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<font size="+1">[http://researchmap.jp/read0179444/ 山肩 葉子]</font><br>
<font size="+1">[http://researchmap.jp/read0179444/ 山肩 葉子]</font><br>
''生理学研究所生体情報研究系神経シグナル研究部門''<br>
''生理学研究所生体情報研究系神経シグナル研究部門''<br>
DOI:<selfdoi /> 原稿受付日:2014年10月1日 原稿完成日:201x年x月x日<br>
DOI:<selfdoi /> 原稿受付日:2014年10月1日 原稿完成日:2014年10月3日<br>
担当編集委員:[http://researchmap.jp/Bito 尾藤 晴彦](東京大学 大学院医学系研究科 神経生化学分野)<br>
担当編集委員:[http://researchmap.jp/2rikenbsi 林 康紀](独立行政法人理化学研究所)
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{{PBB|geneid=6853}}{{PBB|geneid=6854}}{{PBB|geneid=8224}}
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== シナプシンとは ==
== シナプシンとは ==
 シナプシンは、1970年代に[[wikipedia:ja:ポール・グリーンガード|Paul Greengard]]教授らのグループが、[[ラット]]脳のシナプス膜画分で[[cAMP依存性プロテインキナーゼ]]([[プロテインキナーゼA]]、[[PKA]])によってリン酸化される主要なタンパク質のひとつとして発見した<ref name=ref1>'''D Gitler, G J Augustine'''<br>Synapsins and regulation of the reserve pool.<br>Encyclopedia of Neuroscience, Academic Press: 2009, 709-717</ref> <ref name=ref2><pubmed> 20438797 </pubmed ></ref>。これらのリン酸化タンパク質は、プロテインI、プロテインIIと命名され、さらに、プロテインIIIが見いだされた。このうち、プロテインIとIIIは脳に特異的に発現し、シナプス膜画分、特にシナプス小胞画分に多く存在することから、シナプシンI、IIと改名された。一方、プロテインIIは脳以外にも広く分布し、PKAの調節サブユニットであることが判明した。
 シナプシンは、1970年代に[[wikipedia:ja:ポール・グリーンガード|Paul Greengard]]教授らのグループが、[[ラット]]脳のシナプス膜画分で[[cAMP依存性プロテインキナーゼ]]([[プロテインキナーゼA]]、[[PKA]])によってリン酸化される主要なタンパク質のひとつとして発見した<ref name=ref1>'''D Gitler, G J Augustine'''<br>Synapsins and regulation of the reserve pool.<br>Encyclopedia of Neuroscience, Academic Press: 2009, 709-717<br>{{DOI|10.1016/B978-008045046-9.01776-9}}</ref> <ref name=ref2><pubmed> 20438797 </pubmed ></ref>。これらのリン酸化タンパク質は、プロテインI、プロテインIIと命名され、さらに、プロテインIIIが見いだされた。このうち、プロテインIとIIIは脳に特異的に発現し、シナプス膜画分、特にシナプス小胞画分に多く存在することから、シナプシンI、IIと改名された。一方、プロテインIIは脳以外にも広く分布し、PKAの調節サブユニットであることが判明した。


 生化学的なタンパク質精製の結果、シナプシンIは86kDaと80kDaの2つのアイソフォーム(IaとIb)から、シナプシンIIは74kDaと55kDaの2つのアイソフォーム(IIaとIIb)からなることがわかった。また、[[シナプトソーム]]を用いて、脱分極刺激など細胞内へのCa<sup>2+</sup>流入を起こすような刺激や、[[ドーパミン]]、[[セロトニン]]、[[ノルアドレナリン]]など細胞内の[[cAMP]]を上昇させるような刺激を与えると、シナプシンI、IIのリン酸化が増大することがわかった。これらリン酸化が、シナプシンのシナプス小胞や細胞骨格タンパク質への結合を劇的に低下させることから、「シナプシンとそのリン酸化によるシナプス小胞の局在の調節」というモデルが提唱された<ref name=ref3><pubmed> 8430330 </pubmed ></ref> <ref name=ref4><pubmed> 10212475 </pubmed ></ref>。
 生化学的なタンパク質精製の結果、シナプシンIは86kDaと80kDaの2つのアイソフォーム(IaとIb)から、シナプシンIIは74kDaと55kDaの2つのアイソフォーム(IIaとIIb)からなることがわかった。また、[[シナプトソーム]]を用いて、脱分極刺激など細胞内へのCa<sup>2+</sup>流入を起こすような刺激や、[[ドーパミン]]、[[セロトニン]]、[[ノルアドレナリン]]など細胞内の[[cAMP]]を上昇させるような刺激を与えると、シナプシンI、IIのリン酸化が増大することがわかった。これらリン酸化が、シナプシンのシナプス小胞や細胞骨格タンパク質への結合を劇的に低下させることから、「シナプシンとそのリン酸化によるシナプス小胞の局在の調節」というモデルが提唱された<ref name=ref3><pubmed> 8430330 </pubmed ></ref> <ref name=ref4><pubmed> 10212475 </pubmed ></ref>。
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 神経終末におけるシナプス小胞は、[[形質膜]]から離れたところに存在する予備のプールと、刺激が到達した際に直ちに放出可能な形質膜直下のプールを含むリサイクルプールとに大別され、予備のプールが80-90%と大部分を占める。上述の古典的モデルでは、特に、[[Ca2+/カルモジュリン依存性プロテインキナーゼII|Ca<sup>2+</sup>/カルモジュリン依存性プロテインキナーゼII]]([[CaMKII]])によるシナプシンIのリン酸化が、予備のプールから放出可能なプールへのシナプス小胞の移行を促進しているのではないか、と提唱された。
 神経終末におけるシナプス小胞は、[[形質膜]]から離れたところに存在する予備のプールと、刺激が到達した際に直ちに放出可能な形質膜直下のプールを含むリサイクルプールとに大別され、予備のプールが80-90%と大部分を占める。上述の古典的モデルでは、特に、[[Ca2+/カルモジュリン依存性プロテインキナーゼII|Ca<sup>2+</sup>/カルモジュリン依存性プロテインキナーゼII]]([[CaMKII]])によるシナプシンIのリン酸化が、予備のプールから放出可能なプールへのシナプス小胞の移行を促進しているのではないか、と提唱された。


 その後、シナプシンI、II、III遺伝子のノックアウトマウスの作製・解析が進み、近年ではシナプシンI、IIが相補的な役割を果たすと理解され、これらが2量体を形成し、2価性にシナプス小胞に結合して架橋することにより、神経終末においてシナプス小胞の予備のプールを維持・安定化する上で必須の分子であること、またその結果、連続刺激の際に放出可能なシナプス小胞を動員し、シナプス抑圧を制限する上で、特に重要な役割を果たすことがわかってきた<ref name=ref1 /> <ref name=ref5>'''M V Khvotchev, J Sun'''<br>Synapsins.<br>Encyclopedia of Neuroscience, Academic Press: 2009, 705-708</ref> <ref name=ref2 />。
 その後、シナプシンI、II、III遺伝子のノックアウトマウスの作製・解析が進み、近年ではシナプシンI、IIが相補的な役割を果たすと理解され、これらが2量体を形成し、2価性にシナプス小胞に結合して架橋することにより、神経終末においてシナプス小胞の予備のプールを維持・安定化する上で必須の分子であること、またその結果、連続刺激の際に放出可能なシナプス小胞を動員し、シナプス抑圧を制限する上で、特に重要な役割を果たすことがわかってきた<ref name=ref1 /> <ref name=ref2 /> <ref name=ref5>'''M V Khvotchev, J Sun'''<br>Synapsins.<br>Encyclopedia of Neuroscience, Academic Press: 2009, 705-708<br>{{DOI|10.1016/B978-008045046-9.01374-7}}</ref>。


 リン酸化によるシナプシンのタンパク質機能の修飾についても、シナプシンIに特異的なカルボキシル末端側のCaMKIIによるリン酸化よりもむしろ、各シナプシンアイソフォームに共通の、アミノ末端側におけるPKAあるいは[[Ca2+/カルモジュリン依存性プロテインキナーゼI|Ca<sup>2+</sup>/カルモジュリン依存性プロテインキナーゼI]]([[CaMKI]])によるリン酸化に注目が集まりつつある<ref name=ref5 />。
 リン酸化によるシナプシンのタンパク質機能の修飾についても、シナプシンIに特異的なカルボキシル末端側のCaMKIIによるリン酸化よりもむしろ、各シナプシンアイソフォームに共通の、アミノ末端側におけるPKAあるいは[[Ca2+/カルモジュリン依存性プロテインキナーゼI|Ca<sup>2+</sup>/カルモジュリン依存性プロテインキナーゼI]]([[CaMKI]])によるリン酸化に注目が集まりつつある<ref name=ref5 />。
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[[ファイル:Yokoyamagata Fig 1.jpg|サムネイル|右|400px|'''図1:哺乳類のシナプシン各アイソフォーム(Ia, Ib; IIa, IIb; IIIa)のドメイン構造'''<br>左側がアミノ末端、右側がカルボキシル末端。]]
[[ファイル:Yokoyamagata Fig 1.jpg|サムネイル|右|400px|'''図1:哺乳類のシナプシン各アイソフォーム(Ia, Ib; IIa, IIb; IIIa)のドメイン構造'''<br>左側がアミノ末端、右側がカルボキシル末端。]]


 シナプシンは系統発生学的によく保存されたタンパク質ファミリーで、ほとんどの動物に存在する。[[無脊椎動物]]ではその遺伝子は1個だが、ほとんどの[[脊椎動物]]では3個となり、シナプシンI、II、IIIに対応する。哺乳類ではそれぞれの遺伝子から[[選択的スプライシング]]によって複数のアイソフォーム(Ia-b、IIa-b、IIIa-f)が形成され、そのうち主なものは、シナプシンIa、Ib、IIa、IIb、IIIaの5種類である<ref name=ref1 /> <ref name=ref5 /> <ref name=ref2 />(図1)。
 シナプシンは系統発生学的によく保存されたタンパク質ファミリーで、ほとんどの動物に存在する。[[無脊椎動物]]ではその遺伝子は1個だが、ほとんどの[[脊椎動物]]では3個となり、シナプシンI、II、IIIに対応する。哺乳類ではそれぞれの遺伝子から[[選択的スプライシング]]によって複数のアイソフォーム(Ia-b、IIa-b、IIIa-f)が形成され、そのうち主なものは、シナプシンIa、Ib、IIa、IIb、IIIaの5種類である<ref name=ref1 /> <ref name=ref2 /> <ref name=ref5 />(図1)。


 各アイソフォームはドメイン構造を示し、アミノ末端側には共通のドメインA、B、Cが存在する。このうち、ドメインAとCはよく保存されており、ドメインBは変動が多い。カルボキシル末端側は、アイソフォーム毎に異なるドメインD〜Jの組み合わせとなっており、このうち、ドメインEをカルボキシル末端に持つものは、aアイソフォームと呼ばれる(シナプシンIa、IIa、IIIa)。
 各アイソフォームはドメイン構造を示し、アミノ末端側には共通のドメインA、B、Cが存在する。このうち、ドメインAとCはよく保存されており、ドメインBは変動が多い。カルボキシル末端側は、アイソフォーム毎に異なるドメインD〜Jの組み合わせとなっており、このうち、ドメインEをカルボキシル末端に持つものは、aアイソフォームと呼ばれる(シナプシンIa、IIa、IIIa)。
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[[ファイル:Yokoyamagata Fig 2.jpg|サムネイル|右|400px|'''図2:シナプシンIの主なリン酸化部位とそれぞれに対応するプロテインキナーゼ、ホスファターゼ'''<br>Site 1はシナプシン各アイソフォームに共通、site 2-7はシナプシンIに特異的。CaMKI、Ca<sup>2+</sup>/カルモジュリン依存性プロテインキナーゼI;CaMKII、Ca<sup>2+</sup>/カルモジュリン依存性プロテインキナーゼII;[[cdk5]]、サイクリン依存性キナーゼ5;MAPK、ERK1/2-MAPキナーゼ;PKA、プロテインキナーゼーA、cAMP依存性プロテインキナーゼ;PrP2A、プロテインホスファターゼ2A;PrP2B、プロテインホスファターゼ2B、カルシニューリン。(<ref name=ref6 />より改変引用)]]
[[ファイル:Yokoyamagata Fig 2.jpg|サムネイル|右|400px|'''図2:シナプシンIの主なリン酸化部位とそれぞれに対応するプロテインキナーゼ、ホスファターゼ'''<br>Site 1はシナプシン各アイソフォームに共通、site 2-7はシナプシンIに特異的。CaMKI、Ca<sup>2+</sup>/カルモジュリン依存性プロテインキナーゼI;CaMKII、Ca<sup>2+</sup>/カルモジュリン依存性プロテインキナーゼII;[[cdk5]]、サイクリン依存性キナーゼ5;MAPK、ERK1/2-MAPキナーゼ;PKA、プロテインキナーゼーA、cAMP依存性プロテインキナーゼ;PrP2A、プロテインホスファターゼ2A;PrP2B、プロテインホスファターゼ2B、カルシニューリン。(<ref name=ref6 />より改変引用)]]


 各アイソフォームに共通のPKA/CaMKIによるsite 1のリン酸化は、シナプシンのシナプス小胞膜への結合を阻害し、シナプス小胞から離れやすくする<ref name=ref3 /> <ref name=ref4 /> <ref name=ref1 /> <ref name=ref2 />。
 各アイソフォームに共通のPKA/CaMKIによるsite 1のリン酸化は、シナプシンのシナプス小胞膜への結合を阻害し、シナプス小胞から離れやすくする<ref name=ref1 /> <ref name=ref2 /> <ref name=ref3 /> <ref name=ref4 />。


 シナプシンI に特異的なCaMKIIによるsite 2、3のリン酸化は、その立体構造を大きく変化させ、アクチン並びにシナプス小胞への結合を大きく低下させる。尚、site 3は、CaMKII以外に、[[p21活性化キナーゼ]]([[PAK]])によってもリン酸化される。
 シナプシンI に特異的なCaMKIIによるsite 2、3のリン酸化は、その立体構造を大きく変化させ、アクチン並びにシナプス小胞への結合を大きく低下させる。尚、site 3は、CaMKII以外に、[[p21活性化キナーゼ]]([[PAK]])によってもリン酸化される。
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 さらに、シナプシンIのドメインCには、[[Src]]によってリン酸化される部位があり(Tyr-301、site 8)、このTyrのリン酸化は、[[セリン]]・[[スレオニン]]キナーゼによるSerのリン酸化とは逆に、アクチンやシナプス小胞への結合や二量体形成能を促進する方向へ働く。
 さらに、シナプシンIのドメインCには、[[Src]]によってリン酸化される部位があり(Tyr-301、site 8)、このTyrのリン酸化は、[[セリン]]・[[スレオニン]]キナーゼによるSerのリン酸化とは逆に、アクチンやシナプス小胞への結合や二量体形成能を促進する方向へ働く。


 上述したセリン・スレオニンキナーゼによるリン酸化については、それぞれ部位特異的に脱リン酸化するホスファターゼがあることがわかっている<ref name=ref6><pubmed> 14501147 </pubmed ></ref> <ref name=ref2 />(図2)。すなわち、site 1、2・3は、プロテインホスファターゼ2Aによって、site 4・5、6は、プロテインホスファターゼ2B([[カルシニューリン]])によって、それぞれ脱リン酸化を受ける。
 上述したセリン・スレオニンキナーゼによるリン酸化については、それぞれ部位特異的に脱リン酸化するホスファターゼがあることがわかっている<ref name=ref2 /> <ref name=ref6><pubmed> 14501147 </pubmed ></ref>(図2)。すなわち、site 1、2・3は、プロテインホスファターゼ2Aによって、site 4・5、6は、プロテインホスファターゼ2B([[カルシニューリン]])によって、それぞれ脱リン酸化を受ける。


 シナプトソームに脱分極刺激を行うと、site 1、site 2/3のリン酸化が増大するのに対し、site 4/5、6はリン酸化が減少する。前者はPKA/CaMKI、CaMKIIの活性化、後者はカルシニューリンの活性化によると考えられる。また、[[脱分極]]刺激により、シナプシンの大部分がシナプス小胞から離れることから、シナプシンのリン酸化・脱リン酸化は、シナプス小胞の動態を制御する重要な因子であると考えられている<ref name=ref3 /> <ref name=ref4 /> <ref name=ref2 />。
 シナプトソームに脱分極刺激を行うと、site 1、site 2/3のリン酸化が増大するのに対し、site 4/5、6はリン酸化が減少する。前者はPKA/CaMKI、CaMKIIの活性化、後者はカルシニューリンの活性化によると考えられる。また、[[脱分極]]刺激により、シナプシンの大部分がシナプス小胞から離れることから、シナプシンのリン酸化・脱リン酸化は、シナプス小胞の動態を制御する重要な因子であると考えられている<ref name=ref2 /> <ref name=ref3 /> <ref name=ref4 />。


== 組織・細胞内局在 ==
== 組織・細胞内局在 ==
 シナプシンは、[[中枢神経系]]・[[末梢神経系]]に広く分布するが、非神経組織にはほとんど発現していない。シナプシンI、IIは、神経終末に局在し、シナプス小胞に結合しているが、形質膜直下のシナプス小胞よりも、むしろ膜から離れたところにある予備のプールのシナプス小胞に局在している。またその一部は、シナプス小胞から遊離した状態でも存在している。さらにシナプス小胞の中では、[[グルタミン酸]]、[[GABA]]、ドーパミン・セロトニン・ノルアドレナリン、[[アセチルコリン]]といった古典的な神経伝達物質を含む小さなシナプス小胞(small synaptic vesicle)の細胞質側の表面に付着しているが、神経ペプチドを含む有芯顆粒(large dense-core synaptic vesicle)には存在しない。また、シナプシンは、[[感覚器官]]の[[リボンシナプス]]を除いて、ほとんどのシナプスに存在し、アイソフォーム毎に異なる分布を示す。シナプシンIIは興奮性グルタミン酸作動性シナプスに、シナプシンIは抑制性GABA作動性シナプスに比較的多い<ref name=ref4 /> <ref name=ref1 /> <ref name=ref5 /> <ref name=ref2 />。
 シナプシンは、[[中枢神経系]]・[[末梢神経系]]に広く分布するが、非神経組織にはほとんど発現していない。シナプシンI、IIは、神経終末に局在し、シナプス小胞に結合しているが、形質膜直下のシナプス小胞よりも、むしろ膜から離れたところにある予備のプールのシナプス小胞に局在している。またその一部は、シナプス小胞から遊離した状態でも存在している。さらにシナプス小胞の中では、[[グルタミン酸]]、[[GABA]]、ドーパミン・セロトニン・ノルアドレナリン、[[アセチルコリン]]といった古典的な神経伝達物質を含む小さなシナプス小胞(small synaptic vesicle)の細胞質側の表面に付着しているが、神経ペプチドを含む有芯顆粒(large dense-core synaptic vesicle)には存在しない。また、シナプシンは、[[感覚器官]]の[[リボンシナプス]]を除いて、ほとんどのシナプスに存在し、アイソフォーム毎に異なる分布を示す。シナプシンIIは興奮性グルタミン酸作動性シナプスに、シナプシンIは抑制性GABA作動性シナプスに比較的多い<ref name=ref1 /> <ref name=ref2 /> <ref name=ref4 /> <ref name=ref5 />。


 一方、シナプシンIIIは[[細胞体]]に主に発現し、[[成長円錐]]にも発現するが、神経終末には局在しない。シナプシンIIIの一部のアイソフォームは非神経組織にも発現している。
 一方、シナプシンIIIは[[細胞体]]に主に発現し、[[成長円錐]]にも発現するが、神経終末には局在しない。シナプシンIIIの一部のアイソフォームは非神経組織にも発現している。
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 シナプシンI、II、IIIの単体、ダブル、トリプルノックアウトマウス(KO、DKO、TKO)が作製されたが、それらの脳の構造や形態には大きな異常が認められないことから、シナプシンは正常な脳の発達には必ずしも必要ではないと考えられる<ref name=ref1 /> <ref name=ref5 />。
 シナプシンI、II、IIIの単体、ダブル、トリプルノックアウトマウス(KO、DKO、TKO)が作製されたが、それらの脳の構造や形態には大きな異常が認められないことから、シナプシンは正常な脳の発達には必ずしも必要ではないと考えられる<ref name=ref1 /> <ref name=ref5 />。


 一方、シナプシンI/II のDKO、シナプシンI/II/IIIのTKOでは、[[海馬]]興奮性シナプスにおいて、シナプス小胞の総数が大きく減少し、特にTKOでは、形質膜直下から離れたところに存在する予備のプールのシナプス小胞が選択的に減少していた<ref name=ref4 /> <ref name=ref1 /> <ref name=ref2 />。これは、[[ヤツメウナギ]]や[[イカ]]のシナプスへのシナプシン抗体やドメインEペプチドの注入実験の結果とも一致するものであった。従って、シナプシンはシナプス小胞の予備のプールを維持し、安定化させるために必須の分子であると考えられる。さらに、TKOでは予備のプールのシナプス小胞の可動性が増大し、[[軸索]]への拡散傾向が見られたことから、シナプシンは、予備のプールのシナプス小胞の可動性を特異的に制限することにより、集合体としての構造を維持していると考えられる<ref name=ref7><pubmed> 22442064 </pubmed ></ref>(図3)。
 一方、シナプシンI/II のDKO、シナプシンI/II/IIIのTKOでは、[[海馬]]興奮性シナプスにおいて、シナプス小胞の総数が大きく減少し、特にTKOでは、形質膜直下から離れたところに存在する予備のプールのシナプス小胞が選択的に減少していた<ref name=ref1 /> <ref name=ref2 /> <ref name=ref4 />。これは、[[ヤツメウナギ]]や[[イカ]]のシナプスへのシナプシン抗体やドメインEペプチドの注入実験の結果とも一致するものであった。従って、シナプシンはシナプス小胞の予備のプールを維持し、安定化させるために必須の分子であると考えられる。さらに、TKOでは予備のプールのシナプス小胞の可動性が増大し、[[軸索]]への拡散傾向が見られたことから、シナプシンは、予備のプールのシナプス小胞の可動性を特異的に制限することにより、集合体としての構造を維持していると考えられる<ref name=ref7><pubmed> 22442064 </pubmed ></ref> <ref name=ref8><pubmed> 22933803 </pubmed ></ref>(図3)。


=== 連続刺激の際のシナプス抑圧の制限 ===
=== 連続刺激の際のシナプス抑圧の制限 ===


 シナプシンI/II DKOやシナプシンI/II/III TKOの海馬興奮性シナプスでは、通常のシナプス伝達には異常が認められなかったが、連続刺激を与えた際に観察されるシナプス抑圧が、野生型の場合よりも遙かに速く起こり、かつ増強していた<ref name=ref4 /> <ref name=ref1 /> <ref name=ref2 />。これは、連続刺激の際に放出可能なシナプス小胞の補充が追いつかず、その数が不足するために起こるものと考えられる。従って、シナプシンは、通常のシナプス伝達には必ずしも必要ではないが、形質膜から離れた予備の小胞プールを維持することにより、連続刺激の際に放出可能なシナプス小胞を動員し、シナプス抑圧を制限する上で、重要な役割を果たすと考えられる。
 シナプシンI/II DKOやシナプシンI/II/III TKOの海馬興奮性シナプスでは、通常のシナプス伝達には異常が認められなかったが、連続刺激を与えた際に観察されるシナプス抑圧が、野生型の場合よりも遙かに速く起こり、かつ増強していた<ref name=ref1 /> <ref name=ref2 /> <ref name=ref4 />。これは、連続刺激の際に放出可能なシナプス小胞の補充が追いつかず、その数が不足するために起こるものと考えられる。従って、シナプシンは、通常のシナプス伝達には必ずしも必要ではないが、形質膜から離れた予備の小胞プールを維持することにより、連続刺激の際に放出可能なシナプス小胞を動員し、シナプス抑圧を制限する上で、重要な役割を果たすと考えられる。


=== リン酸化によるシナプス小胞の動態の制御 ===
=== リン酸化によるシナプス小胞の動態の制御 ===


 従来、脱分極刺激により、シナプシンの大部分がシナプス小胞から離れることが、[[カエル]]の神経筋シナプスやラットのシナプトソーム等で観察されていた<ref name=ref3 /> <ref name=ref4 />。さらに、蛍光ラベルしたシナプシンIaを海馬培養神経細胞に発現させた実験系でも、連続刺激によってシナプシンIがシナプス部から拡散するのが観察されている<ref name=ref8><pubmed> 11685225 </pubmed ></ref>。このシナプシンIの拡散のスピードは、CaMKII(site 2/3)あるいはPKA(site 1)によるリン酸化部位を非リン酸化型に変異させると遅くなり、またこのとき、シナプス小胞の[[開口放出]]のスピードも遅くなった。逆に、シナプシンI/II DKOの海馬培養神経細胞では、連続刺激によるシナプス小胞の開口放出が速くなっており、これらに非リン酸化型のシナプシンIaを発現させると、放出のスピードが遅くなった。これらの結果から、シナプシンは連続刺激の際のシナプス小胞の動態を抑制する調節因子として働き、その機能はリン酸化によってさらに調節されているものと考えられる。
 従来、脱分極刺激により、シナプシンの大部分がシナプス小胞から離れることが、[[カエル]]の神経筋シナプスやラットのシナプトソーム等で観察されていた<ref name=ref3 /> <ref name=ref4 />。さらに、蛍光ラベルしたシナプシンIaを海馬培養神経細胞に発現させた実験系でも、連続刺激によってシナプシンIがシナプス部から拡散するのが観察されている<ref name=ref9><pubmed> 11685225 </pubmed ></ref>。このシナプシンIの拡散のスピードは、CaMKII(site 2/3)あるいはPKA(site 1)によるリン酸化部位を非リン酸化型に変異させると遅くなり、またこのとき、シナプス小胞の[[開口放出]]のスピードも遅くなった。逆に、シナプシンI/II DKOの海馬培養神経細胞では、連続刺激によるシナプス小胞の開口放出が速くなっており、これらに非リン酸化型のシナプシンIaを発現させると、放出のスピードが遅くなった。これらの結果から、シナプシンは連続刺激の際のシナプス小胞の動態を抑制する調節因子として働き、その機能はリン酸化によってさらに調節されているものと考えられる。


 Site 1、site 2/3以外にも、ERK1/2-MAPK・カルシニューリンによるsite 4/5、6のリン酸化・脱リン酸化がシナプス小胞の動態を調節するとされるなど、実際の生体内では、複数のプロテインキナーゼ・ホスファターゼが、複雑に絡み合って制御を行っていると考えられる。
 Site 1、site 2/3以外にも、ERK1/2-MAPK・カルシニューリンによるsite 4/5、6のリン酸化・脱リン酸化がシナプス小胞の動態を調節するとされるなど、実際の生体内では、複数のプロテインキナーゼ・ホスファターゼが、複雑に絡み合って制御を行っていると考えられる。
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=== アイソフォーム毎の役割の違い ===
=== アイソフォーム毎の役割の違い ===


 シナプシンI/II/III TKOの海馬培養神経細胞にシナプシン各アイソフォームを単体で導入したところ、シナプシンIIaのみが、シナプス小胞の予備のプールとシナプス抑圧を一定程度回復させることができた。従って、シナプシンファミリーの中ではシナプシンIIaがその一義的な役割を担うと考えられる<ref name=ref9><pubmed> 18945891 </pubmed ></ref> <ref name=ref1 />。
 シナプシンI/II/III TKOの海馬培養神経細胞にシナプシン各アイソフォームを単体で導入したところ、シナプシンIIaのみが、シナプス小胞の予備のプールとシナプス抑圧を一定程度回復させることができた。従って、シナプシンファミリーの中ではシナプシンIIaがその一義的な役割を担うと考えられる <ref name=ref1 /> <ref name=ref10><pubmed> 18945891 </pubmed ></ref>。


 また、同様の導入実験で各アイソフォームのシナプス前終末へのターゲッティング能を調べたところ、シナプシンIa、IIa、IIb、IIIaは、それぞれ単独でシナプス前終末へのターゲッティングが可能であった。一方、シナプシンIbは単独ではシナプス前終末への局在が見られず、他のアイソフォームとヘテロ二量体を作る必要があったことから、他のアイソフォームの機能を阻害する方向に働く可能性がある<ref name=ref1 />。
 また、同様の導入実験で各アイソフォームのシナプス前終末へのターゲッティング能を調べたところ、シナプシンIa、IIa、IIb、IIIaは、それぞれ単独でシナプス前終末へのターゲッティングが可能であった。一方、シナプシンIbは単独ではシナプス前終末への局在が見られず、他のアイソフォームとヘテロ二量体を作る必要があったことから、他のアイソフォームの機能を阻害する方向に働く可能性がある<ref name=ref1 />。
97行目: 97行目:
=== シナプシン以外のタンパク質によるシナプス小胞プールの制御の可能性 ===
=== シナプシン以外のタンパク質によるシナプス小胞プールの制御の可能性 ===


 前述のように、シナプシンは予備のプールの小胞を固定化することにより、シナプス小胞のプール全体の調節に貢献すると考えられるが、シナプシン自身は、予備のプールとリサイクルプールとの分画には直接関わらない、あるいは、予備のプールからリサイクルプールへの移動には、シナプシン以外のタンパク質のリン酸化が関わっているという説もあり、[[リサイクルプール]]の大きさを規定するメカニズムは未だ不明である<ref name=ref10><pubmed> 18077680 </pubmed ></ref> <ref name=ref7 />。
 前述のように、シナプシンは予備のプールの小胞を固定化することにより、シナプス小胞のプール全体の調節に貢献すると考えられるが、シナプシン自身は、予備のプールとリサイクルプールとの分画には直接関わらない、あるいは、予備のプールからリサイクルプールへの移動には、シナプシン以外のタンパク質のリン酸化が関わっているという説もあり、[[リサイクルプール]]の大きさを規定するメカニズムは未だ不明である<ref name=ref7 /> <ref name=ref8 /> <ref name=ref11><pubmed> 18077680 </pubmed ></ref>。


 さらに、海馬興奮性神経終末の電子線トモグラフィーを用いた三次元再構成によると、シナプス小胞同士を繋ぐ短いフィラメントや、シナプス小胞と[[シナプス前膜]]を繋ぐ長いフィラメントが観察され、特に前者はその大きさからシナプシンではないかと考えられていたが、野生型のみならず、シナプシンI/II/III TKOでも観察されたことから、シナプシン以外のタンパク質分子もこれら構造物を構成している可能性がある<ref name=ref11><pubmed> 17596435 </pubmed ></ref>。
 さらに、海馬興奮性神経終末の電子線トモグラフィーを用いた三次元再構成によると、シナプス小胞同士を繋ぐ短いフィラメントや、シナプス小胞と[[シナプス前膜]]を繋ぐ長いフィラメントが観察され、特に前者はその大きさからシナプシンではないかと考えられていたが、野生型のみならず、シナプシンI/II/III TKOでも観察されたことから、シナプシン以外のタンパク質分子もこれら構造物を構成している可能性がある<ref name=ref12><pubmed> 17596435 </pubmed ></ref>。


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