(Kir3.1)とKir2.2の結晶構造がこれまでに明らかになっている<ref><pubmed>12507423</pubmed></ref><ref><pubmed>20019282</pubmed></ref><ref><pubmed>21874019</pubmed></ref>。


===Two poreチャネル(4回膜貫通型)===
===Two poreチャネル(4回膜貫通型)===
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===塩素チャネル===
===塩素チャネル===
 ClCチャネルはクロライドイオンを通すイオンチャネルで、二量体のイオンチャネルだが、それぞれのサブユニットにイオン透過路があるので、1つのイオンチャネルに2つのポアが存在することになる。[[CFTRチャネル]]は[[cAMP]]を[[wikipedia:ja:|加水分解]]することで作動する[[塩素チャネル]]で、[[wikipedia:ja:|嚢胞性線維症]]の原因遺伝子として有名である。構造上は[[ABCトランスポーター]]に属する。
 ClCチャネルはクロライドイオンを通すイオンチャネルで、二量体のイオンチャネルだが、それぞれのサブユニットにイオン透過路があるので、1つのイオンチャネルに2つのポアが存在することになる。[[CFTRチャネル]]は[[cAMP]]を[[wikipedia:ja:加水分解|加水分解]]することで作動する[[塩素チャネル]]で、[[wikipedia:ja:嚢胞性線維症|嚢胞性線維症]]の原因遺伝子として有名である。構造上は[[ABCトランスポーター]]に属する。


===リガンド依存性チャネル===
===リガンド依存性チャネル===