「シナプトタグミン」の版間の差分

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英語名:synaptotagmin
英語名:synaptotagmin


 シナプトタグミンはシナプス小胞上に豊富に存在するカルシウム・リン脂質結合分子として1990年に同定された膜タンパク質である[1]。シナプトタグミンは植物・動物を含め様々な生物種に存在することが現在では知られており、ヒトやマウスでは17種類のアイソフォームの存在が報告されている[2,3]。シナプトタグミンファミリーはN末端側に膜貫通領域を1カ所持ち、C末端側の細胞質領域に存在する二つのC2領域でカルシウムイオンやリン脂質を結合することが知られている[4-7]。このカルシウムイオンの結合能を利用して、シナプトタグミンファミリーはシナプス小胞からの神経伝達物質放出をはじめ、開口放出(エクソサイトーシス:exocytosis)の際の主要な「カルシウムセンサー」として機能するものと考えられている。
 シナプトタグミンはシナプス小胞上に豊富に存在するカルシウム・リン脂質結合分子として1990年に同定された膜タンパク質である<ref name=ref1><pubmed>2333096</pubmed></ref>。シナプトタグミンは植物・動物を含め様々な生物種に存在することが現在では知られており、ヒトやマウスでは17種類のアイソフォームの存在が報告されている<ref name=ref2><pubmed>12801916</pubmed></ref> <ref name=ref3><pubmed>20078875</pubmed></ref>。シナプトタグミンファミリーはN末端側に膜貫通領域を1カ所持ち、C末端側の細胞質領域に存在する二つのC2領域でカルシウムイオンやリン脂質を結合することが知られている<ref name=ref4><pubmed>15217342</pubmed></ref> <ref name=ref5>'''Fukuda, M.'''<br>Molecular mechanism of Exocytosis.<br>Landes Bioscience, Austin, TX, (2006) 42-61</ref> <ref name=ref6><pubmed>16698267</pubmed></ref> <ref name=ref7><pubmed>18275379</pubmed></ref>。このカルシウムイオンの結合能を利用して、シナプトタグミンファミリーはシナプス小胞からの神経伝達物質放出をはじめ、開口放出(エクソサイトーシス:exocytosis)の際の主要な「カルシウムセンサー」として機能するものと考えられている。


== 神経伝達物質放出を司るカルシウムセンサー ==
== 神経伝達物質放出を司るカルシウムセンサー ==
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[[image:シナプトタグミン図1.jpg|thumb|300px|'''図1''']]
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 神経細胞間の情報伝達は、主にシナプス部における神経伝達物質のやり取りによって行われている。神経伝達物質はプレシナプスに存在するシナプス小胞に貯蔵されており、開口放出によってシナプス間隙へと放出される。この開口放出機構は、小胞のプレシナプス膜付近への移動(トランスロケーション:translocation)、細胞膜との繋留/接着(テザリング/ドッキング:tethering/docking)、プライミングと呼ばれる融合可能な状態への準備(priming)を経て、小胞膜と細胞膜の融合(fusion)に至る一連の過程から構成されている(図1)。開口放出によって細胞膜に移行した小胞のタンパク質は、その後エンドサイトーシスによって選択的に回収(リサイクリング:recycling)される。これらの過程の中で、特にシナプス小胞と細胞膜の融合は細胞外からのカルシウムイオン流入によって厳密に制御されていることから、シナプス小胞上にはカルシウムイオン上昇を感知するカルシウムセンサー(カルシウムイオンを結合し膜融合を促進する分子で、膜融合の装置そのものではない)の存在が提唱されてきた[8]。遺伝学、生化学などを駆使した近年の目覚ましい研究成果により、現在ではシナプス小胞上に存在するシナプトタグミン1分子が主要なカルシウムセンサー(唯一ではなく、主に低親和性カルシウムセンサーとして機能)であると考えられている[4-7]。また、シナプス小胞以外のカルシウム依存的な小胞輸送過程に他のシナプトタグミンアイソフォームの関与も相次いで報告され、シナプトタグミンファミリーがかなり普遍的なカルシウムセンサーではないかという概念が定着しつつある。
 神経細胞間の情報伝達は、主にシナプス部における神経伝達物質のやり取りによって行われている。神経伝達物質はプレシナプスに存在するシナプス小胞に貯蔵されており、開口放出によってシナプス間隙へと放出される。この開口放出機構は、小胞のプレシナプス膜付近への移動(トランスロケーション:translocation)、細胞膜との繋留/接着(テザリング/ドッキング:tethering/docking)、プライミングと呼ばれる融合可能な状態への準備(priming)を経て、小胞膜と細胞膜の融合(fusion)に至る一連の過程から構成されている(図1)。開口放出によって細胞膜に移行した小胞のタンパク質は、その後エンドサイトーシスによって選択的に回収(リサイクリング:recycling)される。これらの過程の中で、特にシナプス小胞と細胞膜の融合は細胞外からのカルシウムイオン流入によって厳密に制御されていることから、シナプス小胞上にはカルシウムイオン上昇を感知するカルシウムセンサー(カルシウムイオンを結合し膜融合を促進する分子で、膜融合の装置そのものではない)の存在が提唱されてきた<ref name=ref8><pubmed>11399430</pubmed></ref>。遺伝学、生化学などを駆使した近年の目覚ましい研究成果により、現在ではシナプス小胞上に存在するシナプトタグミン1分子が主要なカルシウムセンサー(唯一ではなく、主に低親和性カルシウムセンサーとして機能)であると考えられている<ref name=ref4><pubmed>15217342</pubmed></ref> <ref name=ref5>'''Fukuda, M.'''<br>Molecular mechanism of Exocytosis.<br>Landes Bioscience, Austin, TX, (2006) 42-61</ref> <ref name=ref6><pubmed>16698267</pubmed></ref> <ref name=ref7><pubmed>18275379</pubmed></ref>。また、シナプス小胞以外のカルシウム依存的な小胞輸送過程に他のシナプトタグミンアイソフォームの関与も相次いで報告され、シナプトタグミンファミリーがかなり普遍的なカルシウムセンサーではないかという概念が定着しつつある。


== シナプトタグミンファミリーの構造 ==
== シナプトタグミンファミリーの構造 ==
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[[image:シナプトタグミン図2.jpg|thumb|300px|'''図2''']]
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 シナプトタグミンはN末端側に膜貫通領域を持つ1回膜貫通型の膜タンパク質で、C末端側の細胞質領域にはC2領域と呼ばれるプロテインキナーゼCのC2調節領域に由来するタンパク質モチーフを2つ持っている(N末端側から、内腔領域、膜貫通領域、スペーサー領域、C2A領域、C2B領域と命名)(図2)。ほ乳類には少なくとも17種類のアイソフォームが存在し、このうちシナプトタグミン1, 4, 7, 12, 14はショウジョウバエからほ乳類に至るまで進化的に保存されている[2,3]。なお、シナプトタグミン16(元々の名称はStrep14)およびシナプトタグミン17(元々の名称はB/K)は膜貫通領域が欠損しているため、厳密にはシナプトタグミンファミリーの範疇には属さない[2]。シナプトタグミンファミリー間で機能領域と考えられているC2A領域およびC2B領域は高度に保存されているが、他の領域(内腔領域、膜貫通領域およびスペーサー領域)ではほとんど相同性を示さない。シナプトタグミン1, 2では、細胞外に位置する内腔領域でN結合型糖鎖およびO結合型糖鎖の修飾を受けている。また、多くのアイソフォームで膜貫通領域の近傍でアシル化による修飾(システイン残基への脂肪酸の付加)を受け、オリゴマー形成が促進される[9]。二つのC2領域はアミノ酸レベルで40%以上の相同性を示すため、基本的には同様な立体構造を取り(8本のβストランドと3本のカルシウム結合ループにより構成)共にカルシウム結合能を示すが[10,11]、互いに異なる生化学的性質も示す。一例を挙げると、C2B領域にはカルシウム非依存的にイノシトールポリリン酸、アダプター複合体AP-2、ニューレキシン(neurexin)などが結合し、またカルシウム依存的にC2B領域同士が結合し多量体を形成するが[12,13]、これらの性質はC2A領域には見られない(図2)。カルシウム依存的にC2領域に結合する分子とシナプトタグミン1の結合に必要なカルシウム濃度は5-100μMであり、この濃度は神経細胞で開口放出に必要とされるカルシウムイオン濃度とほぼ一致している[8]
 シナプトタグミンはN末端側に膜貫通領域を持つ1回膜貫通型の膜タンパク質で、C末端側の細胞質領域にはC2領域と呼ばれるプロテインキナーゼCのC2調節領域に由来するタンパク質モチーフを2つ持っている(N末端側から、内腔領域、膜貫通領域、スペーサー領域、C2A領域、C2B領域と命名)(図2)。ほ乳類には少なくとも17種類のアイソフォームが存在し、このうちシナプトタグミン1, 4, 7, 12, 14はショウジョウバエからほ乳類に至るまで進化的に保存されている<ref name=ref2><pubmed>12801916</pubmed></ref> <ref name=ref3><pubmed>20078875</pubmed></ref>。なお、シナプトタグミン16(元々の名称はStrep14)およびシナプトタグミン17(元々の名称はB/K)は膜貫通領域が欠損しているため、厳密にはシナプトタグミンファミリーの範疇には属さない<ref name=ref2><pubmed>12801916</pubmed></ref>。シナプトタグミンファミリー間で機能領域と考えられているC2A領域およびC2B領域は高度に保存されているが、他の領域(内腔領域、膜貫通領域およびスペーサー領域)ではほとんど相同性を示さない。シナプトタグミン1, 2では、細胞外に位置する内腔領域でN結合型糖鎖およびO結合型糖鎖の修飾を受けている。また、多くのアイソフォームで膜貫通領域の近傍でアシル化による修飾(システイン残基への脂肪酸の付加)を受け、オリゴマー形成が促進される<ref name=ref9><pubmed>    11514560</pubmed></ref>。二つのC2領域はアミノ酸レベルで40%以上の相同性を示すため、基本的には同様な立体構造を取り(8本のβストランドと3本のカルシウム結合ループにより構成)共にカルシウム結合能を示すが<ref name=ref10><pubmed>7697723</pubmed></ref> <ref name=ref11><pubmed>11754837</pubmed></ref>、互いに異なる生化学的性質も示す。一例を挙げると、C2B領域にはカルシウム非依存的にイノシトールポリリン酸、アダプター複合体AP-2、ニューレキシン(neurexin)などが結合し、またカルシウム依存的にC2B領域同士が結合し多量体を形成するが<ref name=ref12><pubmed>7961887</pubmed></ref> <ref name=ref13><pubmed>9830048</pubmed></ref>、これらの性質はC2A領域には見られない(図2)。カルシウム依存的にC2領域に結合する分子とシナプトタグミン1の結合に必要なカルシウム濃度は5-100μMであり、この濃度は神経細胞で開口放出に必要とされるカルシウムイオン濃度とほぼ一致している<ref name=ref8><pubmed>11399430</pubmed></ref>


 なお、シナプトタグミンファミリーと同様にC末端側に2つのC2領域を持つタンパク質ファミリーとしてDoc2/rabphilinファミリーやシナプトタグミン様タンパク質Slp(synaptotagmin-like protein)ファミリーが知られており、一部のものではシナプトタグミンとは異なるタイプのカルシウムセンサー(神経伝達物質放出の際の高親和性カルシウムセンサーなど)としての機能が提唱されている[14,15]。
 なお、シナプトタグミンファミリーと同様にC末端側に2つのC2領域を持つタンパク質ファミリーとしてDoc2/rabphilinファミリーやシナプトタグミン様タンパク質Slp(synaptotagmin-like protein)ファミリーが知られており、一部のものではシナプトタグミンとは異なるタイプのカルシウムセンサー(神経伝達物質放出の際の高親和性カルシウムセンサーなど)としての機能が提唱されている[14,15]。