「グリア芽細胞」の版間の差分

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<div align="right"> 
<font size="+1">[http://researchmap.jp/noriyoshiusui 臼井 紀好]</font><br>
''UT Southwestern Medical Center, Department of Neuroscience''<br>
<font size="+1">杉尾 翔太、[http://researchmap.jp/read0182659 池中 一裕]</font><br>
''自然科学研究機構 生理学研究所 分子生理研究系 分子神経生理研究部門''<br>
DOI:<selfdoi /> 原稿受付日:2012年8月8日 原稿完成日:2012年11月6日<br>
担当編集委員:[http://researchmap.jp/fujiomurakami 村上 富士夫](大阪大学 大学院生命機能研究科)<br>
</div>
英語名: glioblast 独:Glioblast 仏:glioblast  
英語名: glioblast 独:Glioblast 仏:glioblast  


同義語:グリオブラスト
同義語:[[グリオブラスト]]


 グリア芽細胞は、[[グリア]]前駆細胞として、[[アストロサイト]]([[星状膠細胞]])、[[オリゴデンドロイサイト]]([[乏突起膠細胞]])に分化することができる幹細胞の一種である。脳内に広く存在し、[[グリア細胞]]、及び、[[グリオブラストーマ]]([[膠芽腫]])の発生・形成に関与する。グリア芽細胞が正常か癌性であるかは、脳組織の病理検査によって識別できる。  
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 グリア芽細胞は、[[グリア]]前駆細胞として、[[アストロサイト]]([[星状膠細胞]])、[[オリゴデンドロサイト]]([[乏突起膠細胞]])に分化することができる幹細胞の一種である。脳内に広く存在し、[[グリア細胞]]、及び、[[グリオブラストーマ]]([[膠芽腫]])の発生・形成に関与する。グリア芽細胞が正常か癌性であるかは、脳組織の病理検査によって識別できる。  
}}


== 概説  ==
== 概説  ==
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 1960年代に[[wikipedia:ja:ニワトリ|ニワトリ]]胚の[[神経管]]から、[[エレベーター運動]]を行う[[マトリックス細胞]]([[神経上皮細胞]])が発見され、このマトリックス細胞からグリア芽細胞(グリア前駆細胞)と上衣細胞が産み出されることが明らかにされた<ref name="ref3" /><ref name="ref4" /><ref name="ref5" />。[[wikipedia:ja:脊索動物|脊索動物]]が持つ神経管は、[[wikipedia:ja:外胚葉|外胚葉]]から形成され、[[脳室]]近傍に存在する[[神経幹細胞]]から[[神経前駆細胞]]とグリア芽細胞が産み出される。  
 1960年代に[[wikipedia:ja:ニワトリ|ニワトリ]]胚の[[神経管]]から、[[エレベーター運動]]を行う[[マトリックス細胞]]([[神経上皮細胞]])が発見され、このマトリックス細胞からグリア芽細胞(グリア前駆細胞)と上衣細胞が産み出されることが明らかにされた<ref name="ref3" /><ref name="ref4" /><ref name="ref5" />。[[wikipedia:ja:脊索動物|脊索動物]]が持つ神経管は、[[wikipedia:ja:外胚葉|外胚葉]]から形成され、[[脳室]]近傍に存在する[[神経幹細胞]]から[[神経前駆細胞]]とグリア芽細胞が産み出される。  


 中枢神経系におけるグリア芽細胞は、脳では[[側脳室]]、及び[[海馬]][[歯状回]]、[[脊髄]]では脳室近傍に存在する<ref name="ref2" /><ref name="ref6"><pubmed> 17282992 </pubmed></ref><ref name="ref7"><pubmed> 19555289 </pubmed></ref><ref name="ref8"><pubmed> 21068830 </pubmed></ref>。グリア芽細胞は発生過程に伴って、最初にアストロサイトを産み出し、オリゴデンドロサイト、最後にミクログリアを産み出すことが初めに報告された<ref name="ref3" /><ref name="ref4" /><ref name="ref5" />。しかし、近年の[[遺伝子組換えマウス]]を用いた細胞系譜解析結果から、グリア芽細胞はアストロサイトとオリゴデンドロサイトは産み出すが、ミクログリア分化については一般的ではない<ref name="ref6" /><ref name="ref7" /><ref name="ref8" /><ref name="ref9"><pubmed> 16581057 </pubmed></ref><ref name="ref10"><pubmed> 19390819 </pubmed></ref><ref name="ref11"><pubmed> 17111048 </pubmed></ref>。[[Olig2]][[転写因子]]を発現したグリア芽細胞(Olig2陽性グリア前駆細胞)の細胞系譜解析では、マウス胎生9.5日齢からアストロサイトとオリゴデンドロサイト、さらに上衣細胞が産み出されることが明らかにされたが、ミクログリアは観察されなかった <ref name="ref9" />。個体レベルの解析結果から、アストロサイトとオリゴデンドロサイトが同時期に産み出されることが明らかにされ、グリア芽細胞からアストロサイト、オリゴデンドロサイトの順に産み出されるわけではないことが明らかになった<ref name="ref9" />。ミクログリアはグリア細胞の一種ではあるが、発生の由来は外胚葉由来でなく[[wikipedia:ja:中胚葉|中胚葉]]由来であり、[[wikipedia:ja:造血幹細胞|造血幹細胞]]から発生する<ref name="ref11" />。また、グリア芽細胞の[[wikipedia:ja:多分化能|多分化能]]は重要な性質ではあるが、同時に癌化の危険性も持ち合わせており、グリア芽細胞、またはアストロサイト、オリゴデンドロサイトが癌化したものがグリオブラストーマとして知られており、近年その性質が明らかにされつつある<ref name="ref12"><pubmed> 16846849 </pubmed></ref><ref name="ref13"><pubmed> 16652341 </pubmed></ref><ref name="ref14"><pubmed> 17296553 </pubmed></ref>。  
 中枢神経系におけるグリア芽細胞は、脳では[[側脳室]]、及び[[海馬]][[歯状回]]、[[脊髄]]では脳室近傍に存在する<ref name="ref2" /><ref name="ref6"><pubmed> 17282992 </pubmed></ref><ref name="ref7"><pubmed> 19555289 </pubmed></ref><ref name="ref8"><pubmed> 21068830 </pubmed></ref>。グリア芽細胞は発生過程に伴って、最初にアストロサイトを産み出し、オリゴデンドロサイト、最後にミクログリアを産み出すことが初めに報告された<ref name="ref3" /><ref name="ref4" /><ref name="ref5" />。しかし、近年の[[遺伝子組換えマウス]]を用いた[[細胞系譜]]解析結果から、グリア芽細胞はアストロサイトとオリゴデンドロサイトは産み出すが、ミクログリア[[分化]]については一般的ではない<ref name="ref6" /><ref name="ref7" /><ref name="ref8" /><ref name="ref9"><pubmed> 16581057 </pubmed></ref><ref name="ref10"><pubmed> 19390819 </pubmed></ref><ref name="ref11"><pubmed> 17111048 </pubmed></ref>。[[Olig2]][[転写因子]]を発現したグリア芽細胞(Olig2陽性グリア前駆細胞)の細胞系譜解析では、マウス胎生9.5日齢からアストロサイトとオリゴデンドロサイト、さらに上衣細胞が産み出されることが明らかにされたが、ミクログリアは観察されなかった <ref name="ref9" />。個体レベルの解析結果から、アストロサイトとオリゴデンドロサイトが同時期に産み出されることが明らかにされ、グリア芽細胞からアストロサイト、オリゴデンドロサイトの順に産み出されるわけではないことが明らかになった<ref name="ref9" />。ミクログリアはグリア細胞の一種ではあるが、発生の由来は外胚葉由来でなく[[wikipedia:ja:中胚葉|中胚葉]]由来であり、[[wikipedia:ja:造血幹細胞|造血幹細胞]]から発生する<ref name="ref11" />。また、グリア芽細胞の[[wikipedia:ja:多分化能|多分化能]]は重要な性質ではあるが、同時に癌化の危険性も持ち合わせており、グリア芽細胞、またはアストロサイト、オリゴデンドロサイトが癌化したものがグリオブラストーマとして知られており、近年その性質が明らかにされつつある<ref name="ref12"><pubmed> 16846849 </pubmed></ref><ref name="ref13"><pubmed> 16652341 </pubmed></ref><ref name="ref14"><pubmed> 17296553 </pubmed></ref>。  


== アストロサイト前駆細胞  ==
== アストロサイト前駆細胞  ==
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=== ニューロン産生とグリア産生  ===
=== ニューロン産生とグリア産生  ===


 [[アストロサイト前駆細胞]]とは、アストロサイトへの分化が運命付けられた前駆細胞を指す概念であるが、その詳細については不明な点が多く存在している。マウスの神経発生において、ニューロンおよびグリア細胞は共通の幹細胞([[放射状グリア]])より発生する。大脳皮質では放射状グリアは、マウス胎生9.5-12.5日齢の間にニューロンを産生した後、胎生中期以降はグリア細胞を産生するグリア芽細胞へと分化する。ニューロン産生からグリア産生へと放射状グリアの性質が変移する過程には、外因的要素([[CNTF]], [[LIF]], [[CT-1]]など)と内因的要素([[JAK-STAT経路]]、アストロサイト関連遺伝子の[[エピジェネティクス]]など)が密接に関連している事が明らかとなってきている<ref name="ref15"><pubmed> 17481390 </pubmed></ref>。  
 [[アストロサイト前駆細胞]]とは、アストロサイトへの分化が運命付けられた前駆細胞を指す概念であるが、その詳細については不明な点が多く存在している。マウスの神経発生において、ニューロンおよびグリア細胞は共通の幹細胞([[放射状グリア]])より発生する。[[大脳皮質]]では放射状グリアは、マウス胎生9.5-12.5日齢の間にニューロンを産生した後、胎生中期以降はグリア細胞を産生するグリア芽細胞へと分化する。ニューロン産生からグリア産生へと放射状グリアの性質が変移する過程には、外因的要素([[CNTF]], [[LIF]], [[CT-1]]など)と内因的要素([[JAK-STAT経路]]、アストロサイト関連遺伝子の[[エピジェネティクス]]など)が密接に関連している事が明らかとなってきている<ref name="ref15"><pubmed> 17481390 </pubmed></ref>。  


=== グリア芽細胞分離の歴史とアストロサイト前駆細胞  ===
=== グリア芽細胞分離の歴史とアストロサイト前駆細胞  ===
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=== オリゴデンドログリオーマ  ===
=== オリゴデンドログリオーマ  ===


 [[神経膠腫]]の一種で、オリゴデンドロブラスト(オリゴデンドロサイト前駆細胞)、またはオリゴデンドロサイトが癌化したものを[[オリゴデンドログリオーマ]]と呼ぶ <ref name="ref12" /><ref name="ref13" /><ref name="ref14" />。若年者に好発するオリゴデンドログリオーマは神経膠腫の約5%を占め、成人では前頭葉を中心に発生し、約9%を占める。診断時の平均年齢は35歳である。原因は不明で、緩慢に発育し、しばしば石灰沈着を伴う<ref name="ref34"><br>南山堂医学大事典 第19版<br>南山堂(東京):2006</ref>。オリゴデンドログリオーマ(グリオーマ前駆細胞)ではOlig2転写因子が発現しており、Olig2をマーカーとして免疫組織学的に判別でき、形態はオリゴデンドロサイトの特徴を示す<ref name="ref12" /><ref name="ref13" /><ref name="ref14" />。臨床的またはX線像により区別すること困難で、病理組織検査(生検検査)が確定診断の方法として用いられる。世界保健機構(WHO)のガイドライン(グレードIからIV)では、オリゴデンドログリオーマは一般的にグレードIIとグレードIIIに分類されている<ref name="ref35"><pubmed> 17618441 </pubmed></ref>。治療法は[[wikipedia:ja:手術|手術]]、[[wikipedia:ja:放射線治療|放射線治療]]、[[wikipedia:ja:化学療法|化学療法]]が挙げられる。近年、オリゴデンドログリオーマ(グリオーマ前駆細胞)、オリゴデンドロサイト前駆細胞において、Olig2転写因子のSer10, 13, 14のリン酸化状態が[[P53]]のアセチル化を阻害し、前駆細胞の増殖を促進することが報告され、オリゴデンドログリオーマ(グリオーマ前駆細胞)発症機構が明らかにされつつある<ref name="ref28" /><ref name="ref36"><pubmed> 11498220 </pubmed></ref><ref name="ref37"><pubmed> 11526205 </pubmed></ref>。  
 [[神経膠腫]]の一種で、オリゴデンドロブラスト(オリゴデンドロサイト前駆細胞)、またはオリゴデンドロサイトが癌化したものを[[オリゴデンドログリオーマ]]と呼ぶ <ref name="ref12" /><ref name="ref13" /><ref name="ref14" />。若年者に好発するオリゴデンドログリオーマは神経膠腫の約5%を占め、成人では[[前頭葉]]を中心に発生し、約9%を占める。診断時の平均年齢は35歳である。原因は不明で、緩慢に発育し、しばしば石灰沈着を伴う<ref name="ref34"><br>南山堂医学大事典 第19版<br>南山堂(東京):2006</ref>。オリゴデンドログリオーマ(グリオーマ前駆細胞)ではOlig2転写因子が発現しており、Olig2をマーカーとして免疫組織学的に判別でき、形態はオリゴデンドロサイトの特徴を示す<ref name="ref12" /><ref name="ref13" /><ref name="ref14" />。臨床的またはX線像により区別すること困難で、病理組織検査(生検検査)が確定診断の方法として用いられる。世界保健機構(WHO)のガイドライン(グレードIからIV)では、オリゴデンドログリオーマは一般的にグレードIIとグレードIIIに分類されている<ref name="ref35"><pubmed> 17618441 </pubmed></ref>。治療法は[[wikipedia:ja:手術|手術]]、[[wikipedia:ja:放射線治療|放射線治療]]、[[wikipedia:ja:化学療法|化学療法]]が挙げられる。近年、オリゴデンドログリオーマ(グリオーマ前駆細胞)、オリゴデンドロサイト前駆細胞において、Olig2転写因子のSer10, 13, 14のリン酸化状態が[[P53]]の[[アセチル化]]を阻害し、前駆細胞の増殖を促進することが報告され、オリゴデンドログリオーマ(グリオーマ前駆細胞)発症機構が明らかにされつつある<ref name="ref28" /><ref name="ref36"><pubmed> 11498220 </pubmed></ref><ref name="ref37"><pubmed> 11526205 </pubmed></ref>。  


= 関連項目  =
== 関連項目  ==


*[[神経管]]  
*[[神経管]]  
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*[[シュワン細胞]]  
*[[シュワン細胞]]  
*[[エピジェネティクス]]  
*[[エピジェネティクス]]  
*[[MiRNA]]
*[[miRNA]]
 
= 参考文献  =


<references />
== 参考文献  ==


<br> (執筆者:臼井紀好、杉尾翔太、池中一裕 担当編集委員:村上富士夫)
<references />

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