「キネシン」の版間の差分
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英語名:kinesin | 英語名:kinesin | ||
キネシンは、モータータンパク質の一つで、主にATPを加水分解しながら微小管に沿って運動する性質を持ち、細胞分裂や細胞内物質輸送に重要な働きをしている。キネシンは遺伝子ファミリーを形成しており、キネシンスーパーファミリータンパク質(kinesin superfamily proteins, | キネシンは、モータータンパク質の一つで、主にATPを加水分解しながら微小管に沿って運動する性質を持ち、細胞分裂や細胞内物質輸送に重要な働きをしている。キネシンは遺伝子ファミリーを形成しており、キネシンスーパーファミリータンパク質(kinesin superfamily proteins, KIFs)と呼ばれる。KIFsは哺乳類(マウス、ヒト)で45種類の遺伝子が同定されており、細胞内で膜小器官、タンパク質複合体やmRNAなどのカーゴ(荷物)を輸送することで、細胞の生存、形態形成および機能発現に重要な役割を果たしている<ref name="ref1"><pubmed>19773780</pubmed></ref>。最近、このKIFsが、記憶・学習などの脳の高次機能、神経回路網形成、体の左右軸の決定、腫瘍形成の抑制など重要な生命現象に関与していることが明らかとなった<ref name="ref2"><pubmed>21092854</pubmed></ref>。本項目ではKIFsによる細胞内物質輸送について述べる。細胞分裂に関わるKIFsについては総説<ref name="ref3"><pubmed>12142285</pubmed></ref><ref name="ref4"><pubmed>15450976</pubmed></ref>を参考にされたい。 | ||
== 細胞内物質輸送 == | == 細胞内物質輸送 == | ||
[[Image:kinesin1.jpg|thumb|300px|'''図1 神経細胞における細胞内物質輸送'''<br>(Hirokawa et al. | [[Image:kinesin1.jpg|thumb|300px|'''図1 神経細胞における細胞内物質輸送'''<br>(Hirokawa et al.<ref name="ref2"><pubmed>21092854</pubmed></ref>より改変)]] | ||
細胞はその形態形成、及び機能発現に必要なタンパク質を合成した後、多種類の膜小器官あるいはタンパク質複合体として必要とされる部位に適切に送り分けており、この細胞内物質輸送の機構は神経細胞や極性のある上皮細胞のみでなく、あらゆる細胞で細胞機能の重要な基盤となっている。 | 細胞はその形態形成、及び機能発現に必要なタンパク質を合成した後、多種類の膜小器官あるいはタンパク質複合体として必要とされる部位に適切に送り分けており、この細胞内物質輸送の機構は神経細胞や極性のある上皮細胞のみでなく、あらゆる細胞で細胞機能の重要な基盤となっている。 細胞内物質輸送を担うモータータンパク質には大きく分けて、キネシン、ダイニン、ミオシンの3つがある(図1)<ref name="ref2"><pubmed>21092854</pubmed></ref>。 | ||
== キネシンスーパーファミリータンパク質(KIFs)の分類 == | == キネシンスーパーファミリータンパク質(KIFs)の分類 == | ||
[[Image:kinesin2.jpg|thumb|300px|'''図2 (A)KIFsの分類 (B)KIFsの構造'''<br>(Hirokawa et al.<ref name="ref2"><pubmed>21092854</pubmed></ref>より改変)]] | |||
[[Image: | [[Image:kinesin3.jpg|thumb|300px|'''図3KIFsのカーゴ認識機構の例'''<br>(A、B、C)KIFsは、多くはアダプター蛋白や足場蛋白を介して間接的に、まれには直接的にカーゴと結合し、輸送する。(Hirokawa et al.<ref name="ref2"><pubmed>21092854</pubmed></ref>より改変)]] | ||
[[Image: | [[Image:kinesin4.jpg|thumb|300px|'''図4 カーゴとの結合・解離の制御機構'''<br>(A)リン酸化による制御<br>(B)Rab GTPase活性による制御<br>(C)Ca2+シグナリングによる制御<br>(Hirokawa et al.<ref name="ref2"><pubmed>21092854</pubmed></ref>より改変)]] | ||
キネシンは、ATPを加水分解しながら、微小管に沿ってカーゴ(荷物)を輸送する。キネシンは遺伝子ファミリーを形成しており、キネシンスーパーファミリータンパク質(kinesin superfamily proteins, KIFs)と呼ばれ、哺乳類(マウス、ヒト)で45種類の遺伝子が同定されているが、mRNAスプライシングなどによる複数のアイソフォームの存在により、タンパク質としてはもっと多くの種類が存在する。KIFsは15個のファミリーから成り、分子内のモーター領域の存在部位によりN-KIFs(N末)、M-KIFs(中央)、C-KIFs(C末)に分けられる(図2)<ref name="ref2"><pubmed>21092854</pubmed></ref>。一般に、N-KIFsは微小管+(プラス)端へ、C-KIFsは微小管-(マイナス)端方向への輸送を行っており、M-KIFsは微小管の脱重合に関与している<ref name="ref1"><pubmed>19773780</pubmed></ref>。N-KIFsとC-KIFsはモーター領域(motor domain)、ストーク領域(stalk domain)、テイル領域(tail domain)より成り、モーター領域のアミノ酸配列の相同性は30~60%であるが、その他の部位のアミノ酸配列は各KIFsに特徴的で、多様性に富んでいる。モーター領域には微小管結合部位とATP結合部位があり、一般に、テイル領域(まれにストーク領域)が特異的なカーゴの認識や結合に関与している。各々KIFsは、多くはアダプター蛋白や足場蛋白を介して間接的に、まれには直接的にカーゴと結合し、これを輸送する(図3)(表1)<ref name="ref1"><pubmed>19773780</pubmed></ref>。カーゴとの結合・解離の制御には、リン酸化、Rab GTPase活性、Ca2+シグナリングによる制御が知られている(図4)<ref name="ref1"><pubmed>19773780</pubmed></ref>。 | |||
キネシンは、ATPを加水分解しながら、微小管に沿ってカーゴ(荷物)を輸送する。キネシンは遺伝子ファミリーを形成しており、キネシンスーパーファミリータンパク質(kinesin superfamily proteins, KIFs)と呼ばれ、哺乳類(マウス、ヒト)で45種類の遺伝子が同定されているが、mRNAスプライシングなどによる複数のアイソフォームの存在により、タンパク質としてはもっと多くの種類が存在する。KIFsは15個のファミリーから成り、分子内のモーター領域の存在部位によりN-KIFs(N末)、M-KIFs(中央)、C- | |||
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==== KIF1AとKIF1B ==== | ==== KIF1AとKIF1B ==== | ||
KIF1AとKIF1BはKinesin- | KIF1AとKIF1BはKinesin-3ファミリーに属し、KIF1BにはmRNAスプライシングにより、KIF1BαとKIF1Bβというアイソフォームがある。KIF1AとKIF1Bβは、synaptophysin、synaptotagmin、Rab3Aといったシナプス小胞蛋白を含むシナプス小胞前駆体を輸送する<ref name="ref5"><pubmed>7539720</pubmed></ref>。最近、Rab3との特異的な結合には、アダプター蛋白としてDENN/MADDがGTP依存的に働いていることが示された<ref name="ref6"><pubmed>18849981</pubmed></ref>。Kif1a及びKif1bホモ欠損マウスは共に、重篤な神経障害により生後すぐに死亡し、また、神経細胞死が認められる<ref name="ref7"><pubmed>9548721</pubmed></ref><ref name="ref8"><pubmed>11389829</pubmed></ref>。一方、Kif1a及びKif1bヘテロ欠損マウスはどちらも生存するが、Kif1aヘテロ欠損マウスでは刺激の豊かな生育環境による脳の形態的、機能的変化が障害されており<ref name="ref9"><pubmed>22365548</pubmed></ref>、一方、Kif1bヘテロ欠損マウスでは、生後1年頃より進行性の筋力低下と運動失調を認め、Charcot-Marie-Tooth病2A型(CMT type2A)の原因遺伝子の一つと考えられている</ref><ref name="ref8"><pubmed>11389829</pubmed></ref>。また、KIF1Bαはミトコンドリアの輸送に関与している</ref><ref name="ref10"><pubmed>7528108</pubmed></ref>。 | ||
==== KIF2 ==== | ==== KIF2 ==== | ||
KIF2(KIF2A、KIF2B、KIF2C)はM-KIFsに分類され、Kinesin- | KIF2(KIF2A、KIF2B、KIF2C)はM-KIFsに分類され、Kinesin-13ファミリーに属する。KIF2はATP依存的に微小管を脱重合するユニークな性質を持つ。KIF2Aは幼若な脳に多く発現し、神経成長円錐の微小管を脱重合することによって軸索側枝の過剰な伸長を抑制し、神経回路網形成に重要な役割を担っている</ref><ref name="ref11"><pubmed>12887924</pubmed></ref>。 | ||
==== KIF3 ==== | ==== KIF3 ==== | ||
KIF3はKinesin-2ファミリーに属し、細胞質内だけでなく、線毛や鞭毛内の物質輸送(intraflagellar | KIF3はKinesin-2ファミリーに属し、細胞質内だけでなく、線毛や鞭毛内の物質輸送(intraflagellar transport)も行っている</ref><ref name="ref12"><pubmed>12415299</pubmed></ref>。KIF3AとKIF3Bは異なった遺伝子から由来し、KAP3(KIF-associated protein 3)と結合してヘテロ三量体(KIF3複合体)を形成し、膜小器官やタンパク質複合体を輸送する</ref><ref name="ref13"><pubmed>8710890</pubmed></ref>。神経細胞では軸索伸長に必要な膜小胞を、フォドリンを介して認識し、輸送する</ref><ref name="ref14"><pubmed>10725338</pubmed></ref>。また、KIF3複合体は、線毛の構成成分をタンパク質複合体として線毛の基部から先端部へ輸送し、線毛の形成と維持に重要な役割を果たしている</ref><ref name="ref15"><pubmed>22285930</pubmed></ref>。さらに、Kif3a及びKif3bホモ欠損マウスの解析により、KIF3が胎児初期のNodeの線毛を形成し、この線毛が回転運動をすることによってNode領域で胎児外液の左方向への流れ(Node流)を作り、これが体の左右軸を決定することが示された</ref><ref name="ref16"><pubmed>9865700</pubmed></ref></ref><ref name="ref17"><pubmed>10330409</pubmed></ref></ref><ref name="ref18"><pubmed>15907475</pubmed></ref>。近年、KIF3複合体がN-cadherin/β-catenin複合体を形質膜に輸送することで細胞増殖を制御し、腫瘍形成の抑制に働いていることが明らかとなった</ref><ref name="ref19"><pubmed>15834408</pubmed></ref>。 | ||
==== KIF4A ==== | ==== KIF4A ==== | ||
KIF4AはKinesin- | KIF4AはKinesin-4ファミリーに属し、主に幼若な神経細胞で発現し、細胞質と核内の両方に存在する</ref><ref name="ref20"><pubmed>7929562</pubmed></ref>。KIF4Aは、脳の発達期において、核内ではPARP-1との結合・解離によりPARP-1の活性を制御することで活動依存的な神経細胞の生存及び細胞死を制御し、一方で細胞質内ではカーゴの輸送を行う</ref><ref name="ref21"><pubmed>16630823</pubmed></ref>。 | ||
==== KIF5 ==== | ==== KIF5 ==== | ||
KIF5はKinesin-1ファミリーに属し、kinesin light | KIF5はKinesin-1ファミリーに属し、kinesin light chains(KLCs)と複合体を形成する。KIF5にはKIF5A、KIF5B、KIF5Cの3つのアイソフォームがあるが、発現場所、発現量はそれぞれ異なる。KIF5Bは全身に発現しているのに対し、KIF5A、KIF5Cは神経特異的に発現している</ref><ref name="ref22"><pubmed>10964943</pubmed></ref>。これらは各々、異なるアダプター蛋白や足場蛋白を介して様々な膜小胞、ライソソーム、ミトコンドリアなどのカーゴを輸送する</ref><ref name="ref23"><pubmed>9456325</pubmed></ref></ref><ref name="ref24"><pubmed>9657148</pubmed></ref>が、互いに類似の機能も持ち、一部の機能は相補的である。KIF5による輸送の例として、神経軸索では、アルツハイマー病に関与するAPPの輸送や</ref><ref name="ref25"><pubmed>11740561</pubmed></ref>、syntabulinをアダプター蛋白としたsyntaxin 1の輸送などがある</ref><ref name="ref26"><pubmed>17611281</pubmed></ref>。また、近年、KIF5によるミトコンドリアの輸送にCa2+濃度依存的な制御が働いていることが示された</ref><ref name="ref27"><pubmed>19135897</pubmed></ref>。一方、樹状突起では、GRIP1を介したAMPA受容体サブユニットGluR2の輸送や</ref><ref name="ref28"><pubmed>11986669</pubmed></ref>、HAP1(huntingtin-associated protein 1)を介したGABA受容体の輸送</ref><ref name="ref29"><pubmed>20152113</pubmed></ref>、さらにはmRNA・タンパク質複合体(mRNP complex)の輸送</ref><ref name="ref30"><pubmed>15312650</pubmed></ref>を担っている。また、KIF5Aの遺伝子変異は遺伝性痙性対麻痺を引き起こすことが知られている<ref name="ref31"><pubmed>12355402</pubmed></ref>。 | ||
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これまで、KIFsには、単なる細胞内物質輸送からでは想像できない、より多岐にわたる、生命活動に必須の生理学的意義を持つことが明らかになってきた。しかし、依然としてまだ多くのKIFsはそのカーゴや機能が明らかにされていない。さらに、KIFsによるカーゴの認識、結合、解離の詳細な機序もまだ不明の点が多い。言い換えれば、細胞にとって必須であるイオンチャネルや受容体などのタンパク質には、その細胞内動態及び輸送が未知であるものが多い。これらの解明は、細胞機能を理解する上で非常に重要である。さらに、いかにして同一のKIFが異なるカーゴの輸送を行っているか、また、いかにして同一のカーゴが異なる複数のKIFsに振り分けられているのか、これらの制御機構の解明も待たれる。近年、KIFsは、脳神経疾患をはじめとする様々な疾患との関連が示唆されており、病態解明や治療法の開発も含め、今後のさらなる研究が期待される。 | これまで、KIFsには、単なる細胞内物質輸送からでは想像できない、より多岐にわたる、生命活動に必須の生理学的意義を持つことが明らかになってきた。しかし、依然としてまだ多くのKIFsはそのカーゴや機能が明らかにされていない。さらに、KIFsによるカーゴの認識、結合、解離の詳細な機序もまだ不明の点が多い。言い換えれば、細胞にとって必須であるイオンチャネルや受容体などのタンパク質には、その細胞内動態及び輸送が未知であるものが多い。これらの解明は、細胞機能を理解する上で非常に重要である。さらに、いかにして同一のKIFが異なるカーゴの輸送を行っているか、また、いかにして同一のカーゴが異なる複数のKIFsに振り分けられているのか、これらの制御機構の解明も待たれる。近年、KIFsは、脳神経疾患をはじめとする様々な疾患との関連が示唆されており、病態解明や治療法の開発も含め、今後のさらなる研究が期待される。 | ||
== 参考文献 == | == 参考文献 == | ||
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(執筆者:近藤誠、廣川信隆 担当編集委員:村上富士夫) | (執筆者:近藤誠、廣川信隆 担当編集委員:村上富士夫) |