「カルシウムカルモジュリン依存性タンパク質キナーゼ」の版間の差分

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  カルシウムカルモジュリン依存性蛋白質キナーゼ(Ca<sup>2+</sup>/calmodulin-dependent protein kinase)は、細胞内カルシウム濃度が上昇した際にカルシウムカルモジュリン複合体の直接結合により活性化される、セリン/スレオニンキナーゼである。複数の基質をリン酸化する多機能性カルシウムカルモジュリン依存性蛋白質キナーゼと、特定の基質を標的とするMLCK、eEF-2キナーゼなどが存在する。前者には、CaMKI、CaMKII、CaMKIVサブファミリーが知られ、特に脳内において豊富に存在し、シナプス可塑性や遺伝子発現制御、細胞骨格制御などの神経機能修飾において幅広い役割を担う。
  カルシウムカルモジュリン依存性蛋白質キナーゼ(Ca<sup>2+</sup>/calmodulin-dependent protein kinase)は、細胞内カルシウム濃度が上昇した際にカルシウムカルモジュリン複合体の直接結合により活性化される、セリン/スレオニンキナーゼである。複数の基質をリン酸化する多機能性カルシウムカルモジュリン依存性蛋白質キナーゼと、特定の基質を標的とするMLCK、eEF-2キナーゼなどが存在する。前者には、CaMKI、CaMKII、CaMKIVサブファミリーが知られ、特に脳内において豊富に存在し、シナプス可塑性や遺伝子発現制御、細胞骨格制御などの神経機能修飾において幅広い役割を担う。
== 歴史 ==
  1968年に骨格筋においてcAMPによるグリコーゲンの分解がタンパク質リン酸化により媒介されることが発見され、cAMPやcGMP、Ca<sup>2+</sup>といったセカンドメッセンジャーが細胞機能に及ぼす影響の多くが、タンパク質リン酸化により媒介されると考えられるようになった<ref><PubMed> 22932</pubmed></ref><ref><PubMed>6312325</pubmed></ref>。Ca<sup>2+</sup>によるタンパク質リン酸化活性の促進がまず報告されたのは、ホスホリラーゼキナーゼやミオシン軽鎖キナーゼである。脳研究では、シナプトソーム膜(synaptosomal membrane) のCa<sup>2+</sup>依存的なリン酸化においてカルモジュリンが必要であることが報告されたのち、1980年代初頭にトリプトファンハイドロキシラーゼやsynapsinIを基質として、Ca<sup>2+</sup>/calmodulin-dependent protein kinaseII (CaMKII)が同定され<ref><PubMed>7409141</pubmed></ref><ref name=ref1><PubMed> 6785753</pubmed></ref>、複数のグループにより精製分離された。また、CaMKIは、synapsinIのCaMKIIリン酸化部位とは異なるサイトをリン酸化する酵素として、同定・分離された<ref name=ref1 /><ref><PubMed> 2411213</pubmed></ref>。次いで1989年に、小脳顆粒細胞に豊富に存在する新たなCaMKとしてCaMKIVが報告された<ref><PubMed>2538431</pubmed></ref>。これらの、カルシウムカルモジュリン依存性蛋白質キナーゼ活性は、多組織に比べ脳において活性が高いことが示され、その後脳機能における研究が著しく展開され、シナプス可塑性や遺伝子発現制御、細胞骨格制御などの神経細胞機能修飾において幅広い機能を担うことが明らかとなった。
== 分類 ==
  タンパク質リン酸化酵素は、特定の基質を標的とする”dedicated kinase”と、幅広い基質選択性を有した、”multifunctional kinase”に分類される。Ca2+/カルモジュリンの結合によって活性化されるカルシウムカルモジュリン依存性蛋白質キナーゼも、前者であるMLCK、eEF-2キナーゼ(CaMKIII)などと、後者の多機能性CaMKであるCaMKI、CaMKII、CaMKIVに分類される。多機能性CaMKは、ほとんどの組織に存在するが特に脳内での活性が高いことが古くから知られている。幅広い基質選択性により、複数の基質を細胞内でリン酸化することが可能と考えられ、その結果様々な神経細胞機能発揮において多彩な細胞機能修飾能を発揮できる。
== 多機能性CaMKの構造と活性化機構  ==
  各酵素について以下に記すが、いずれのCaMKも、カルシウムカルモジュリン複合体の非存在下では、自己抑制ドメイン(autoinhibitory domain)により自己抑制されており、活性化にはカルシウムカルモジュリン複合体の結合が必要である。更にリン酸化による制御を受けることが知られている<ref><PubMed>11749376</pubmed></ref>。
=== CaMKII ===
  哺乳類のCaMKIIは、4つの遺伝子(&alpha; &beta; &gamma; &delta;)によりコードされ、スプライスバリアントを含めると、40以上のアイソフォームによって構成される。基本構造として、N末端からATP結合ドメインを含むキナーゼドメイン、調節ドメイン(自己抑制ドメインとCa<sup>2+</sup>/カルモジュリン結合ドメインから構成)、C末端の多量体形成を担う自己会合ドメインを有する。ホロエンザイムは自己会合ドメインを介した会合により典型的には12量体を形成するとされる。自己抑制状態では、キナーゼドメイン内基質結合ポケットに自己抑制ドメインが偽基質として結合しており、Ca<sup>2+</sup>/カルモジュリンが隣接する領域に結合し自己抑制が解除されるとリン酸化能を発揮する。これに伴い、調節ドメイン内のスレオニン残基(CaMKIIaのT286)が自己リン酸化されると、自己抑制が生じなくなり、Ca<sup>2+</sup>/カルモジュリン非存在化においても酵素活性を有する能力(autonomy)を発揮する。autonomyの状態に移行するかどうかは、Ca<sup>2+</sup>上昇周波数に依存しており(e.g. >10Hz)、後述するLTPなどのシナプス可塑性発揮において重要な性質であると考えられている<ref name=ref2><PubMed>21884935</pubmed></ref><ref><PubMed>23632248</pubmed></ref>。


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| caption = Crystal structure of full-length human CaMKII holoenzyme  
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== 歴史 ==
  1968年に骨格筋においてcAMPによるグリコーゲンの分解がタンパク質リン酸化により媒介されることが発見され、cAMPやcGMP、Ca<sup>2+</sup>といったセカンドメッセンジャーが細胞機能に及ぼす影響の多くが、タンパク質リン酸化により媒介されると考えられるようになった<ref><PubMed> 22932</pubmed></ref><ref><PubMed>6312325</pubmed></ref>。Ca<sup>2+</sup>によるタンパク質リン酸化活性の促進がまず報告されたのは、ホスホリラーゼキナーゼやミオシン軽鎖キナーゼである。脳研究では、シナプトソーム膜(synaptosomal membrane) のCa<sup>2+</sup>依存的なリン酸化においてカルモジュリンが必要であることが報告されたのち、1980年代初頭にトリプトファンハイドロキシラーゼやsynapsinIを基質として、Ca<sup>2+</sup>/calmodulin-dependent protein kinaseII (CaMKII)が同定され<ref><PubMed>7409141</pubmed></ref><ref name=ref1><PubMed> 6785753</pubmed></ref>、複数のグループにより精製分離された。また、CaMKIは、synapsinIのCaMKIIリン酸化部位とは異なるサイトをリン酸化する酵素として、同定・分離された<ref name=ref1 /><ref><PubMed> 2411213</pubmed></ref>。次いで1989年に、小脳顆粒細胞に豊富に存在する新たなCaMKとしてCaMKIVが報告された<ref><PubMed>2538431</pubmed></ref>。これらの、カルシウムカルモジュリン依存性蛋白質キナーゼ活性は、多組織に比べ脳において活性が高いことが示され、その後脳機能における研究が著しく展開され、シナプス可塑性や遺伝子発現制御、細胞骨格制御などの神経細胞機能修飾において幅広い機能を担うことが明らかとなった。
== 分類 ==
  タンパク質リン酸化酵素は、特定の基質を標的とする”dedicated kinase”と、幅広い基質選択性を有した、”multifunctional kinase”に分類される。Ca2+/カルモジュリンの結合によって活性化されるカルシウムカルモジュリン依存性蛋白質キナーゼも、前者であるMLCK、eEF-2キナーゼ(CaMKIII)などと、後者の多機能性CaMKであるCaMKI、CaMKII、CaMKIVに分類される。多機能性CaMKは、ほとんどの組織に存在するが特に脳内での活性が高いことが古くから知られている。幅広い基質選択性により、複数の基質を細胞内でリン酸化することが可能と考えられ、その結果様々な神経細胞機能発揮において多彩な細胞機能修飾能を発揮できる。
== 多機能性CaMKの構造と活性化機構  ==
  各酵素について以下に記すが、いずれのCaMKも、カルシウムカルモジュリン複合体の非存在下では、自己抑制ドメイン(autoinhibitory domain)により自己抑制されており、活性化にはカルシウムカルモジュリン複合体の結合が必要である。更にリン酸化による制御を受けることが知られている<ref><PubMed>11749376</pubmed></ref>。
=== CaMKII ===
  哺乳類のCaMKIIは、4つの遺伝子(&alpha; &beta; &gamma; &delta;)によりコードされ、スプライスバリアントを含めると、40以上のアイソフォームによって構成される。基本構造として、N末端からATP結合ドメインを含むキナーゼドメイン、調節ドメイン(自己抑制ドメインとCa<sup>2+</sup>/カルモジュリン結合ドメインから構成)、C末端の多量体形成を担う自己会合ドメインを有する。ホロエンザイムは自己会合ドメインを介した会合により典型的には12量体を形成するとされる。自己抑制状態では、キナーゼドメイン内基質結合ポケットに自己抑制ドメインが偽基質として結合しており、Ca<sup>2+</sup>/カルモジュリンが隣接する領域に結合し自己抑制が解除されるとリン酸化能を発揮する。これに伴い、調節ドメイン内のスレオニン残基(CaMKIIaのT286)が自己リン酸化されると、自己抑制が生じなくなり、Ca<sup>2+</sup>/カルモジュリン非存在化においても酵素活性を有する能力(autonomy)を発揮する。autonomyの状態に移行するかどうかは、Ca<sup>2+</sup>上昇周波数に依存しており(e.g. >10Hz)、後述するLTPなどのシナプス可塑性発揮において重要な性質であると考えられている<ref><PubMed>21884935</pubmed></ref><ref><PubMed>23632248</pubmed></ref>。


=== CaMKK-CaMKI経路とCaMKK-CaMKVI 経路===
=== CaMKK-CaMKI経路とCaMKK-CaMKVI 経路===
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=== CaMKIV ===
=== CaMKIV ===
  CaMKIVは核内に非常に多く局在を示しCREBをリン酸化することで、長期的な可塑的変化に必要なタンパク質(c-fos や
  CaMKIVは核内に非常に多く局在を示しCREBをリン酸化することで、長期的な可塑的変化に必要なタンパク質(c-fos や
zif268(egr-1)、脳由来神経栄養因子(bdnf)等)の転写を神経活動依存的に促進するとされる。遺伝子改変マウスを用いた研究が進められ、細胞機能と合致し、ノックアウトマウスにおいて海馬LTP障害、小脳LTD障害とともにCREBリン酸化の低下が<ref><PubMed>10964952</pubmed></ref>、行動レベルでは小脳機能障害<ref><PubMed>10964952</pubmed></ref>および長期恐怖記憶の異常<ref><PubMed>12006982</pubmed></ref>が報告されている。シナプス刺激によってCaMキナーゼ経路の一つであるCaMキナーゼキナーゼ
zif268(egr-1)、脳由来神経栄養因子(bdnf)等)の転写を神経活動依存的に促進するとされる。遺伝子改変マウスを用いた研究が進められ、細胞機能と合致し、ノックアウトマウスにおいて海馬LTP障害、小脳LTD障害とともにCREBリン酸化の低下が<ref><PubMed>10964952</pubmed></ref>、行動レベルでは小脳機能障害<ref><PubMed>11069976</pubmed></ref>および長期恐怖記憶の異常<ref><PubMed>12006982</pubmed></ref>が報告されている。シナプス刺激によってCaMキナーゼ経路の一つであるCaMキナーゼキナーゼ
(CaMKK)-CaMKIV経路が活性化されることが長期シナプス可塑性を引き起こすために必要であり長期記憶の成立に寄与すると考えられている。
(CaMKK)-CaMKIV経路が活性化されることが長期シナプス可塑性を引き起こすために必要であり長期記憶の成立に寄与すると考えられている。


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