「グリア細胞」の版間の差分

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==発生==
==発生==
 20世紀の半ばまで、グリア細胞の発生については1889年にウイルヘルム・ヒス(Wilhenlm His)が提唱した二元説を基にして構築されていた。すなわち、神経細胞は胚芽細胞(germinal cell)を起源とする[[神経幹細胞]](neuroblast)から発生し、グリア細胞は海綿芽細胞(sponginoblast)を起源とするグリア幹細胞(glioblast)から発生する。これらの幹細胞はほぼ同時期に作られ、それらがニューロンとグリア細胞を同時並行的に作り出すという学説が確立されてきた。しかし、それに対して、日本の解剖学者、藤田晢也(Setsuya Fujita)がト[[リチウム]]・チミジン・オートラジオグラフィー法を用いて、初期[[神経管]]における分裂細胞の動態を解析することによって、それまで海綿細胞(sponginoblast)または[[放射状グリア]](radial glia)と呼ばれていた細胞が、すべて胚芽細胞であり、その核の周囲部が分裂サイクルに同期してエレベータ運動を生ずることを発見した<ref><pubmed>13825588</pubmed></ref>。すなわち、この時期の神経管には均質な細胞しか存在せず、この細胞は神経およびグリア細胞の発生の基盤になるものであり、マトリックス細胞(matrix cell)と呼ばれるべきものである。藤田はこのマトリックス細胞が不均一分裂し、マトリックスス細胞と神経幹細胞(neuroblast)が生ずることを明らかにしたのだ<ref><pubmed>1418856</pubmed></ref>。発生の初期の段階で、マトリックス細胞はこの分裂周期を繰り返すことによって、次々に神経幹細胞を造り出し、それらがニューロンに[[分化]]する。十分な量のニューロンができると、やがて、マトリクス細胞は[[脳室]]上衣グリア幹細胞(ependymoglioblast)にスイッチし、そこからグリア幹細胞が造られるようになることを証明したのだ<ref><pubmed>14304273</pubmed></ref>(図1)。アストロサイトもオリゴデンドロサイトもこのようにして造り出されることが明らかにされている。当然のことながら、藤田学説は猛烈な反対を受ける。そして、1970年のアメリカの神経発生学者達によって「神経系の細胞発生における命名法の改変に関する委員会」(ボールダー委員会)によって、藤田説は否定された。しかし、現在は遺伝子発現の解析などで藤田説が正しいことが認められている。それにもかかわらず、ボールダー委員会の決議が撤回されたとは聞いていない。
 20世紀の半ばまで、グリア細胞の発生については1889年にウイルヘルム・ヒス(Wilhenlm His)が提唱した二元説を基にして構築されていた。すなわち、神経細胞は胚芽細胞(germinal cell)を起源とする[[神経幹細胞]](neuroblast)から発生し、グリア細胞は海綿芽細胞(sponginoblast)を起源とするグリア幹細胞(glioblast)から発生する。これらの幹細胞はほぼ同時期に作られ、それらがニューロンとグリア細胞を同時並行的に作り出すという学説が確立されてきた。しかし、それに対して、日本の解剖学者、藤田晢也(Setsuya Fujita)がト[[リチウム]]・チミジン・オートラジオグラフィー法を用いて、初期[[神経管]]における分裂細胞の動態を解析することによって、それまで海綿細胞(sponginoblast)または[[放射状グリア]](radial glia)と呼ばれていた細胞が、すべて胚芽細胞であり、その核の周囲部が分裂サイクルに同期してエレベータ運動を生ずることを発見した<ref><pubmed>13825588</pubmed></ref>。すなわち、この時期の神経管には均質な細胞しか存在せず、この細胞は神経およびグリア細胞の発生の基盤になるものであり、マトリックス細胞(matrix cell)と呼ばれるべきものである。藤田はこのマトリックス細胞が不均一分裂し、マトリックスス細胞と神経幹細胞(neuroblast)が生ずることを明らかにしたのだ<ref><pubmed>14184856</pubmed></ref>。発生の初期の段階で、マトリックス細胞はこの分裂周期を繰り返すことによって、次々に神経幹細胞を造り出し、それらがニューロンに[[分化]]する。十分な量のニューロンができると、やがて、マトリクス細胞は[[脳室]]上衣グリア幹細胞(ependymoglioblast)にスイッチし、そこからグリア幹細胞が造られるようになることを証明したのだ<ref><pubmed>14304273</pubmed></ref>(図1)。アストロサイトもオリゴデンドロサイトもこのようにして造り出されることが明らかにされている。当然のことながら、藤田学説は猛烈な反対を受ける。そして、1970年のアメリカの神経発生学者達によって「神経系の細胞発生における命名法の改変に関する委員会」(ボールダー委員会)によって、藤田説は否定された。しかし、現在は遺伝子発現の解析などで藤田説が正しいことが認められている。それにもかかわらず、ボールダー委員会の決議が撤回されたとは聞いていない。


 ミクログリアの発生についてはまだ議論が定着したとはいいきれない。アストロサイトやオリゴデンドロサイトと同様にグリア幹細胞から分化してくる細胞と考えるグループもある。しかし、最近になって、ミクログリアの起源は胎児期に卵黄嚢で造血細胞から分化して、神経管に浸入してくる中胚葉起源の細胞であることを示す証拠が報告されている<ref><pubmed>21125659</pubmed></ref>。しかし、ここでは最終的結論には至っていないとしておこう。
 ミクログリアの発生についてはまだ議論が定着したとはいいきれない。アストロサイトやオリゴデンドロサイトと同様にグリア幹細胞から分化してくる細胞と考えるグループもある。しかし、最近になって、ミクログリアの起源は胎児期に卵黄嚢で造血細胞から分化して、神経管に浸入してくる中胚葉起源の細胞であることを示す証拠が報告されている<ref><pubmed>21125659</pubmed></ref>。しかし、ここでは最終的結論には至っていないとしておこう。
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===シナプス可塑性に及ぼすアストロサイトの役割===
===シナプス可塑性に及ぼすアストロサイトの役割===
 すでに述べたようにアストロサイトには細かく枝分かれし、シート状の突起(ラメラ:lamella)を持つ樹状突起と、血管に巻き付く突起があり、そのラメラはニューロンの樹状突起上のシナプス構造を包み込んでいる。この構造はアストロサイトがシナプスをサポートしていることを示唆している。 また、海馬スライス培養標本において、アストロサイトを緑色蛍光タンパク質(GFP)で、ニューロンをrhodamine-dextranで標識して、二光子顕微鏡でリアルタイム観察した結果、アストロサイトと接触したシナプスの寿命は接触しなかったシナプスに比較して有意に長く、成熟型のシナプスに移行していくことが証明されている<ref><pubmed>17215394</pubmed></ref>この事実はおそらくシナプス可塑性にはアストロサイトの存在が重要であることを示唆しており、ますますアストロサイトの重要性が高まっている。
 すでに述べたようにアストロサイトには細かく枝分かれし、シート状の突起(ラメラ:lamella)を持つ樹状突起と、血管に巻き付く突起があり、そのラメラはニューロンの樹状突起上のシナプス構造を包み込んでいる。この構造はアストロサイトがシナプスをサポートしていることを示唆している。 また、海馬スライス培養標本において、アストロサイトを緑色蛍光タンパク質(GFP)で、ニューロンをrhodamine-dextranで標識して、二光子顕微鏡でリアルタイム観察した結果、アストロサイトと接触したシナプスの寿命は接触しなかったシナプスに比較して有意に長く、成熟型のシナプスに移行していくことが証明されている<ref><pubmed>17215394</pubmed></ref>この事実はおそらくシナプス可塑性にはアストロサイトの存在が重要であることを示唆しており、ますますアストロサイトの重要性が高まっている。
==オリゴデンドロサイトの形態==
 
===名称と形態の特徴===
オリゴデンドロサイト(oligodendrocyte; oligodendroglia):この名前はアストログリアに比べて突起が少ないことに基づいている(図8)。日本語では「希突起神経膠細胞」と訳されている。この細胞は前述のようにカハールの弟子である、リオ・オルテガによって発見された(1928)、オルテガはこれらの細胞を第三の脳細胞として発表する。実は彼が第三の脳細胞と分類した中には後述のミクログリア(microglia)も含まれていたのだ。この発表は師であるカハールには受け入れられず、リオ・オルテガは破門の憂き目にあう。
中枢神経系におけるオリゴデンドロサイトの特徴的な形態は、突起が神経軸索に巻き付いてミエリン髄鞘を作っている様子である。成熟脳に分布するすべてのオリゴデンドロサイトが髄鞘を作っているわけではない。図8に示すように、見かけは単に突起を伸ばした細胞の形をとっているものも多い。
===同種の細胞=== 
リオ・オルテガはオリゴデントロサイトの突起の数や、細胞体の形態、分布する部位などからI型からⅣ型の四種に分類している。しかし、四種に分類されたオリゴデンドロサイトの基本的な機能には大きな差はないようである。
末梢神経の軸索に巻き付き、ミエリン髄鞘を作るシュワン細胞(Schwann cell)(亡突起膠細胞)もオリゴデンドロサイトと同種の細胞である。
成熟中枢神経系にはオリゴデンドロサイトの性質を備えながらミエリン髄鞘を作らない細胞も多く見出される。それらの中にはオリゴデントロサイト前駆細胞(olygodendrocyte progenitor cells :OPC)に分類される細胞があるが、さらに、コンドロイチン硫酸プロテオグリカン(NG2 condroitin sulfate proteoglycan) を発現する細胞が見出される。この細胞は成熟細胞でもオリゴデントロサイトと区別ができない。NG2またはポリデンドロサイト(polydendrocyte)と呼ばれるこの細胞もミエリン鞘形成に至るものとミエリン鞘を形成しない種類がある。この細胞は白質にも灰白質にも分布しており、時にはアストロサイトのような形態をとっていることもある。しかし、アストロサイトのマーカー蛋白であるGFAP(glial fibrillary acidic protein)は発現しない。実にややこしい細胞である<ref><pubmed>19096367</pubmed></ref。
重要な事実はこの細胞が中枢損傷部位に集まり、グリア瘢痕(glial sxcar)、グリオーシス(gliosis)を作ることである。このような性質からこの細胞はsynantocyte(synant :ギリシャ語で:接触することを意味する言葉)と命名されたこともあるが、その後、この名前はあまり流布していない<ref><pubmed>14501223</pubmed></ref>。ニューロンにも似た性質を持っており、この細胞の存在は脳内に分布する多様な機能精細胞の系譜が同じであることを如実に語っている。
 
===オリゴデンドロサイトのマーカー分子===
 オリゴデンドロサイトのマーカー分子は多様である。ミエリン髄鞘に特異的なタンパク質、プロテオリピッドプロテインproteolipid protein:PLP)やミエリンベーシックプロテイン(myelin basic protein:MBP)は髄鞘のマーカーとして使われる。その他、特殊な糖脂質、例えばガラクトセレブロシ(Galactocerebroside)やスルファチド(sulfatide)(3-O-硫酸化ガラクトシルセラミド)が分布しているので、これがよいマーカー分子になる。前者についてモノクローン抗体O1が、後者についてはモノクローン抗体O4が検出のために利用できる。同じくミエリン髄鞘に豊富に存在する酵素類、cyclicnucleotide phosphatase (CNPase)などもよいマーカーとなる。
===ヒト脳における分布量===
オリゴデンドロサイトはミエリン鞘をつくるという役割のために白質に多く存在している。しかし、その分布量に関する報告は見ない。ヒト脳においてはアストロサイトがニューロンの二倍程度、後述のミクログリアがニューロンとほぼ同程度とされている。グリア細胞全体がニューロンの10倍以上と考えると、その分布量はアストロサイトの三倍以上ということになる。この細胞が中枢神経系内のほとんどの神経軸索の全長にわたって有髄化していることから考えると、その数はアストロサイト数倍は分布すると考えても無理はない。
==オリゴデンドロサイトの機能==
===ミエリン髄鞘の形成 神経伝導速度の促進===
オリゴデンドロサイトの重要な役割は神経軸索に絶縁テープのように巻き付き、神経信号の伝導効率を上げることである。この巻き付いた部分はミエリン髄鞘(myelin sheath)とよばれ、250~1000ミクロンほどの幅を持っている。髄鞘を持つ神経線維は有髄神経線維(myelinated nerve fiber)と呼ばれる。
中枢神経系では一つのオリゴデンドログリアが、少ない場合は1から2本、多い場合は30本ほどの神経軸索に突起を伸ばしてミエリン髄鞘を作っている。神経信号は髄鞘と髄鞘の間、ランビエー絞輪( node of Ranvier)と呼ばれる部分を跳躍するように伝わっていく(跳躍伝導:saltatory conduction)(図9)。中枢神経系の神経線維はほとんど有髄神経である。この種の髄鞘のおかげで、神経軸索上を伝導する信号の速度は新幹線に優るとも劣らないものになる(秒速100メーター、時速360キロ)。因みにこの髄鞘を持たない神経軸索(自律神経の節後線維)での伝導速度は秒速1メーター程度、時速3.6キロだから、ゆっくりと歩く程度である(図9)。無髄神経で速度を高めるには神経線維の直径を大きくして、局所電位の大きさを高める必要がある。軟体動物のヤリイカでは速やかに動かす必要のある筋肉への神経線維は無髄であるので、その直径は1mmほどもある。我々の脳内の配線はこのように太い神経線維では不可能である。
 図9bは有髄神経線維をランビエー絞輪の位置で縦方向に切ったものである。幾重にも巻いたオリゴデンドロサイトの突起が、ランビエー絞輪を挟んで、存在している(パラノード:paranode)。実際に、免疫組織化学的に、活動電位の発現に必要な、電位依存性Na+チャンネルはランビエー絞輪に局在しており、いっぽう。電位依存性K+チャンネル(Kv1.1 、Kv1.2)はパラノードの先、ジャクスタパラノード(Juxta paranode)に局在していることが示されている。
 因みに無髄神経で速度を高めるとすると、神経線維の直径を大きくして、局所電位の大きさを高める必要がある。軟体動物のヤリイカでは速やかに動かす必要のある筋肉への神経線維は無髄であるので、その直径は1mmほどもある。我々の脳内の配線は極めて高度に発達しており、このように太い神経線維で配線することは不可能である。
 
===太くなる神経線維が脳の可塑性に関与する===
音楽家やスポーツ選手など通常の人より訓練を積んだヒトとの脳を核磁気共鳴画像で解析する試みが盛んに行われている。訓練や学習による脳の発達の手がかりを得ようとするものである<ref><pubmed>21403182</pubmed></ref>。これらの研究対象は当初、神経細胞やそのシナプス層、すなわち灰白質に置かれていた。しかし、その途上で、驚くべきことに白質、すなわち神経線維の集まりの部分に明らかな、場合によっては灰白質よりも明瞭な差が発見されたのだ<ref><pubmed>16282593</pubmed></ref>。。最初の発見は音楽家の脳の脳梁の拡大であった。脳梁は有髄線維の束である学習や訓練がその厚みを増すとは何を意味しているのか。神経線維の数が増えている可能性もあるが、むしろ、一本一本の神経線維の太さが増しているのであろうと考えられている。とは言え、神経軸索そのもののサイズが太くなるとは考えられない。とすると、軸索を覆う髄鞘部分が増大する。すなわち、神経軸索を包む髄鞘の巻数が増えたと考えるのが妥当だ。巻数が増えて、絶縁の程度が高くなると、伝導速度が増す可能性は高い。実際に最近ではMRIで水分子の拡散運動を画像化し、その拡散の方向依存性が解析されている。ミエリン化が進むと神経線維に沿った水の拡散の方向性(部分異方性:fractional anisotropy:FA)が高まることを指標とする方法で、詳しく調べられている。その結果、ジャグリングの練習、試験勉強、楽器の訓練など可塑性を高める試みは脳梁ばかりではなく大脳皮質や海馬の白質のミエリン化が促進されていることが明らかになってきた<ref><pubmed>19820707</pubmed></ref>。これは可塑性が決してシナプスだけの現象ではないことを意味し、これまでに積み上げられてきた可塑性のメカニズムに関する理解を根本から変える必要を迫る驚くべき事実として注目されている。
===髄鞘のダイナミズム===
 前述のように中枢神経系の有髄神経で髄鞘を作るのがオリゴデンドロサイトであり、神経線維の伝導速度を決める重要な要素である。単に神経線維の上に巻き付いているだけと考えられていた髄鞘がもっと積極的に活動しているのだが、その仕組みに関する証拠が末梢有髄神経で示されている。末梢神経軸索に発生する活動電位が髄鞘を作るシュワン細胞(Schwann cells)の増殖や分化に影響を及ぼすのだ。すなわち、神経軸索の活動がATPを介してシュワン細胞のP2受容体を活性化して細胞内カルシウム濃度を上昇させる。その結果、シュワン細胞のCa2+レベルが上昇する。この反応はさらに隣接するシュワン細胞に伝達される。この信号が軸索における未熟なシュワン細胞を髄鞘形成に導くというものである<ref><pubmed>10731149</pubmed></ref>。このような神経活動依存性の髄鞘形成は脳内での神経回路の成熟過程においても活発に引き起こされている可能性が高い。
 さらに、神経軸索がグルタミン酸を遊離し、それが髄鞘に分布するグルタミン酸受容体(NMDA受容体やG-タンパク質共役型受容体)の活性を介して、髄鞘内Ca2+濃度の上昇を引き起こすことが明らかにされている(文献)。このCa2+上昇は髄鞘と神経軸索の結合部に発現するFynキナーゼを活性化し、ミエリンベーシックプロテイン(MBP)の産生を高めるのだ。これは髄鞘の強化が活動依存性に促進されることを強く支持する発見である。同時に、オリゴデンドロサイトが発現しているATPやアデノシンに対する受容体を介した細胞内Ca2+の上昇も同じ機構で髄鞘の強化に寄与している可能性を支持する。
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6.4 神経活動の同期に関わる可能性
 ATPやその代謝産物であるアデノシンによる髄鞘の興奮についてはさらに重要な発見がある。興奮した髄鞘で包まれている軸索における伝導速度を上昇させるのである(文献)。オリゴデンドロサイトはその名の通り、あまり沢山の突起は持たないが、それでも多い場合は30本ほどの突起を繰り出して、神経軸索に髄鞘を作る。もし、この細胞が興奮したら、その細胞が関わる30本の軸索の伝導速度は一気に高まることになる。また、上述のように一つのオリゴデンドロサイトの興奮が隣接するオリゴデンドロサイトに伝搬すれば、ある集団の神経軸索の伝導速度は高められ、それらが送られるシナプス側において、非常に高い同期性を持つことになる。これは特定の情報の伝達効率を集団的に高めるのに有効な方法であり、これまでに考えられてきた伝達効率促進メカニズムとは異なる機能である。
 髄鞘の厚みが増すことによる伝導速度促進および同じオリゴデンドロサイトに支配されている神経軸索間の同期は間違いなく脳機能の向上に関わるはずである。可塑性を支える要素の一つとして注目されるべき機能である。これらの事実はこれまでの脳研究では想像もできなかったさらに高度な可塑性機能であり、その広がりの大きさは計り知れない。今後の研究が楽しみな分野である。
 しかし、一つ、どうしても理解できない点がある。一個のオリゴデンドロサイトから繰り出された複数のシート状突起が、それぞれの軸索に接触した後に、バームクーヘンのような形に幾重にも巻き付くことができるのだろうか?軸索の表面がくるくると回って糸巻きのように巻き取っている仕組みがなければならないが、これはまだ証明されていない。
 




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ミクログリアはいろいろなマーカーによって検出できる。例えば、チアミン・ピロフォスファターゼ(Thiamine pyrophosphatase: TPPase)や非特異的エステラーゼ(nonspecific esterase NSE)など中枢神経系の細胞の中ではミクログリアに比較的特異的に発現する酵素類を検出する方法である。また、マクロファージの特異的抗体や、免疫関連の補体受容体に対する抗体を用いても脳内のミクログリアを[[免疫染色]]できる。一方、ミクログリアの細胞表面には主要組織適合遺伝子複合体(Major histocompatibility complex:MHC)分子が存在し、その抗体はミクログリアのよいマーカーとなる。 現在、ミクログリアの最も有効なマーカーとして利用されるのがIba1と呼ばれるタンパク質である(文献)。しかし、Iba1抗体もミクログリアばかりではなく、マクロファージにも反応する.この事実は両者の系譜が同じであろうとする考えの根拠の一つになっている。
ミクログリアはいろいろなマーカーによって検出できる。例えば、チアミン・ピロフォスファターゼ(Thiamine pyrophosphatase: TPPase)や非特異的エステラーゼ(nonspecific esterase NSE)など中枢神経系の細胞の中ではミクログリアに比較的特異的に発現する酵素類を検出する方法である。また、マクロファージの特異的抗体や、免疫関連の補体受容体に対する抗体を用いても脳内のミクログリアを[[免疫染色]]できる。一方、ミクログリアの細胞表面には主要組織適合遺伝子複合体(Major histocompatibility complex:MHC)分子が存在し、その抗体はミクログリアのよいマーカーとなる。 現在、ミクログリアの最も有効なマーカーとして利用されるのがIba1と呼ばれるタンパク質である(文献)。しかし、Iba1抗体もミクログリアばかりではなく、マクロファージにも反応する.この事実は両者の系譜が同じであろうとする考えの根拠の一つになっている。


==グリア細胞機能の新しい側面==


===アストロサイトが関与するエネルギー供給機構===
 ニューロンにとって唯一のエネルギー源はグルコース(glucose)である。しかし、図に示したように血管はニューロンには直接接触していない。アストロサイトがニューロンと血管の間に介在し、アストロサイトに発現するグルコーストランスポーター(glucose transporter )を使って、ニューロンにエネルギー源としてのグルコースを供給している。一部は、血管の外に流れ出したグルコースをニューロンが取り込む方式を使っているようだが、基本的にはアストロサイトを介した経路を主な補給路としている。実は、アストロサイトは取り込んだグルコースを乳酸(lactate)まで代謝してから、モノカルボン酸トランスポーターmono-carboxylic acid transporter (MCT) を介してニューロンへ供給されるのだ(文献)。アストロサイトが自らに必要なエネルギーを得るために必要な仕組みなのか、ニューロンが必要に応じてすぐにTCAサイクルでエネルギーを産生できるための仕組みなのかは不明であるが、両者が密接な関係を持っていることがわかる。しかし、これはアストロサイトの支持細胞としての役割の一つであり、脳機能を制御していると構えるほどの事実ではない。
 もっと重要なことは、細動脈周辺のアストロサイトの細胞内[[カルシウム]]濃度が高まると、細動脈の直径が広がり、血流量が高まるという事実である(文献)。これはニューロン活動により遊離された[[グルタミン酸]]により周辺のアストロサイトが刺激されると、血液の供給量が高まることを意味する。より多くのエネルギーを要求すると、それに応じて、血流量を増やし、グルコースの供給量を増やすことができるという何とも見事なしくみである。この事実から考えると、現在、脳活動の画像化に利用されている機能性核磁気共鳴イメージング(functional magnetic resonance imaging: fMRI)の画像はアストロサイトの機能を見ているものではないかと思われる。
===アストロサイトにおける神経伝達物質受容体の発現===
 20世紀の後半からアストロサイトの新しい側面に注意が注がれるようになった。特に20世紀末から現在までにアストロサイトの研究は急速に進んできている。もっぱら、ニューロンが正常に活動するための補佐役としての機能のみが注目されていたアストロサイトであるが、1988年頃にはこの細胞にグルタミン酸受容体、[[GABA受容体]]、[[セロトニン受容体]]、[[ノルアドレナリン受容体]]など様々な神経伝達物質受容体が発現していることが報告されている(文献)。この頃から、分子生物学的に神経伝達物質受容体の存在を実証する方法が確立され、アストロサイトにはGタンパク質共役型受容体が分布していることが明らかにされた。現在では[[アセチルコリン]]受容体、ヒスタミン受容体、[[ドーパミン受容体]]の発現も確認されている。もちろん、すべてのアストロサイトに発現しているのではない。しかし、主要な神経伝達物質のほとんどがアストロサイトに発現する可能性があるのだ。それでは何のためにそのような受容体が発現しているのだろうか。
===アストロサイトにおける細胞内カルシウム濃度のダイナミックな変化===
 受容体の発現があったとしても、それが機能的に意味を持っているかどうかはわからず、多くの神経研究者は注目することなく時が過ぎた。というのも、アストロサイトは電気的にはまったく不活性であると報告されており、確かに、深い静止膜電位は持つものの、通電してもまったく応答することはない(文献)。電気生理学が脳研究の中心的な解析手法であった当時、こんな不活性な細胞が伝達物質受容体を発現していたとしても意味がないと考えられたのも不思議はない。
 ところがアストロサイトの活動を検出できる研究手法が開発されたことで、事情は一変する。カルシウムイメージング([[calcium]] imaging)法、すなわち、細胞内カルシウム濃度の画像による解析方法である。細胞内に容易に導入することができる蛍光カルシウム指示薬を用い、カルシウム濃度の変動の結果生ずる蛍光強度の変動をビデオ画像として捉えるものである(文献)。この方法を使って、アストログリアのクローン細胞に[[セロトニン]]に対するカルシウム応答反応がることが報告された(文献)。その後、中枢由来の培養細胞を用いて、グルタミン酸が細胞内カルシウム濃度上昇させることが報告された(文献)。ほぼ同それに前後して、アセチル[[コリン]]、ヒスタミン、[[ATP]]、[[ノルアドレナリン]]、[[ドーパミン]]、セロトニンに対してもアストロサイトが同様なカルシウム応答反応を生ずることが報告された(文献)。この反応は細胞の一点で見ると反復性律動的反応(カルシウムカルシウムオシレーション:calcium oscillation)として観察できる(図)。二次元的に観察すると、細胞内で反応が波状に広がるばかりか、周辺のアストロサイトにも波状に伝搬していることがわかる(カルシウムウエーブ: calcium wave)(文献)。その伝搬速度は神経活動に比べると数オーダー遅い。しかし、この発見はそれまで不活性であり、脳のダイナミックな機能には寄与しないだろうと考えられていたアストロサイトが脳機能発現に積極的関与する可能性を示唆するものであり、脳研究者の興味をかき立てることになった。
===アストロサイトによるグリア伝達物質の遊離===
 いかにカルシウムが上昇したとしても、それだけでは神経活動に影響できるという証拠にはならない。カルシウムの上昇をきっかけとして周辺のニューロンに影響を与えるという証拠が欲しい。アストロサイトは神経栄養因子などの多様なサイトカインを遊離することができるということは以前から認められており、ニューロン活動に即時的な影響を与える分子を遊離できないはずはないと多くの研究者は考えた。そして、この点も比較的簡単にクリアされたのだ。アストロサイトはグルタミン酸 、ATP、D-[[セリン]]などの分子を遊離できること、これらの直接的にも間接的にもニューロンの活性に影響を与えることが証明されている(図)(文献)。
 グルタミン酸(glutamate)は脳内のシナプスの70%で[[興奮性]]伝達物質として使われている分子である。従って、これを遊離できることはアストロサイトから周辺のシナプスに情報を伝達できることを意味する。しかし、アストロサイトはグルタミン作動性ニューロンの終末から遊離されたグルタミン酸を取り込み、これをグルタミンに代謝してから、ニューロンに輸送することで、伝達物質のリサイクリングに寄与している。その機能から考えると、アストロサイトに取り込まれたグルタミン酸はグルタミンに代謝されてしまうので、伝達物質として遊離できるグルタミン酸を確保できているのかを疑問視する研究者も多かった。しかし、このアストロサイトがグルタミン酸をカルシウム依存性に遊離することもできることは証明されており、疑問の余地はない(文献)。
 もう一つ重要な分子がATP (adenosine triphosphate)である。アストロサイトがATPを遊離できることはアストロサイト特異的培養系で、ATP測定をすることによって容易に証明できる。ATPはそのものが神経伝達物質の一つして認められており、ニューロンには7種の[[イオンチャンネル]]型のP2X受容体と8種のG-タンパク質共役型のP2Y型が分布していることが認められている。一方、アストロサイトにはイオンチャンネル型P2X受容体とG-タンパク質共役型のP2Y1、P2Y2、P2Y4を発現しているので、ATPに対する感受性が高く、カルシウムイメージング法でその効果を容易に確かめることができる(文献)。グルタミン酸と同様ニューロンとアストロサイトの相互関係を維持する要素としての条件を満たしているのだ(文献)。
 さらに、D-セリン(D-serine)にも注目したい。D-セリンはL-セリンからセリン異性化酵素(serine racemase)によって合成される。このアミノ酸はグルタミン酸受容体のサブタイプの一つであるNMDA受容体(N-methyl-D-aspartic acid receptor)の活性化因子の一つである。このNMDA受容体はカルシウム流入を引き起こすことができるチャンネルに連動しており、シナプス可塑性過程での重要性が高い。アストロサイトはセリン異性化酵素をもっており、D-セリンを遊離することができる。最近はニューロンもD-セリンを産生することができると報告されており、この機能がアストロサイトの特異的機能であることには疑問があるが(文献)、グリア細胞から遊離されてニューロンのグルタミン酸受容体に促進的作用を受けもっていることは確からしい。このようにグリア細胞から遊離され、ニューロン活動に影響を及す分子はグリオトランスミッター(gliotransmitters)と呼ばれている(文献)(図)。
===トライパータイトシナプス===


 グリアとニューロンとがそれぞれ伝達物質受容体を発現し、ともに伝達物質を遊離できることから、脳機能が単にニューロンが作る回路のみではなく、グリア細胞とニューロンが作るもっと広範囲な回路の中から生み出されるのではないかという考え方が提唱されている。[[シナプス前]]ニューロンとシナプス後ニューロンとで作られるシナプスに、周辺のアストロサイトとの間でのシナプスの存在を加えたトライパータイトシナプス(tripartite synapse:三者間シナプス)という概念である(文献) 。これまでに述べたアストロサイトの性質を考えれば当然あって然るべき仕組みである。このようなシナプスの存在を考慮に入れて脳における情報処理を考えると、これまでにニューロンのみで作られる回路の上で考えていた脳機能はもっと複雑で奥深いものになる(図)。


===シナプス可塑性に及ぼすアストロサイトの役割===
 アストロサイトには細かく枝分かれし、シート状の突起(ラメラ:lamella)を持つ樹状突起と、血管に巻き付く突起がある。ラメラはニューロンの樹状突起上のシナプス構造を包み込んでいる(文献)。(一個のアストロサイトが10万個以上のシナプスを包み込んでいることが明らかにされている。この構造はアストロサイトがシナプスをサポートしていることを示唆している。
また、[[海馬]][[スライス培養]]標本において、アストロサイトを緑色蛍光タンパク質([[GFP]])で、ニューロンをrhodamine-dextranで標識して、二光子顕微鏡でリアルタイム観察した結果、アストロサイトと接触したシナプスの寿命は接触しなかったシナプスに比較して優位に長く、成熟型のシナプスに移行していくことが証明されている(文献)。この事実はおそらくシナプス可塑性にはアストロサイトの存在が重要であることを示唆しており、ますますアストロサイトの重要性が高まっている。


==オリゴデンドロサイトの機能、新しい発見==
==オリゴデンドロサイトの機能、新しい発見==
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