「シナプス小胞」の版間の差分

ナビゲーションに移動 検索に移動
編集の要約なし
編集の要約なし
 
(2人の利用者による、間の4版が非表示)
2行目: 2行目:
<font size="+1">[http://researchmap.jp/read0148418 高森 茂雄]、[http://researchmap.jp/read0191133 熊丸 絵美]</font><br>
<font size="+1">[http://researchmap.jp/read0148418 高森 茂雄]、[http://researchmap.jp/read0191133 熊丸 絵美]</font><br>
''同志社大学''<br>
''同志社大学''<br>
DOI [[XXXX]]/XXXX 原稿受付日:2014年4月22日 原稿完成日:2014年月日<br>
DOI:<selfdoi /> 原稿受付日:2014年4月22日 原稿完成日:2014年4月25日<br>
担当編集委員:[http://researchmap.jp/2rikenbsi 林 康紀](独立行政法人理化学研究所 脳科学総合研究センター)</div>
担当編集委員:[http://researchmap.jp/2rikenbsi 林 康紀](独立行政法人理化学研究所 脳科学総合研究センター)</div>


9行目: 9行目:
同義語:シナプス顆粒
同義語:シナプス顆粒


{{box|text= シナプス顆粒は、[[神経細胞]]の[[軸索]]終末である[[シナプス前終末]]に蓄積している分泌小胞の総称である。シナプス顆粒は、神経細胞の興奮に応じて[[シナプス前膜]]と[[膜融合]]を起こし、内容物([[神経伝達物質]])を[[シナプス間隙]]に放出([[エキソサイトーシス]])することによって、[[シナプス伝達]]を行う。シナプス前終末にはこれらの[[分泌小胞]]が多数密集して存在しており、[[wikipedia:ja:電子顕微鏡|電子顕微鏡]]像では顆粒状に観察される。[[海馬]]や[[大脳皮質]]に存在する1 μm程度のシナプス前終末では〜200個のシナプス顆粒が含まれている。 神経伝達物質は、特異的な[[小胞トランスポーター]]タンパク質によってシナプス小胞内に濃縮される。シナプス小胞は、[[アクティブゾーン]]にドックしており、Ca<sup>2+</sup>の流入とともに膜融合を引き起こし、神経伝達物質を放出する。その過程においては、Ca<sup>2+</sup>を感知する[[シナプトタグミン]]、[[SNAREタンパク質]]である[[シナプトブレビン]]と[[シンタキシン]]、[[SNAP-25]]が重要な役割を果たしている。膜融合後は、エンドサイトーシスにより小胞膜画分が回収され、再利用される。その過程は速度によっていくつかのメカニズムが考えられるが、[[クラスリン]]被覆に依存したメカニズムが一つである。}}
{{box|text= シナプス小胞は、[[神経細胞]]の[[軸索]]終末である[[シナプス前終末]]に蓄積している分泌小胞の総称である。神経細胞の興奮に応じて[[シナプス前膜]]と[[膜融合]]を起こし、内容物([[神経伝達物質]])を[[シナプス間隙]]に放出([[エキソサイトーシス]])することによって、[[シナプス伝達]]を行う。シナプス前終末にはこれらの[[分泌小胞]]が多数密集して存在しており、[[wikipedia:ja:電子顕微鏡|電子顕微鏡]]像では顆粒状に観察される。[[海馬]]や[[大脳皮質]]に存在する1 μm程度のシナプス前終末では〜200個のシナプス顆粒が含まれている。 神経伝達物質は、特異的な[[小胞トランスポーター]]タンパク質によってシナプス小胞内に濃縮される。シナプス小胞は、[[アクティブゾーン]]にドックしており、Ca<sup>2+</sup>の流入とともに膜融合を引き起こし、神経伝達物質を放出する。その過程においては、Ca<sup>2+</sup>を感知する[[シナプトタグミン]]、[[SNAREタンパク質]]である[[シナプトブレビン]]と[[シンタキシン]]、[[SNAP-25]]が重要な役割を果たしている。膜融合後は、エンドサイトーシスにより小胞膜画分が回収され、再利用される。その過程は速度によっていくつかのメカニズムが考えられるが、[[クラスリン]]被覆に依存したメカニズムが一つである。}}


== はじめに ==
== はじめに ==
15行目: 15行目:
[[image:シナプス小胞1.jpg|thumb|350px|'''図2.シナプス小胞のリサイクリング''']]
[[image:シナプス小胞1.jpg|thumb|350px|'''図2.シナプス小胞のリサイクリング''']]


 神経間の情報伝達は[[シナプス]]と呼ばれる微小な微小な神経接合部において行なわれる。シナプスは機能的にも形態的にも異なる[[シナプス前部]]とシナプス後部から構成され、[[シナプス前]]部から放出された[[神経伝達物質]]が、隣接したシナプス後部表面に存在する[[受容体]]に結合することによりシグナルが伝達される。
 神経間の情報伝達は[[シナプス]]と呼ばれる微小な神経接合部において行なわれる。シナプスは機能的にも形態的にも異なる[[シナプス前部]]とシナプス後部から構成され、[[シナプス前]]部から放出された[[神経伝達物質]]が、隣接したシナプス後部表面に存在する[[受容体]]に結合することによりシグナルが伝達される。


 1960年代に[[wj:ベルンハルト・カッツ|Bernard Katz]]らは[[wj:カエル|カエル]]の神経−筋接合部を用いて電気生理学的な実験を行い、シナプス後部(この場合は[[wj:筋肉|筋肉]])で観察される応答は、シナプス前部から放出される一定量のシグナル物質(彼らは「quanta(量子)」と名付けた)によって引き起されることを提唱した<ref name=ref1><pubmed>13175199</pubmed></ref>。
 1960年代に[[wj:ベルンハルト・カッツ|Bernard Katz]]らは[[wj:カエル|カエル]]の神経−筋接合部を用いて電気生理学的な実験を行い、シナプス後部(この場合は[[wj:筋肉|筋肉]])で観察される応答は、シナプス前部から放出される一定量のシグナル物質(彼らは「quanta(量子)」と名付けた)によって引き起されることを提唱した<ref name=ref1><pubmed>13175199</pubmed></ref>。
55行目: 55行目:
'''(2)プライミング''':電子顕微鏡像では形態的にドッキングしているにも関わらず、電気生理学的に神経伝達物質が放出されない遺伝子欠損マウスが幾つか報告されており、その結果からドッキングと膜融合の間に、小胞が膜融合する能力を獲得するステップ、すなわちプライミングの存在が提唱された。[[CAPS]] ([[Calcium-dependent Activator Protein for Secretion]])や [[Munc13]]などがプライミング因子の候補として挙げられている<ref name=ref20><pubmed>24363652</pubmed></ref>。これらのプライミング因子はSNAREタンパク質等の膜融合装置や形質膜での[[セカンドメッセンジャー]]([[PIP2]]や[[ジアシルグリセロール]])を介して働いていると考えられる。
'''(2)プライミング''':電子顕微鏡像では形態的にドッキングしているにも関わらず、電気生理学的に神経伝達物質が放出されない遺伝子欠損マウスが幾つか報告されており、その結果からドッキングと膜融合の間に、小胞が膜融合する能力を獲得するステップ、すなわちプライミングの存在が提唱された。[[CAPS]] ([[Calcium-dependent Activator Protein for Secretion]])や [[Munc13]]などがプライミング因子の候補として挙げられている<ref name=ref20><pubmed>24363652</pubmed></ref>。これらのプライミング因子はSNAREタンパク質等の膜融合装置や形質膜での[[セカンドメッセンジャー]]([[PIP2]]や[[ジアシルグリセロール]])を介して働いていると考えられる。


'''(3)膜融合''':シナプス小胞の形質膜への融合過程においては、3つのSNAREタンパク質が重要な役割を果たしている。[[w:ジェームズ・ロスマン|James Rothman]]らは、[[ゴルジ装置]]における物質輸送に必要な可溶性タンパク質として[[N-エチルマレイミド感受性因子]] ([[N-ethylmaleimide-sensitive factor]], [[NSF]])と可溶性[[N-エチルマレイミド感受性因子付着タンパク質]] ([[Soluble NSF attachment protein]], [[SNAP]])という二種類のタンパク質を同定した。更にRothmanは、これら可溶性タンパク質の膜受容体(SNAP receptor = SNARE)を探索するにあたり、NSFとSNAP複合体に結合するタンパク質を脳由来の膜画分を用いて行なった結果、既にシナプスで同定されていたシナプトブレビンとシンタキシン、SNAP-25が同定された<ref name=ref21><pubmed>8455717</pubmed></ref>。シナプトブレビンがシナプス小胞膜、シンタキシンとSNAP-25が形質膜にあることから、Rothmanはそれぞれ[[vesicular SNARE]] ([[v-SNARE]])と[[target-SNARE]] ([[t-SNARE]])と名付け、シナプス小胞の形質膜の融合にはv-SNAREとt-SNAREがNSFやSNAPと巨大なタンパク質複合体を形成する必要があると提唱した。この「[[SNARE仮説]]」とその後の実証研究の功績によりRothmanは2013年[[wj:ノーベル医学生理学賞|ノーベル医学生理学賞]]を受賞した。現在では、NSFやSNAPは膜融合ではなく、膜融合後のSNAREタンパク質複合体を乖離させる働きをしていることが分かったが<ref name=ref22><pubmed>10769209</pubmed></ref> <ref name=ref23><pubmed>9177194</pubmed></ref>、SNAREタンパク質が膜融合を促進させるタンパク質であることは、[[リポソーム]]再構成実験によって示された<ref name=ref24><pubmed>9529252</pubmed></ref>。
'''(3)膜融合''':シナプス小胞の形質膜への融合過程においては、3つのSNAREタンパク質が重要な役割を果たしている。[[w:ジェームズ・ロスマン|James Rothman]]らは、[[ゴルジ装置]]における物質輸送に必要な可溶性タンパク質として[[N-エチルマレイミド感受性因子]] ([[N-ethylmaleimide-sensitive factor]], [[NSF]])[[可溶性N-エチルマレイミド感受性因子付着タンパク質]] ([[Soluble NSF attachment protein]], [[SNAP]])という二種類のタンパク質を同定した。更にRothmanは、これら可溶性タンパク質の膜受容体(SNAP receptor = SNARE)を探索するにあたり、NSFとSNAP複合体に結合するタンパク質を脳由来の膜画分を用いて行なった結果、既にシナプスで同定されていたシナプトブレビンとシンタキシン、SNAP-25が同定された<ref name=ref21><pubmed>8455717</pubmed></ref>。シナプトブレビンがシナプス小胞膜、シンタキシンとSNAP-25が形質膜にあることから、Rothmanはそれぞれ[[vesicular SNARE]] ([[v-SNARE]])と[[target-SNARE]] ([[t-SNARE]])と名付け、シナプス小胞の形質膜の融合にはv-SNAREとt-SNAREがNSFやSNAPと巨大なタンパク質複合体を形成する必要があると提唱した。この「[[SNARE仮説]]」とその後の実証研究の功績によりRothmanは2013年[[wj:ノーベル医学生理学賞|ノーベル医学生理学賞]]を受賞した。現在では、NSFやSNAPは膜融合ではなく、膜融合後のSNAREタンパク質複合体を乖離させる働きをしていることが分かったが<ref name=ref22><pubmed>10769209</pubmed></ref> <ref name=ref23><pubmed>9177194</pubmed></ref>、SNAREタンパク質が膜融合を促進させるタンパク質であることは、[[リポソーム]]再構成実験によって示された<ref name=ref24><pubmed>9529252</pubmed></ref>。


 また、神経毒として知られる各種[[ボツリヌス毒素]]や[[テタヌス毒素]]が神経伝達物質の放出を阻害する作用は、それらがSNAREタンパク質を特異的に切断することによる<ref name=ref25><pubmed>9759724</pubmed></ref>。
 また、神経毒として知られる各種[[ボツリヌス毒素]]や[[テタヌス毒素]]が神経伝達物質の放出を阻害する作用は、それらがSNAREタンパク質を特異的に切断することによる<ref name=ref25><pubmed>9759724</pubmed></ref>。

案内メニュー