「イオン選択性フィルター」の版間の差分

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<font size="+1">[http://researchmap.jp/read0132108 中條 浩一]、[http://researchmap.jp/yoshihirokubo 久保 義弘]</font><br>
''自然科学研究機構 生理学研究所''<br>
DOI:<selfdoi /> 原稿受付日:2012年6月5日 原稿完成日:2013年8月12日<br>
担当編集委員:[http://researchmap.jp/2rikenbsi 林 康紀](独立行政法人理化学研究所 脳科学総合研究センター)<br>
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英:selectivity filter 独: Selektivitätsfilter 仏: filtre sélectif
英:selectivity filter 独: Selektivitätsfilter 仏: filtre sélectif


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 イオン選択性フィルターとは、[[イオンチャネル]]に備わっている特定の[[wikipedia:ja:イオン|イオン]]種のみを透過するフィルター機能や構造のことである。基本的にはイオン透過路のもっとも狭い部分が選択性フィルターに相当する。その透過路(ポア)の径の物理的大きさで規定される他、ポア周辺の電荷をもつアミノ酸の配置などに影響されて機能が決まる。多くの[[カリウムチャネル]]は非常に高い[[wikipedia:ja:カリウム|カリウム]]イオン選択性を有する。しかしカリウムチャネルがどのような仕組みでより小さい[[wikipedia:ja:ナトリウム|ナトリウム]]イオンはあまり透過させず、カリウムイオンを効率よく通すのかについては、長い間議論されてきた。このイオン選択性の精妙な仕組みが近年の結晶構造解析から急速に明らかになりつつある。
 イオン選択性フィルターとは、[[イオンチャネル]]に備わっている特定の[[wikipedia:ja:イオン|イオン]]種のみを透過するフィルター機能や構造のことである。基本的にはイオン透過路のもっとも狭い部分が選択性フィルターに相当する。その透過路(ポア)の径の物理的大きさで規定される他、ポア周辺の電荷をもつアミノ酸の配置などに影響されて機能が決まる。多くの[[カリウムチャネル]]は非常に高い[[wikipedia:ja:カリウム|カリウム]]イオン選択性を有する。しかしカリウムチャネルがどのような仕組みでより小さい[[wikipedia:ja:ナトリウム|ナトリウム]]イオンはあまり透過させず、カリウムイオンを効率よく通すのかについては、長い間議論されてきた。このイオン選択性の精妙な仕組みが近年の結晶構造解析から急速に明らかになりつつある。
 
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==イオン選択性フィルターとは==
==イオン選択性フィルターとは==
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 カリウムチャネルの選択性フィルターはカリウムイオンを選択的に透過させる。ヒトにはカリウムチャネルだけでも数十種類もの遺伝子が存在するが、そのほとんどすべてがポアドメインに特徴的なモチーフ”TXGYG”(スレオニン-疎水性アミノ酸-グリシン-チロシン-グリシン)”を持つ。この部位がイオン選択性を決める役割を果たしていると考えられている。カリウムチャネルは四量体であるため、4つのサブユニットのポアドメインから一つのイオン透過路が構成される。
 カリウムチャネルの選択性フィルターはカリウムイオンを選択的に透過させる。ヒトにはカリウムチャネルだけでも数十種類もの遺伝子が存在するが、そのほとんどすべてがポアドメインに特徴的なモチーフ”TXGYG”(スレオニン-疎水性アミノ酸-グリシン-チロシン-グリシン)”を持つ。この部位がイオン選択性を決める役割を果たしていると考えられている。カリウムチャネルは四量体であるため、4つのサブユニットのポアドメインから一つのイオン透過路が構成される。


 1998年の[[wikipedia:MacKinnon|MacKinnon]]らによるKcsAチャネルの結晶構造の発表と、その後の種々のカリウムチャネルの結晶構造解析により、カリウムチャネルの透過性と選択性フィルター機能の構造的基盤の理解は近年飛躍的に進んでいる<ref><pubmed>9525859</pubmed></ref><ref><pubmed>11689935</pubmed></ref>。TXGYGのそれぞれのアミノ酸のバックボーンの[[wikipedia:ja:カルボニル基|カルボニル基]]の[[wikipedia:ja:酸素|酸素]]原子がイオンチャネルの中心に向いており、イオン透過路を形成する(図1)。カルボニル基の酸素原子は電気的に負に帯電しているため、正の電荷をもつカリウムイオンをひきつけやすくなっている。通常カリウムイオンは静電的に引き寄せられた水分子をまとっている(水和)。しかしカリウムチャネルのイオン透過路は狭いため、水分子を脱いでカリウムイオン単体にならなければ通ることができない。複数のカルボニル基の酸素原子がこれら水和水分子の代わりにぴったりとカリウムイオンに結合し、カリウムイオンにとってエネルギー的に安定な環境を提供していると考えられている。これによりカリウムイオンは、ほぼ自由拡散しているのと同様の速度で流れることができる。
 1998年の[[wikipedia:Roderick MacKinnon|MacKinnon]]らによるKcsAチャネルの結晶構造の発表と、その後の種々のカリウムチャネルの結晶構造解析により、カリウムチャネルの透過性と選択性フィルター機能の構造的基盤の理解は近年飛躍的に進んでいる<ref><pubmed>9525859</pubmed></ref><ref><pubmed>11689935</pubmed></ref>。TXGYGのそれぞれのアミノ酸のバックボーンの[[wikipedia:ja:カルボニル基|カルボニル基]]の[[wikipedia:ja:酸素|酸素]]原子がイオンチャネルの中心に向いており、イオン透過路を形成する(図1)。カルボニル基の酸素原子は電気的に負に帯電しているため、正の電荷をもつカリウムイオンをひきつけやすくなっている。通常カリウムイオンは静電的に引き寄せられた水分子をまとっている(水和)。しかしカリウムチャネルのイオン透過路は狭いため、水分子を脱いでカリウムイオン単体にならなければ通ることができない。複数のカルボニル基の酸素原子がこれら水和水分子の代わりにぴったりとカリウムイオンに結合し、カリウムイオンにとってエネルギー的に安定な環境を提供していると考えられている。これによりカリウムイオンは、ほぼ自由拡散しているのと同様の速度で流れることができる。


 カリウムイオン(直径1.33 Å)より径が小さいナトリウムイオン(0.95 Å)は、イオン透過路ではカリウムイオンほどエネルギー的に安定していないと推測される。このことが、カリウムイオン選択性フィルターが、ナトリウムイオンよりもカリウムイオンをずっとよく透過することの理由だと考えられている。カリウムチャネルのイオン選択性フィルターには4つのカリウムイオン結合サイトが存在し、それぞれ細胞外側からS1~S4と名付けられている。カリウムイオン同士の電気的反発のために、通常すべてのサイトに同時にカリウムイオンが存在することはなく、空いているイオン結合サイトには水分子が入る(図1ではS1とS3にカリウムイオン(紫)が結合している。水分子は表示していない)。カリウムイオンと水分子は一列になって4つの結合サイトを移り替わりながら流れる。
 カリウムイオン(直径1.33 Å)より径が小さいナトリウムイオン(0.95 Å)は、イオン透過路ではカリウムイオンほどエネルギー的に安定していないと推測される。このことが、カリウムイオン選択性フィルターが、ナトリウムイオンよりもカリウムイオンをずっとよく透過することの理由だと考えられている。カリウムチャネルのイオン選択性フィルターには4つのカリウムイオン結合サイトが存在し、それぞれ細胞外側からS1~S4と名付けられている。カリウムイオン同士の電気的反発のために、通常すべてのサイトに同時にカリウムイオンが存在することはなく、空いているイオン結合サイトには水分子が入る(図1ではS1とS3にカリウムイオン(紫)が結合している。水分子は表示していない)。カリウムイオンと水分子は一列になって4つの結合サイトを移り替わりながら流れる。


 MacKinnonは、イオンチャネルの構造解析とそれに基づくイオン透過機構の解明を称えられ、[[水チャネル]]を発見した[[wikipedia:Agre|Agre]]とともに2003年の[[wikipedia:ja:ノーベル化学賞|ノーベル化学賞]]を受賞している。
 MacKinnonは、イオンチャネルの構造解析とそれに基づくイオン透過機構の解明を称えられ、[[水チャネル]]を発見した[[wikipedia:Peter Agre|Agre]]とともに2003年の[[wikipedia:ja:ノーベル化学賞|ノーベル化学賞]]を受賞している。


==ナトリウムチャネルとカルシウムチャネルの選択性フィルター==
==ナトリウムチャネルとカルシウムチャネルの選択性フィルター==
[[Image:NavAb top1.png|300px|thumb|right|'''図2.NavAbチャネルの選択性フィルター'''<br>E177の側鎖(シアン)が表示されている。]]
[[Image:NavAb top1.png|300px|thumb|right|'''図2.NavAbチャネルの選択性フィルター'''<br>E177の側鎖(シアン)が表示されている。]]


 哺乳類の電位依存性ナトリウムチャネル(Nav)と電位依存性カルシウムチャネル(Cav)は、選択性フィルター付近のアミノ酸配列が似ているため、似たようなフィルター構造を持っていると考えられる。電位依存性カリウムチャネル(Kv)が四量体であるのに対し、NavやCavはKvの4つのサブユニットが直列につながったような構造を持っている。したがって選択性フィルターもKvのような完全4回回転対称ではなく、ある程度非対称な構造であると考えられている。Cavのイオン選択性にはポアドメインに存在するグルタミン酸(E)が重要だと考えられているが、Navの相当する部位は、4つのドメインから[[wikipedia:ja:アスパラギン酸|アスパラギン酸]](D)、[[グルタミン酸]](E)、[[wikipedia:ja:リジン|リジン]](K)、[[wikipedia:ja:アラニン|アラニン]](A)とすべて異なるアミノ酸によって構成されている。ポアの大きさも5.5 x 5.5 ÅのCavに対し、Nav は3.1 x 5.1 Åと長方形のような形であると考えられている。
 [[wikipedia:ja:哺乳類|哺乳類]]の[[電位依存性ナトリウムチャネル]](Nav)と[[電位依存性カルシウムチャネル]](Cav)は、選択性フィルター付近のアミノ酸配列が似ているため、似たようなフィルター構造を持っていると考えられる。電位依存性カリウムチャネル(Kv)が四量体であるのに対し、NavやCavはKvの4つのサブユニットが直列につながったような構造を持っている。したがって選択性フィルターもKvのような完全4回回転対称ではなく、ある程度非対称な構造であると考えられている。Cavのイオン選択性にはポアドメインに存在するグルタミン酸(E)が重要だと考えられているが、Navの相当する部位は、4つのドメインから[[wikipedia:ja:アスパラギン酸|アスパラギン酸]](D)、[[グルタミン酸]](E)、[[wikipedia:ja:リジン|リジン]](K)、[[wikipedia:ja:アラニン|アラニン]](A)とすべて異なるアミノ酸によって構成されている。ポアの大きさも5.5 x 5.5 ÅのCavに対し、Nav は3.1 x 5.1 Åと長方形のような形であると考えられている。


 原核生物には、Kvと同様6回膜貫通型の四量体で機能する電位依存性ナトリウムチャネルが存在しており、その一種NavAbの結晶構造も明らかになっている<ref><pubmed>21743477</pubmed></ref>。NavAbは四量体であるがゆえ、完全な4回回転対称であるが、選択性フィルター付近はNavやCavと似た配列を有している。ナトリウム選択性チャネルでありながら4回回転対称であるがゆえに、選択性に重要なサイトは電位依存性カルシウムチャネルと同様すべてグルタミン酸(E177)で構成されている(図2)。イオン透過路の最も狭い領域はむしろカリウムチャネルよりも広く、ナトリウムイオンが透過する際は少なくとも部分的に水和したまま通ると考えられる。
 原核生物には、Kvと同様6回膜貫通型の四量体で機能する電位依存性ナトリウムチャネルが存在しており、その一種NavAbの結晶構造も明らかになっている<ref><pubmed>21743477</pubmed></ref>。NavAbは四量体であるがゆえ、完全な4回回転対称であるが、選択性フィルター付近はNavやCavと似た配列を有している。ナトリウム選択性チャネルでありながら4回回転対称であるがゆえに、選択性に重要なサイトは電位依存性カルシウムチャネルと同様すべてグルタミン酸(E177)で構成されている(図2)。イオン透過路の最も狭い領域はむしろカリウムチャネルよりも広く、ナトリウムイオンが透過する際は少なくとも部分的に水和したまま通ると考えられる。


 NaChBacという別の原核生物由来のナトリウムチャネルでは、このグルタミン酸の細胞外側にアスパラギン酸(D)を導入することで、このナトリウム選択性チャネルをカルシウム選択性チャネルに変えることができる。したがって、ポアの入り口の負電荷がナトリウムイオンとカルシウムイオンのどちらをよりよく透過するかを決めていると考えられる。
 NaChBacという別の[[wikipedia:ja:原核生物|原核生物]]由来のナトリウムチャネルでは、このグルタミン酸の細胞外側にアスパラギン酸(D)を導入することで、このナトリウム選択性チャネルをカルシウム選択性チャネルに変えることができる。したがって、ポアの入り口の負電荷がナトリウムイオンとカルシウムイオンのどちらをよりよく透過するかを決めていると考えられる。


==プロトンチャネルの選択性フィルター==
==プロトンチャネルの選択性フィルター==
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 GABA受容体も含めた多くの塩素チャネルは非選択的なアニオン(陰イオン)チャネルである。ClCとよばれる塩素チャネルは14回膜貫通型構造の2量体チャネルであるが、プロトンチャネルと同様それぞれのサブユニットにイオン透過路が存在する。ClCの選択性フィルターはいくつかの[[wikipedia:ja:&alpha;へリックス|&alpha;へリックス]]の末端が電気[[wikipedia:ja:双極子モーメント|双極子モーメント]]によって正の電荷を帯びており、塩素イオンが結合しやすい環境になっていると考えられる<ref><pubmed>11796999</pubmed></ref>。
 GABA受容体も含めた多くの塩素チャネルは非選択的なアニオン(陰イオン)チャネルである。ClCとよばれる塩素チャネルは14回膜貫通型構造の2量体チャネルであるが、プロトンチャネルと同様それぞれのサブユニットにイオン透過路が存在する。ClCの選択性フィルターはいくつかの[[wikipedia:ja:&alpha;へリックス|&alpha;へリックス]]の末端が電気[[wikipedia:ja:双極子モーメント|双極子モーメント]]によって正の電荷を帯びており、塩素イオンが結合しやすい環境になっていると考えられる<ref><pubmed>11796999</pubmed></ref>。


==関連項目==
==関連項目==
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<references />
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(執筆者:中條浩一、久保義弘 担当編集委員:尾藤晴彦)

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