「オリゴデンドロサイト前駆細胞」の版間の差分

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英語名:Oligodendrocyte precursor cell   英略称:OPC、OLP
英語名:oligodendrocyte precursor cell 英略称:OPC、OLP 独:Vorläuferzellen der Oligodendrozyten 仏:précurseur de oligodendrocyte


 [[中枢神経系]]で[[ミエリン]]を形成する細胞が[[オリゴデンドロサイト]]である。そのオリゴデンドロサイトとなるよう運命づけられた細胞で、なんらオリゴデンドロサイトの形態的・分子的特徴を持たないものをオリゴデンドロサイト前駆細胞と呼ぶ。移動能と増殖活性は高い。
 [[中枢神経系]]で[[ミエリン]]を形成する細胞が[[オリゴデンドロサイト]]である。そのオリゴデンドロサイトとなるよう運命づけられた細胞で、なんらオリゴデンドロサイトの形態的・分子的特徴を持たないものをオリゴデンドロサイト前駆細胞と呼ぶ。移動能と増殖活性は高い。


==その発見の歴史 ==


== オリゴデンドロサイト前駆細胞(OPC)とその発見の歴史 ==
[[image:オリゴデンドロサイト前駆細胞.png|thumb|400px|'''図 マウス脊髄におけるOPCの出現'''<br>転写因子Olig1のmRMAの発現を指標としたもの。胎齢12.5日目に脊髄腹側部の脳室層に最初の陽性細胞が出現する。スケールは200μm。]]
 
[[image:オリゴデンドロサイト前駆細胞.png|thumb|400px|'''図.マウス脊髄におけるOPCの出現'''<br>転写因子Olig1のmRMAの発現を指標としたもの。胎齢12.5日目に脊髄腹側部の脳室層に最初の陽性細胞が出現する。スケールは200μm。]]


=== O-2A前駆細胞 ===
=== O-2A前駆細胞 ===
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 生体内でのO-2A細胞に相当する細胞については、様々な議論があったが、移植実験により一応の決着がついた。O-2A細胞を蛍光色素で標識し、新生児ラットの脳内に移植するとほとんどの細胞がオリゴデンドロサイトに分化した。このことから、O-2A細胞はアストロサイトへの分化能をもってはいるものの、生体内の環境ではオリゴデンドロサイトに分化する細胞であることから、オリゴデンドロサイト前駆細胞と見なされるようになった<ref name=ref5><pubmed>8419944</pubmed></ref>。
 生体内でのO-2A細胞に相当する細胞については、様々な議論があったが、移植実験により一応の決着がついた。O-2A細胞を蛍光色素で標識し、新生児ラットの脳内に移植するとほとんどの細胞がオリゴデンドロサイトに分化した。このことから、O-2A細胞はアストロサイトへの分化能をもってはいるものの、生体内の環境ではオリゴデンドロサイトに分化する細胞であることから、オリゴデンドロサイト前駆細胞と見なされるようになった<ref name=ref5><pubmed>8419944</pubmed></ref>。


=== OPCの細胞系譜とPDGFα受容体(PDGFRα) ===  
===細胞系譜とPDGFα受容体(PDGFRα) ===  


 培養下でのO-2A細胞は、type1-astrocyteの培養上清により増殖が高まることが示され、この中に含まれるO-2A細胞に対する増殖因子が血小板由来成長因子(platelet derived growth factor; PDGF)であることが明らかにされた<ref name=ref6><pubmed>2834067</pubmed></ref>。そして、O-2A前駆細胞がその受容体としてαサブユニット(PDGFRα)を発現していることも明らかにされた<ref name=ref7><pubmed>2558873</pubmed></ref>。これをもとに、発生段階の神経組織内でPDGFRαを発現している細胞の探索が行われた。その結果、脊髄では、ラットでは胎齢14.5日目(E14.5)、マウスではE12.5日目、ニワトリ胚ではHHstage32(孵卵7日目)の脳室層腹側部に限局して、PDGFRα陽性細胞が出現することから、これが脊髄のオリゴデンドロサイト前駆細胞の起源であると考えられるようになった<ref name=ref8><pubmed>8330523</pubmed></ref>。その後、PDGFRα陽性細胞を単離して培養を行ったり<ref name=ref9><pubmed>9012528</pubmed></ref>、PDGF欠損マウスや過剰発現させたトランスジェニックマウスでのOPCの発生を解析したりすること<ref name=ref10><pubmed>9620692</pubmed></ref><ref name=ref11><pubmed>9876175</pubmed></ref>により、PDGFRα陽性細胞がOPCであることが明らかにされた。このような早い時期の脳室層で、特定の細胞サブセットを特異的に標識することができた最初の例であり、その後の神経管の背腹軸ドメイン形成の顕幽へと発展していくことになる<ref name=ref12><pubmed>10625331</pubmed></ref>。さらにPDGFRαを指標として、同じような発現パターンを示す分子が報告されそれらの多くがOPCのマーカーであることが明らかにされた。
 培養下でのO-2A細胞は、type1-astrocyteの培養上清により増殖が高まることが示され、この中に含まれるO-2A細胞に対する増殖因子が血小板由来成長因子(platelet derived growth factor; PDGF)であることが明らかにされた<ref name=ref6><pubmed>2834067</pubmed></ref>。そして、O-2A前駆細胞がその受容体としてαサブユニット(PDGFRα)を発現していることも明らかにされた<ref name=ref7><pubmed>2558873</pubmed></ref>。これをもとに、発生段階の神経組織内でPDGFRαを発現している細胞の探索が行われた。その結果、脊髄では、ラットでは胎齢14.5日目(E14.5)、マウスではE12.5日目、ニワトリ胚ではHHstage32(孵卵7日目)の脳室層腹側部に限局して、PDGFRα陽性細胞が出現することから、これが脊髄のオリゴデンドロサイト前駆細胞の起源であると考えられるようになった<ref name=ref8><pubmed>8330523</pubmed></ref>。その後、PDGFRα陽性細胞を単離して培養を行ったり<ref name=ref9><pubmed>9012528</pubmed></ref>、PDGF欠損マウスや過剰発現させたトランスジェニックマウスでのOPCの発生を解析したりすること<ref name=ref10><pubmed>9620692</pubmed></ref><ref name=ref11><pubmed>9876175</pubmed></ref>により、PDGFRα陽性細胞がOPCであることが明らかにされた。このような早い時期の脳室層で、特定の細胞サブセットを特異的に標識することができた最初の例であり、その後の神経管の背腹軸ドメイン形成の顕幽へと発展していくことになる<ref name=ref12><pubmed>10625331</pubmed></ref>。さらにPDGFRαを指標として、同じような発現パターンを示す分子が報告されそれらの多くがOPCのマーカーであることが明らかにされた。
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== オリゴデンドロサイト前駆細胞の発生・分化様式とその調節機構 ==
==発生・分化様式とその調節機構 ==


=== 未分化な神経上皮細胞からOPCへの分化とShh, FGF2 ===  
=== 未分化な神経上皮細胞からOPCへの分化とShh, FGF2 ===  
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 脊髄腹側部でOPCの分化誘導が起きている時期には、脊髄背側部からはOPC分化抑制因子が発現しており、これがWntとBMP4であることが実験的に示されている。これらの発現が終了する脊髄の発生後期になると、脊髄背側部からのOPCが出現することが、Shh欠損マウスやNkx6欠損マウスを用いて示された。これらは、Shh非依存性でFGF2依存的に誘導される<ref name=ref27><pubmed>14660548</pubmed></ref>。
 脊髄腹側部でOPCの分化誘導が起きている時期には、脊髄背側部からはOPC分化抑制因子が発現しており、これがWntとBMP4であることが実験的に示されている。これらの発現が終了する脊髄の発生後期になると、脊髄背側部からのOPCが出現することが、Shh欠損マウスやNkx6欠損マウスを用いて示された。これらは、Shh非依存性でFGF2依存的に誘導される<ref name=ref27><pubmed>14660548</pubmed></ref>。


=== OPCの移動と軸索ガイダンス分子 ===  
===移動と軸索ガイダンス分子 ===  


 OPCが移動することは、ミエリン欠損マウスへの胎仔脳組織の移植で最初に示された。ミエリン欠損マウスに胎児脳組織を大脳皮質に移植すると、脳内の脳幹を含む広い領域でミエリン形成がみられるようになることから、移植組織に由来する細胞が活発に移動することが明らかにされた<ref name=ref28><pubmed>6085571</pubmed></ref>。また、視神経のOPCが前脳から移動してきた「移民細胞(immigrant cells)」であることは、培養実験で最初に示唆されていた<ref name=ref29><pubmed>3600791</pubmed></ref>。さらに、ニワトリ胚の第3脳室に蛍光色素DiIを注入して脳室層細胞を標識すると、これを取り込んだ細胞が視神経に出現しO4に陽性を示すことから、生体内でも「移民細胞」であることが明らかとなった<ref name=ref30><pubmed>9292719</pubmed></ref>。最近になって、レトロウイルスベクターを用いたクローン解析でも、ニワトリ胚では前脳に由来する細胞が視神経に入ることが示されている<ref name=ref31><pubmed>20371817</pubmed></ref>。また、PLP-GFPトランスジェニックマウス、ゼブラフィッシュを用いて、脊髄でのOPCの移動がリアルタイムで可視化されている<ref name=ref32><pubmed>17099706</pubmed></ref><ref name=ref33><pubmed>11826117</pubmed></ref>。
 OPCが移動することは、ミエリン欠損マウスへの胎仔脳組織の移植で最初に示された。ミエリン欠損マウスに胎児脳組織を大脳皮質に移植すると、脳内の脳幹を含む広い領域でミエリン形成がみられるようになることから、移植組織に由来する細胞が活発に移動することが明らかにされた<ref name=ref28><pubmed>6085571</pubmed></ref>。また、視神経のOPCが前脳から移動してきた「移民細胞(immigrant cells)」であることは、培養実験で最初に示唆されていた<ref name=ref29><pubmed>3600791</pubmed></ref>。さらに、ニワトリ胚の第3脳室に蛍光色素DiIを注入して脳室層細胞を標識すると、これを取り込んだ細胞が視神経に出現しO4に陽性を示すことから、生体内でも「移民細胞」であることが明らかとなった<ref name=ref30><pubmed>9292719</pubmed></ref>。最近になって、レトロウイルスベクターを用いたクローン解析でも、ニワトリ胚では前脳に由来する細胞が視神経に入ることが示されている<ref name=ref31><pubmed>20371817</pubmed></ref>。また、PLP-GFPトランスジェニックマウス、ゼブラフィッシュを用いて、脊髄でのOPCの移動がリアルタイムで可視化されている<ref name=ref32><pubmed>17099706</pubmed></ref><ref name=ref33><pubmed>11826117</pubmed></ref>。
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 OPCの移動は、軸索ガイダンス分子によって制御されている。これは、視神経の組織片培養でOPCがNetrin-1やSema3Aに反発するように移動し、またOPCのサブセットにそれぞれの受容体であるunc5aやneuropilin-1の発現がみられることから明らかにされた<ref name=ref34><pubmed>11546748</pubmed></ref>。これをもとに、netrin-1を欠損させたPLP-GFPトランスジェニックマウスを解析しin vivoでもnetrin-1によるOPCの移動制御が明らかにされた<ref name=ref35><pubmed>12668624</pubmed></ref>。
 OPCの移動は、軸索ガイダンス分子によって制御されている。これは、視神経の組織片培養でOPCがNetrin-1やSema3Aに反発するように移動し、またOPCのサブセットにそれぞれの受容体であるunc5aやneuropilin-1の発現がみられることから明らかにされた<ref name=ref34><pubmed>11546748</pubmed></ref>。これをもとに、netrin-1を欠損させたPLP-GFPトランスジェニックマウスを解析しin vivoでもnetrin-1によるOPCの移動制御が明らかにされた<ref name=ref35><pubmed>12668624</pubmed></ref>。


=== OPCの増殖 ===  
===増殖 ===  


 PDGF-Aは、培養系のみならずin vivoでもOPCに対して強力な増殖因子として働く。これを欠損するマウスではOPCの数が非常に少なくなり、成熟したオリゴデンドロサイトわずかしか見られない<ref name=ref11><pubmed>9876175</pubmed></ref>。逆に、PDGF-Aを過剰発現させたマウスでは、胎生期のOPCの数が5倍になる。しかし、新生児期に過剰なOPCはアポトーシスにより脱落し、野生型と同程度のオリゴデンドロサイトがみられるようになる<ref name=ref10><pubmed>9620692</pubmed></ref>。
 PDGF-Aは、培養系のみならずin vivoでもOPCに対して強力な増殖因子として働く。これを欠損するマウスではOPCの数が非常に少なくなり、成熟したオリゴデンドロサイトわずかしか見られない<ref name=ref11><pubmed>9876175</pubmed></ref>。逆に、PDGF-Aを過剰発現させたマウスでは、胎生期のOPCの数が5倍になる。しかし、新生児期に過剰なOPCはアポトーシスにより脱落し、野生型と同程度のオリゴデンドロサイトがみられるようになる<ref name=ref10><pubmed>9620692</pubmed></ref>。
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 一方、OPCの増殖を停止させる細胞内因子としてp27/Kip1が報告されている。p27/Kip1を欠損するマウスから単離されたOPCはオリゴデンドロサイトに分化するものの、増殖が持続する。レトロウイルスベクターを用いてOPCにp27/Kip1を過剰発現させるとG1期とS期の間で細胞周期がとどまり、オリゴデンドロサイトに分化できなくなることが報告されている<ref name=ref36><pubmed>9029151</pubmed></ref><ref name=ref37><pubmed>9733077</pubmed></ref>。
 一方、OPCの増殖を停止させる細胞内因子としてp27/Kip1が報告されている。p27/Kip1を欠損するマウスから単離されたOPCはオリゴデンドロサイトに分化するものの、増殖が持続する。レトロウイルスベクターを用いてOPCにp27/Kip1を過剰発現させるとG1期とS期の間で細胞周期がとどまり、オリゴデンドロサイトに分化できなくなることが報告されている<ref name=ref36><pubmed>9029151</pubmed></ref><ref name=ref37><pubmed>9733077</pubmed></ref>。


=== オリゴデンドロサイト前駆細胞からオリゴデンドロサイトへの分化とその調節機構 ===  
===オリゴデンドロサイトへの分化とその調節機構 ===  


 オリゴデンドロサイトの最終分化やミエリン形成は一般的に、神経回路形成が終わった後に始まる。この発生の最終段階には、神経活動が大きな影響を与えている。後根神経節のニューロンをモデルとした実験では、ニューロンの活動により軸索からATPが分泌され、これがアストロサイトに作用する。ATPで刺激を受けたアストロサイトからLIF(leukemia inhibitory factor)が分泌され、これがOPCを刺激して成熟オリゴデンドロサイトとなりミエリン形成が始まる<ref name=ref38><pubmed>16543131</pubmed></ref>。また、軸索からはその活動依存的にグルタミン酸も放出される。オリゴデンドロサイトの細胞膜の局所に作用し、Fyn依存性にMBPの翻訳を上昇させ、ミエリン形成を促進する<ref name=ref39><pubmed>21817014</pubmed></ref>。
 オリゴデンドロサイトの最終分化やミエリン形成は一般的に、神経回路形成が終わった後に始まる。この発生の最終段階には、神経活動が大きな影響を与えている。後根神経節のニューロンをモデルとした実験では、ニューロンの活動により軸索からATPが分泌され、これがアストロサイトに作用する。ATPで刺激を受けたアストロサイトからLIF(leukemia inhibitory factor)が分泌され、これがOPCを刺激して成熟オリゴデンドロサイトとなりミエリン形成が始まる<ref name=ref38><pubmed>16543131</pubmed></ref>。また、軸索からはその活動依存的にグルタミン酸も放出される。オリゴデンドロサイトの細胞膜の局所に作用し、Fyn依存性にMBPの翻訳を上昇させ、ミエリン形成を促進する<ref name=ref39><pubmed>21817014</pubmed></ref>。