「シンタキシン」の版間の差分

編集の要約なし
編集の要約なし
編集の要約なし
10行目: 10行目:
同義語:p35, HPC-1, synaptocanalin
同義語:p35, HPC-1, synaptocanalin


{{box
{{box|text= シンタキシンは、細胞内[[小胞輸送]]において膜の融合に関わるタンパク質ファミリーおよびそのメンバーである。[[ヒト]]を含む哺乳動物では、少なくとも19種類のアイソフォームが同定されている。シンタキシンファミリーメンバーの大部分が脳にも発現しているが、この項ではニューロンの機能の大きな特徴である神経伝達物質の放出を担うアイソフォーム1について述べる。}}
|text= シンタキシンは、細胞内[[小胞輸送]]において膜の融合に関わるタンパク質ファミリーおよびそのメンバーである。[[ヒト]]を含む哺乳動物では、少なくとも19種類のアイソフォームが同定されている。シンタキシンファミリーメンバーの大部分が脳にも発現しているが、この項ではニューロンの機能の大きな特徴である神経伝達物質の放出を担うアイソフォーム1について述べる。}}
{{Pfam_box
 
| Symbol = シンタキシン
| Name = シンタキシン
| image = 1br0.pdb
| width =
| caption = シンタキシン1AのN末端領域<ref name=ref1></ref>
| Pfam = PF00804
| InterPro = IPR006011
| SMART = SM00503
| PROSITE =
| SCOP = 1br0
| TCDB =
| OPM family = 218
| OPM protein = 3hd7
| PDB = {{PDB2|1br0}}, {{PDB2|1ez3}}, {{PDB2|1fio}}, {{PDB2|1hs7}}, {{PDB2|1s94}}
}}
== シンタキシンとは ==
== シンタキシンとは ==
 シンタキシン1は、[[シナプス小胞]]タンパク質[[シナプトタグミン]]と結合する分子量約35,000の内在性[[膜タンパク質]]p35Aおよびp35Bとして[[ラット]]脳可溶化画分から同定された<ref><pubmed> 1321498 </pubmed></ref>。両者は異なる遺伝子によりコードされているが、どちらも288個のアミノ酸からなり、その配列は約80%の相同性をもつ。[[シナプス]]小胞のドッキングと[[開口放出]]に関わるとの予測から、「順番に整理して一緒に並べること」を意味する古代ギリシャ語σψνταξισ (syntaxis) にちなみシンタキシンsyntaxinと命名された。ほぼ同時期に複数のグループにより同定されたので、HPC-1<ref><pubmed>1587842 </pubmed></ref>あるいはsynaptocanalin<ref><pubmed>9137572</pubmed></ref>とも呼ばれる。
 シンタキシン1は、[[シナプス小胞]]タンパク質[[シナプトタグミン]]と結合する分子量約35,000の内在性[[膜タンパク質]]p35Aおよびp35Bとして[[ラット]]脳可溶化画分から同定された<ref name=ref2><pubmed> 1321498 </pubmed></ref>。両者は異なる遺伝子によりコードされているが、どちらも288個のアミノ酸からなり、その配列は約80%の相同性をもつ。[[シナプス]]小胞のドッキングと[[開口放出]]に関わるとの予測から、「順番に整理して一緒に並べること」を意味する古代ギリシャ語σψνταξισ (syntaxis) にちなみシンタキシンsyntaxinと命名された。ほぼ同時期に複数のグループにより同定されたので、HPC-1<ref><pubmed>1587842 </pubmed></ref>あるいはsynaptocanalin<ref><pubmed>9137572</pubmed></ref>とも呼ばれる。


 シンタキシンファミリーは、[[SNARE]] ([[soluble ''N''-etylmaleimide sensitive fusion protein attachment protein receptor]]の略) と総称される[[膜融合]]関連タンパク質スーパーファミリーの一員でもある。SNAREは、輸送小胞に局在する[[v-SNARE]] (vはvesicularのv) と標的膜に存在する[[t-SNARE]] (tはtarget-membraneのt) の2種類に大別される<ref><pubmed>8455717</pubmed></ref>。シンタキシン1はその局在(後述)からt-SNAREに属するとともに、SNAREモチーフの中央に[[グルタミン]]残基を持つことから、そのアミノ酸一文字表記にならい[[Q-SNARE]]とも分類される<ref><pubmed>9861047</pubmed></ref>。
 シンタキシンファミリーは、[[SNARE]] ([[soluble ''N''-etylmaleimide sensitive fusion protein attachment protein receptor]]の略) と総称される[[膜融合]]関連タンパク質スーパーファミリーの一員でもある。SNAREは、輸送小胞に局在する[[v-SNARE]] (vはvesicularのv) と標的膜に存在する[[t-SNARE]] (tはtarget-membraneのt) の2種類に大別される<ref><pubmed>8455717</pubmed></ref>。シンタキシン1はその局在(後述)からt-SNAREに属するとともに、SNAREモチーフの中央に[[グルタミン]]残基を持つことから、そのアミノ酸一文字表記にならい[[Q-SNARE]]とも分類される<ref><pubmed>9861047</pubmed></ref>。
21行目: 35行目:
[[ファイル:Syntaxin Fig1.png|300px|サムネイル|右|'''図1. シンタキシンのドメイン構造''']]
[[ファイル:Syntaxin Fig1.png|300px|サムネイル|右|'''図1. シンタキシンのドメイン構造''']]


 シンタキシン1は、4つのドメインがリンカーでつながれた構造をしている(図1)。アミノ末端のNペプチドモチーフ(1-19)は、[[Munc-18]]との結合に関わる(後述)<ref><pubmed>21139055</pubmed></ref>。二番目のHabcと呼ばれるドメイン(~27-146)では、3本の[[wikipedia:ja:αへリックス|αへリックス]]が逆平行に結合し束になっている<ref><pubmed>9753330</pubmed></ref><ref><pubmed>10913252</pubmed></ref>。Habcに続くリンカーは非常にフレキシブルで<ref><pubmed>12680753</pubmed></ref>、Habcは次のH3ドメインに折り重なることよりSNARE複合体の膜融合能を制御する負の調節ドメインとして働く<ref><pubmed>10535962</pubmed></ref>。
 シンタキシン1は、4つのドメインがリンカーでつながれた構造をしている(図1)。アミノ末端のNペプチドモチーフ(1-19)は、[[Munc-18]]との結合に関わる(後述)<ref><pubmed>21139055</pubmed></ref>。二番目のHabcと呼ばれるドメイン(~27-146)では、3本の[[wikipedia:ja:αへリックス|αへリックス]]が逆平行に結合し束になっている<ref name=ref1><pubmed>9753330</pubmed></ref><ref><pubmed>10913252</pubmed></ref>。Habcに続くリンカーは非常にフレキシブルで<ref><pubmed>12680753</pubmed></ref>、Habcは次のH3ドメインに折り重なることよりSNARE複合体の膜融合能を制御する負の調節ドメインとして働く<ref><pubmed>10535962</pubmed></ref>。


 シンタキシン1のカルボキシ末端側3分の1は、膜融合能を発揮するのに必要最小限の領域である。SNAREモチーフを含むH3ドメイン(~185-254)は、SNAP-25ならびに[[シナプトブレビン]]と結合し、膜融合能をもつSNARE複合体を形成する<ref><pubmed>9100028</pubmed></ref>。続く膜貫通ドメイン(266-288)は、[[細胞膜]]に埋め込まれているが貫通はしない<ref><pubmed>12761168</pubmed></ref>。これら両ドメインを含む組換えフラグメントを全長のSNAP-25ととともに再構成した人工脂質小胞は、シナプトブレビンを再構成した人工脂質小胞と自発的に融合する<ref><pubmed>9529252</pubmed></ref>。
 シンタキシン1のカルボキシ末端側3分の1は、膜融合能を発揮するのに必要最小限の領域である。SNAREモチーフを含むH3ドメイン(~185-254)は、SNAP-25ならびに[[シナプトブレビン]]と結合し、膜融合能をもつSNARE複合体を形成する<ref><pubmed>9100028</pubmed></ref>。続く膜貫通ドメイン(266-288)は、[[細胞膜]]に埋め込まれているが貫通はしない<ref><pubmed>12761168</pubmed></ref>。これら両ドメインを含む組換えフラグメントを全長のSNAP-25ととともに再構成した人工脂質小胞は、シナプトブレビンを再構成した人工脂質小胞と自発的に融合する<ref><pubmed>9529252</pubmed></ref>。
33行目: 47行目:


== 翻訳後修飾 ==
== 翻訳後修飾 ==
 シンタキシン1は、[[PKC]]および[[CaMKII]]<ref><pubmed>8876242</pubmed></ref><ref><pubmed>9930733</pubmed></ref> 、[[カゼインキナーゼ1]]および[[カゼインキナーゼ2|2]]<ref><pubmed> 11846792</pubmed></ref><ref><pubmed> 1321498 </pubmed></ref><ref><pubmed> 9930733 </pubmed></ref><ref><pubmed> 10844023 </pubmed></ref><ref><pubmed> 15822905 </pubmed></ref>により[[リン酸化]]される。[[PKA]]については議論が分かれている<ref><pubmed> 8876242 </pubmed></ref><ref><pubmed>9930733  </pubmed></ref>。リン酸化以外に、[[ニトロ化]]<ref><pubmed> 10913827 </pubmed></ref>、[[Sニトロシル化]]<ref><pubmed> Palmer, Biochem J 413:479, 2008</pubmed></ref>、[[パルミトイル化]]<ref><pubmed> 19508429 </pubmed></ref>を受け、[[ユビキチン]]-[[プロテアソーム]]経路により分解される<ref><pubmed>12121982</pubmed></ref>。
 シンタキシン1は、[[PKC]]および[[CaMKII]]<ref><pubmed>8876242</pubmed></ref><ref><pubmed>9930733</pubmed></ref> 、[[カゼインキナーゼ1]]および[[カゼインキナーゼ2|2]]<ref><pubmed> 11846792</pubmed></ref><ref name=ref2></ref><ref><pubmed> 9930733 </pubmed></ref><ref><pubmed> 10844023 </pubmed></ref><ref><pubmed> 15822905 </pubmed></ref>により[[リン酸化]]される。[[PKA]]については議論が分かれている<ref><pubmed> 8876242 </pubmed></ref><ref><pubmed>9930733  </pubmed></ref>。リン酸化以外に、[[ニトロ化]]<ref><pubmed> 10913827 </pubmed></ref>、[[Sニトロシル化]]<ref><pubmed> Palmer, Biochem J 413:479, 2008</pubmed></ref>、[[パルミトイル化]]<ref><pubmed> 19508429 </pubmed></ref>を受け、[[ユビキチン]]-[[プロテアソーム]]経路により分解される<ref><pubmed>12121982</pubmed></ref>。


== 結合タンパク質 ==
== 結合タンパク質 ==
52行目: 66行目:


=== Munc-18 ===
=== Munc-18 ===
 小胞のドッキングあるいはプライミングに関与する[[Munc-18]](別名n-Sec1)のシンタキシンへの結合は<ref><pubmed>8247129</pubmed></ref><ref><pubmed>8108429 </pubmed></ref>、当初SNARE複合体の形成を阻害するとされていた<ref><pubmed>8108429</pubmed></ref>。これは、単純化された結合実験において、シンタキシン1のNペプチドにMunc18が結合している時はその閉構造が安定化し<ref><pubmed>23561535</pubmed></ref>、SNAP-25と結合できないためである<ref><pubmed>18337752</pubmed></ref> 。しかしその後、Munc-18と結合したシンタキシン1でも[[Munc-13]]存在下では開構造へと変形し<ref><pubmed>10366611</pubmed></ref>、SNARE複合体を形成できることが明らかにされた(後述)<ref><pubmed>17002520</pubmed></ref><ref><pubmed>17301226</pubmed></ref><ref><pubmed>17264080</pubmed></ref>。このように、Munc-18は、シンタキシン1の開閉構造に応じた二種類の結合様式でモノメリックなシンタキシン1とSNARE複合体中のシンタキシン1の両方に結合することができる。シンタキシン1とMunc-18の結合は、両者のリン酸化<ref><pubmed>8631738</pubmed></ref><ref><pubmed>9478941</pubmed></ref><ref><pubmed>12730201</pubmed></ref><ref><pubmed>19748891</pubmed></ref>や、[[アラキドン酸]]<ref><pubmed>17363971</pubmed></ref>および[[スフィンゴシン]]<ref><pubmed>19390577</pubmed></ref>により制御される。シンタキシンとMunc-18の複合体の立体構造も明らかにされている<ref><pubmed>10746715</pubmed></ref> 。
 小胞のドッキングあるいはプライミングに関与する[[Munc-18]](別名n-Sec1)のシンタキシンへの結合は、当初SNARE複合体の形成を阻害するとされていた<ref><pubmed>8247129</pubmed></ref><ref><pubmed>8108429</pubmed></ref>。これは、単純化された結合実験において、シンタキシン1のNペプチドにMunc18が結合している時はその閉構造が安定化し<ref><pubmed>23561535</pubmed></ref>、SNAP-25と結合できないためである<ref><pubmed>18337752</pubmed></ref> 。しかしその後、Munc-18と結合したシンタキシン1でも[[Munc-13]]存在下では開構造へと変形し<ref><pubmed>10366611</pubmed></ref>、SNARE複合体を形成できることが明らかにされた(後述)<ref><pubmed>17002520</pubmed></ref><ref><pubmed>17301226</pubmed></ref><ref><pubmed>17264080</pubmed></ref>。このように、Munc-18は、シンタキシン1の開閉構造に応じた二種類の結合様式でモノメリックなシンタキシン1とSNARE複合体中のシンタキシン1の両方に結合することができる。シンタキシン1とMunc-18の結合は、両者のリン酸化<ref><pubmed>8631738</pubmed></ref><ref><pubmed>9478941</pubmed></ref><ref><pubmed>12730201</pubmed></ref><ref><pubmed>19748891</pubmed></ref>や、[[アラキドン酸]]<ref><pubmed>17363971</pubmed></ref>および[[スフィンゴシン]]<ref><pubmed>19390577</pubmed></ref>により制御される。シンタキシンとMunc-18の複合体の立体構造も明らかにされている<ref><pubmed>10746715</pubmed></ref> 。


=== Munc-13 ===
=== Munc-13 ===