「カルシウムキレート剤」の版間の差分

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===グリコールエーテルジアミン四酢酸===
===グリコールエーテルジアミン四酢酸===
 GEDTAともいう。二価および三価の金属イオンと反応し錯体を形成する。グリコールエーテルジアミン四酢酸(ethylene glycol tetraacetic acid:EGTA)はEDTAとキレート生成定数はあまり変わらないが、金属イオンに対する特異性が異なり、二価の金属イオンではMg<sup>2+</sup>に比べ、Ca<sup>2+</sup>やCd<sup>2+</sup>に対する選択性が高い<ref name = dojin />。このため、Ca<sup>2+</sup>,Mg<sup>2+</sup>共存下でCa<sup>2+</sup>を選択的にキレートするにはEGTAが適しており<ref>'''R W Schmid, Charles Reilley'''<br>New complexon for titration of calcium in the presence of magnesium.<br>Analyt. Chem.: 1957, 29;264-268</ref>、細胞内や無細胞系でのCa<sup>2+</sup>生理機能解析に汎用される。
 ethylene glycol tetraacetic acid:EGTA、GEDTA
 
 二価および三価の金属イオンと反応し錯体を形成する。EGTAはEDTAとキレート生成定数はあまり変わらないが、金属イオンに対する特異性が異なり、二価の金属イオンではMg<sup>2+</sup>に比べ、Ca<sup>2+</sup>やCd<sup>2+</sup>に対する選択性が高い<ref name = dojin />。このため、Ca<sup>2+</sup>,Mg<sup>2+</sup>共存下でCa<sup>2+</sup>を選択的にキレートするにはEGTAが適しており<ref>'''R W Schmid, Charles Reilley'''<br>New complexon for titration of calcium in the presence of magnesium.<br>Analyt. Chem.: 1957, 29;264-268</ref>、細胞内や無細胞系でのCa<sup>2+</sup>生理機能解析に汎用される。


 EGTAと(EDTAも)Ca<sup>2+</sup>の結合は水溶液のpHに依存する。EGTA1分子には最大4つのH<sup>+</sup>が結合できるが、生理学的pH(=7)付近では通常2つのH<sup>+</sup>が結合している。この状態でのCa<sup>2+</sup>との結合速度は、H<sup>+</sup>が結合していない状態のEGTAより100~1000倍遅い<ref>'''Pietro Mirti'''<br>Kinetics of ligand exchange and dissociation reactions of the calcium(II)-EGTA complex investigated by the NMR technique.<br>J. inorg. nucl. Chem.: 1978, 41;323-330</ref>。EGTAにCa<sup>2+</sup>が結合するとH<sup>+</sup>は解離する。pH依存性はpH7付近で顕著に変化し、さらにEGTAとCa<sup>2+</sup>の結合は溶液の温度とイオン強度にも影響される<ref><pubmed> 6771253 </pubmed></ref><ref><pubmed> 6442108 </pubmed></ref>(図1)。EGTAの特性はこれら複数の要素に依存するため、測定法による誤差を大きくしている。例えばpH7.2における室温下でのEGTAとCa<sup>2+</sup>の解離定数は70~543 nM、結合速度定数は1.05×10<sup>7</sup>~ 4.38×10<sup>6</sup> M<sup>-1</sup>s<sup>-1</sup>と報告されている<ref name=Naraghi><pubmed> 9481476 </pubmed></ref><ref><pubmed> 11106608 </pubmed></ref><ref><pubmed> 27957749 </pubmed></ref>。
 EGTAと(EDTAも)Ca<sup>2+</sup>の結合は水溶液のpHに依存する。EGTA1分子には最大4つのH<sup>+</sup>が結合できるが、生理学的pH(=7)付近では通常2つのH<sup>+</sup>が結合している。この状態でのCa<sup>2+</sup>との結合速度は、H<sup>+</sup>が結合していない状態のEGTAより100~1000倍遅い<ref>'''Pietro Mirti'''<br>Kinetics of ligand exchange and dissociation reactions of the calcium(II)-EGTA complex investigated by the NMR technique.<br>J. inorg. nucl. Chem.: 1978, 41;323-330</ref>。EGTAにCa<sup>2+</sup>が結合するとH<sup>+</sup>は解離する。pH依存性はpH7付近で顕著に変化し、さらにEGTAとCa<sup>2+</sup>の結合は溶液の温度とイオン強度にも影響される<ref><pubmed> 6771253 </pubmed></ref><ref><pubmed> 6442108 </pubmed></ref>(図1)。EGTAの特性はこれら複数の要素に依存するため、測定法による誤差を大きくしている。例えばpH7.2における室温下でのEGTAとCa<sup>2+</sup>の解離定数は70~543 nM、結合速度定数は1.05×10<sup>7</sup>~ 4.38×10<sup>6</sup> M<sup>-1</sup>s<sup>-1</sup>と報告されている<ref name=Naraghi><pubmed> 9481476 </pubmed></ref><ref><pubmed> 11106608 </pubmed></ref><ref><pubmed> 27957749 </pubmed></ref>。
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===1,2-ビス(o-アミノフェノキシド)エタン-N,N,N',N'-テトラ酢酸(1,2-bis-(o-Aminophenoxy)-ethane-N,N,N',N'-tetraacetic acid:BAPTA)===
===1,2-ビス(o-アミノフェノキシド)エタン-N,N,N',N'-テトラ酢酸(1,2-bis-(o-Aminophenoxy)-ethane-N,N,N',N'-tetraacetic acid:BAPTA)===
EGTAの誘導体として1980年に[[wikipedia:ja:ロジャー・Y・チエン|Roger Tsien]](1952-2016)によって開発された。細胞内Ca<sup>2+</sup>測定に用いる低分子[[カルシウム指示薬]]はカルシウムキレート剤がその母核化合物となっているが、EGTA(およびその誘導体のカルシウム指示薬Quin2)はそのpH依存性が問題であった。また高いpKa(>8)値に起因するCa<sup>2+</sup>との遅い結合速度も時間分解能を高める上で不都合であった。よりすぐれたカルシウム指示薬の開発にあたって彼は、EGTAで窒素原子と酸素原子をつないでいるメチレン基をベンゼン環へ置換することですべての配位子の[[PKA|pKa]]を6.5以下にし、pH7付近での性質を安定させることに成功した<ref name=Tsien><pubmed> 6770893 </pubmed></ref>(図2)。こうしてできたキレート剤がBAPTAであり、Fura2に続く多くの低分子カルシウム指示薬の母核化合物となった。細胞内の生理的Ca<sup>2+</sup>濃度(0.1 nM~1 mM)では、BAPTAとCa<sup>2+</sup>は1:1で結合する<ref name=Tsien />。解離定数は220 nMでEGTAと同等であるが、結合速度定数は4.0 × 10<sup>8</sup> M<sup>-1</sup>sec<sup>-1</sup>とEGTAに比べて50~100倍速い<ref name=Naraghi />。たとえばイカの巨大[[シナプス前]]末端からの[[神経伝達物質]]放出はEGTAでは抑制されないがBAPTAで抑制されることから[[シナプス]]前末端内におけるCa<sup>2+</sup>の源([[カルシウムチャネル]])とCa<sup>2+</sup>の受容器([[シナプス小胞]]のCa<sup>2+</sup>センサー)の距離が近いことを反映していると考えられる<ref><pubmed> 1675264 </pubmed></ref>。このように、結合速度定数の異なるEGTAとBAPTAによる生理現象の抑制率を比較定量することによって、生理現象に関わる[[カルシウムドメイン]]のサイズを推定することができる<ref><pubmed> 9539117 </pubmed></ref><ref name=Nakamura><pubmed> 29563180 </pubmed></ref>。
EGTAの誘導体として1980年に[[wikipedia:ja:ロジャー・Y・チエン|Roger Tsien]](1952-2016)によって開発された。細胞内Ca<sup>2+</sup>測定に用いる低分子[[カルシウム指示薬]]はカルシウムキレート剤がその母核化合物となっているが、EGTA(およびその誘導体のカルシウム指示薬Quin2)はそのpH依存性が問題であった。また高いpKa(>8)値に起因するCa<sup>2+</sup>との遅い結合速度も時間分解能を高める上で不都合であった。よりすぐれたカルシウム指示薬の開発にあたって彼は、EGTAで窒素原子と酸素原子をつないでいるメチレン基をベンゼン環へ置換することですべての配位子の[[PKA|pKa]]を6.5以下にし、pH7付近での性質を安定させることに成功した<ref name=Tsien><pubmed> 6770893 </pubmed></ref>(図2)。こうしてできたキレート剤がBAPTAであり、Fura2に続く多くの低分子カルシウム指示薬の母核化合物となった。細胞内の生理的Ca<sup>2+</sup>濃度(0.1 nM~1 mM)では、BAPTAとCa<sup>2+</sup>は1:1で結合する<ref name=Tsien />。解離定数は220 nMでEGTAと同等であるが、結合速度定数は4.0 × 10<sup>8</sup> M<sup>-1</sup>sec<sup>-1</sup>とEGTAに比べて50~100倍速い<ref name=Naraghi />。たとえばイカの巨大[[シナプス前]]末端からの[[神経伝達物質]]放出はEGTAでは抑制されないがBAPTAで抑制されることから[[シナプス]]前末端内におけるCa<sup>2+</sup>の源([[カルシウムチャネル]])とCa<sup>2+</sup>の受容器([[シナプス小胞]]のCa<sup>2+</sup>センサー)の距離が近いことを反映していると考えられる<ref><pubmed> 1675264 </pubmed></ref>。このように、結合速度定数の異なるEGTAとBAPTAによる生理現象の抑制率を比較定量することによって、生理現象に関わる[[カルシウムドメイン]]のサイズを推定することができる<ref><pubmed> 9539117 </pubmed></ref><ref name=Nakamura><pubmed> 29563180 </pubmed></ref>。