「ゴルジ染色」の版間の差分

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== ゴルジ染色とは ==
== ゴルジ染色とは ==
[[Image:golgi1.png|thumb|right|250px|'''図1. カミッロ・ゴルジ (Camilo Golgi 1843年7⽉7⽇ ‒ 1926年1⽉21⽇ 82歳没)''' <br />
[[Image:golgi1.png|thumb|right|250px|'''図1. カミッロ・ゴルジ (Camilo Golgi 1843年7⽉7⽇ ‒ 1926年1⽉21⽇ 82歳没)''' <br />
イタリア(19世紀イタリアの[[wj:ロンバルド=ヴェネト王国|ロンバルドヴェネド王国]])の[[wj:コルテノ・ゴルジ|コルテノゴルジ]]に⽣まれ[[wj:パヴィア⼤学|パヴィア⼤学]]医学部を卒業。ゴルジ染⾊と細胞⼩器官の[[ゴルジ体]]を発⾒する。ゴルジ染⾊によって可視化された神経細胞を観察し神経細胞は連続した「[[網状説]]」を提唱した。しかし、同じくゴルジ染⾊を使⽤し研究を⾏なった[[カハール]]は、ひとつひとつの神経細胞は独⽴しているとする「[[ニューロン説]]」を提唱した。全く違う説を提唱しながらもその功績の⼤きさに、2⼈は1906 年に[[wj:ノーベル賞|ノーベル賞]]を受賞した([[電⼦顕微鏡]]の開発により現在ではカハールのニューロン説が正しいとされている)。ウィキペディアより。]]
イタリア(19世紀イタリアの[[wj:ロンバルド=ヴェネト王国|ロンバルドヴェネド王国]])の[[wj:コルテノ・ゴルジ|コルテノゴルジ]]に⽣まれ[[wj:パヴィア⼤学|パヴィア⼤学]]医学部を卒業。ゴルジ染⾊と細胞⼩器官の[[ゴルジ体]]を発⾒する。ゴルジ染⾊によって可視化された神経細胞を観察し神経細胞は連続した「[[網状説]]」を提唱した。しかし、同じくゴルジ染⾊を使⽤し研究を⾏なったスペインの[[カハール]]は、ひとつひとつの神経細胞は独⽴しているとする「[[ニューロン説]]」を提唱した。全く違う説を提唱しながらもその功績の⼤きさに、2⼈は1906 年に[[wj:ノーベル賞|ノーベル賞]]を受賞した([[電⼦顕微鏡]]の開発により現在ではカハールのニューロン説が正しいとされている)。ウィキペディアより。]]


[[Image:golgi2.png|thumb|right|250px|'''図2. ゴルジ・コックス染⾊によるマウスの[[海⾺]][[⻭状回]]における顆粒細胞像''' <br />
[[Image:golgi2.png|thumb|right|250px|'''図2. ゴルジ・コックス染⾊によるマウスの[[海⾺]][[⻭状回]]における顆粒細胞像''' <br />
⿊い円状の[[神経細胞体]]から、写真の上⽅向に樹状突起が伸びている。よく⾒ると樹状突起からコブのように⾶び出した構造物が確認できるが、さらに高倍率に拡大すると樹状突起スパイン(棘突起)とわかる。。また細胞体からは写真の下部⽅向に細い線維が出ているが、これは[[軸索]]である。ゴルジ染⾊・写真撮影(筆者)]]
⿊い円状の[[神経細胞体]]から、写真の上⽅向に樹状突起が伸びている。よく⾒ると樹状突起からコブのように⾶び出した構造物が確認できるが、さらに高倍率に拡大すると樹状突起スパイン(棘突起)とわかる。。また細胞体からは写真の下部⽅向に細い線維が出ているが、これは[[軸索]]である。ゴルジ染⾊・写真撮影(筆者)]]


 [[ゴルジ]]染⾊は、イタリアの[[wj:ノーベル生理学・医学賞|ノーベル生理学・医学賞]]受賞者の[[wj:カミッロ・ゴルジ|カミッロ・ゴルジ]](Camillo Golgi: 1843-1926 '''図1''')によって考案された鍍銀法の⼀種で、神経細胞の形態や[[樹状突起スパイン]]([[樹状突起]]に⾒られる[[棘突起]]構造)などの微細構造を可視化するために⽤いられる染⾊法である。本法による染⾊像は他の化学染⾊や[[免疫染⾊]]と⽐べて⾼いコントラストを有するが、それはごくわずかな神経細胞のみ染⾊され、染まった細胞は⿊く、そのほかの細胞は無⾊であることによる('''図2''')。
 [[ゴルジ]]染⾊は、イタリアの[[wj:ノーベル生理学・医学賞|ノーベル生理学・医学賞]]受賞者の[[wj:カミッロ・ゴルジ|カミッロ・ゴルジ]](Camillo Golgi: 1843-1926 '''図1''')によって考案された鍍銀法の⼀種で、神経細胞の形態や[[樹状突起スパイン]]([[樹状突起]]に⾒られる[[棘突起]]構造)などの微細構造を可視化するために⽤いられる染⾊法である。本法による染⾊像は他の化学染⾊や[[免疫染⾊]]と⽐べて⾼いコントラストを有するが、染まった細胞はその細部に至るまで細胞全体が⿊く、そのほかの細胞は無⾊であるため、鍍銀された神経細胞の樹状突起スパインなどの微細構造が明瞭に浮かび上がる。('''図2''')。


 ゴルジ染⾊は、発⾒から約150 年になろうとする現在でも神経科学研究の第⼀線で利⽤される古典的な組織学的⼿法である。
 ゴルジ染⾊は、1873年の発⾒から現在に至るまで神経科学研究の第⼀線で利⽤される古典的な組織学的⼿法である。特に、[[精神神経疾患]]や学習に伴う樹状突起スパインの形状や密度の変化などの微細構造解析において頻用されている。一方、樹状突起や軸索を含めた1個のニューロンの形態学的可視化という研究目的では、ゴルジ染色は[[神経トレーサー標識法]]や[[GFP]]などの蛍光タンパク質標識法にとって代わられている。


== 歴史的背景 ==
== 歴史的背景 ==
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=== ゴルジ・コックス染色 ===
=== ゴルジ・コックス染色 ===
 いくつかの修正された⽅法が⽰されているが、ここでは代表的な⽅法を記載した(12, 13)<ref><pubmed> 27065817</pubmed></ref>。詳細は東北大学 内田によるウェブサイト [http://www.bio.is.tohoku.ac.jp/~uchida/golgi.html ゴルジ染色]を参照。
 いくつかの修正された⽅法が⽰されているが、ここでは代表的な⽅法を記載した(12, 13)<ref><pubmed> 27065817</pubmed></ref>
# 5%⼆クロム酸カリウム⽔溶液(たとえば100 ml 蒸留⽔に5 グラム)と5%塩化⽔銀⽔溶液(100 ml 蒸留⽔に5 グラム)、ならびに5%クロム酸カリウム⽔溶液(80 ml 蒸留⽔に4グラム)を作成する。
# 5%⼆クロム酸カリウム⽔溶液(たとえば100 ml 蒸留⽔に5 グラム)と5%塩化⽔銀⽔溶液(100 ml 蒸留⽔に5 グラム)、ならびに5%クロム酸カリウム⽔溶液(80 ml 蒸留⽔に4グラム)を作成する。
# 作成した5%⼆クロム酸カリウム⽔溶液と5%塩化⽔銀⽔溶液を混合し(合計200 ml)、ガラス棒を⽤いて撹拌する。
# 作成した5%⼆クロム酸カリウム⽔溶液と5%塩化⽔銀⽔溶液を混合し(合計200 ml)、ガラス棒を⽤いて撹拌する。
#2.で混合した溶液と5%クロム酸カリウム⽔溶液を混合し、さらに蒸留⽔を200 ml を加える。溶液の⼊ったボトルは遮光し2⽇から1週間程度暗所室温で保存してから使⽤する。
#2.で混合した溶液と5%クロム酸カリウム⽔溶液を混合し、さらに蒸留⽔を200 ml を加える。溶液の⼊ったボトルは遮光し2⽇から1週間程度暗所室温で保存してから使⽤する。
# [[還流]]することなく⽣理⾷塩⽔ですすいだ脳標本([[マウス]]脳程度の⼤きさにトリミングした標本)をバイアルビンなどに⼊れて、3 のゴルジ液を注ぐ。標本を暗所(室温)に静置し、2⽇後にゴルジ液を廃棄。新たなゴルジ液を注ぎ、さらに1-2 週間寝かす。
# [[灌流]]することなく⽣理⾷塩⽔ですすいだ脳標本([[マウス]]脳程度の⼤きさにトリミングした標本)をバイアルビンなどに⼊れて、3 のゴルジ液を注ぐ。標本を暗所(室温)に静置し、2⽇後にゴルジ液を廃棄。新たなゴルジ液を注ぎ、さらに1-2 週間寝かす。
# この間にクリオプロテクタント液を作成する。300 g [[wj:スクロース|ショ糖]]、10 g [[wj:ポリビニルピロリドン|ポリビニルピロリドン]]、300 ml [[wj:エチレングリコール|エチレングリコール]]を蒸留⽔に溶解1 リットルに保存する。
# この間にクリオプロテクタント液を作成する。300 g [[wj:スクロース|ショ糖]]、10 g [[wj:ポリビニルピロリドン|ポリビニルピロリドン]]、300 ml [[wj:エチレングリコール|エチレングリコール]]を蒸留⽔に溶解1 リットルに保存する。
# 1-2 週間ゴルジ液に保存したサンプルを新たなバイアルビンに移し、クリオプロテクタント液を注ぐ。冷暗所(4℃)に保存する。翌⽇、液を交換し数⽇冷暗所に保存する。
# 1-2 週間ゴルジ液に保存したサンプルを新たなバイアルビンに移し、クリオプロテクタント液を注ぐ。冷暗所(4℃)に保存する。翌⽇、液を交換し数⽇冷暗所に保存する。
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 また、ゴルジ染⾊は、たやすく神経細胞のみを選択的に染⾊すると思われがちであるが、浸漬時間や温度などの条件によって、神経細胞に加えて[[グリア細胞]]や[[wj:血管内皮|血管内皮]]細胞が染⾊されることもある(7,8)<ref name=NautaW1970/><ref name=HW2017/>。
 また、ゴルジ染⾊は、たやすく神経細胞のみを選択的に染⾊すると思われがちであるが、浸漬時間や温度などの条件によって、神経細胞に加えて[[グリア細胞]]や[[wj:血管内皮|血管内皮]]細胞が染⾊されることもある(7,8)<ref name=NautaW1970/><ref name=HW2017/>。


 ゴルジ・コックス染⾊液では、⼆クロム酸カリウムだけでなく、クロム酸カリウムを加えているが、⼆クロム酸カリウム溶液(5% ⽔溶液でpH 8.5 からpH9.5 を⽰す)によって酸性に傾いた[[wj:水素イオン指数|⽔素イオン濃度]]を中性に戻す働きがある(4,8, 11)<ref name=CoxWH1891/><ref name=HW2017/><ref name=Mannen2011/>。このことから、反応温度や時間にくわえて溶液のpH も染⾊結果に影響をもたらすと理解できる。
 ゴルジ・コックス染⾊液では、クロム酸カリウムだけでなく、二クロム酸カリウムを加えているが、アルカリ性を示すクロム酸カリウム溶液(5% ⽔溶液でpH 8.5 からpH9.5 を⽰す)に酸性を示す二クロム酸カリウム水溶液(5%水溶液でpH3.8程度)を加えることで、染色液の[[wj:水素イオン指数|⽔素イオン濃度]]の調整をおこなっている。(4, 11)<ref name=CoxWH1891/><ref name=Mannen2011/>。このことから、反応温度や時間にくわえて溶液のpH も染⾊結果に影響をもたらすと理解できる。


==外部リンク==
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