「ケタミン」の版間の差分

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<font size="+1">[https://researchmap.jp/read0206369 橋本 謙二]</font><br>
<font size="+1">[https://researchmap.jp/read0206369 橋本 謙二]</font><br>
''千葉大学 社会精神保健教育研究センター''<br>
''千葉大学 社会精神保健教育研究センター''<br>
DOI:<selfdoi /> 原稿受付日:2020年8月5日 原稿完成日:2020年X月X日<br>
DOI:<selfdoi /> 原稿受付日:2020年8月5日 原稿完成日:2020年8月25日<br>
担当編集委員:[http://researchmap.jp/tadafumikato 加藤 忠史](順天堂大学大学院医学研究科 精神・行動科学/医学部精神医学講座)<br>
担当編集委員:[http://researchmap.jp/tadafumikato 加藤 忠史](順天堂大学大学院医学研究科 精神・行動科学/医学部精神医学講座)<br>
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 ケタミンの麻酔・鎮痛作用および上記の副作用(解離症状、精神病症状)は、グルタミン酸受容体の一つであるNMDA型グルタミン酸受容体の拮抗作用によると考えられている<ref name=Domino2010><pubmed>20693870</pubmed></ref>。NMDA型グルタミン酸受容体拮抗薬のヒトにおける精神病惹起作用は、[[NMDA型グルタミン酸受容体]]遮断作用の強さに比例しているため、[[統合失調症]]の[[グルタミン酸仮説(統合失調症)|NMDA型グルタミン酸受容体機能低下仮説]]が提唱されている<ref name=Javitt1991><pubmed>1654746</pubmed></ref>。またケタミンは、[[オピオイド受容体]]、[[シグマ受容体]]などにも弱い親和性を有する<ref name=Domino2010><pubmed>20693870</pubmed></ref>。
 ケタミンの麻酔・鎮痛作用および上記の副作用(解離症状、精神病症状)は、グルタミン酸受容体の一つであるNMDA型グルタミン酸受容体の拮抗作用によると考えられている<ref name=Domino2010><pubmed>20693870</pubmed></ref>。NMDA型グルタミン酸受容体拮抗薬のヒトにおける精神病惹起作用は、[[NMDA型グルタミン酸受容体]]遮断作用の強さに比例しているため、[[統合失調症]]の[[グルタミン酸仮説(統合失調症)|NMDA型グルタミン酸受容体機能低下仮説]]が提唱されている<ref name=Javitt1991><pubmed>1654746</pubmed></ref>。またケタミンは、[[オピオイド受容体]]、[[シグマ受容体]]などにも弱い親和性を有する<ref name=Domino2010><pubmed>20693870</pubmed></ref>。


 ケタミンは[[wj:不斉炭素|不斉炭素]]を有するため、二つの[[wj:光学異性体|光学異性体]]を有する。NMDA型グルタミン酸受容体への親和性は、[[ケタミン|(S)-ケタミン]]の方が[[ケタミン|(R)-ケタミン]]より3-4倍程度強いことが知られており<ref name=Domino2010><pubmed>20693870</pubmed></ref>(2)、ヨーロッパや中国では(S)-ケタミンは麻酔薬(麻酔作用は、NMDA型グルタミン酸受容体遮断作用が関与)として使用されている。一方、米国や日本では、(S)-ケタミンは麻酔薬として認可されていない。
 ケタミンは[[wj:不斉炭素|不斉炭素]]を有するため、二つの[[wj:光学異性体|光学異性体]]を有する。NMDA型グルタミン酸受容体への親和性は、[[ケタミン|(S)-ケタミン]]の方が[[ケタミン|(R)-ケタミン]]より3-4倍程度強いことが知られており<ref name=Domino2010><pubmed>20693870</pubmed></ref>、ヨーロッパや中国では(S)-ケタミンは麻酔薬(麻酔作用は、NMDA型グルタミン酸受容体遮断作用が関与)として使用されている。一方、米国や日本では、(S)-ケタミンは麻酔薬として認可されていない。


== 代謝 ==
== 代謝 ==
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 2016年に米国Maryland大学と米国衛生研究所のグループが、ケタミンの抗うつ効果は、ケタミン自体でなく、(R)-ケタミンから代謝される[[(2R,6R)-ヒドロキシノルケタミン]]([[hydroxynorketamine]], HNK)であるとNature誌に報告した<ref name=Zanos2016><pubmed>27144355</pubmed></ref>。(2R,6R)-HNKは(R)-ケタミンの主代謝物ではないが、この論文では、ケタミンと同じ投与量(10 mg/kg)で抗うつ効果を確認している<ref name=Zanos2016><pubmed>27144355</pubmed></ref>。一方、Hashimotoらのグループは、(2R,6R)-HNKの生成はケタミンの抗うつ効果には必須でないと報告した<ref name=Chang2018><pubmed>29893929</pubmed></ref><ref name=Shirayama2018><pubmed>29155993</pubmed></ref><ref name=Yamaguchi2018><pubmed>29802366</pubmed></ref><ref name=Yang2017><pubmed>28104224</pubmed></ref><ref name=Zhang2018a><pubmed>29997397</pubmed></ref><ref name=Zhang2018b><pubmed>30215218</pubmed></ref>。
 2016年に米国Maryland大学と米国衛生研究所のグループが、ケタミンの抗うつ効果は、ケタミン自体でなく、(R)-ケタミンから代謝される[[(2R,6R)-ヒドロキシノルケタミン]]([[hydroxynorketamine]], HNK)であるとNature誌に報告した<ref name=Zanos2016><pubmed>27144355</pubmed></ref>。(2R,6R)-HNKは(R)-ケタミンの主代謝物ではないが、この論文では、ケタミンと同じ投与量(10 mg/kg)で抗うつ効果を確認している<ref name=Zanos2016><pubmed>27144355</pubmed></ref>。一方、Hashimotoらのグループは、(2R,6R)-HNKの生成はケタミンの抗うつ効果には必須でないと報告した<ref name=Chang2018><pubmed>29893929</pubmed></ref><ref name=Shirayama2018><pubmed>29155993</pubmed></ref><ref name=Yamaguchi2018><pubmed>29802366</pubmed></ref><ref name=Yang2017><pubmed>28104224</pubmed></ref><ref name=Zhang2018a><pubmed>29997397</pubmed></ref><ref name=Zhang2018b><pubmed>30215218</pubmed></ref>。


 2019年に、米国Maryland大学と米国衛生研究所のグループは、(2R,6R)-HNKの生成は(R)-ケタミンの作用に一部関与しているかもしれないとした<ref name=Zanos2019><pubmed>30941749</pubmed></ref> 。一方、同グループは2020年に、治療抵抗性うつ病患者を対象とした臨床試験において、ケタミンの抗うつ効果と血液中(2R,6R)-HNK濃度との間には負の相関があるという、(2R,6R)-HNKがケタミンの抗うつ作用に関与するという仮説とは逆の結果が報告され<ref name=Zanos2019><pubmed>30941749</pubmed></ref>、抗うつ薬としての(2R,6R)-HNKの開発に対して疑問も提起されている<ref name=Farmer2020><pubmed>32252062</pubmed></ref>。米国衛生研究所のCarlos Zarate博士らが、(2R,6R)-HNKの臨床試験を計画しているという<ref name=Hashimoto2019><pubmed>31215725</pubmed></ref>。
 2019年に、米国Maryland大学と米国衛生研究所のグループは、(2R,6R)-HNKの生成は(R)-ケタミンの作用に一部関与しているかもしれないとした<ref name=Zanos2019><pubmed>30941749</pubmed></ref> 。一方、同グループは2020年に、治療抵抗性うつ病患者を対象とした臨床試験において、ケタミンの抗うつ効果と血液中(2R,6R)-HNK濃度との間には負の相関があるという、(2R,6R)-HNKがケタミンの抗うつ作用に関与するという仮説とは逆の結果が報告され<ref name=Farmer2020><pubmed>32252062</pubmed></ref>、抗うつ薬としての(2R,6R)-HNKの開発に対して疑問も提起されている<ref name=Abdallah2020><pubmed>32291407</pubmed></ref>。米国衛生研究所のCarlos Zarate博士らが、(2R,6R)-HNKの臨床試験を計画しているという<ref name=Hashimoto2019><pubmed>31215725</pubmed></ref>。


 なお、[[マウス]]を用いた[[強制水泳試験]]や[[尾懸垂試験]]は、うつ病患者の抗うつ効果を必ずしも予測しないので、注意が必要である<ref name=Reardon2019><pubmed>31337906</pubmed></ref>。現時点でケタミンやケタミン異性体の抗うつ効果の詳細な作用機序は明らかでないが、将来、ケタミンの新規治療ターゲットが同定されれば、ケタミンの副作用を有さない新規抗うつ薬の創製につながると期待される。
 なお、[[マウス]]を用いた[[強制水泳試験]]や[[尾懸垂試験]]は、うつ病患者の抗うつ効果を必ずしも予測しないので、注意が必要である<ref name=Reardon2019><pubmed>31337906</pubmed></ref>。現時点でケタミンやケタミン異性体の抗うつ効果の詳細な作用機序は明らかでないが、将来、ケタミンの新規治療ターゲットが同定されれば、ケタミンの副作用を有さない新規抗うつ薬の創製につながると期待される。

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