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英語名:Schwann cell 独:Schwann Zelle 仏:Cellule de Schwann
英語名:Schwann cell 独:Schwann Zelle 仏:Cellule de Schwann


 シュワン細胞(シュヴァン細胞)は[[末梢神経]]系の[[グリア細胞]]の一つ。ドイツの生物学者[[wikipedia:JA:テオドール・シュワン|Theodor Schwann]]により発見された。一部の細胞は[[ミエリン]]を形成する。発生期の[[神経細胞]]の生存や[[軸索]]投射、損傷後の[[神経回路]]の再生に寄与する。ミエリン形成により[[跳躍伝導]]を司る。シュワン細胞由来の[[腫瘍]]形成や[[脱髄疾患]]では、遺伝子変異が報告されている。
 シュワン細胞([[シュヴァン細胞]])は[[末梢神経]]系の[[グリア細胞]]の一つ。ドイツの生物学者[[wikipedia:JA:テオドール・シュワン|Theodor Schwann]]により発見された。一部の細胞は[[ミエリン]]を形成する。発生期の[[神経細胞]]の生存や[[軸索]]投射、損傷後の[[神経回路]]の再生に寄与する。ミエリン形成により[[跳躍伝導]]を司る。シュワン細胞由来の[[腫瘍]]形成や[[脱髄疾患]]では、遺伝子変異が報告されている。


== 種類 ==
== 種類 ==
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=== ミエリン形成シュワン細胞 ===
=== ミエリン形成シュワン細胞 ===
 すべての[[運動神経]]や一部の[[感覚神経]]を含む、大きい直径の軸索の周囲を覆う。1つのシュワン細胞は一つの軸索に付随し、ミエリンを形成する。軸索の直径や神経線維の[[リン酸化]]を制御する。<br>
 すべての[[運動神経]]や一部の[[感覚神経]]を含む、大きい直径の軸索の周囲を覆う。1つのシュワン細胞は一つの軸索に付随し、ミエリンを形成する。軸索の直径や神経線維の[[リン酸化]]を制御する。ミエリンには切れ目があり、発見者 (フランスの病理学者[[wikipedia:Louis-Antoine_Ranvier|Louis-Antoine Ranvier]]) の名前から、[[ランヴィエ絞輪]]と呼ばれている。末梢の[[有髄神経]]のランヴィエ絞輪の間隔は200-1500 µm程度ある(無髄神経で隣接するシュワン細胞の核の間隔は90 µm以下)。ランヴィエ絞輪部分は細胞外液にさらされており、また、高い密度で[[イオンチャネル]]が分布している (Na<sup>+</sup>チャネルは1000 µm<sup>-2</sup>) 。そのため、[[髄鞘]]に覆われている部分と比較し[[活動電位]]が発生しやすい状態であり、跳躍伝導が生じる場となっている<ref><pubmed>7679565</pubmed></ref>。これらの構造のため、有髄神経は同じ直径の無髄神経と比較し、活動電位の伝導がおよそ10倍早まる。ランヴィエ絞輪部分へのNa<sup>+</sup>チャネルの集積には、ミエリン化したシュワン細胞が発現する[[Gliomedin]]の関与が示唆されている<ref><pubmed>16039564</pubmed></ref> <ref><pubmed>20188654</pubmed></ref>。


=== 非ミエリンシュワン細胞===  
=== 非ミエリンシュワン細胞===  
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== 発生 ==
== 発生 ==
===分化過程===
 大部分は[[wikipedia:ja:外胚葉|外胚葉]]の[[神経堤]]に由来し、[[胎生期]]中に細胞を成熟させながら標的となる末梢神経へ[[移動]]する。[[幹細胞]]は、シュワン前駆細胞、未成熟シュワン細胞を経て成熟シュワン細胞へ[[細胞分化|分化]]する。ラットでは胎生14-15日でシュワン前駆細胞、胎生15-17日で未成熟シュワン細胞へ[[分化]]する (マウスではそれぞれ胎生12-13日、13-15日)。その後、出生にかけて成熟細胞になり、生後数週間かけてミエリン形成を完成させる。


 大部分は[[wikipedia:ja:外胚葉|外胚葉]]の[[神経堤]]に由来し、胎生期中に細胞を成熟させながら標的となる末梢神経へ移動する。[[幹細胞]]は、シュワン前駆細胞、未成熟シュワン細胞を経て成熟シュワン細胞へ[[細胞分化|分化]]する。ラットでは胎生14-15日でシュワン前駆細胞、胎生15-17日で未成熟シュワン細胞へ分化する (マウスではそれぞれ胎生12-13日、13-15日)。その後、出生にかけて成熟細胞になり、生後数週間かけてミエリン形成を完成させる。
 シュワン細胞の分化は、おおむね可逆的である(前駆細胞から未成熟シュワン細胞への分化は不可逆的)。最終的に分化する細胞の形態は、関連する軸索からのシグナルから決定される。一部のシュワン細胞前駆細胞は、神経細胞や線維芽細胞などグリア[[細胞系譜]]以外の細胞へも分化する。


 シュワン細胞の分化は、おおむね可逆的である(前駆細胞から未成熟シュワン細胞への分化は不可逆的)。最終的に分化する細胞の形態は、関連する軸索からのシグナルから決定される。一部のシュワン細胞前駆細胞は、神経細胞や線維芽細胞などグリア細胞系譜以外の細胞へも分化する。[[ニューレグリン]] (NRG)、[[エンドセリン]]、[[Notch]]、[[骨形成タンパク質]](Bone Morphogenetic Protein, BMP)、[[インスリン様成長因子]] (IGF)、[[血小板由来成長因子]](PDGF)、[[神経栄養因子]]など数多くの因子が、シュワン細胞の分化や脱分化、そして生存機構に関与すると報告されている。
===分子メカニズム===
 [[ニューレグリン]] (NRG)、[[エンドセリン]]、[[Notch]]、[[骨形成タンパク質]]([[Bone morphogenetic protein|Bone Morphogenetic Protein]], [[BMP]])、[[インスリン様成長因子]] (IGF)、[[血小板由来成長因子]](PDGF)、[[神経栄養因子]]など数多くの因子が、シュワン細胞の分化や脱分化、そして生存機構に関与すると報告されている。


 各分化段階でシュワン細胞に発現するたんぱく質は変化する。幹細胞から未成熟シュワン細胞までに共通して発現する因子として、[[SOX10]]、[[p75神経栄養因子受容体]]、[[L1]]、[[ニューレグリン#.E5.8F.97.E5.AE.B9.E4.BD.93|ErbB]]3などが挙げられる。シュワン前駆細胞と未成熟シュワン細胞では、[[protein zero]] (P0)、[[GAP43]]、[[peripheral myelin protein]] 22-kDa (PMP22)、[[desert hedgehog]] (DHH)や[[brain fatty acid-binding protein]] (BFABP)などが発現している<ref><pubmed>16136171</pubmed></ref>。  
 各分化段階でシュワン細胞に発現するたんぱく質は変化する。幹細胞から未成熟シュワン細胞までに共通して発現する因子として、[[SOX10]]、[[p75神経栄養因子受容体]]、[[L1]]、[[ニューレグリン#.E5.8F.97.E5.AE.B9.E4.BD.93|ErbB]]3などが挙げられる。シュワン前駆細胞と未成熟シュワン細胞では、[[protein zero]] (P0)、[[GAP43]]、[[peripheral myelin protein]] 22-kDa (PMP22)、[[desert hedgehog]] (DHH)や[[brain fatty acid-binding protein]] (BFABP)などが発現している<ref><pubmed>16136171</pubmed></ref>。  


 一部のシュワン細胞は、ミエリンを形成する。ミエリンには切れ目があり、発見者 (フランスの病理学者[[wikipedia:Louis-Antoine_Ranvier|Louis-Antoine Ranvier]]) の名前から、[[ランヴィエ絞輪]]と呼ばれている。末梢の有髄神経のランヴィエ絞輪の間隔は200-1500 µm程度ある(無髄神経で隣接するシュワン細胞の核の間隔は90 µm以下)。ランヴィエ絞輪部分は細胞外液にさらされており、また、高い密度で[[イオンチャネル]]が分布している (Na<sup>+</sup>チャネルは1000 µm<sup>-2</sup>) 。そのため、髄鞘に覆われている部分と比較し[[活動電位]]が発生しやすい状態であり、跳躍伝導が生じる場となっている<ref><pubmed>7679565</pubmed></ref>。これらの構造のため、有髄神経は同じ直径の無髄神経と比較し、活動電位の伝導がおよそ10倍早まる。ランヴィエ絞輪部分へのNa<sup>+</sup>チャネルの集積には、ミエリン化したシュワン細胞が発現する[[Gliomedin]]の関与が示唆されている<ref><pubmed>16039564</pubmed></ref> <ref><pubmed>20188654</pubmed></ref>。
 [[ニューレグリン]](NRG) は[[上皮成長因子]]([[EGF]])と相同性が高い分子で、[[受容体型チロシンキナーゼ]]のErbBを介して[[シグナル伝達]]を行う。NRG-1ならびにErbB2/3を欠損させたマウスでは、末梢神経でシュワン前駆細胞およびシュワン細胞の欠損が観察される。このことから、NRGシグナルはシュワン細胞の発達に主要な役割を果たすと考えられており、二次的に神経細胞の発生にも影響を与える。
 
==ニューレグリン-ErbBシグナル ==
 
 [[ニューレグリン]](NRG) は[[上皮成長因子]](EGF)と相同性が高い分子で、[[受容体型チロシンキナーゼ]]のErbBを介して[[シグナル伝達]]を行う。NRG-1ならびにErbB2/3を欠損させたマウスでは、末梢神経でシュワン前駆細胞およびシュワン細胞の欠損が観察される。このことから、NRGシグナルはシュワン細胞の発達に主要な役割を果たすと考えられており、二次的に神経細胞の発生にも影響を与える。


 シュワン細胞は軸索と接することによりDNA合成が促され、[[細胞増殖]]が活発になるが、そのメカニズムには軸索由来のNRGの関与が示唆されている。発生途中に軸索を除去するとシュワン細胞は脱落するが、NRG-1処置により生存が維持される。NRGあるいはその受容体のErbB3のシグナルを中和すると、軸索シュワン細胞の増殖は低下する。このことから、軸索由来のNRGがシュワン細胞の増殖・生存の維持に寄与していると考えられている。 
 シュワン細胞は軸索と接することによりDNA合成が促され、[[細胞増殖]]が活発になるが、そのメカニズムには軸索由来のNRGの関与が示唆されている。発生途中に軸索を除去するとシュワン細胞は脱落するが、NRG-1処置により生存が維持される。NRGあるいはその受容体のErbB3のシグナルを中和すると、軸索シュワン細胞の増殖は低下する。このことから、軸索由来のNRGがシュワン細胞の増殖・生存の維持に寄与していると考えられている。 
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 神経回路の再生は、損傷により断片化された組織が除去された後に、軸索が再伸長して完成する。損傷を受け活性化したシュワン細胞は、[[wikipedia:ja:マクロファージ|マクロファージ]]の遊走性を高める。その結果、損傷部分で断片化した神経組織の貧食が進み、軸索の再生に適した場を提供する。
 神経回路の再生は、損傷により断片化された組織が除去された後に、軸索が再伸長して完成する。損傷を受け活性化したシュワン細胞は、[[wikipedia:ja:マクロファージ|マクロファージ]]の遊走性を高める。その結果、損傷部分で断片化した神経組織の貧食が進み、軸索の再生に適した場を提供する。


 損傷部周囲のシュワン細胞は、脱分化し細胞増殖する。増殖したシュワン細胞は、Büngner’s bandと呼ばれる構造物を形成し、その内部を再生軸索が走行していく。ここにはNGF、GDNFなどの成長を促す因子は豊富が発現している。また、[[ラミニン]]や[[フィブロネクチン]]など軸索伸長の足場となる因子も発現している。これらは単独で軸索伸長を促進、あるいはNGFなど作用を増大させると考えられている<ref><pubmed>19501085</pubmed></ref>。
 損傷部周囲のシュワン細胞は、脱分化し細胞増殖する。増殖したシュワン細胞は、[[Büngner’s band]]と呼ばれる構造物を形成し、その内部を再生軸索が走行していく。ここには[[神経成長因子]] (NGF)、[[グリア細胞株由来神経栄養因子]]([[GDNF]])などの成長を促す因子は豊富が発現している。また、[[ラミニン]]や[[フィブロネクチン]]など軸索伸長の足場となる因子も発現している。これらは単独で軸索伸長を促進、あるいはNGFなど作用を増大させると考えられている<ref><pubmed>19501085</pubmed></ref>。


==関連項目==
==関連項目==
*[[ミエリン]]
*[[ミエリン]]
*[[有髄線維]]
*[[有髄線維]]
*[[神経鞘腫]]
*[[神経線維腫症]]
*[[シャルコー・マリー・トゥース病]]


== 参考文献 ==
== 参考文献 ==