「エピソード記憶」の版間の差分

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英語名:episodic memory
英語名:episodic memory


{{box|text=
==定義==
 一般的に長期記憶の内容による区分として、陳述記憶(宣言的記憶または顕在記憶とも呼ばれる)と非陳述記憶(非宣言的記憶または潜在記憶とも呼ばれる)があり、エピソード記憶は陳述記憶に分類される<ref name=ref1><pubmed>8942965</pubmed></ref>。<u>編集部コメント:こちらには一段落程度でエピソード記憶とは何か分かるように、項目全体の内容に対する抄録をお願いいたします。様々の記憶の中での位置付けはイントロへ持って行ってはと思います。</u>
 エピソード記憶とは、「個人が経験した出来事に関する記憶」で、例えば、昨日の夕食をどこで誰と何を食べたかというような記憶に相当する。エピソード記憶は、その出来事の内容 (「何」を経験したか)に加えて、出来事を経験したときのさまざまな付随情報(周囲の環境すなわち時間・空間的文脈、あるいはそのときの自己の身体的・心理的状態など)と共に記憶されていることが重要な特徴である <ref name=ref1><pubmed></pubmed></ref> <ref name=ref2><pubmed></pubmed></ref> <ref name=ref3><pubmed></pubmed></ref> <ref name=ref4><pubmed></pubmed></ref>。
}}
 
 臨床的枠組みにおいて、「記憶」という用語はエピソード記憶を指して用いられることが多く、記憶障害という場合は、通常エピソード記憶の障害を指している。
 
==長期記憶の内容による区分の中での位置づけ==
 一般的に長期記憶の内容による区分として、陳述記憶 (宣言的記憶とも呼ばれる)と非陳述記憶 (非宣言的記憶とも呼ばれる)があり、エピソード記憶は意味記憶とともに陳述記憶に分類される<ref name=ref5><pubmed></pubmed></ref>。エピソード記憶と意味記憶の大きな違いは、前者が単一の経験により成立し経験した文脈との連合が保たれているのに対し、後者は通常同じような経験の繰り返しにより形成され経験した文脈情報との連合が消失することにある<ref name=ref6><pubmed></pubmed></ref>。


==定義==
==エピソード記憶の記銘と想起==
 エピソード記憶とは、「個人が経験した出来事に関する記憶」で、例えば、昨日の夕食をどこで誰と何を食べたかというような記憶に相当する。このようにエピソード記憶とは、その出来事の内容(「何」を経験したか)に加えて、出来事を経験した時の付随情報である時間(「いつ」経験したか)や場所(「どこで」経験したか)などの文脈に関する情報の両方が記憶されていることが重要な特徴である<ref name=ref2>'''Tulving E.'''<br>Episodic and semantic memory. <br>In: Tulving E, Donaldson W, editors. Organization of memory. <br>New York: ''Academic Press''; 1972. p. 381-403.</ref>。一般的な意味で「記憶」という場合はエピソード記憶を指し、臨床的文脈において[[記憶障害]]という場合は、通常エピソード記憶の障害を指している。参考までに、いろいろな辞典に記載されているエピソード記憶の定義を表1に示した<u>編集部コメント:表1は似た内容の重複で不必要ではないかと思います</u>。
 個人が経験したある出来事に関する記憶表象は、ある一定の時間の範囲の中で、局所的な要素(群)の記憶痕跡、周囲の環境についての記憶痕跡、それらの間の連合に関する記憶痕跡から形成される<ref name=ref2 />。局所的な要素(群)は、徐々に変化する情景(ヒトを含む生物、無生物、それらの位置関係など)の連続物として、さまざまな感覚様式をとおして経験される。さらに局所的な要素(群)からの感覚情報の多くは個人の意味記憶を介して自動的に解釈される場合もあるだろう。したがって、局所的な要素(群)に関する記憶痕跡はさまざまな異なる種類の情報を含む(視覚・聴覚などの感覚情報、自己と外界対象との空間的情報、自動的に解釈された意味情報など)。さらに、出来事を経験している自己の身体的・心理的状態も記銘されるであろう。周囲の環境に関する記憶痕跡はこれらの局所的な要素(群)の記憶痕跡と連合し、まとまりのある出来事に関する記憶表象を形成するのに必要となる(前述のように、文脈情報の想起はエピソード記憶の想起の最も重要な特徴である)<ref name=ref2 /> <ref name=ref3><pubmed></pubmed></ref> <ref name=ref4><pubmed></pubmed></ref>。


{| class="wikitable"
 エピソード記憶の想起は、想起手がかりと貯蔵された記憶痕跡との相互作用からなる<ref name=ref2 />。この過程をとおして、局所的な要素(群)と周囲の環境についての記憶痕跡が再連合(心理的再構成)を起こし、まとまりのある出来事として意識上に想起される。エピソード記憶がよく想起されるかどうかは、記銘時の局所的な要素(群)と周囲の環境についての記憶痕跡の連合の強度(あるいは連合の多さ)に依存するだろう<ref name=ref7><pubmed></pubmed></ref> <ref name=ref8><pubmed></pubmed></ref>(例:処理レベルの深さ、経験した時の情動)。また、記銘時の認知過程がどの程度想起時の認知過程において繰り返されるかによる<ref name=ref9><pubmed></pubmed></ref>(例:文脈依存記憶、状態依存記憶)。
|+ 表1.エピソード記憶の辞書による意味
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|'''「平凡社 心理学事典(初版第16刷 2004)」'''<br>
エピソード記憶とは、その記憶をもっている個人自身の過去の生活史に位置づけられているような事象の記憶であり、その知覚的属性および事象の起こった日時や場所も同時に記憶されているようなものである。
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|'''「有斐閣 心理学辞典(初版第12刷 2006)」'''<br>
時空間的に定位された自己の経験に関する記憶のことをいう。
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|'''「医学書院 神経心理学事典(初版第1刷 2007)」'''<br>
個人の人生の「自伝的記録」と定義することができ、記憶のなかで自己の過去との連続性を与え、特定の個人的出来事についての情報を検索する際に使用されるもの。
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|'''「Oxford Dictionary of Psychology (2009)」'''<br>
個人的な経験や出来事に対する長期記憶の一様式。
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|'''「The Penguin Dictionary of Psychology (2001)」'''<br>
どこで、いつ、どのように経験したかについての心理的なタグをもつ情報の記憶。
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|}


==神経基盤==
==神経基盤==
 エピソード記憶の神経基盤については症例[[HM]]の報告<ref name=ref3><pubmed>13406589</pubmed></ref>以降、多くの症例研究がなされ、[[内側側頭葉]]([[海馬]]と[[海馬傍回]])がエピソード記憶に重要な領域であることが確立された<ref name=ref4>'''Fujii T, Moscovitch M, Nadel L.'''<br>Memory consolidation, retrograde amnesia, and the temporal lobe. <br>In: Handbook of Neuropsychology, 2nd ed. Vol. 2. Memory and its disorders. <br>(eds Boller F, Grafman J, Cermak LS). <br>''Elsevier'', Amsterdam, 2000, pp. 223-250.</ref>。エピソード記憶のみが障害され、他の記憶([[意味記憶]]、[[手続き記憶]]、[[プライミング]]など)や高次脳機能に障害が見られないエピソード記憶の選択的障害に[[健忘症候群]]がある。健忘症候群の病巣としては、内側側頭葉の他に[[間脳]]([[視床]]および[[乳頭体]])、[[前脳基底部]](および[[前頭眼窩皮質]]後部)などが報告されてきた<ref name=ref4 /> <ref name=ref5>'''Teuber H-L, Milner B, Vaugiian Jr HG.'''<br>Persistent anterograde amnesia after stab wound of the basal brain. <br>''Neuropsychologia''. 1968; 6: 267-282.</ref> <ref name=ref6><pubmed>12757906</pubmed></ref> <ref name=ref7>'''Fujii T.'''<br>The basal forebrain and episodic memory. <br>In: Handbook of Behavioral Neuroscience, Vol. 18. Handbook of Episodic Memory. <br>(eds Dere E, Easton A, Nadel L, Huston JP). <br>''Elsevier'', The Netherlands, 2008, pp. 343-362.</ref>。それ以外にも[[脳弓]]、[[脳梁膨大部後方皮質]]([[帯状回後部]])の損傷でも健忘を呈した症例が報告されている<ref name=ref8><pubmed>13836082</pubmed></ref> <ref name=ref9><pubmed>3427404</pubmed></ref>。これまでの多くの研究から、これらの脳領域がエピソード記憶に重要な役割を担っていると考えられている。
 エピソード記憶の神経基盤については症例HMの報告<ref name=ref10><pubmed></pubmed></ref>以降、多くの症例研究がなされ、内側側頭葉 (海馬と海馬傍回)がエピソード記憶に重要な領域であることが確立された<ref name=ref4 /> <ref name=ref5 /> <ref name=ref6 /> <ref name=ref11><pubmed></pubmed></ref>。エピソード記憶のみが障害され、他の記憶 (意味記憶、手続き記憶、プライミングなど)や高次脳機能に障害がない患者は健忘症候群と呼ばれる。健忘症候群の病巣としては、内側側頭葉の他に間脳 (視床および乳頭体)、前脳基底部などが報告されてきた<ref name=ref12><pubmed></pubmed></ref> <ref name=ref13><pubmed></pubmed></ref>。それ以外にも脳弓、脳梁膨大部後方皮質 (帯状回後部)の損傷でも健忘を呈した症例が報告されている<ref name=ref14><pubmed></pubmed></ref> <ref name=ref15><pubmed></pubmed></ref>


 また健忘患者を対象とした研究から、エピソード記憶における[[記銘]]および[[想起]]過程の両方で、内側側頭葉および間脳の関与が示唆されており、前脳基底部が想起過程に特定の役割を果たすことも報告されている。近年の脳機能イメージング研究においても内側側頭葉がエピソード記憶の記銘および想起過程の両方に関与することが報告されており、前脳基底部が想起過程に関与することも分かってきている。しかしながら、記憶の各心理過程(記銘、[[保持]]、想起過程)に対するこれらの領域(あるいは関連領域)の明確な役割については未だ明らかではない<ref name=ref10>'''Fujii T, Suzuki M.'''<br>Episodic memory. <br>In: Binder MC, Hirokawa N, Windhorst U (eds):<br>The Encyclopedia of Neuroscience, vol 1. <br>''Springer'', NewYork, 2009, pp.1139-1142.</ref>。
 健忘患者を対象とした研究から、エピソード記憶の記銘および想起過程の両方で、内側側頭葉および間脳の関与が示唆されており、前脳基底部が想起過程に関与することが報告されている。脳機能イメージング研究においても内側側頭葉がエピソード記憶の記銘および想起過程の両方に関与することが報告されており、前脳基底部が想起過程に関与することが報告されている。
 
 前頭前野の損傷では典型的な健忘症候群(重篤なエピソード記憶の選択的障害)は生じない。ただし、エピソード記憶とまったく関連がないわけではなく、前頭前野の損傷後には、記銘時の方略適応、想起時の適切な探索のガイド、想起された局所的な要素(群)を適切な周囲の環境についての記憶痕跡への結び付けなどの方略的側面が障害される<ref name=ref16><pubmed></pubmed></ref>。具体的には、再認に比べて不釣り合いな再生の障害、項目の時間的順序の記憶障害、メタ記憶障害、などが報告されている。また、脳機能イメージング研究においても作業記憶や展望的記憶のみならず、エピソード記憶を含むさまざまな課題条件のもとで前頭前野の活動がみられるが、どのような心理過程と関連した活動なのかを特定するのは困難な場合も多い<ref name=ref17><pubmed></pubmed></ref>。


==関連項目==
==関連項目==
* [[記憶の分類]]
* [[記憶の分類]]
* [[陳述記憶・非陳述記憶]]
* [[陳述記憶・非陳述記憶]]
==参考文献==
==参考文献==
<references />
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