「シナプトタグミン」の版間の差分

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 このようなシナプトタグミン1の機能の多様性は、それぞれのC2領域の固有の機能と密接な関連があるものと考えられている。例えば、C2A領域のリン脂質結合能が減少している変異型シナプトタグミン1(R233Q)をノックインしたマウス由来の神経細胞では神経伝達物質の放出が抑制されるが<ref name=ref21><pubmed>11242035</pubmed></ref>、逆にC2A領域のカルシウム依存的なシンタキシンへの結合が増加している優勢変異型シナプトタグミン1(D232N)をノックインしたマウス由来の神経細胞では神経伝達物質の放出が増加する<ref name=ref22><pubmed>17135417</pubmed></ref>。一方で、C2A領域へのカルシウムイオン結合能は神経伝達物質放出に必須ではないという報告もあり混沌としているが<ref name=ref23><pubmed>12110845</pubmed></ref>、シナプトタグミン1のC2A領域に対する機能阻害抗体によりシナプス小胞の融合過程が著しく阻害されることから<ref name=ref24><pubmed>7479868</pubmed></ref>、C2A領域の機能はやはりシナプス小胞の融合促進に重要と考えられている。
 このようなシナプトタグミン1の機能の多様性は、それぞれのC2領域の固有の機能と密接な関連があるものと考えられている。例えば、C2A領域のリン脂質結合能が減少している変異型シナプトタグミン1(R233Q)をノックインしたマウス由来の神経細胞では神経伝達物質の放出が抑制されるが<ref name=ref21><pubmed>11242035</pubmed></ref>、逆にC2A領域のカルシウム依存的なシンタキシンへの結合が増加している優勢変異型シナプトタグミン1(D232N)をノックインしたマウス由来の神経細胞では神経伝達物質の放出が増加する<ref name=ref22><pubmed>17135417</pubmed></ref>。一方で、C2A領域へのカルシウムイオン結合能は神経伝達物質放出に必須ではないという報告もあり混沌としているが<ref name=ref23><pubmed>12110845</pubmed></ref>、シナプトタグミン1のC2A領域に対する機能阻害抗体によりシナプス小胞の融合過程が著しく阻害されることから<ref name=ref24><pubmed>7479868</pubmed></ref>、C2A領域の機能はやはりシナプス小胞の融合促進に重要と考えられている。


 これに対して、C2B領域はシナプス小胞の融合促進だけではなく<ref name=ref25><pubmed>12110842</pubmed></ref> <ref name=ref26><pubmed>15456828</pubmed></ref>、シナプス小胞のエンドサイトーシスやドッキングなどの過程<ref name=ref27><pubmed>11114192</pubmed></ref><ref name=ref28><pubmed>19716167</pubmed></ref>にも関与するものと考えられている。例えば、ヤリイカ巨大軸索ではC2B領域に対する機能阻害抗体の導入により、シナプス小胞の融合過程には全く影響がなく、シナプス小胞のリサイクリングの過程が特異的に阻害される(恐らくはAP-2との結合を阻害)<ref name=ref29><pubmed>15591349</pubmed></ref>。一方、C2Bドメインに特異的に結合するイノシトールポリリン酸(イノシトール1,3,4,5-四リン酸(IP4)など)をプレシナプスに導入すると、C2B領域に結合することによりシナプス小胞の融合過程が顕著に阻害される<ref name=ref30><pubmed>7809161</pubmed></ref>。さらに、C2B領域(特にC2Bエフェクタードメインと呼ばれるβ4ストランド上の塩基性クラスター[12,13])はカルシウム刺激がないときには融合を抑制するようなクランプ的な機能を併せ持つと想定されており<ref name=ref31><pubmed>8990201</pubmed></ref> <ref name=ref32><pubmed>21338883</pubmed></ref>、ショウジョウバエなどのシナプトタグミン1変異体では自発的な神経伝達物質放出が増大することが知られている<ref name=ref33><pubmed>12467593</pubmed></ref>。このようなC2B領域の機能の多様性は、C2B領域に複数のエフェクター結合領域が存在することに起因するものと考えられている<ref name=ref5>'''Fukuda, M.'''<br>Molecular mechanism of Exocytosis.<br>Landes Bioscience, Austin, TX, (2006) 42-61</ref>。また、C2B領域は必ずしも単独で機能するのではなく、一部C2A領域と協調して小胞の融合を促進するモデルも提唱されている[34,35]
 これに対して、C2B領域はシナプス小胞の融合促進だけではなく<ref name=ref25><pubmed>12110842</pubmed></ref> <ref name=ref26><pubmed>15456828</pubmed></ref>、シナプス小胞のエンドサイトーシスやドッキングなどの過程<ref name=ref27><pubmed>11114192</pubmed></ref> <ref name=ref28><pubmed>19716167</pubmed></ref>にも関与するものと考えられている。例えば、ヤリイカ巨大軸索ではC2B領域に対する機能阻害抗体の導入により、シナプス小胞の融合過程には全く影響がなく、シナプス小胞のリサイクリングの過程が特異的に阻害される(恐らくはAP-2との結合を阻害)<ref name=ref29><pubmed>15591349</pubmed></ref>。一方、C2Bドメインに特異的に結合するイノシトールポリリン酸(イノシトール1,3,4,5-四リン酸(IP4)など)をプレシナプスに導入すると、C2B領域に結合することによりシナプス小胞の融合過程が顕著に阻害される<ref name=ref30><pubmed>7809161</pubmed></ref>。さらに、C2B領域(特にC2Bエフェクタードメインと呼ばれるβ4ストランド上の塩基性クラスター[12,13])はカルシウム刺激がないときには融合を抑制するようなクランプ的な機能を併せ持つと想定されており<ref name=ref31><pubmed>8990201</pubmed></ref> <ref name=ref32><pubmed>21338883</pubmed></ref>、ショウジョウバエなどのシナプトタグミン1変異体では自発的な神経伝達物質放出が増大することが知られている<ref name=ref33><pubmed>12467593</pubmed></ref>。このようなC2B領域の機能の多様性は、C2B領域に複数のエフェクター結合領域が存在することに起因するものと考えられている<ref name=ref5>'''Fukuda, M.'''<br>Molecular mechanism of Exocytosis.<br>Landes Bioscience, Austin, TX, (2006) 42-61</ref>。また、C2B領域は必ずしも単独で機能するのではなく、一部C2A領域と協調して小胞の融合を促進するモデルも提唱されている<ref name=ref34><pubmed>10811903</pubmed></ref> <ref name=ref35><pubmed>15046725</pubmed></ref>


 シナプトタグミンによるカルシウム依存的な小胞融合の促進メカニズムとして現在最も有力な仮説は、膜の融合装置と考えられるSNAREタンパク質とシナプトタグミンとのカルシウム依存的な相互作用により小胞膜と細胞膜の融合が促進されるというモデルである。実際、精製したSNAREタンパク質を組み込んだ2種類のリポソーム(v-SNAREシナプトブレビンを組み込んだリポソームおよびt-SNAREシンタキシンとSNAP-25を組み込んだリポソーム)にカルシウムイオンとシナプトタグミン1の細胞質領域を加えることにより2種類のリポソームの膜融合が顕著に促進される[36]。一方、シナプトタグミンのC2領域のカルシウム依存的なリン脂質の結合が小胞の融合を促進するという仮説や、C2B領域同士のカルシウム依存的なオリゴマー化がシナプス小胞と細胞膜の融合により生じた孔を拡大させるという仮説も提唱されている[37]
 シナプトタグミンによるカルシウム依存的な小胞融合の促進メカニズムとして現在最も有力な仮説は、膜の融合装置と考えられるSNAREタンパク質とシナプトタグミンとのカルシウム依存的な相互作用により小胞膜と細胞膜の融合が促進されるというモデルである。実際、精製したSNAREタンパク質を組み込んだ2種類のリポソーム(v-SNAREシナプトブレビンを組み込んだリポソームおよびt-SNAREシンタキシンとSNAP-25を組み込んだリポソーム)にカルシウムイオンとシナプトタグミン1の細胞質領域を加えることにより2種類のリポソームの膜融合が顕著に促進される<ref name=ref36><pubmed>15044754</pubmed></ref>。一方、シナプトタグミンのC2領域のカルシウム依存的なリン脂質の結合が小胞の融合を促進するという仮説や、C2B領域同士のカルシウム依存的なオリゴマー化がシナプス小胞と細胞膜の融合により生じた孔を拡大させるという仮説も提唱されている<ref name=ref37><pubmed>12931189</pubmed></ref>


== シナプス小胞上で機能する他のシナプトタグミンファミリー ==
== シナプス小胞上で機能する他のシナプトタグミンファミリー ==


 シナプトタグミン1以外にシナプス小胞上に存在するシナプトタグミンとしてはシナプトタグミン2, 9, 12などが報告されている[38]。このうちシナプトタグミン2およびシナプトタグミン9は、シナプトタグミン1とは脳内において異なる発現パターンを示す[39]。シナプトタグミン2は小脳や脳幹部での発現が高く、そのノックアウトマウスにおいては例えば神経筋接合部における活動電位に依存した放出過程に異常が生じる[40]。一方、シナプトタグミン9の神経系における発現パターンは大脳辺縁系や線条体などに限られており、そのノックアウトマウスにおいては線条体由来の神経細胞における活動電位に依存した放出過程に異常が生じる[39]。シナプトタグミン2およびシナプトタグミン9は系統樹上シナプトタグミン1に最も近縁で同等の機能を有すると考えられており[41]、実際これらのシナプトタグミンの発現によりシナプトタグミン1を欠損する海馬神経細胞からの活動電位に依存した放出が回復することが示されている(ただし、シナプトタグミン1, 2, 9の間では放出速度に違いがある)[39]。シナプトタグミン12(元々の名称はSrg1)は脳組織に広範囲に発現しているが、カルシウムイオンの結合能力がなく、活動電位に依存した放出過程ではなく自発的放出(spontaneous release)の促進に関与することが報告されている[42]
 シナプトタグミン1以外にシナプス小胞上に存在するシナプトタグミンとしてはシナプトタグミン2, 9, 12などが報告されている<ref name=ref38><pubmed>17110340</pubmed></ref>。このうちシナプトタグミン2およびシナプトタグミン9は、シナプトタグミン1とは脳内において異なる発現パターンを示す<ref name=ref39><pubmed>17521570</pubmed></ref>。シナプトタグミン2は小脳や脳幹部での発現が高く、そのノックアウトマウスにおいては例えば神経筋接合部における活動電位に依存した放出過程に異常が生じる<ref name=ref40><pubmed>17192432</pubmed></ref>。一方、シナプトタグミン9の神経系における発現パターンは大脳辺縁系や線条体などに限られており、そのノックアウトマウスにおいては線条体由来の神経細胞における活動電位に依存した放出過程に異常が生じる[39]。シナプトタグミン2およびシナプトタグミン9は系統樹上シナプトタグミン1に最も近縁で同等の機能を有すると考えられており<ref name=ref41><pubmed>11751925</pubmed></ref>、実際これらのシナプトタグミンの発現によりシナプトタグミン1を欠損する海馬神経細胞からの活動電位に依存した放出が回復することが示されている(ただし、シナプトタグミン1, 2, 9の間では放出速度に違いがある)[39]。シナプトタグミン12(元々の名称はSrg1)は脳組織に広範囲に発現しているが、カルシウムイオンの結合能力がなく、活動電位に依存した放出過程ではなく自発的放出(spontaneous release)の促進に関与することが報告されている<ref name=ref42><pubmed>17190793</pubmed></ref>


== シナプス小胞輸送以外で機能するシナプトタグミンファミリー ==
== シナプス小胞輸送以外で機能するシナプトタグミンファミリー ==


 シナプス小胞の輸送以外の神経機能に関わるシナプトタグミンファミリーとしては、シナプトタグミン4、7、10、14などが挙げられる。シナプトタグミン4の局在や機能に関してはこれまで様々な報告があるが、最近の知見ではシナプス小胞ではなくペプチド性分泌因子などの放出に関与する有芯小胞(LDCV: large dense-core vesicle)への局在が有力視されている[43]。例えば、視床下部におけるオキシトシンやバソプレシンの分泌[44,45]や海馬神経細胞における脳由来神経栄養因子(BDNF)の放出制御に関与することが明らかになっている[46]。また、シナプトタグミン4は神経細胞以外にアストロサイトにも発現しており、アストロサイトからのグルタミン酸やATPの放出に関与することが報告されている[47]。さらに、ショウジョウバエにおいては、シナプトタグミン4はプレシナプスではなくポストシナプスにおけるカルシウムセンサーとして機能することが報告されている[48,49]。なお、シナプトタグミン4は動物種、細胞種やカルシウム濃度の条件によって開口放出を正に制御する場合と負に制御する場合があることから、その機能については今後さらなる解析が必要と考えられている[43]
 シナプス小胞の輸送以外の神経機能に関わるシナプトタグミンファミリーとしては、シナプトタグミン4、7、10、14などが挙げられる。シナプトタグミン4の局在や機能に関してはこれまで様々な報告があるが、最近の知見ではシナプス小胞ではなくペプチド性分泌因子などの放出に関与する有芯小胞(LDCV: large dense-core vesicle)への局在が有力視されている<ref name=ref43><pubmed>21153436</pubmed></ref>。例えば、視床下部におけるオキシトシンやバソプレシンの分泌<ref name=ref44><pubmed>19136969</pubmed></ref> <ref name=ref45><pubmed>21315262</pubmed></ref>や海馬神経細胞における脳由来神経栄養因子(BDNF)の放出制御に関与することが明らかになっている<ref name=ref46><pubmed>19448629</pubmed></ref>。また、シナプトタグミン4は神経細胞以外にアストロサイトにも発現しており、アストロサイトからのグルタミン酸やATPの放出に関与することが報告されている<ref name=ref47><pubmed>15197251</pubmed></ref>。さらに、ショウジョウバエにおいては、シナプトタグミン4はプレシナプスではなくポストシナプスにおけるカルシウムセンサーとして機能することが報告されている<ref name=ref48><pubmed>16272123</pubmed></ref> <ref name=ref49><pubmed>19822673</pubmed></ref>。なお、シナプトタグミン4は動物種、細胞種やカルシウム濃度の条件によって開口放出を正に制御する場合と負に制御する場合があることから、その機能については今後さらなる解析が必要と考えられている<ref name=ref43><pubmed>21153436</pubmed></ref>


 シナプトタグミン10も嗅球の神経細胞において有芯小胞に局在し、インスリン様成長因子1(IGF-1)の放出を制御することで嗅球の神経発生に関与することが最近明らかになっている[50]。シナプトタグミン7は海馬神経細胞におけるシナプス小胞の開口放出には関与しないが、交感神経細胞の神経突起の伸長過程を制御することが報告されている[51]。また、シナプトタグミン14のC2B領域のアミノ酸変異により遺伝性の脊髄小脳変性症が発症することから[52]、このアイソフォームの小脳発達過程での重要性が示唆されているが、詳細な機能は明らかになっていない。
 シナプトタグミン10も嗅球の神経細胞において有芯小胞に局在し、インスリン様成長因子1(IGF-1)の放出を制御することで嗅球の神経発生に関与することが最近明らかになっている<ref name=ref50><pubmed>21496647</pubmed></ref>。シナプトタグミン7は海馬神経細胞におけるシナプス小胞の開口放出には関与しないが、交感神経細胞の神経突起の伸長過程を制御することが報告されている<ref name=ref51><pubmed>16641243</pubmed></ref>。また、シナプトタグミン14のC2B領域のアミノ酸変異により遺伝性の脊髄小脳変性症が発症することから<ref name=ref52><pubmed>21835308</pubmed></ref>、このアイソフォームの小脳発達過程での重要性が示唆されているが、詳細な機能は明らかになっていない。


 他のシナプトタグミンアイソフォームの神経細胞における局在や機能に関しては現時点では不明であるが、海馬神経細胞に蛍光タンパク質を融合したシナプトタグミンアイソフォームを1つずつ発現させ、その機能部位の同定が現在試みられている[53]。それぞれのシナプトタグミンアイソフォームが神経系において独自の機能を果たしている可能性が高く、今後のさらなる機能解析が期待されている。
 他のシナプトタグミンアイソフォームの神経細胞における局在や機能に関しては現時点では不明であるが、海馬神経細胞に蛍光タンパク質を融合したシナプトタグミンアイソフォームを1つずつ発現させ、その機能部位の同定が現在試みられている<ref name=ref53><pubmed>22398727</pubmed></ref>。それぞれのシナプトタグミンアイソフォームが神経系において独自の機能を果たしている可能性が高く、今後のさらなる機能解析が期待されている。
   
   
== 参考文献 ==
== 参考文献 ==