「シナプスタグ仮説」の版間の差分

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==シナプスタグ仮説の発展==
==シナプスタグ仮説の発展==
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 [[シナプス前]]線維が運ぶ情報はシナプス後細胞が興奮すれば次の細胞に伝えられる。この興奮しやすさの制御がシナプス可塑性の機能である。細胞が受ける複数の入力の統合によりその細胞が発火するかどうかが決まるので、シナプス可塑性により増強されたシナプスは発火に貢献する確率が高くなり、そのシナプスが運んでいる情報が次に伝えられやすくなる。この連鎖により、ある入力で一定の神経回路が作動するようになる。シナプス可塑性を起こすシナプスを決めるということは、シナプスを選ぶことにより伝える情報を選ぶということである。シナプス可塑性は記憶などの脳高次機能を担う神経回路網の経験依存的形成に関わる重要な細胞レベルの仕組みとして研究が盛んである。シナプスタグは後期シナプス可塑性の仕組みの一部として、何を覚えるかなど情報の選別に関わる仕組みと考えられる。このため、より高次レベルの研究においても、シナプスの目印機能という意味でタグという言葉が以下のように使われることがある。また、シナプス伝達の長期抑圧についても同様の仕組みがあるとされている[10N]。
 [[シナプス前]]線維が運ぶ情報はシナプス後細胞が興奮すれば次の細胞に伝えられる。この興奮しやすさの制御がシナプス可塑性の機能である。細胞が受ける複数の入力の統合によりその細胞が発火するかどうかが決まるので、シナプス可塑性により増強されたシナプスは発火に貢献する確率が高くなり、そのシナプスが運んでいる情報が次に伝えられやすくなる。この連鎖により、ある入力で一定の神経回路が作動するようになる。シナプス可塑性を起こすシナプスを決めるということは、シナプスを選ぶことにより伝える情報を選ぶということである。シナプス可塑性は記憶などの脳高次機能を担う神経回路網の経験依存的形成に関わる重要な細胞レベルの仕組みとして研究が盛んである。そして、シナプスタグは後期シナプス可塑性の仕組みの一部として、何を覚えるかなど情報の選別に関わる仕組みと考えられる。このため、より高次レベルの研究においても、タグという言葉が使われる傾向にある。狭義のシナプスタグ以外のタグには以下のようなものがある。


=== 局所合成 ===
=== 局所合成 ===
local synthesis


 後期シナプス可塑性に必要な新規タンパク質の一部は、樹状突起や[[スパイン]]に局在するmRNAを用いて合成される。ラット海馬で二経路実験を用いた測定では連合性可塑性に局所合成は必要ではないが<ref name=ref1><pubmed>9020359</pubmed></ref>、条件によってはPKM zetaなどの局所合成に依存している<ref name=ref10><pubmed>15728837</pubmed></ref>。
 後期シナプス可塑性に必要な新規タンパク質の一部は、樹状突起や[[スパイン]]に局在するmRNAを用いて合成される。ラット海馬で二経路実験を用いた測定では連合性可塑性に局所合成は必要ではないが<ref name=ref1><pubmed>9020359</pubmed></ref>、条件によってはPKMζなどの局所合成に依存している<ref name=ref10><pubmed>15728837</pubmed></ref>。


 局所合成は[[wikipedia:ja:アメフラシ|アメフラシ]]では後期可塑性の主要なメカニズムと考えられシナプスタグに相当する仕組みも報告されている<ref name=ref11><pubmed>19443737</pubmed></ref>。
 局所合成は[[wikipedia:ja:アメフラシ|アメフラシ]]では後期可塑性の主要なメカニズムと考えられシナプスタグに相当する仕組みも報告されている<ref name=ref11><pubmed>19443737</pubmed></ref>。


 後期可塑性で発現誘導されるタンパク質は多岐に亘る。局所合成と細胞体での新規合成はおそらく共に必要であるが、前者はmRNAが既存で、しかもシナプス近傍で起きるのに対し、後者はmRNAの転写から始まりシナプス入力による[[wikipedia:ja:転写|転写]]開始シグナルが細胞核に伝わる時間と転写後翻訳を経てシナプス近傍まで輸送される時間が必要である。従って、これら二つの機構を併用することで、異なる種類のタンパク質が異なるタイミングで後期可塑性に貢献できると思われる。
 後期可塑性で発現誘導されるタンパク質は多岐に亘る。タンパク質合成と機能の部位が近い局所合成と違って、細胞体での新規合成はシナプス入力による[[wikipedia:ja:転写|転写]]開始シグナルが細胞核に伝わり、mRNAの転写、翻訳の後、合成されたタンパク質をシナプス近傍まで輸送する必要がるため、シナプス入力から時間が必要である。これら二つの機構を併用することで、異なる種類のタンパク質が異なるタイミングで後期可塑性に貢献できると思われる。


 シナプス可塑性の入力特異性は厳密ではなく、周囲のシナプスが影響を受けることが報告されている<ref name=ref12><pubmed>9230437</pubmed></ref>。局所合成されシグナル伝達を担う分子が一定のコンパートメント内のシナプスに影響を与えると、コンパートメント単位での可塑性[[clustered plasticity]]が起きる可能性があり、実験的にも確認されている<ref name=ref13><pubmed>16791146 </pubmed></ref> <ref name=ref14><pubmed>21220104</pubmed></ref>。
 シナプス可塑性の入力特異性は厳密ではなく、周囲のシナプスが影響を受けることが報告されている<ref name=ref12><pubmed>9230437</pubmed></ref>。局所合成されシグナル伝達を担う分子が一定のコンパートメント内のシナプスに影響を与えると、コンパートメント単位での可塑性[[clustered plasticity]]が起きる可能性があり、実験的にも確認されている<ref name=ref13><pubmed>16791146 </pubmed></ref> <ref name=ref14><pubmed>21220104</pubmed></ref>。


===Inverse tag ===  
=== 逆シナプスタグ ===  
inverse tag


 後期可塑性を起こす強いシナプス入力があった細胞内で、活動の低かったシナプスには特異的に後期長期[[抑圧]]がおきる。これには[[Arc]]/Arg3.1タンパク質が関与しており、[[カルシウム]]活動が低く[[カルモジュリン]]が活性化していないシナプスでは[[カルシウムカルモジュリン依存性キナーゼⅡ]]βがArc/Arg3.1タンパク質を結合し蓄積することが可塑的変化を起こす「逆シナプスタグ」として働き、その結果[[GluR1]]受容体の表面発現が減少する[[長期抑圧]]が起きることが報告されている <ref name=ref15><pubmed>22579289</pubmed></ref>。  
 後期可塑性を起こす強いシナプス入力があった細胞内で、活動の低かったシナプスには特異的に後期長期[[抑圧]]がおきる。これには[[Arc]]/Arg3.1タンパク質が関与しており、[[カルシウム]]活動が低く[[カルモジュリン]]が活性化していないシナプスでは[[カルシウムカルモジュリン依存性キナーゼⅡ]]βがArc/Arg3.1タンパク質を結合し蓄積することが可塑的変化を起こす「逆シナプスタグ」として働き、その結果[[GluR1]]受容体の表面発現が減少する[[長期抑圧]]が起きることが報告されている <ref name=ref15><pubmed>22579289</pubmed></ref>。  


===Behavioral tag ===   
===行動タグ ===   
behavioral tag


 二つの海馬依存的行動タスクを、一つは[[短期記憶]]を作るような条件で、他方は[[長期記憶]]を作るような条件を用いて、同時にトレーニングすると、両タスクで長期記憶が形成された<ref name=ref16><pubmed>19706547</pubmed></ref>。二経路実験をそのまま行動実験に移したような実験パラダイムなので、この連合性長期記憶を起こす仕組みはbehavioral tagと呼ばれている。二つの記憶をコードする[[細胞集成体]]に共通して活動する細胞があることが前提になると考えられるが、詳細は分かっていない。
 二つの海馬依存的行動タスクを、一つは[[短期記憶]]を作るような条件で、他方は[[長期記憶]]を作るような条件を用いて、同時にトレーニングすると、両タスクで長期記憶が形成された<ref name=ref16><pubmed>19706547</pubmed></ref>。二経路実験をそのまま行動実験に移したような実験パラダイムなので、この連合性長期記憶を起こす仕組みは[[行動タグ]]と呼ばれている。二つの記憶をコードする神経回路に共通して活動する細胞があり二つの行動をリンクしていると思われた(27N)。


=== システム固定化 ===   
=== システム固定化 ===   
system consolidation


 海馬で獲得された記憶の一部は時間が経つと[[想起]]に海馬活動が不要になり、皮質の活動により想起されるようになる。この移行を[[システム固定化]]、[[皮質]]依存になった記憶を[[遠隔記憶]]と言う。システム固定化の仕組みの詳細はまだ不明だが、初めに海馬が各モダリティ担当の皮質に情報を送り返し、遠隔記憶の想起時に活動する神経回路網を皮質に作ると考えられる。この時、複数の皮質に分散したシステム固定化後の記憶が一つの記憶として想起できるためには、これらが目印によってつながっている必要がある。この目印が「タグ」という言葉で表現されている<ref name=ref17><pubmed>21330548</pubmed></ref>>。
 海馬で獲得された記憶の一部は時間が経つと[[想起]]に海馬活動が不要になり、皮質の活動により想起されるようになる。この移行を[[システム固定化]]、[[皮質]]依存になった記憶を[[遠隔記憶]]と言う。システム固定化の仕組みの詳細はまだ不明だが、初めに海馬が各モダリティ担当の皮質に情報を送り返し、長い時間をかけて遠隔記憶の想起時に活動する神経回路網を皮質に作ると考えられる(28N)。この時、複数の皮質に分散したシステム固定化後の記憶が一つの記憶として想起できるためには、これらが目印によってつながっている必要がある。この目印が「タグ」という言葉で表現されている<ref name=ref17><pubmed>21330548</pubmed></ref>>。


== 関連項目 ==
== 関連項目 ==