「グルタミン酸仮説」の版間の差分

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 染色体22q11は、この領域の欠失が顔面や心臓の奇形をともなうVCSF (velo-cardio-facial syndrome)を来たす。VCSFの20-30%が統合失調症や類縁精神疾患を発症することから、22q11には統合失調症の感受性遺伝子が存在すると考えられていた。また、複数の施設もこの領域に連鎖を報告していた<ref name=ref30><pubmed>7909992</pubmed></ref> <ref name=ref31><pubmed>7485255</pubmed></ref> <ref name=ref32><pubmed>8178837</pubmed></ref>。Liuらは、VCSFで欠失が共通しやすい22q11の1.5 Mの領域について、18のSNPを用いてTDTとHHRR(haplotype-based haplotype relative risk)解析を行った結果、proline dehydrogenase(PRODH)のSNPおよびハプロタイプが有意に統合失調症に関連していると報告した<ref name=ref33><pubmed>11891283</pubmed></ref>。22q11の微小欠失は、一般人口でも0.025%の頻度で生じるが、統合失調症では2%と頻度が高い。さらに、統合失調症でも13歳以下に発症する小児発症例では6%と特に頻度が高い。そこでLiuらは、患者を若年発症と成人発症に分けて検討し、PRODHとの関連における統計的有意水準および相対危険率の両方が、若年発症例で上昇することを報告した<ref name=ref33 />。このPRODHは、プロリンをΔ1-ピロリン-5-カルボン酸(P5C)に変換し、P5Cはさらに還元されてグルタミン酸になる。
 染色体22q11は、この領域の欠失が顔面や心臓の奇形をともなうVCSF (velo-cardio-facial syndrome)を来たす。VCSFの20-30%が統合失調症や類縁精神疾患を発症することから、22q11には統合失調症の感受性遺伝子が存在すると考えられていた。また、複数の施設もこの領域に連鎖を報告していた<ref name=ref30><pubmed>7909992</pubmed></ref> <ref name=ref31><pubmed>7485255</pubmed></ref> <ref name=ref32><pubmed>8178837</pubmed></ref>。Liuらは、VCSFで欠失が共通しやすい22q11の1.5 Mの領域について、18のSNPを用いてTDTとHHRR(haplotype-based haplotype relative risk)解析を行った結果、proline dehydrogenase(PRODH)のSNPおよびハプロタイプが有意に統合失調症に関連していると報告した<ref name=ref33><pubmed>11891283</pubmed></ref>。22q11の微小欠失は、一般人口でも0.025%の頻度で生じるが、統合失調症では2%と頻度が高い。さらに、統合失調症でも13歳以下に発症する小児発症例では6%と特に頻度が高い。そこでLiuらは、患者を若年発症と成人発症に分けて検討し、PRODHとの関連における統計的有意水準および相対危険率の両方が、若年発症例で上昇することを報告した<ref name=ref33 />。このPRODHは、プロリンをΔ1-ピロリン-5-カルボン酸(P5C)に変換し、P5Cはさらに還元されてグルタミン酸になる。


 これまでのポジショナルクローニングによって絞り込まれた遺伝子と異なり、遺伝子改変動物の行動解析からcalcineurin(CN)が統合失調症との関連が示唆された。Miyakawaらは、CNのノックアウトマウスで、自発運動量の増大、社会性行動の減少、PPIの障害など統合失調症関連の行動異常を見出した<ref name=ref34><pubmed>12851457</pubmed></ref>。その結果に基づいて、ヒトDNAの遺伝子解析を行って統合失調症との関連が示された<ref name=ref35><pubmed>12851458</pubmed></ref>。興味深いことに、CNの4つのサブユニット、CN結合タンパク質7つ、機能的にCNと共役するタンパク質5つが、これまでに連鎖が示唆された染色体座位にそれぞれ一致して存在しているという<ref name=ref35 />。それらの中で、多施設から連鎖の報告が出ている染色体領域にのっているサブユニット遺伝子PPP3R1(calcineurin B subunit、染色体2p14), PPP3CA(calcineurin A・subunit、染色体4q24), PPP3CC(calcineurin A・subunit、染色体8q21.3)と結合タンパク質遺伝子FKBP5(FK506 binding protein 5、染色体6p21.31)について12例の患者を解析し、同定したSNPについてアメリカ人の210組のトリオ(罹患者とその両親)を用いてTDTを行った結果、PPP3CCで有意な関連が認められた<ref name=ref35 />。PPP3CCの5つのSNPからなるハプロタイプは、南アフリカの200組のトリオでも関連の傾向が認められた。我々もCN関連遺伝子を日本人統合失調症で網羅的に調べており、現在までに染色体8p上のCN関連遺伝子の関与を確認している(未発表)。CNのノックアウトマウスでは、NMDA受容体を介した海馬の長期抑制が低下しており<ref name=ref36><pubmed>11733061</pubmed></ref>、CNもグルタミン酸神経系に機能的関連が示唆されている。
 これまでのポジショナルクローニングによって絞り込まれた遺伝子と異なり、遺伝子改変動物の行動解析からcalcineurin(CN)が統合失調症との関連が示唆された。Miyakawaらは、CNのノックアウトマウスで、自発運動量の増大、社会性行動の減少、PPIの障害など統合失調症関連の行動異常を見出した<ref name=ref34><pubmed>12851457</pubmed></ref>。その結果に基づいて、ヒトDNAの遺伝子解析を行って統合失調症との関連が示された<ref name=ref35><pubmed>12851458</pubmed></ref>。興味深いことに、CNの4つのサブユニット、CN結合タンパク質7つ、機能的にCNと共役するタンパク質5つが、これまでに連鎖が示唆された染色体座位にそれぞれ一致して存在しているという<ref name=ref35 />。それらの中で、多施設から連鎖の報告が出ている染色体領域にのっているサブユニット遺伝子PPP3R1(calcineurin B subunit、染色体2p14)、PPP3CA(calcineurin A・subunit、染色体4q24)、PPP3CC(calcineurin A・subunit、染色体8q21.3)と結合タンパク質遺伝子FKBP5(FK506 binding protein 5、染色体6p21.31)について12例の患者を解析し、同定したSNPについてアメリカ人の210組のトリオ(罹患者とその両親)を用いてTDTを行った結果、PPP3CCで有意な関連が認められた<ref name=ref35 />。PPP3CCの5つのSNPからなるハプロタイプは、南アフリカの200組のトリオでも関連の傾向が認められた。我々もCN関連遺伝子を日本人統合失調症で網羅的に調べており、現在までに染色体8p上のCN関連遺伝子の関与を確認している(未発表)。CNのノックアウトマウスでは、NMDA受容体を介した海馬の長期抑制が低下しており<ref name=ref36><pubmed>11733061</pubmed></ref>、CNもグルタミン酸神経系に機能的関連が示唆されている。


==参考文献==
==参考文献==
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==脚注==
==脚注==
# Gタンパク質:GTP(グアノシン三燐酸)結合タンパク質のことで、受容体にはGタンパク質と共役するタイプとしないタイプがある。神経伝達物質がGタンパク質共役型受容体と結合すると、Gタンパク質と共役してGTPの結合に伴った細胞内シグナル伝達機能が変化する。
# '''Gタンパク質''':GTP(グアノシン三燐酸)結合タンパク質のことで、受容体にはGタンパク質と共役するタイプとしないタイプがある。神経伝達物質がGタンパク質共役型受容体と結合すると、Gタンパク質と共役してGTPの結合に伴った細胞内シグナル伝達機能が変化する。
# LOD値:遺伝子領域が疾患に連鎖している確率の指標で、logarithm of the oddsの略。連鎖解析において、遺伝子間の組み換え推定値を関数として算出される。LOD値が-2より小さいとき、その領域は疾患との連鎖が否定される。3より大きいとき95%の確率で連鎖していると結論づける。
# '''LOD値''':遺伝子領域が疾患に連鎖している確率の指標で、logarithm of the oddsの略。連鎖解析において、遺伝子間の組み換え推定値を関数として算出される。LOD値が-2より小さいとき、その領域は疾患との連鎖が否定される。3より大きいとき95%の確率で連鎖していると結論づける。
# kb, Mb: ゲノムは塩基の連なりであり、1000塩基対の長さを1Kb(kilo-base),100万塩基対を1Mb (mega-base)と表示する。
# '''kb, Mb''': ゲノムは塩基の連なりであり、1000塩基対の長さを1Kb(kilo-base),100万塩基対を1Mb (mega-base)と表示する。
# migration: 大脳皮質の神経細胞は、脳室帯という脳室に面した部位で誕生する。最終分裂を終えた神経細胞は、胎生期11-17日頃に表層へ向かって移動し皮質に6層構造を形成する。この神経細胞の移動がmigrationである。統合失調症では、migrationの障害を示唆する証拠がかねてから報告されており、神経発達障害仮説の根拠の一部とされている。
# '''migration''': 大脳皮質の神経細胞は、脳室帯という脳室に面した部位で誕生する。最終分裂を終えた神経細胞は、胎生期11-17日頃に表層へ向かって移動し皮質に6層構造を形成する。この神経細胞の移動がmigrationである。統合失調症では、migrationの障害を示唆する証拠がかねてから報告されており、神経発達障害仮説の根拠の一部とされている。
# Erb4のノックアウトマウス:マウスのNRG1受容体遺伝子にあたるErb4を、遺伝子操作によって発現できなくしたのがノックアウトマウスである。遺伝子は両方の親から一つずつ1対持っているが、両方ともノックアウトしたマウス(ホモ接合体)は生存できず死産してしまうため、片親からの遺伝子のみノックアウトしたマウス(ヘテロ接合体)が実験に用いられた。
# '''Erb4のノックアウトマウス''':マウスのNRG1受容体遺伝子にあたるErb4を、遺伝子操作によって発現できなくしたのがノックアウトマウスである。遺伝子は両方の親から一つずつ1対持っているが、両方ともノックアウトしたマウス(ホモ接合体)は生存できず死産してしまうため、片親からの遺伝子のみノックアウトしたマウス(ヘテロ接合体)が実験に用いられた。
# ハプロタイプ:遺伝子間の距離が近いか、組み換えの置きにくい領域の遺伝子は、メンデルの独立の法則から外れて、遺伝子型が連動して伝播される。これら、複数の遺伝子座における対立遺伝子の組み合わせをハプロタイプと呼ぶ。
# '''ハプロタイプ''':遺伝子間の距離が近いか、組み換えの置きにくい領域の遺伝子は、メンデルの独立の法則から外れて、遺伝子型が連動して伝播される。これら、複数の遺伝子座における対立遺伝子の組み合わせをハプロタイプと呼ぶ。
# dystrophin:Duchenne/Becker型筋ジストロフィーの原因分子として同定されたdystrophinであるが、筋組織だけではなく中枢神経系でも発現していることが確認されている。また、筋ジストロフィー患者の病変は筋組織のみならず、認知障害や注意欠陥障害など中枢神経症状も認められた。dystrophinはシナプス形成や神経終末の伝達調節を行っていることが明らかになっている。
# '''dystrophin''':Duchenne/Becker型筋ジストロフィーの原因分子として同定されたdystrophinであるが、筋組織だけではなく中枢神経系でも発現していることが確認されている。また、筋ジストロフィー患者の病変は筋組織のみならず、認知障害や注意欠陥障害など中枢神経症状も認められた。dystrophinはシナプス形成や神経終末の伝達調節を行っていることが明らかになっている。
# BinA, BinB:191のSNPの中から、統合失調症とP<0.05の有意水準で関連したSNPがM1-M5と名づけられた5箇所1380kbにわたって分布しており、この領域をBinBと命名した。P<0.01で関連したM12とM22というSNPもBinBより染色体末端方向に65.9kbの間隔で同定され、ここがBinA領域と名づけられた。
# '''BinA, BinB''':191のSNPの中から、統合失調症とP<0.05の有意水準で関連したSNPがM1-M5と名づけられた5箇所1380kbにわたって分布しており、この領域をBinBと命名した。P<0.01で関連したM12とM22というSNPもBinBより染色体末端方向に65.9kbの間隔で同定され、ここがBinA領域と名づけられた。
# G72遺伝子:BinA領域をくまなく検索した結果、同定された2つの遺伝子がG72とG30と命名された。2つは、ゲノムの相同するストランドに逆向きにコードされており、G72がG30を包み込むような位置関係にあった。G72は、扁桃体、尾状核、脊髄などで発現していた。
# '''G72遺伝子''':BinA領域をくまなく検索した結果、同定された2つの遺伝子がG72とG30と命名された。2つは、ゲノムの相同するストランドに逆向きにコードされており、G72がG30を包み込むような位置関係にあった。G72は、扁桃体、尾状核、脊髄などで発現していた。
# アロステリック:活性中心から離れた部位に基質と異なった分子が結合するとタンパクの高次構造などが変化して、酵素活性が調節されることをアロステリックな調節という。NMDA受容体では、Mg、glycine、D-serinなどがチャネル中心と離れた場所に結合して、チャネルの活性を変化させることから、アロステリックな調節が働いていると考えられている。
# '''アロステリック''':活性中心から離れた部位に基質と異なった分子が結合するとタンパクの高次構造などが変化して、酵素活性が調節されることをアロステリックな調節という。NMDA受容体では、Mg、glycine、D-serinなどがチャネル中心と離れた場所に結合して、チャネルの活性を変化させることから、アロステリックな調節が働いていると考えられている。
# epistatic:遺伝子の単独の効果がゲノム全体としての相互作用によって影響を受けることを、エピスタシスと呼ぶ。複数の遺伝子の表現型が、個々の遺伝子の相加的効果からはずれ非線形になる現象で、遺伝子座位間で相互作用が働いていると考えられる。
# '''epistatic''':遺伝子の単独の効果がゲノム全体としての相互作用によって影響を受けることを、エピスタシスと呼ぶ。複数の遺伝子の表現型が、個々の遺伝子の相加的効果からはずれ非線形になる現象で、遺伝子座位間で相互作用が働いていると考えられる。