イオン選択性フィルター

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英:selectivity filter、独: Selektivitätsfilter、仏: filtre sélectif

 イオン選択性フィルターとは、イオンチャネルに備わっている特定のイオン種のみを透過するフィルター機能や構造のことである。基本的にはイオン透過路のもっとも狭い部分が選択性フィルターに相当する。その透過路(ポア)の径の物理的大きさで規定される他、ポア周辺の電荷をもつアミノ酸の配置などに影響されて機能が決まる。多くのカリウムチャネルは非常に高いカリウムイオン選択性を有する。しかしカリウムチャネルがどのような仕組みでより小さいナトリウムイオンはあまり透過させず、カリウムイオンを効率よく通すのかについては、長い間議論されてきた。このイオン選択性の精妙な仕組みが近年の結晶構造解析から急速に明らかになりつつある。


イオン選択性フィルターとは

 イオンチャネルには特定のイオンを選択的に透過させる機能が備わっている。たとえばカリウムチャネルはほぼカリウムイオンのみを選択的に透過させることができる。この機能はイオンチャネルのイオン透過路に存在するイオン選択性フィルターによって担われている。

カリウムチャネルの選択性フィルター

 カリウムチャネルの選択性フィルターはカリウムイオンを選択的に透過させる。ヒトにはカリウムチャネルだけでも数十種類もの遺伝子が存在するが、そのほとんどすべてがポアドメインに特徴的なモチーフ”TXGYG”(スレオニン-疎水性アミノ酸-グリシン-チロシン-グリシン)”を持つ。この部位がイオン選択性を決める役割を果たしていると考えられている。カリウムチャネルは四量体であるため、4つのサブユニットのポアドメインから一つのイオン透過路が構成される。1998年のMacKinnonらによるKcsAチャネルの結晶構造の発表と、その後の種々のカリウムチャネルの結晶構造解析により、カリウムチャネルの透過性と選択性フィルター機能の構造的基盤の理解は近年飛躍的に進んでいる(Doyle et al., 1998; Morais-cabral et al., 2001)。TXGYGのそれぞれのアミノ酸のバックボーンのカルボニル基の酸素原子がイオンチャネルの中心に向いており、イオン透過路を形成する(図1)。カルボニル基の酸素原子は電気的に負に帯電しているため、正の電荷をもつカリウムイオンをひきつけやすくなっている。通常カリウムイオンは静電的に引き寄せられた水分子をまとっている(水和)。しかしカリウムチャネルのイオン透過路は狭いため、水分子を脱いでカリウムイオン単体にならなければ通ることができない。複数のカルボニル基の酸素原子がこれら水和水分子の代わりにぴったりとカリウムイオンに結合し、カリウムイオンにとってエネルギー的に安定な環境を提供していると考えられている。これによりカリウムイオンは、ほぼ自由拡散しているのと同様の速度で流れることができる。カリウムイオン(直径1.33 Å)より径が小さいナトリウムイオン(0.95 Å)は、イオン透過路ではカリウムイオンほどエネルギー的に安定していないと推測される。このことが、カリウムイオン選択性フィルターが、ナトリウムイオンよりもカリウムイオンをずっとよく透過することの理由だと考えられている。カリウムチャネルのイオン選択性フィルターには4つのカリウムイオン結合サイトが存在し、それぞれ細胞外側からS1~S4と名付けられている。カリウムイオン同士の電気的反発のために、通常すべてのサイトに同時にカリウムイオンが存在することはなく、空いているイオン結合サイトには水分子が入る(図1ではS1とS3にカリウムイオン(紫)が結合している。水分子は表示していない)。カリウムイオンと水分子は一列になって4つの結合サイトを移り替わりながら流れる。MacKinnonは、イオンチャネルの構造解析とそれに基づくイオン透過機構の解明を称えられ、水チャネルを発見したAgreとともに2003年のノーベル化学賞を受賞している。

ナトリウムチャネルとカルシウムチャネルの選択性フィルター

 哺乳類の電位依存性ナトリウムチャネル(Nav)と電位依存性カルシウムチャネル(Cav)は、選択性フィルター付近のアミノ酸配列が似ているため、似たようなフィルター構造を持っていると考えられる。電位依存性カリウムチャネル(Kv)が四量体であるのに対し、NavやCavはKvの4つのサブユニットが直列につながったような構造を持っている。したがって選択性フィルターもKvのような完全4回回転対称ではなく、ある程度非対称な構造であると予想される。Cavのイオン選択性にはポアドメインに存在するグルタミン酸(E)が重要だと考えられているが、Navの相当する部位は、4つのドメインからアスパラギン酸(D)、グルタミン酸(E)、リジン(K)、アラニン(A)とすべて異なるアミノ酸によって構成されている。ポアの大きさも5.5 x 5.5 ÅのCavに対し、Nav は3.1 x 5.1 Åと長方形のような形であると考えられている。  原核生物には、Kvと同様6回膜貫通型の四量体で機能する電位依存性ナトリウムチャネルが存在しており、その一種NavAbの結晶構造も明らかになっている(Payandeh et al., 2011)。NavAbは四量体であるがゆえ、完全な4回回転対称であるが、選択性フィルター付近はNavやCavと似た配列を有している。ナトリウム選択性チャネルでありながら4回回転対称であるがゆえに、選択性に重要なサイトは電位依存性カルシウムチャネルと同様すべてグルタミン酸(E177)で構成されている(図2)。イオン透過路の最も狭い領域はむしろカリウムチャネルよりも広く、ナトリウムイオンが透過する際は少なくとも部分的に水和したまま通ると考えられる。NaChBacという別の原核生物由来のナトリウムチャネルでは、このグルタミン酸の細胞外側にアスパラギン酸(D)を導入することで、このナトリウム選択性チャネルをカルシウム選択性チャネルに変えることができる。したがって、ポアの入り口の負電荷がナトリウムイオンとカルシウムイオンのどちらをよりよく透過するかを決めていると考えられる。

プロトンチャネルの選択性フィルター

電位依存性プロトンチャネル(Hv, VSOP)はKvチャネルやNavチャネルの電位センサードメインのみからできているような構造を持つ、4回膜貫通型で2量体のイオンチャネルである。二つのサブユニットそれぞれにイオン透過路が存在し、KvチャネルやNavチャネルのような明確なポア構造を持たず、イオン選択性フィルターの機構もまったく異なる。Hv1チャネルでは1回目の膜貫通セグメント(S1)上の112番目のアスパラギン酸(D)がイオン選択性を決めている(Berger & Isacoff, 2011; Musset et al., 2011)。このD112を別のアミノ酸に変えると、プロトンの透過性がなくなったり、陰イオンを通すようになったりする。電位センサードメインとポアドメインが明確に分かれているKvチャネルやNavチャネルとは異なり、Hv1チャネルはひとつのドメインで電位センサーとイオン透過路の両方の機能を兼ね備えていることになる。

その他のイオンチャネルの選択性フィルター

ニコチン性アセチルコリン受容体は非選択性カチオン(陽イオン)チャネルである。ポアが6.5 x 6.5 Åと大きく、ナトリウムイオンなど各種陽イオンを水和したままで通すと考えられる。ファミリーにはグリシン受容体やGABAA受容体など陰イオン透過性のイオンチャネルも存在する。M1-M2ループの0’位に存在するリジン、あるいはアルギニン残基がプロトン化しているかどうかが電荷選択性に重要である。陽イオン選択性チャネルではこの残基がプロトン化しないように埋っているが、陰イオン選択性チャネルではイオン透過路に露出してプロトン化されていて陰イオンをひきつけると考えられる(Cymes & Grosman, 2011)。 その他AMPA受容体やNMDA受容体などのグルタミン酸受容体やP2X受容体等、各種イオンチャネル型受容体も非選択性カチオンチャネルである。カルシウムの透過性に多少の違いはあるものの、おそらく同様に各種陽イオンを水和したままで通していると思われる。 GABAAも含めた多くのCl(クロライド)チャネルは非選択的なアニオン(陰イオン)チャネルである。ClCとよばれるClチャネルは14回膜貫通型構造の2量体チャネルであるが、プロトンチャネルと同様それぞれのサブユニットにイオン透過路が存在する。ClCの選択性フィルターはいくつかのαへリックスの末端が電気双極子モーメントによって正の電荷を帯びており、クロライドイオンが結合しやすい環境になっていると考えられる(Dutzler et al., 2002)。


関連項目