「オリゴデンドロサイト前駆細胞」の版間の差分

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== オリゴデンドロサイト前駆細胞(OPC)とその発見の歴史 ==
== オリゴデンドロサイト前駆細胞(OPC)とその発見の歴史 ==


[[image:オリゴデンドロサイト前駆細胞.png|thumb|300px|'''図.マウス脊髄におけるOPCの出現'''<br>転写因子Olig1のmRMAの発現を指標としたもの。胎齢12.5日目に脊髄腹側部の脳室層に最初の陽性細胞が出現する。スケールは200μm。]]
[[image:オリゴデンドロサイト前駆細胞.png|thumb|400px|'''図.マウス脊髄におけるOPCの出現'''<br>転写因子Olig1のmRMAの発現を指標としたもの。胎齢12.5日目に脊髄腹側部の脳室層に最初の陽性細胞が出現する。スケールは200μm。]]


=== O-2A前駆細胞 ===
=== O-2A前駆細胞 ===
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=== 脊髄 ===
=== 脊髄 ===
   
   
 ラット胎仔ではE14.5から、マウスではE12.5からPDGFRα陽性細胞が、脊髄脳室層の腹側部に出現するようになり、これが脊髄における初期のOPCの出現と考えられている。ニワトリ胚ではHHstage29~32にPDGFRα陽性細胞およびO4陽性細胞が出現する。脳室層のこのような領域は、体性運動ニューロンを生み出したのちにオリゴデンドロサイトを生み出すことから、pMNドメインとかpMNOLドメインと呼ばれている[12]。また、少し遅れて脊髄背側部の脳室層からもOPCが生み出されることも明らかにされている。脊髄全体では、腹側部(pMNOL)に由来するオリゴデンドロサイトは80%前後で、背側部に由来するものは20%程度であることが示されている[41](Tripathi et al., 2011)。脊髄背側部脳室層からのオリゴデンドロサイト前駆細胞の出現については、長い間激しい議論が続いたが[42][43](Cameron-Curry and Le Douarin , 1995; Pringle et al., 1998)、脊髄腹側部の形成不全マウス[44][45](Cai et al., 2005; Vallstedt et al., 2005)やCre/loxPを使ったgenetic fate mapping[41](Tripathi et al., 2011)により決着がついた。
 ラット胎仔ではE14.5から、マウスではE12.5からPDGFRα陽性細胞が、脊髄脳室層の腹側部に出現するようになり、これが脊髄における初期のOPCの出現と考えられている。ニワトリ胚ではHHstage29~32にPDGFRα陽性細胞およびO4陽性細胞が出現する。脳室層のこのような領域は、体性運動ニューロンを生み出したのちにオリゴデンドロサイトを生み出すことから、pMNドメインとかpMNOLドメインと呼ばれている[12]。また、少し遅れて脊髄背側部の脳室層からもOPCが生み出されることも明らかにされている。脊髄全体では、腹側部(pMNOL)に由来するオリゴデンドロサイトは80%前後で、背側部に由来するものは20%程度であることが示されている<ref name=ref41><pubmed>21543611</pubmed></ref>。脊髄背側部脳室層からのオリゴデンドロサイト前駆細胞の出現については、長い間激しい議論が続いたが<ref name=ref42><pubmed>8845154</pubmed></ref><ref name=ref43><pubmed>9620693</pubmed></ref>、脊髄腹側部の形成不全マウス<ref name=ref44><pubmed>15629701</pubmed></ref><ref name=ref45><pubmed>15629702</pubmed></ref>やCre/loxPを使ったgenetic fate mapping<ref name=ref41><pubmed>21543611</pubmed></ref>により決着がついた。


=== 小脳を含む後脳 ===  
=== 小脳を含む後脳 ===  


 小脳のオリゴデンドロサイトは、小脳の脳室層[46](Davies and Miller, 2001)、後脳腹側部[47](Ono et al., 2001)に由来するものと、脳の領域境界を越えて中脳から小脳に入ってくるもの[48](Mecklenburg et al., 2011)とが報告されている。これらはいずれもニワトリ胚を用いた実験で示されている。
 小脳のオリゴデンドロサイトは、小脳の脳室層<ref name=ref46><pubmed>11336511</pubmed></ref>、後脳腹側部<ref name=ref47><pubmed>11756750</pubmed></ref>に由来するものと、脳の領域境界を越えて中脳から小脳に入ってくるもの<ref name=ref48><pubmed>21901755</pubmed></ref>とが報告されている。これらはいずれもニワトリ胚を用いた実験で示されている。


=== 視神経 ===  
=== 視神経 ===  


 O-2A前駆細胞は、新生児ラットの培養視神経細胞から見出されたものである。上述の通り、視神経のO-2A細胞もしくはOPCは当初から前脳からの移民細胞であると予想されており、ニワトリではその起源や移動様式が明らかにされている。齧歯類の視神経におけるPDGFRαをマーカーとした解析では、これを発現する細胞が出生直後に(P0からP2にかけて)視神経の視交叉側から網膜側に向かって急速に分布が拡がる。これは、OPCの移動を反映しているものと考えられている[49](Pringle et al., 1992)。しかし、マウスやラットの視神経でgenetic fate mappingなどを用いたOPCの移動や系譜解析は、前脳や脊髄に比較して少なく、直接的に示した報告はほとんどないのが現状である。
 O-2A前駆細胞は、新生児ラットの培養視神経細胞から見出されたものである。上述の通り、視神経のO-2A細胞もしくはOPCは当初から前脳からの移民細胞であると予想されており、ニワトリではその起源や移動様式が明らかにされている。齧歯類の視神経におけるPDGFRαをマーカーとした解析では、これを発現する細胞が出生直後に(P0からP2にかけて)視神経の視交叉側から網膜側に向かって急速に分布が拡がる。これは、OPCの移動を反映しているものと考えられている<ref name=ref49><pubmed>1425339</pubmed></ref>。しかし、マウスやラットの視神経でgenetic fate mappingなどを用いたOPCの移動や系譜解析は、前脳や脊髄に比較して少なく、直接的に示した報告はほとんどないのが現状である。


=== 終脳 ===  
=== 終脳 ===  


 終脳のオリゴデンドロサイトは、ニワトリ-ウズラキメラの解析から、anterior entopeduncular area (AEP)に由来することが示唆されていた[50](Olivier et al., 2001)。一方、Cre/loxPシステムを用いたマウスの解析では、胎生期ではAEPを含むNkx2.1発現領域(内側線条体原基、medial ganglionic eminence)、次いでGsh2陽性領域(ganglionic eminence; GE)からOPCが生み出され、これが正接方向に移動して大脳皮質に入る。一方で、新生児期になると大脳皮質からもオリゴデンドロサイト前駆細胞が生み出され、腹側部から移動していたものと置き換わり[51](Kessaris et al., 2006)、大脳皮質の灰白質のオリゴでンドロサイトに分化する。GEに由来するオリゴデンドロサイトは、終脳腹側部と脳梁に残る[41](Tripathi et al., 201)
 終脳のオリゴデンドロサイトは、ニワトリ-ウズラキメラの解析から、anterior entopeduncular area (AEP)に由来することが示唆されていた<ref name=ref50><pubmed>11311157</pubmed></ref>。一方、Cre/loxPシステムを用いたマウスの解析では、胎生期ではAEPを含むNkx2.1発現領域(内側線条体原基、medial ganglionic eminence)、次いでGsh2陽性領域(ganglionic eminence; GE)からOPCが生み出され、これが正接方向に移動して大脳皮質に入る。一方で、新生児期になると大脳皮質からもオリゴデンドロサイト前駆細胞が生み出され、腹側部から移動していたものと置き換わり<ref name=ref51><pubmed>16388308</pubmed></ref>、大脳皮質の灰白質のオリゴでンドロサイトに分化する。GEに由来するオリゴデンドロサイトは、終脳腹側部と脳梁に残る<ref name=ref41><pubmed>21543611</pubmed></ref>


=== 成体脳におけるオリゴデンドロサイト前駆細胞 ===  
=== 成体脳におけるオリゴデンドロサイト前駆細胞 ===  


 上述のPDGFRαやNG2を発現する細胞は成体脳でもみられ、グリア細胞の数%をしめている[52](Chang et al., 2000)。NG2細胞は、多くの突起を伸ばして複雑な形態をしている。しかし、GFAPなどのアストログリアのマーカーを発現しておらず、また成熟したオリゴデンドロサイトが発現するミエリンタンパクやミエリン脂質も発現していない。このようなことからNG2細胞は、第四のグリア細胞と見なされるようになってきた。成体脳でのOPCは胎生期のそれらと同じ細胞系譜にあり、前駆細胞としてそのまま維持されている物と考えられる[53](Ono et a., 2008)。
 上述のPDGFRαやNG2を発現する細胞は成体脳でもみられ、グリア細胞の数%をしめている<ref name=ref52><pubmed>10964946</pubmed></ref>。NG2細胞は、多くの突起を伸ばして複雑な形態をしている。しかし、GFAPなどのアストログリアのマーカーを発現しておらず、また成熟したオリゴデンドロサイトが発現するミエリンタンパクやミエリン脂質も発現していない。このようなことからNG2細胞は、第四のグリア細胞と見なされるようになってきた。成体脳でのOPCは胎生期のそれらと同じ細胞系譜にあり、前駆細胞としてそのまま維持されている物と考えられる<ref name=ref53><pubmed>18582453</pubmed></ref>。


 BACを用いたトランスジェニックマウスやタモキシフェン誘導型Cre/loxPを用いた系譜解析から、新生児期以降のNG2陽性細胞はオリゴデンドロサイトに分化することが明らかにされ、NG2細胞が成体脳でのOPCであることが明らかにされた[54] [55] (Zhu et al., 2008, 2011)。NG2細胞は、脳のほとんどすべての領域でニューロンの軸索終末によりシナプが一過性に形成されており、またグルタミン酸やGABAに対する受容体も発現してその働きにより膜電位が変化する。このシナプスは、オリゴデンドロサイトへの分化とともに消失する。OPCの分化はグルタミン酸により抑制されることが報告されており、NG2細胞へのシナプスは前駆細胞プールの維持に働いていると考えられている[56](Sakry et al., 2011)
 BACを用いたトランスジェニックマウスやタモキシフェン誘導型Cre/loxPを用いた系譜解析から、新生児期以降のNG2陽性細胞はオリゴデンドロサイトに分化することが明らかにされ、NG2細胞が成体脳でのOPCであることが明らかにされた<ref name=ref54><pubmed>18045844</pubmed></ref><ref name=ref55><pubmed>21266410</pubmed></ref>。NG2細胞は、脳のほとんどすべての領域でニューロンの軸索終末によりシナプが一過性に形成されており、またグルタミン酸やGABAに対する受容体も発現してその働きにより膜電位が変化する。このシナプスは、オリゴデンドロサイトへの分化とともに消失する。OPCの分化はグルタミン酸により抑制されることが報告されており、NG2細胞へのシナプスは前駆細胞プールの維持に働いていると考えられている<ref name=ref56><pubmed>21395579</pubmed></ref>
== 参考文献 ==
== 参考文献 ==
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(執筆者: 担当編集者:)
(執筆者:小野勝彦  担当編集者:村上富士夫)