「サイクリックAMP応答配列結合タンパク質」の版間の差分

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 サイクリックAMP(cAMP)は細胞内の主要なセカンドメッセンジャーの一つである。このcAMPによって活性が直接または間接的に制御されている蛋白質は総称としてサイクリックAMP依存因子と呼ぶことができる。cAMPの濃度に直接制御される因子としてもっとも代表的なものにcAMP依存的蛋白質キナーゼ(=プロテインキナーゼA, PKA)が挙げられる。PKAのリン酸化基質は多様であるが、なかでもcAMP応答配列CREに結合する転写因子CREB(cAMP-responsive element binding protein)はアメフラシ、ショウジョウバエ、マウス等の発生系統的に異なる様々な系で長期シナプス可塑性や記憶・学習などの脳機能に重要な因子であることが示されている。神経細胞においてはCREBをリン酸化する酵素はPKAに限定されないが、他の細胞種においてはPKAによる制御が主流であることが多く、CREBも間接的なサイクリックAMP依存因子に含めることができる。
 サイクリックAMP(cAMP)は細胞内の主要なセカンドメッセンジャーの一つである。このcAMPによって活性が直接または間接的に制御されているタンパク質は総称としてサイクリックAMP依存因子と呼ぶことができる。cAMPの濃度に直接制御される因子としてもっとも代表的なものにcAMP依存的タンパク質キナーゼ(=プロテインキナーゼA、PKA)が挙げられる。PKAのリン酸化基質は多様であるが、なかでもcAMP応答配列CREに結合する転写因子CREB(cAMP-responsive element binding protein)はアメフラシ、ショウジョウバエ、マウス等の発生系統的に異なる様々な系で長期シナプス可塑性や記憶・学習などの脳機能に重要な因子であることが示されている。神経細胞においてはCREBをリン酸化する酵素はPKAに限定されないが、他の細胞種においてはPKAによる制御が主流であることが多く、CREBも間接的なサイクリックAMP依存因子に含めることができる。
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== イントロダクション ==
== イントロダクション ==


 サイクリックAMP(cAMP)はG蛋白質共役受容体(G-protein coupled receptors, GPCRs)を介して活性化されたアデニル酸シクラーゼによってATPから合成される。細胞内においてcAMPはセカンドメッセンジャーとして働き、濃度変化に応じて膜蛋白質等の活性調節や遺伝子発現など様々な細胞応答を引き起こす。このような細胞応答の際にcAMPの濃度変化によって活性が直接または間接的に制御されている蛋白質はサイクリックAMP依存因子に分類される。真核生物においてはcAMPに直接結合して活性が制御される蛋白質としては、1)cAMP依存的蛋白質キナーゼ(PKA)、2)低分子量G蛋白質のGEFであるEpac、3)環状ヌクレオチド感受性チャネルなどが知られている。PKAによるリン酸化により間接的な制御をうける蛋白質は多種におよぶ。
 サイクリックAMP(cAMP)はGタンパク質共役受容体(G-protein coupled receptors, GPCRs)を介して活性化されたアデニル酸シクラーゼによってATPから合成される。細胞内においてcAMPはセカンドメッセンジャーとして働き、濃度変化に応じて膜タンパク質等の活性調節や遺伝子発現など様々な細胞応答を引き起こす。このような細胞応答の際にcAMPの濃度変化によって活性が直接または間接的に制御されているタンパク質はサイクリックAMP依存因子に分類される。真核生物においてはcAMPに直接結合して活性が制御されるタンパク質としては、1)cAMP依存的タンパク質キナーゼ(PKA)、2)低分子量Gタンパク質のGEFであるEpac、3)環状ヌクレオチド感受性チャネルなどが知られている。PKAによるリン酸化により間接的な制御をうけるタンパク質は多種におよぶ。


== cAMP依存的蛋白質キナーゼ ==
== cAMP依存的タンパク質キナーゼ ==


 このキナーゼはプロテインキナーゼA(PKA)とも呼ばれる触媒・制御サブユニットからなるホロ酵素であり、基底状態では2つの触媒サブユニットと2つの制御サブユニットが複合体をつくり、触媒活性が抑制されている<ref name=ref1><pubmed>1599690</pubmed></ref>。1つの制御サブユニットには2か所のcAMP結合部位があり、細胞内のcAMP濃度が上昇すると制御サブユニットへcAMPが結合することにより立体構造が変化し、触媒サブユニットから解離する。制御サブユニットから遊離したPKA触媒サブユニットはリン酸化基質との相互作用が可能となり、活性型リン酸化酵素として働く。触媒サブユニットはAKAP(A-kinase anchor protein)等の別の蛋白質と結合することによって細胞内局在制御を受けるが、これは基質選択性に関与していると考えられる。PKAによってリン酸化を受ける蛋白質は膜蛋白質や細胞質蛋白質、核蛋白質など多種多様である。PKAのリン酸化標的分子の1例としてcAMP-responsive element binding protein (CREB)について述べる。CREBは転写制御因子であり、PKAによってリン酸化されて間接的にcAMP依存的に活性化される。CREBはゲノム上の遺伝子転写制御領域に存在するcAMP応答配列(cAMP-responsive element, -TGACGTCA-)に結合しており、PKAなどにより133番目のセリン残基がリン酸化されることにより補活性化因子であるCBP(CREB-binding protein)等との結合を介して、RNAポリメラーゼIIを含む転写装置(転写開始前複合体)を転写開始部位に動員する。神経細胞においては、CREBはcAMP以外にもカルシウム等の様々なセカンドメッセンジャーの濃度上昇に応答して活性化することが知られており、CREBによって転写が活性化される遺伝子は長期シナプス可塑性や長期記憶の形成に必要であることが示されている<ref name=ref2><pubmed>22583753</pubmed></ref> <ref name=ref3><pubmed>12909086</pubmed></ref> <ref name=ref4><pubmed>9530494</pubmed></ref>。
 このキナーゼはプロテインキナーゼA(PKA)とも呼ばれる触媒・制御サブユニットからなるホロ酵素であり、基底状態では2つの触媒サブユニットと2つの制御サブユニットが複合体をつくり、触媒活性が抑制されている<ref name=ref1><pubmed>1599690</pubmed></ref>。1つの制御サブユニットには2か所のcAMP結合部位があり、細胞内のcAMP濃度が上昇すると制御サブユニットへcAMPが結合することにより立体構造が変化し、触媒サブユニットから解離する。制御サブユニットから遊離したPKA触媒サブユニットはリン酸化基質との相互作用が可能となり、活性型リン酸化酵素として働く。触媒サブユニットはAKAP(A-kinase anchor protein)等の別のタンパク質と結合することによって細胞内局在制御を受けるが、これは基質選択性に関与していると考えられる。PKAによってリン酸化を受けるタンパク質は膜タンパク質や細胞質タンパク質、核タンパク質など多種多様である。PKAのリン酸化標的分子の1例としてcAMP-responsive element binding protein (CREB)について述べる。CREBは転写制御因子であり、PKAによってリン酸化されて間接的にcAMP依存的に活性化される。CREBはゲノム上の遺伝子転写制御領域に存在するcAMP応答配列(cAMP-responsive element, -TGACGTCA-)に結合しており、PKAなどにより133番目のセリン残基がリン酸化されることにより補活性化因子であるCBP(CREB-binding protein)等との結合を介して、RNAポリメラーゼIIを含む転写装置(転写開始前複合体)を転写開始部位に動員する。神経細胞においては、CREBはcAMP以外にもカルシウム等の様々なセカンドメッセンジャーの濃度上昇に応答して活性化することが知られており、CREBによって転写が活性化される遺伝子は長期シナプス可塑性や長期記憶の形成に必要であることが示されている<ref name=ref2><pubmed>22583753</pubmed></ref> <ref name=ref3><pubmed>12909086</pubmed></ref> <ref name=ref4><pubmed>9530494</pubmed></ref>。


== Epac ==
== Epac ==


 Epac(Exchanger protein activated by cAMP)はPKAに依存しない低分子量G蛋白質Rap1の活性化因子として同定されたものである。分子内のcAMP結合領域へのcAMP結合よって活性化され、Rap1およびRap2に対するグアニジンヌクレオチド交換因子(GEF)としてはたらく<ref name=ref5><pubmed>20055708</pubmed></ref>。哺乳類にはEpac1とEpac2の2つのアイソフォームが存在し、両者とも脳での発現は見られるが生後の大脳ではEpac2の発現が高い。EpacはRap活性を調節することによりシナプスの形態制御に関わることが示唆されており、また、Epac2欠損マウスでは社会性行動の異常が報告されている<ref name=ref6><pubmed>22915127</pubmed></ref>。
 Epac(Exchanger protein activated by cAMP)はPKAに依存しない低分子量Gタンパク質Rap1の活性化因子として同定されたものである。分子内のcAMP結合領域へのcAMP結合よって活性化され、Rap1およびRap2に対するグアニジンヌクレオチド交換因子(GEF)としてはたらく<ref name=ref5><pubmed>20055708</pubmed></ref>。哺乳類にはEpac1とEpac2の2つのアイソフォームが存在し、両者とも脳での発現は見られるが生後の大脳ではEpac2の発現が高い。EpacはRap活性を調節することによりシナプスの形態制御に関わることが示唆されており、また、Epac2欠損マウスでは社会性行動の異常が報告されている<ref name=ref6><pubmed>22915127</pubmed></ref>。


== 環状ヌクレオチド感受性チャネル ==
== 環状ヌクレオチド感受性チャネル ==


 環状ヌクレオチド感受性チャネルはcAMPまたはcGMPによってゲートが開いて陽イオンを透過させるイオンチャネルの総称である。CNGチャネル(cyclic nucleotide-gated ion channels)とHCNチャネル(hyperpolarization-activated and cyclic nucleotide-gated channels)の2つのファミリーに大別される。神経系においてCNGチャネルは網膜光受容細胞や嗅神経細胞において感覚受容シグナルを細胞膜興奮に変換するための必須チャネルである。嗅神経細胞においてはG蛋白質共役受容体である嗅覚受容体に特定の匂い物質が結合するとアデニルシクラーゼが活性化されて細胞内cAMP濃度の上昇がおこり、その結果cAMPがONGチャネルに結合することによりチャネルが開き、ナトリウムイオンやカルシウムイオン等の陽イオンが細胞内に流入して脱分極する。一方、HCNチャネルも脳や神経系において発現が広く認められる。HCNチャネルは過分極かつcAMPによってチャネルが開き、陽イオンを細胞外から流入させて、膜電位を脱分極側に戻す役割を果たす。小脳プルキニエ細胞はHCNチャネルのサブタイプの一つHCN1を多く発現しているが、HCN1欠損マウスでは運動学習の顕著な障害がみられる<ref name=ref7><pubmed>14651847</pubmed></ref>。
 環状ヌクレオチド感受性チャネルはcAMPまたはcGMPによってゲートが開いて陽イオンを透過させるイオンチャネルの総称である。CNGチャネル(cyclic nucleotide-gated ion channels)とHCNチャネル(hyperpolarization-activated and cyclic nucleotide-gated channels)の2つのファミリーに大別される。神経系においてCNGチャネルは網膜光受容細胞や嗅神経細胞において感覚受容シグナルを細胞膜興奮に変換するための必須チャネルである。嗅神経細胞においてはGタンパク質共役受容体である嗅覚受容体に特定の匂い物質が結合するとアデニルシクラーゼが活性化されて細胞内cAMP濃度の上昇がおこり、その結果cAMPがONGチャネルに結合することによりチャネルが開き、ナトリウムイオンやカルシウムイオン等の陽イオンが細胞内に流入して脱分極する。一方、HCNチャネルも脳や神経系において発現が広く認められる。HCNチャネルは過分極かつcAMPによってチャネルが開き、陽イオンを細胞外から流入させて、膜電位を脱分極側に戻す役割を果たす。小脳プルキニエ細胞はHCNチャネルのサブタイプの一つHCN1を多く発現しているが、HCN1欠損マウスでは運動学習の顕著な障害がみられる<ref name=ref7><pubmed>14651847</pubmed></ref>。


== 参考文献 ==
== 参考文献 ==
<references />
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