「シナプス刈り込み」の版間の差分

編集の要約なし
編集の要約なし
編集の要約なし
9行目: 9行目:


{{box|text=
{{box|text=
 シナプス刈り込みとは、必要なシナプス結合だけが強められ、不要なシナプス結合は除去される現象である。発生、発達期の動物の脳内ではある段階になると神経結合(シナプス)が形成され始める。生後間もない時期の動物の脳では、過剰にシナプスが形成され、その密度は成熟動物でみられるよりもずっと高い。生後の発達過程において、このうち必要な結合だけが強められ、不要な結合は除去されて、成熟した機能的な神経回路が完成する。この過程は「シナプス刈り込み」と呼ばれており、生後発達期の神経回路に見られる普遍的な現象であると考えられている。
 シナプス刈り込みとは、必要なシナプス結合だけが強められ、不要なシナプス結合は除去される現象である。発生、発達期の動物の脳内ではある段階になると神経結合(シナプス)が形成され始める。生後間もない時期の動物の脳では、過剰にシナプスが形成され、その密度は成熟動物でみられるよりもずっと高い。生後の発達過程において、このうち必要な結合だけが強められ、不要な結合は除去されて、成熟した機能的な神経回路が完成する。この過程は「シナプス刈り込み」と呼ばれており、生後発達期の神経回路に見られる普遍的な現象であると考えられている。
}}
}}


==様々な神経系でのシナプス刈り込み==
==様々な神経系でのシナプス刈り込み==
[[シナプス]]刈り込みは、様々な[[動物]]種や神経系で見られ、[[興奮性シナプス]]、[[抑制性シナプス]]の両方で観察されている。以下にシナプス刈り込みが観察される代表的なシナプスについて概説する。
[[image:シナプス刈り込み1.png|thumb|350px|'''図1.マウスの登上線維—プルキンエ細胞シナプスの刈り込み''']]
 
 [[シナプス]]刈り込みは、様々な[[動物]]種や神経系で見られ、[[興奮性シナプス]]、[[抑制性シナプス]]の両方で観察されている。以下にシナプス刈り込みが観察される代表的なシナプスについて概説する。


===興奮性シナプスの刈り込み===
===興奮性シナプスの刈り込み===
[[image:シナプス刈り込み1.png|thumb|350px|'''図1.マウスの登上線維—プルキンエ細胞シナプスの刈り込み''']]
====小脳の登上線維—プルキンエ細胞シナプス====
====小脳の登上線維—プルキンエ細胞シナプス====
 中枢神経系において、シナプス刈り込みが観察される代表例として、延髄の下オリーブ核からの[[軸索]]である登上線維とその投射先である[[小脳]][[プルキンエ細胞]]の間のシナプス結合がある1)。生まれたばかりの動物のプルキンエ細胞では、5本以上の弱い登上線維がプルキンエ細胞の細胞体にシナプスを形成しているが(図1)、大人の動物ではわずか一本の強力な登上線維が、細胞体から張り出した樹状突起にシナプスを形成している(図1)。登上線維は、最初プルキンエ細胞の細胞体にシナプスを形成する。登上線維がプルキンエ細胞体上にある間に、登上線維間で入力強度(プルキンエ細胞にどれだけ大きなシナプス応答を引き起こすことができるか)に差が生じてくる2)。すなわち強い登上線維(勝者)と弱い登上線維(敗者)の選別はシナプスが細胞体にある間に始まる。この入力強度の違いは、各々の登上線維がどれだけ多くのシナプスをプルキンエ細胞に形成しているかという、量的な違いだけでなく、[[シナプス前終末]]からの[[グルタミン酸]]放出の特性という質的な違いも含んでいる。即ち、伝達物質の素量サイズや伝達物質の放出確率に違いはないが、「勝者」の登上線維では、複数の[[シナプス小胞]]が同時に放出される(multivesicular release)確率が、「敗者」の登上線維に比べて高いことが知られている2)。勝者と敗者の選別の後、勝者の登上線維のみが樹状突起に移動することができ、それ以外の敗者の登上線維は細胞体に取り残され、[[マウス]]では生後3週目までにそのほとんどが除去される3)。
 中枢神経系において、シナプス刈り込みが観察される代表例として、延髄の下オリーブ核からの[[軸索]]である登上線維とその投射先である[[小脳]][[プルキンエ細胞]]の間のシナプス結合がある1)。生まれたばかりの動物のプルキンエ細胞では、5本以上の弱い登上線維がプルキンエ細胞の細胞体にシナプスを形成しているが(図1)、大人の動物ではわずか一本の強力な登上線維が、細胞体から張り出した樹状突起にシナプスを形成している(図1)。登上線維は、最初プルキンエ細胞の細胞体にシナプスを形成する。登上線維がプルキンエ細胞体上にある間に、登上線維間で入力強度(プルキンエ細胞にどれだけ大きなシナプス応答を引き起こすことができるか)に差が生じてくる2)。すなわち強い登上線維(勝者)と弱い登上線維(敗者)の選別はシナプスが細胞体にある間に始まる。この入力強度の違いは、各々の登上線維がどれだけ多くのシナプスをプルキンエ細胞に形成しているかという、量的な違いだけでなく、[[シナプス前終末]]からの[[グルタミン酸]]放出の特性という質的な違いも含んでいる。即ち、伝達物質の素量サイズや伝達物質の放出確率に違いはないが、「勝者」の登上線維では、複数の[[シナプス小胞]]が同時に放出される(multivesicular release)確率が、「敗者」の登上線維に比べて高いことが知られている2)。勝者と敗者の選別の後、勝者の登上線維のみが樹状突起に移動することができ、それ以外の敗者の登上線維は細胞体に取り残され、[[マウス]]では生後3週目までにそのほとんどが除去される3)。
37行目: 37行目:


====副交感神経の節前線維—節後神経細胞シナプス====
====副交感神経の節前線維—節後神経細胞シナプス====
 自律神経系の一部を構成する副交感神経において、生まれたばかりの動物では多くの節前線維が神経節細胞(節後神経細胞)にシナプスを形成しているが、その後シナプス刈り込みが起こり、1本の節前線維が1つの神経節細胞にシナプス入力をするようになる13)。
 自律神経系の一部を構成する副交感神経において、生まれたばかりの動物では多くの節前線維が神経節細胞(節後神経細胞)にシナプスを形成しているが、その後シナプス刈り込みが起こり、1本の節前線維が1つの神経節細胞にシナプス入力をするようになる13)。


===抑制性シナプスの刈り込み===
===抑制性シナプスの刈り込み===
====台形体内側核-外側上オリーブ核シナプス====
====台形体内側核-外側上オリーブ核シナプス====
 聴覚系の中継核である台形体内側核からの軸索は外側上オリーブ核細胞に[[抑制性伝達物質]]であるγアミノ酪酸([[GABA]])/グリシン作動性のシナプスを形成している。このシナプスにおいて刈り込みが起こる14)。生直後のラットにおいて、多数の弱い台形体内側核からの軸索が個々の外側上オリーブ核細胞にシナプス入力している。その後、耳が聞こえ始める生後2週目までに、シナプス刈り込みが起こり、外側上オリーブ核細胞にシナプス入力している線維数が除去されるとともに、残っている線維からの入力は強くなる。
 聴覚系の中継核である台形体内側核からの軸索は外側上オリーブ核細胞に[[抑制性伝達物質]]であるγアミノ酪酸([[GABA]]/グリシン作動性のシナプスを形成している。このシナプスにおいて刈り込みが起こる14)。生直後のラットにおいて、多数の弱い台形体内側核からの軸索が個々の外側上オリーブ核細胞にシナプス入力している。その後、耳が聞こえ始める生後2週目までに、シナプス刈り込みが起こり、外側上オリーブ核細胞にシナプス入力している線維数が除去されるとともに、残っている線維からの入力は強くなる。


====大脳皮質内抑制性シナプス====
====大脳皮質内抑制性シナプス====
67行目: 67行目:
====登上線維—プルキンエ細胞シナプス====
====登上線維—プルキンエ細胞シナプス====
'''代謝型グルタミン酸受容体1型を介するシグナリング'''<br>
'''代謝型グルタミン酸受容体1型を介するシグナリング'''<br>
 [[グルタミン酸受容体]]である代謝型グルタミン酸受容体1型 31)は、生後12日頃から17日頃に、弱いシナプスをプルキンエ細胞の細胞体から除去する因子として機能する32)。さらにmGluR1の下流の細胞内シグナル分子として、guanine nucleotide binding protein, alpha q polypeptide 33) 33), phospholipase Cβ4 (PLCβ4) 34), protein kinase Cγ(PKCγ) 35)が関与する。mGluR1は、平行線維のシナプス入力により、平行線維-プルキンエ細胞シナプス後部で活性化され、そこからプルキンエ細胞内でGαq, PLCβ4, PKCγの順でシグナルが伝わり、弱いシナプスが刈り込まれると考えられている。
 [[グルタミン酸受容体]]である代謝型グルタミン酸受容体1型 31)は、生後12日頃から17日頃に、弱いシナプスをプルキンエ細胞の細胞体から除去する因子として機能する32)。さらにmGluR1の下流の細胞内シグナル分子として、guanine nucleotide binding protein, alpha q polypeptide 33) 33), phospholipase Cβ4 (PLCβ4) 34), protein kinase Cγ(PKCγ) 35)が関与する。mGluR1は、平行線維のシナプス入力により、平行線維-プルキンエ細胞シナプス後部で活性化され、そこからプルキンエ細胞内でGαq, PLCβ4, PKCγの順でシグナルが伝わり、弱いシナプスが刈り込まれると考えられている。


'''P/Q型カルシウムチャネル'''<br>
'''P/Q型カルシウムチャネル'''<br>
 [[P/Q型カルシウムチャネル]]は、プルキンエ細胞の主要な[[電位依存性カルシウムチャネル]]である。P/Q型[[カルシウムチャネル]]は、登上線維間のシナプス入力量に差を生じさせ、1本の登上線維の支配を強化し、その「勝者」のみが樹状突起へ進展してシナプスを形成できるようにし、生後7日頃から11日頃に弱い登上線維シナプスを除去する役割を担っている16, 36)。さらに、P/Q VDCCは後期過程においてもシナプス刈り込みに関与しており、その活性化により[[最初期遺伝子]]activity regulated cytoskeleton associated protein(Arc/Arg3.1)の発現を増加させ、シナプス刈り込みを促進している37)。
 [[P/Q型カルシウムチャネル]]は、プルキンエ細胞の主要な[[電位依存性カルシウムチャネル]]である。P/Q型[[カルシウムチャネル]]は、登上線維間のシナプス入力量に差を生じさせ、1本の登上線維の支配を強化し、その「勝者」のみが樹状突起へ進展してシナプスを形成できるようにし、生後7日頃から11日頃に弱い登上線維シナプスを除去する役割を担っている16, 36)。さらに、P/Q VDCCは後期過程においてもシナプス刈り込みに関与しており、その活性化により[[最初期遺伝子]]activity regulated cytoskeleton associated protein(Arc/Arg3.1)の発現を増加させ、シナプス刈り込みを促進している37)。


'''GluRδ2, Cbln1'''<br>
'''GluRδ2, Cbln1'''<br>
79行目: 79行目:


'''C1ql1'''<br>
'''C1ql1'''<br>
 Cbln1の関連分子であるC1q-like protein 1は下オリーブ核細胞に選択的に発現し、登上線維—プルキンエ細胞シナプスで機能することで登上線維シナプスの選択的強化や除去に関わることが報告されている44)。さらに、プルキンエ細胞で発現するbrain-specific angiogenesis inhibitor 3 (BAI3)が下オリーブ核からのC1ql1を受け取り、登上線維シナプスの強化や除去を制御することも明らかとなっている。
 Cbln1の関連分子であるC1q-like protein 1は下オリーブ核細胞に選択的に発現し、登上線維—プルキンエ細胞シナプスで機能することで登上線維シナプスの選択的強化や除去に関わることが報告されている44)。さらに、プルキンエ細胞で発現するbrain-specific angiogenesis inhibitor 3(BAI3)が下オリーブ核からのC1ql1を受け取り、登上線維シナプスの強化や除去を制御することも明らかとなっている。


'''NMDA型グルタミン酸受容体'''<br>
'''NMDA型グルタミン酸受容体'''<br>
85行目: 85行目:


'''その他'''<br>
'''その他'''<br>
 その他、インシュリン様成長因子1(IGF1) 47),脳由来神経栄養因子受容体 (TrkB) 48, 49), 細胞内の輸送タンパクのミオシンVa50), アストロサイト特異的なグルタミン酸トランスポーターのGLAST22), 脳で特異的に発現する受容体様膜蛋自質BSRP(Sez6) 51)の関与が報告されているが、機能する場所やそのシグナリングの実体はよく分かっていない。
 その他、インシュリン様成長因子1(IGF1) 47),脳由来神経栄養因子受容体(TrkB) 48, 49), 細胞内の輸送タンパクのミオシンVa 50), アストロサイト特異的なグルタミン酸トランスポーターのGLAST22), 脳で特異的に発現する受容体様膜蛋自質BSRP(Sez6) 51)の関与が報告されているが、機能する場所やそのシグナリングの実体はよく分かっていない。


====神経筋接合部のシナプス====
====神経筋接合部のシナプス====