「コネクトーム」の版間の差分

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====1)生理学的方法====
====1)生理学的方法====
生理学的な方法を利用し、神経細胞間の結合性を調べる。これには、複数神経細胞の全細胞記録法、ケージド神経伝達物質のレーザー光刺激法、光遺伝学、カルシウムイオンのセンサー(カルシウム感受性蛍光色素、GCaMPなどの遺伝学的なリポーター)、電位感受性センサーなどが利用される。将来的に、哺乳類の神経系全体のコネクトームの解明には大規模生理学に適した方法論の開発が必要である。<br />
生理学的な方法を利用し、神経細胞間の結合性を調べる。これには、複数神経細胞の全細胞記録法、ケージド神経伝達物質のレーザー光刺激法、光遺伝学、カルシウムイオンのセンサー(カルシウム感受性蛍光色素、GCaMPなどの遺伝学的なリポーター)、電位感受性センサーなどが利用される。将来的に、哺乳類の神経系全体のコネクトームの解明には大規模生理学に適した方法論の開発が必要である。<br />


====2)シリアル電子顕微鏡====
====2)シリアル電子顕微鏡====
電子顕微鏡写真に基づき、形態的にコネクトームを構築することは、センチュウのコネクトーム構築でも利用された効果的な方法である。しかしながら、哺乳類の脳のようにサイズの大きな構造におけるコネクトームの構築では、薄い切片を失うことなく、巨大な数の電子顕微鏡写真撮影を行い、それぞれの写真上の神経細胞とその突起、結合性を、多数の写真上で逐一トレースしていく必要がある。その[[情報量]]は、ビッグデータの典型であり、方法論の開発が進められてきている。特に重要なのは、電子顕微鏡写真のトレースを一箇所間違えると、全く違う細胞をトレースすることになるという危険性があることである。そのため、Sebastian Seungらは、網膜のコネクトームを理解するために、ゲーム感覚で、神経細胞のコネクトーム構築に、一般市民を参加させようとするEyeWire<ref>http://eyewire.org/</ref>と名付けたクラウドサイトを構築している。これは、現状では、ヒトという作業者の目で電子顕微鏡写真を見て、それをトレースしていくことが、最も確実であるという見地から実施されているものであり、将来は、人工知能などにより、コネクトーム構築の作業が自動化される可能性も高い。
電子顕微鏡写真に基づき、形態的にコネクトームを構築することは、センチュウのコネクトーム構築でも利用された効果的な方法である<ref>Briggman, K. L., Helmstaedter, M. & Denk, W. Wiring specificity in the direction- selectivity circuit of the retina. Nature 471, 183–8 (2011).</ref><ref>Bock, D. D. et al. Network anatomy and in vivo physiology of visual cortical neurons. Nature 471, 177–82 (2011).</ref><ref>Takemura, S. Y. et al. A visual motion detection circuit suggested by Drosophila connectomics. Nature 500, 175–81 (2013).</ref><ref>Kasthuri, N. et al. Saturated Reconstruction of a Volume of Neocortex. Cell 162, 648–61 (2015).</ref><ref>Morgan, J.L, Berger, D.R., Wetzel, A.W., & Lichtman, J.W. The fuzzy logic of neuronal connectivity in the mouse visual thalamus. Cell 165, 192–206 (2016).</ref>。しかしながら、哺乳類の脳のようにサイズの大きな構造におけるコネクトームの構築では、薄い切片を失うことなく、巨大な数の電子顕微鏡写真撮影を行い、それぞれの写真上の神経細胞とその突起、結合性を、多数の写真上で逐一トレースしていく必要がある。その[[情報量]]は、ビッグデータの典型であり、方法論の開発が進められてきている<ref>Plaza, S. M., Scheffer, L. K. & Chklovskii, D. B. Toward large-scale connectome reconstructions. Current opinion in neurobiology 25, 201–10 (2014).</ref>。特に重要なのは、電子顕微鏡写真のトレースを一箇所間違えると、全く違う細胞をトレースすることになるという危険性があることである。そのため、Sebastian Seungらは、網膜のコネクトームを理解するために、ゲーム感覚で、神経細胞のコネクトーム構築に、一般市民を参加させようとするEyeWire<ref>http://eyewire.org/</ref>と名付けたクラウドサイトを構築している。これは、現状では、ヒトという作業者の目で電子顕微鏡写真を見て、それをトレースしていくことが、最も確実であるという見地から実施されているものであり、将来は、人工知能などにより、コネクトーム構築の作業が自動化される可能性も高い。このアプローチにおいては、神経細胞の広がりが小さく局所的なケースでは、電子顕微鏡写真上での追跡も比較的容易であろうが、例えば長い神経線維でつながった細胞同士のコネクトームを構築することは困難になる。
 
このアプローチにおいては、神経細胞の広がりが小さく局所的なケースでは、電子顕微鏡写真上での追跡も比較的容易であろうが、例えば長い神経線維でつながった細胞同士のコネクトームを構築することは困難になる。
[[ファイル:Fly.jpg|サムネイル|右|ショウジョウバエ視覚系 http://openconnecto.me/takemura13 doi: 10.1038/nature12450]]<br />
[[ファイル:Fly.jpg|サムネイル|右|ショウジョウバエ視覚系 http://openconnecto.me/takemura13 doi: 10.1038/nature12450]]<br />


====3)遺伝学的標識法====
====3)遺伝学的標識法====
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これらの遺伝学的なツールの利用には、トランスジェニック動物、ノックイン動物、そして各種ウイルスベクターを用いることができる。中でも、神経細胞に効率的に遺伝子導入が可能であるアデノ随伴ウイルス(AAV)は、広く用いられている。一方、CRISPR・CAS9によるゲノム編集技術の発達とともに、このような遺伝学的ツールは広汎に用いられるようになると予想される。
これらの遺伝学的なツールの利用には、トランスジェニック動物、ノックイン動物、そして各種ウイルスベクターを用いることができる。中でも、神経細胞に効率的に遺伝子導入が可能であるアデノ随伴ウイルス(AAV)は、広く用いられている。一方、CRISPR・CAS9によるゲノム編集技術の発達とともに、このような遺伝学的ツールは広汎に用いられるようになると予想される。
特に、遺伝的なリポーターとして、電顕でその発現を観察できる方法は、2)の全体を再構築する方法と併用することで、様々なコンテキストで利用可能になるので注目される。とりわけ、最近開発されたARTEMIS法は、ペルオキシダーゼ活性を持つレポーター遺伝子を発現した神経細胞を、高品質な電顕画像の中で識別することができる<ref>Reconstruction of genetically identified neurons imaged by serial-section electron microscopy</ref>。
特に、遺伝的なリポーターとして、電顕でその発現を観察できる方法は、2)の全体を再構築する方法と併用することで、様々なコンテキストで利用可能になるので注目される。とりわけ、最近開発されたARTEMIS法は、ペルオキシダーゼ活性を持つレポーター遺伝子を発現した神経細胞を、高品質な電顕画像の中で識別することができる<ref>Reconstruction of genetically identified neurons imaged by serial-section electron microscopy</ref>。
また、シナプス結合しているパートナーを調べるために、GRASPという方法が開発され、センチュウ、[[ショウジョウバエ]]などで利用されている。また、GRASP法の他にも、その感度の低さを補うことが可能なsplit HRP法が開発され、哺乳類の神経系でも利用できることが示された。<br />
また、シナプス結合しているパートナーを調べるために、GRASPという方法が開発され、センチュウ、[[ショウジョウバエ]]などで利用されている<ref>Wickersham, I. R. & Feinberg, E. H. New technologies for imaging synaptic partners. Current opinion in neurobiology 22, 121–7 (2012).</ref>。また、GRASP法の他にも、その感度の低さを補うことが可能なsplit HRP法が開発され、哺乳類の神経系でも利用できることが示された。<br />